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今日はこなちゃん、午前中から元気がない。 休み時間も、何か調子が悪い感じが私にはした。 お昼休みもお姉ちゃんとの会話もほとんどしないで なにか考え事をしているようだった。 何気に聞いても、答えてくれなかった。 お姉ちゃんは徹夜のしすぎと言って終わらせてしまった。 そして、あっと言う間に放課後がきてしまった。 こなた「帰ろうか、かがみは?」 つかさ「お姉ちゃんも、ゆきちゃんも委員会の会議だよ」 こなた「あ、遅くなるって言ってたね、二人で帰ろうか」 今日はこなちゃんと帰ることになった。 帰り道。 こなた「つかさ、せっかくだから、ゲーセンに寄っていかない」 つかさ「私は下手だよ、ゲームやってもすぐゲームオーバーになっちゃうし・・・」 こなた「まあまあ、ちょっとだけ、それに見てるだけでもいいから」 つかさ「それじゃ、ちょっとだけ」 普段ならお姉ちゃんと一緒に誘われる、私だけを誘うのは初めてのような気がした。 ゲームセンターで私達はしばらく遊んだ。でも思ったとおり、私は見ているだけになった。 一時間くらい遊んだかな。それから特にすることも無いから帰ろうとした時だった。 こなた「つかさ、ちょっと見て欲しいものがあるんだ、それで相談があるんだけど」 つかさ「えっ?」 こなちゃんが私に相談、想像もつかない、でもこなちゃんは真剣な顔で私をみている。 つかさ「こなちゃん、相談なら私よりお姉ちゃん、ゆきちゃんの方がいいんじゃないかな・・・」 こなた「いいや、つかさにしか言えない事なんだ、いいかな」 つかさ「そこまで言うなら・・・」 こなた「ありがと、ついてきて」 こなちゃんは私の前を歩き出した。私はその後を付いていく。 見せたいもの、相談、何だろう。私じゃなきゃダメな相談って・・・ こなちゃんの後ろ姿を見ながら相談は何か色々考えていた。 こなちゃんはこなちゃんの家の近くの公園の倉庫裏に案内した。 つかさ「こなちゃん、どんな相談なの、深刻な相談なら私・・・何もできないよ」 こなちゃんは黙って倉庫裏にあるダンボールを退けた。 そこに一匹の子猫がいた。三毛猫の子猫だった。 つかさ「かわいい・・・」 私は子猫を抱こうと近づこうとした。 こなた「あっ、つかさ、気をつけて」 それと同時だった。 『フー』 子猫は唸り声をあげた。毛が逆立っている。口も開けて威嚇している。私は一歩後ろに下がった。 こなた「一昨日見つけたんだ、子猫、でも・・・この調子で・・・手に負えないんだ」 つかさ「何かあったのかな、こんなに怒ってるなんて」 こなた「分からない、虐められたのかな、餌も食べようとしないんだよ」 つかさ「まだ小さいから餌よりミルクがいいかも」 こなた「そうか、それじゃ家から持ってくる、ちょっと待ってて」 そう言うとこなちゃんは、家に向かって走って行った。 子猫は私を見ているけど、警戒している。 私はまた猫に近づいた。また唸り声をあげてきた。 つかさ「にゃーん、怖くないよ」 そう何回も言いながら少しつつ近づいていった。子猫は唸りながら後ろに逃げていく。 でも後ろは壁で行き止まり。子猫は逃げられなくなった。私はさらに近づく。そして手をゆっくり子猫に近づけた。 つかさ「怖くないよ」 手を近づけると子猫は口を大きく開けて私の指に噛みつこうとした。 ここで手を引くと子猫はきっと驚いてよけいに私を嫌いになる。手をそのまま止めて子猫のさせるがままにした。 そこで子猫は何度か私の指を噛みつこうとした。しばらくすると私が敵意がないことに気が付いたのか。 唸り声が止まった。 つかさ「寂しかったんだね、もう大丈夫だよ」 ゆっくり手を動かして子猫の体に触った。もう抵抗してこなくなった。そのまま頭をなぜた。 毛の逆立ちもなくなった。そして甘えた声で鳴き出した。やっと子猫らしくなった。 こなた「つかさ・・・ナウシカ」 びっくりして後ろを振り返った。こなちゃんがミルクとお皿を持って立っていた。 つかさ「こなちゃん、いつからそこに」 こなた「子猫がつかさを噛み付こうとした辺りから、私じゃできなかったよ、つかさにナウシカを見た!」 つかさ「ナウシカって・・・大げさだよ」 こなた「ミルク、持ってきたよ」 こなちゃんは私にミルクとお皿を渡した。お皿にミルクを注ぐと私は子猫の前にお皿を置いた。 子猫は走るように近づいてお皿のミルクを貪るように飲み始めた。 こなた「やっぱりつかさに来てもらって正解だった、さすがツンデレの妹だね、扱い慣れてる」 つかさ「ツンデレって・・・一匹で怖かっただけだよきっと・・・でも、確かにこの子猫お姉ちゃんに性格似てるかも」 こなた「ところで・・・相談の話なんだけど・・・」 つかさ「この子猫をどうするかってこと?」 こなちゃんは無言で頷いた。 こなた「このままにはしておけない、里親を探したいんだけど・・・」 つかさ「こなちゃんの家はだめなの?」 こなた「猫そのものは問題ないと思うけど、でもお父さん、猫アレルギーなんだよね」 つかさ「・・・」 こなた「花粉症でもあるから・・・さすがに無理っぽい、つかさの家はどう?」 つかさ「私の家は・・・以前お父さんに犬飼っていいって聞いたことあるんだけど、ハッキリした返事はもらえなかった、でもダメとも言ってなかった」 こなた「大丈夫そう?」 つかさ「お母さん、まつりお姉ちゃん、いのりお姉ちゃん、みんな動物好きだよ、よく一緒に動物番組とか見るし」 そこで一人忘れていたことに気付いてしまった。 つかさ「だめだ、お姉ちゃん・・・」 こなた「かがみ?、なんでさ」 つかさ「お父さんに犬飼っていいって聞いたとき、お姉ちゃんが居て大反対された・・・」 こなた「う・・・よりによってかがみかい、それじゃかがみがOKだせば飼えそうだね」 気付くと子猫はお皿のミルクを全て飲み干していた。そして私の靴の上で丸くなって寝ていた。 子猫をそっと両手でつかんで抱き寄せた。 こなた「もうその子猫すっかりつかさを気に入ったね」 つかさ「飼ってみたい」 こなた「それもかがみ次第か、かがみをどうやって説得するかだけど・・・口では敵わないし」 つかさ「私から話してみる、お姉ちゃんならきっと許してくれる」 こなた「悪いね、こんなことまでさせて、それまで子猫、ここにおいて置くしかないかな」 つかさ「でも、ここだと夜冷えそう・・・神社の裏に私しか知らない秘密の倉庫があるんだけど、そこなら大丈夫そう」 こなた「秘密の倉庫?」 つかさ「そう、子供の頃見つけたの、中学まで使ってた・・・でもこの子猫、どうやって神社まで運ぼうかな、さすがに歩いては無理かな」 こなちゃんは少し考えていた。 こなた「それなら大丈夫、今日、ゆい姉さんが遊びにくるんだ、車で送ってもらうように言うよ」 つかさ「ありがとう」 辺りを探し、小さなダンボール箱を見つけてその中に子猫を入れた。そして倉庫の奥に隠すように置いた。 こなた「とりあえず、ゆい姉さんが来るまで、家で待ってよ」 つかさ「うん、その前に、あの子猫、名前付けないと」 こなた「名前ね、ツンデレ猫だから かがみ でいいんじゃない」 つかさ「・・・その名前だと私が呼び辛いよ・・・三毛猫だからミケ」 こなた「んー、まあ、それでいいや」 私達はとりえずこなちゃんの家で待つ事になった。 おじさんは仕事の打ち合わせで出かけていた。ゆたかちゃんもまだ帰ってきていなかった。 成実さんがすでに遊びに来ていた。早番で早く勤務が終わったと言っていた。 こなちゃんは早速理由を言って私を家まで来るまで送ってくれるように頼んでくれた。 成実さんは快く引き受けてくれた。でも、私を送ってくれる間、動物を育てるのは大変だよと 耳が痛くなるまで言われた。私に責任が重くのしかかる。うまくミケちゃんを家族の仲間にできだろうか。 成実さんに神社の前まで送ってもらった。鞄とミケの入った箱を車から取り出した。 ゆ い「それじゃ、つかさちゃん、がんばってね」 つかさ「ありがとうございます」 その瞬間、車は猛スピードで走り去った。 とりあえず私は神社の秘密の倉庫に向かった。中学まで使っていたけど、特に何かを隠していたわけではなかった。 こんな時の為に覚えただけ。 箱の中のミケちゃんを見る。まだぐっすり寝ていた。寝姿がとってもかわいい。 私は決意を新たに箱を倉庫に隠した。 そして、家に着いたた。落ち着いたらとりあえず要らないタオルとかを倉庫に持っていこう。 つかさ「ただいま」 家に入ると、お姉ちゃんはまだ帰ってきていなかった。しかし、お姉ちゃん意外がみんな居る。丁度いい。 つかさ「ちょっとみんないいかな」 まつり「なによ、改まって」 つかさ「えーと、私、猫を飼いたいんだけど・・・いいかな」 いのり「唐突ね・・・猫か・・・私は構わないわよ」 まつり「猫ね、いいね、私もいいと思う」 ただお「・・・つかさが自分で世話をするなら」 み き「猫ね、そういえば今まで飼った事なかったわね、皆がよければ」 まつり「なんでそんな話を?」 つかさ「いや、友達が子猫を分けてくれるって言ってくれたから」 まつり「なら話は決まりよ」 つかさ「やったー」 思ったより反応がよかった。みんな気持ちよくいいって言ってくれた。 これならお姉ちゃんも・・・期待がいっきに膨らんだ。 夕食の準備が終わった。まだお姉ちゃんは帰ってこない。 つかさ「お姉ちゃん遅いね」 いのり「さっき携帯に電話したら、駅に着いたって言ってからもうすぐじゃないの」 しばらくすると。 かがみ「ただいま」 つかさ「おかえり」 お姉ちゃんの様子がちょっとおかしい。苦虫を噛んだような顔をしていた。 学校で何かあったに違いない。こんな時に限って、ミケちゃんの事が聞き難くなった。 み き「おかえり、すぐにご飯にしましょ」 私達は居間で食事をした。楽しい会話が弾む。でも、お姉ちゃんだけ黙っていた。もくもくとご飯を食べていた。 ミケちゃんの話をいつするか、そのチャンスを探していたけど、今のお姉ちゃんはそんな話をする状態じゃない。 まつり「かがみ、どうしたのさ、さっきから黙っちゃってさ」 かがみ「別に、どうもしないわよ」 いのり「学校で何かあったの、まあその様子だと話してくれそうにないわね」 まつり「つかさがかがみに話したいことがあるみたいだけど」 まつりお姉ちゃんが話のきっかけを作ってくれた。でも今はあまり話したくなかった。 かがみ「なによ、つかさ話したいことって」 つかさ「えっと、こなちゃんが子猫を拾ったんだけど、こなちゃんの家じゃ飼えなくて、私が飼おうかって言ったんだけど」 かがみ「つかさが、猫を?」 つかさ「うん」 かがみ「皆は?、お父さん、お母さん、姉さん達・・・」 皆は笑ってお姉ちゃんに答えた。 お姉ちゃんは一瞬笑ったように見えた。でもすぐにもとのけわしい顔に戻った。 かがみ「つかさ、本当に猫を飼うの」 つかさ「うん」 かがみ「私、この前言わなかったっけ、動物を育てるってことがどんな事かって」 つかさ「知ってる、それでも飼いたいと思った、ミケちゃん、かわいい子猫だよ」 かがみ「みけちゃん・・・って、こなたに何言われたか知らないけど、私は反対するわ」 つかさ「お姉ちゃん・・・私、ちゃんと世話する」 かがみ「どうかしら、以前、朝顔に水あげるの忘れて枯らした事あったじゃない」 つかさ「そんな昔のこと・・・あれは小学校の頃だよ、今は違うよ、絶対そんなことしないよ」 かがみ「何度言っても同じ、私は猫飼うの反対」 信じられなかった、いくらお姉ちゃんでもここまで反対されると私も怒らずにはいられない。 つかさ「お姉ちゃんの分からず屋、もう子猫は預かってきてるから、反対しても飼うからね」 かがみ「なんだって、もう一回言ってみろ」 つかさ「何度だって言うよ、分からず屋、分からず屋、分からず・・」 頬を叩く乾いた音が響いた。私の頬をお姉ちゃんは叩いた。初めての事だった。 思わず私も叩き返した。これも初めての事だった。 お姉ちゃんはもう一度私を叩こうと手を上げた時、まつりお姉ちゃんがお姉ちゃんの手を掴んで止めた。 かがみ「まつり姉さん放して、こいつにもう一発食らわせないと」 いのりお姉ちゃんは私の両肩を掴んでいる。 私はもうお姉ちゃんを叩くつもりはなかったけど、私の手はお姉ちゃんをもう一回叩こうとしていた。 私はいつの間にか涙を流していた。 お姉ちゃんは私に頬を叩かれて鼻血が少し出ていた。それを拭おうともせず私を睨んでいた。 ここまで反対されるとは思わなかった。叩かれた事よりそれが悲しくて涙を流した。 お母さんが大きくため息をついた。 み き「いい加減にしなさい、二人とも、食事中に」 まつり「かがみ、つかさの喧嘩初めて見たわ、つかさも意外にやるわね」 み き「まつりは黙ってなさい、猫を飼うのはかがみ意外賛成よ、どしたのかがみ、らしくないわよ」 かがみ「・・・」 み き「かがみ、少し自分の部屋で頭冷やしてきなさい」 お姉ちゃんは黙って自分の部屋に向かった。 み き「つかさ、子猫すでにもう預かってるって言ったわね、さっきと話がちがうじゃないの、子猫はどこにいるの」 つかさ「・・・神社の・・・秘密の所」 み き「つかさも先走りすぎだわね、だから喧嘩になるのよ、つかさも自分の部屋で少し頭冷やしなさい」 私は部屋に向かおうとした。 み き「待ちなさい、つかさ、食事の準備中、タオルとか用意してたわね、それは子猫のため?」 私は黙って頷いた。 み き「自分の部屋に行く前に、子猫の世話してあげなさい、もう始まってるわよ、つかさ」 つかさ「それじゃ、ミケちゃん連れてきていい」 み き「それはまだ、かがみがあの調子じゃね、もう少し待ちましょう、この季節なら外でも大丈夫でしょ」 お母さんは私に微笑んでいた。 お母さんに言われたとおりタオルとミルクを持って倉庫に向かった。 倉庫に着いて早速ミケちゃんの世話をした。ミルクを飲ませている間にタオルを箱にひいた。 飲ませ終わるとしばらくミケの遊び相手をしてあげた。 タオルの箱の中で丸くなって寝るのを確認して自分の部屋へと戻った。 自分の部屋でお姉ちゃんの事を考えていた。叩かれた頬がまだ少し熱い。 今までこんな喧嘩したことなかった。私を一番理解してくれたし理解していたと思っていた。 なんでそこまで反対したんだろ、その理由が知りたかった。喧嘩する前なら聞けたけど、もう聞けない。 そんな考えが頭の中をグルグル回っていた。 どのくらい時間が経ったか、ノックする音がする み き「つかさ、入るわよ」 入ってくると、おにぎりの入った皿を私に渡した。 み き「ほとんど食べてなかったでしょ」 つかさ「ありがとう」 おにぎりを食べた。 み き「お父さん、私、いのり、まつり、でかがみと話し合ったわ、あの子も頑固ね、猫飼うの反対しか言わないのよ」 つかさ「お母さん・・・」 み き「でもね、その理由を聞くと、言葉を濁らせちゃってね、本心を言ってくれないのよね」 つかさ「もう飼えないのかな」 み き「私が怒ったらね、かがみが飼う条件出してきたわよ、この条件を達成できたら飼ってもいいって」 つかさ「どんな条件なの」 み き「つかさが一人で次の日曜まで子猫の面倒をみれれば、だって」 つかさ「それでいいの」 み き「さすがに昼は無理よね、昼は私とお父さんで世話するわ、朝と晩、しっかりね」 つかさ「分かった頑張る」 み き「朝起こすのもダメって言われたわよ、つかさは朝弱いわよね、私はそれが心配」 つかさ「お姉ちゃんを見返してやる」 お母さんは笑っていた。 み き「明日の朝、世話に行くとき私に声かけて、子猫の居る場所を教えてもらいたいの」 私は早速目覚まし時計の時間を今までより一時間早くセットした。 いつもより早く寝た。お姉ちゃんに負けたくない。次の日曜くらいの世話が出来ないと思ってるんだ。 目覚まし時計が鳴った。私は飛び起きた。 急いで準備をして、お母さんを呼ぶ。そして、倉庫へと向かった。 心配だった。ミケちゃんがお母さんを警戒してしまわないかと。 でもそれは心配だけで済んだ。もうミケちゃんは人を怖がらないみたい。 一通りの世話を済ませて家に戻ると、玄関でお姉ちゃんと出合った。もう学校へ行く姿になっている。 かがみ「さすがに初日に寝坊はしなかったみたいね」 すごくいやみに聞こえた。 つかさ「悪いけど、もう飼うのは決まったと同じだよ」 かがみ「せいぜい頑張りな、私は先に学校に行ってるわよ」 お姉ちゃんはそのまま駅に向かって歩いて行った。 お母さんはため息を一回ついた。 私も遅れて学校へ行く準備をして学校に向かった。 教室に入ると、こなちゃんとゆきちゃんが私に駈け寄ってきた。 そして、お姉ちゃんのことを聞いてきた。様子がおかしいって。 朝の時間では話しきれないからお昼休み話すって言った。 お姉ちゃんは多分お昼休み私た達のクラスに来ない。 お昼休みなった。思った通りお姉ちゃんは私た達の所に来なかった。 早速こなちゃん達が私の所に来た。私は昨日起きたことを全て話した。 話したおかげでなんかスッキリした。 気が付いてみると、こなちゃん、ゆきちゃんは呆然と私を見ていた。 こなた「やっぱりつかさはかがみの妹・・・だね、あのかがみに反撃できるなんて、見てみたかった・・・喧嘩」 つかさ「私のした事って・・・間違ってたのかな」 こなた「今更なに言ってるの、ここまで来たら、かがみを見返してやりなよ」 みゆき「今、つかささんはかがみさんの出した課題を進行されているのですね、今朝からのかがみさんの態度を理解できました」 こなた「かがみも意地が悪いね、つかさの弱点を攻めるなんて」 つかさ「ごめんね、みんなを巻き込んじゃって、お姉ちゃんもしかしたら、もう二度と来てくれないかも」 みゆき「大丈夫ですよ、かがみさんはそんな人ではありません」 その時、お姉ちゃんが昨日帰ってから不機嫌だったことを思い出した。 つかさ「ゆきちゃんに聞きたいことがあるのだけど」 みゆき「なんでしょうか」 つかさ「昨日、放課後お姉ちゃんに何かなかったかな、昨日家に帰ってから機嫌が悪かったから、それに帰りも遅かったし」 ゆきちゃんはしばらく上を見て考えてから答えた。 みゆき「昨日は、私とかがみさんで意見が合わなくて・・・会議が長引きました、最後は多数決で私の案が採用されたのですが、かがみさんは不服そうでしたね」 つかさ「それじゃ、喧嘩しちゃったの」 みゆき「いいえ、このような事は頻繁にあるので・・・しかし、かがみさんがその事で機嫌を悪くされたのは想像できますが・・・」 こなた「言い出すタイミングが悪かったね、でも、かがみが猫嫌いだったとは思わなかったよ、野良猫とか見かけるとかがみ、微笑みかけているの見たことあるから 大丈夫だと思ったんだけどね、分からないもんだね」 つかさ「私も、そこまで反対されるとは思わなかった、そういえば、お姉ちゃん、みなみちゃんのチェリーちゃんを触ったところ見た事ないな」 みゆき「かがみさんがチェリーちゃんを見ていた時、さりげなく聞いたことがあります、犬は飼いたいと思いませんかと」 つかさ「で、なんて言ったの」 みゆき「犬は好きだけど、見ているだけはいや・・・と言っていました、私には意味が分かりませんでしたが、それ以上私は聞きませんでした、かがみさんが悲しそうな顔をされたので」 こなた「それは関係なさそうだね、犬だしね」 つかさ「ところで、頼みたいことがあるんだけど」 こなた「何」 みゆき「何でしょうか」 つかさ「猫の世話の仕方を教えてもらいたんだけど、特に子猫だし、失敗もしたくないし」 こなた「悪い、猫とか犬とか飼ったことないから、そうゆうの分からないんだ」 みゆき「私も、お恥ずかしながら・・・図書室にそういった本があるのを見ましたが」 つかさ「そうだよね、飼ったことないとなかなか分からないよね、図書室で調べるよ、ありがとう」 こなた「私も付き合うよ、子猫に関しては私が発端だからね」 つかさ「ありがとう・・・」 みゆき「すみません、私は、委員会の・・・」 つかさ「あ、別にいいよ、これは私の問題だから」 昼休みは終わった。 放課後、私とこなちゃんは図書室で猫の育て方の本を調べた。良さそうなのを何冊か選んで、ポイントをノートに書いた。 しばらく時間が経つと、こなちゃんが私をジーと見てることに気が付いた。 つかさ「どうしたの、休憩する?」 こなた「いや、どうしても想像つかなくてね、つかさがかがみを叩く場面が」 つかさ「・・・」 こなた「その逆も・・・かがみがつかさを叩くのも、私は何度も殴れてるけどね」 つかさ「私も分からない、なんでお姉ちゃんを・・・」 こなた「それでふと思ったんだ、ゆーちゃんが私を叩いたらどうするかなって」 つかさ「・・・どうするの」 こなた「分からない、けど、叩き返すことはできないかな・・さすがに・・・つかさはこれからどうするの?」 つかさ「これからって?」 こなた「このまま喧嘩続けるの?」 つかさ「続けたくない、でもどうして良いか、わかんないよ」 こんちゃんは少し間を置いてから話し出した。 こなた「こんな時はね、謝っちゃえばいいんだよ、私の時なんか謝るとすぐ許してくれたよ」 つかさ「こなちゃんもお姉ちゃんと喧嘩したことあるんだ」 こなた「まあね」 図書室にある掛け時計を何となく見た。 つかさ「あ、そろそろ本気出さないと、時間内にまとめられないよ」 こなちゃんの意外なアドバイスにちょっとびっくりした。でも今、そんな事を考えている余裕はない。 私は夢中になって本を書き写した。 それでも、時間内にまとまりきれなかった。しかたがないので一冊を選んで借りることにした。 つかさ「ごめんねこなちゃん、すっかり遅くなっちゃって」 こなた「いいよ、今日はバイトもなかったし」 校舎を出たとき、お姉ちゃんとゆきちゃんにばったり出会った。 こなた「おお、かがみにみゆきさん、奇遇ですな」 みゆき「泉さん、つかささん、調べ物は終わったのですか」 こなた「私たちじゃまとまり切れなくて、本借りたよ」 みゆき「そうなんですか、泉さん、こちらへ」 ゆきちゃんはこなちゃんをバス停の方に呼んだ。こなちゃんはゆきちゃんの方に走って行く。 私とお姉ちゃんが残った。普段なら楽しい会話もするけど、そんな気持ちにはなれない。 でも昨日お姉ちゃんを叩いたのは謝りたかった。 つかさ・かがみ「「昨日は、ごめん」」 つかさ・かがみ「「!」」 お姉ちゃんも同じ事を思っていたみたい。こなちゃんのアドバイスがなかったら謝れなかった。 つかさ「お姉ちゃん、昨日は叩いちゃって・・・鼻血まで・・・」 かがみ「別にいいわよ、先に手を出したのは私だし、それに、叩かれて分かった、つかさが本気だってこともね、それだけは認めてあげる」 つかさ「それじゃ、ミケを飼っても・・・」 かがみ「勘違いしないで、今でも飼うのは反対だから、約束は守ってもらうわよ」 私は悲しくなった。 かがみ「なにしけてるよ、みゆきから聞いたわ、さっきまで、猫のこと調べてたんでしょ、今のつかさなら訳無いでしょ、この程度の事」 つかさ「お姉ちゃん、教えて、なぜ反対なの、その理由教えて」 お姉ちゃんは黙ってしまった。しばらく私の方を見たままだった。 かがみ「見てるだけなんて・・・」 つかさ「見るだけ?」 かがみ「つかさに言っても分からないわよ、バスが来ちゃうわよ」 お姉ちゃんがバス停の方を向くと、少し遠くでこなちゃんとゆきちゃんが私達を見て笑っていた。 かがみ「こなた、なに見てるのよ、見せ物じゃないわよ」 こなた「見させてもらったよ、美しい姉妹愛を・・・」 かがみ「うるさいー」 お姉ちゃんの怒鳴り声が響いた。ゆきちゃんが私に手を振っている。ゆきちゃんもお姉ちゃんに喧嘩を止めるように何か言ってくれた。そんな気がした。 こなちゃんとゆきちゃんのおかげでこんなに早く仲直りができた。私も手を上げてゆきちゃんに返事をした。 結局、お姉ちゃんは猫を飼いたがらない理由を教えてくれなかった。言いたくない事なのかな。ただ猫が好きとか嫌いとかそんな事を超えた何かが理由なのは分かった。 私達四人は駅で別れた。そして、お姉ちゃんにも先に帰ってもらった。 ペットショップに立ち寄った。少し歯が生えていたみたいだから、もう離乳食を与えてもいいみたい。 お母さんから預かったお金で、猫の離乳食を買った。その他、必要と思われるものを買い揃えた。 それから、猫の首輪を買おうとしたけど、買えなかった。まだ正式に飼うと決まったわけじゃない。 家に帰ると、お父さんが決まったことがあると私に言った。 それは、もし飼えないと決まったら、お父さんの知り合いに猫を飼いたがっている人がいる。その人に引き取ってもらうことになったと。 さすがにお姉ちゃんもそれには少し驚いたようだった。でも私は安心した。 ミケは私が成功しても失敗しても捨てられることはない。でも、私が育てたい。今までよりも強くそう思うようになった。 平日の間、朝晩、私はミケの世話をした。朝は目覚ましよりも早く起きる。晩はミケちゃんが眠るまで遊び相手をしてあげた。 後半になると、晩の世話にいのりお姉ちゃん、まつりお姉ちゃんが見に来てくれた。世話は私がすることになっているので、見ているだけだったけど、 二人ともミケちゃんを可愛いと言ってくれた。でも・・・ 本当はお姉ちゃんに来て欲しかった。ミケちゃんを見ればすぐにでも家に連れてくれる。そう思った。 お姉ちゃんは仲直りしても猫の話すらしようとはしなかった。 次のページへ
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第六夜 白金色の影が形を成す。それはやはり”狐”。 しかし、先程のそれとは違い身体は数倍大きく、体毛は艶やかに光り輝き、 九つに分かれた尾が威嚇するように揺らめいている。 「九尾……」 そんな言葉がかがみの口を動かす。 「せっかく私に丁度いい身体を手に入れたと言うのに……」 白金に輝く”狐”の口が裂け、悲しそうな遠吠えをしてみせる。 「私を怒らせた罰を受けるがいい!」 九尾は頭を尻の方に向け、向きを変えるようにくるりと回る。 九本の尾が扇のように広がり、そこから巨大な衝撃波が放たれる。 「きたわね~!?そりゃっ!」 かがみは両腕を前に突き出し、上下に広げる。 伸ばしきった腕をそのまま左右別々の方向へと、円を描くように回した。 描かれた両腕の軌跡が光り、”雪女”の前に透明の膜が形成された! 「こなた!後ろへ!」 あるはずの無い地面を蹴りつけ、こなたはかがみの背後に回る。 大きな音共に”雪女”の作り出した膜は真っ白になり、砕けた。 「ほひょ~!さっきまでのとは威力が違うね~」 「何のんきに言ってるのよ!ほら、また来たわよ!」 自らの放った衝撃波を追いかけるように九尾が近づいてくる。 こなたは右手へと散開し、かがみは”雪女”に抱えられるように後退していく。 九尾の目標はかがみであったのだろう。 自らの絶対的優位をいとも簡単に覆し、あまつさえ、不意の事とはいえ、後ずさりさせられるという辱めを受けた。 九尾は長大な尾をなびかせながら、かがみに突っ込む。 しかし、かがみも簡単にはやられない。 ひょいと上空に飛び上がり、九尾の背後から”つらら”を撃ち放つ。 「甘いんだよ!」 九尾は九本の尾を広げ、それを球状に自身の身体にかぶせる。 さながら、ドーム型のバリケードといった風貌。 つららは、そのドームに当たり、跳ね返され砕け散る。 上にいるかがみへと身体を向け、咆哮する九尾。 その咆哮と共に九尾の周りに数体の”狐”が出現する。 「うお!増えたぁ~!」 九尾の背後を衝こうとしたこなたの目の前にも”狐”が現れる。 「やっかいね……」 尾を振るごとに放たれる衝撃波を”雪女”と共に軽やかに交わすかがみ。 しかし、その表情に余裕は無い。 あまりにも連続する攻撃に、先手を取れないでいたのだ。 「つかさがもどれば……」 別行動をとっていたつかさは必死に走る。 頭上で戦闘を繰り広げる九尾に気づかれぬよう、視界の外側を走る。 ちょうど、体育館を半周し、氷柱となったみゆきの背後へと達した。 その瞬間、突如出現した”狐”が唸りを上げ、つかさの前に立ちはだかった! 「うわあぁ!」 咄嗟に袖から短刀を取り出し応戦する。 運よく突き出した刃が、頭上から飛び込んできた”狐”の胸部を貫き、危機を脱する。 ”狐”は悲鳴すら上げず煙のように消失していく。 その煙の向こうには、いつの間にか大量に現れていた”狐”と死闘を繰り広げるかがみとこなたがいた。 「うそ!は、はやくしなくちゃ!」 わたわたと慌てふためき、短刀をしまうと、目の前の氷柱に手を当て呪を唱える。 つかさの両手から褐色の光があふれ出し、それが氷柱を取り囲む。 徐々に氷柱は小さくなっていき、中からピンク色の長い髪の毛が見えてきた。 「ゆきちゃん!」 ふらふらと立つみゆき。 背後からではみゆきの状態が分からない。 正面に回り、もう一度名前を呼ぶ。 「……ん、ふあ?あ、れ、つかさ、さん?」 みゆきは、焦点の合わない瞳を少しずつ下に落とし、可愛らしい巫女を見つけた。 「ゆきちゃん!よかったぁ!」 思わずつかさはみゆきに飛びついた。 余りに突然のことで、みゆきは背後に倒れそうになったが、何とか踏みとどまり、つかさを受け止める。 「よかったよぉ!うれしいよぉ!」 「つかささん……」 つかさはまるで子供のようにはしゃいだ。 みゆきが戻ってきた。ちゃんと体温も感じる。鼓動も聞こえる。 「ほら、心臓の音がとくとくって……ほへ?やわらかい、ね」 「え!?あ、あああの、つ、つつつつつかささん!わ、私、なんでこんな格好に……」 みゆきはようやく正気を取り戻し、自らが全裸であることに気づいた。 が、すぐさま、恥ずかしさが限界に達し、意識が遠のいていく。 みゆきは、薄れ行く意識の中で、つかさにされた”キス”を思い出し、恍惚とした表情で床に抱かれていった。 「こんなんじゃ、キリがない!」 「かがみんや~、なんか大きいの一発ぶっぱなしちゃってよー」 次々と襲い掛かる”狐”。 それ自体はさして強くもないが、時折放たれる九尾の衝撃波がかがみ達の動きを妨げる。 さらに、九尾が咆哮するたび、共鳴するように蘇る”狐”。 全くもって埒があかない。 四方八方からの攻撃に、少々疲労を感じ、互いに背中を預けるこなたとかがみ。 「ま、まだ、慣れないのよ。あんたの方が戦い慣れてるんでしょ?なんとかしてよ!」 こなたが自らの手足を使い、呪を織り交ぜながら敵を駆逐していくのに対し、かがみはほぼ防戦を強いられていた。 是非もない。かがみはつい先程、力を自分のものにしたばかりだ。 どれほどその潜在能力が高かったとしても、使い方を知らないのであれば、全ては無意味だ。 「がんばって、リーダー!」 こなたはかがみにウィンクをする。 横目でそれを確認し、かがみはうなずいた。 だが、意識すればするほど”雪女”は動いてくれない。 どうすればいい? 「くっくっく……。そろそろ終わりかい?」 九尾の顔がにやけたかのように見えた、その時! かがみとこなたの周りを黄金の光が包む。 「召喚します。草薙の剣!」 声と共に、周りにいた”狐”が横一文字に分断されていく。 「つかさ!」 「ごめん、遅くなっちゃった」 あれだけ無数にいたと思われる”狐”の群れは周囲に無く、ただ一体、九尾を残すのみとなっていた。 「なんなんだい!なんなんだい、お前達は!?」 激昂し、身震いする九尾。 ざわざわと森の木々が葉を擦るように、九本の尾が揺らめく。 白金色に輝いていた毛並みが逆立ち、周囲を強力な瘴気が取り囲む。 「もう許さないよ!後悔する間もなく捻りつぶしてやる!」 天井に向かい大きく唸りを上げる九尾。 「一気に!」 こなたが叫ぶ。彼女の勘が指し示す、勝敗の分かれ目。 かがみは迷いを打ち消し、頷く。 まずは、動かなくちゃ!さっきもそうだった。 難しいことは分からないけど、とにかく動くんだ!
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父親であるおっさんに他愛のない話を振る。 「お父さんは生まれ変わったらなりたいものとかある?」 彼の返答は……。 「んー、可愛い女の子とかかなっ」 「お、おん……っ!? ネットでもたまに見かけるけど……なんで?」 「食事にしろレジャーにしろレディースデーっていって割引されるだろう。なんか女の子ばっかズルくない?」 「お父さん基本的に大らかなのに妙なトコで女々しいね……」 おっと、女の子ならこう付け加えとくのが無難かな。 「まあそう言われると確かにありがたくはあるかも。普通に利用できるから特に何とも思ってなかったなぁ」 「はーあ、こなたはずるいよな―。中身はオレと同じオヤジなのに女の子の恩恵受けられて」 「うおーいっ」 少なくともオヤジではないぞ、と内心で突っ込む私は、こなたという名の女の子らしい。 女友達と連れ立って登校。とある事件の話題が出た。 「……って感じで教師犯罪が増えてるみたいよー」 と、女友達のひとり、かがみが言う。 「それってさ、モラル云々より単にギャルゲーエロゲーのやり過ぎって感じしない? よくあるシチュだし」 との私の返答に、 「そりゃまんまアンタのことでしょーが」 と突っ込みが入る。そして更なる突っ込み。 「……ちょっと待て、なんでアダルトゲームの内容知ってんだ高校1年生」 「ふっ」 「『ふ』じゃねぇ」 「あんた私らと知り合う前って友達いたの?」 学校で昼メシ食ってたら、かがみからこんな質問をされた。 こなたに友達は普通にいたようだが、彼女の日記は流し読みした程度なのでこの場でスラスラ話せるほど内容を覚えてはいない。 さて、本来の私がこの子達と知り合う前だったらどうだったかな。 「中学の時一人仲のいい友達がいたかな。しばらく連絡とってないけど、今、何してんのかな。中学の授業参観の時、将来の夢は魔法使いって言ってたけど」 『今』……この時代にヤツが健在なら30代をとっくに越えている。 童貞のまま30歳になると魔法使いになるなんて都市伝説があり、お互いそうなる可能性が高い。 それを少々誤解した結果があの作文だった。 試しにヤツと連絡試みたが、引っ越したのか電話は通じないし手紙も届かなかった。 こなたという赤の他人になってしまった今の私が無理に調べようとしたら怪しまれるだろう。 などと考えていたら、かがみの双子の妹、つかさと、こなたがどのようにして仲良くなったのかと聞かれた。 日記によると、つかさが怪しい大男に絡まれていたのを助けたのがきっかけだった。 こなたは格闘技の経験者らしいんだが、ずいぶんと無茶をするものである。 おまけに道聞かれてただけだったみたいだし。 「おまっ……駄目じゃん!! 何勝ち誇ってんだ」 いやぁ、やっぱ女の子助けるってシチュエーションは男のロマンだし。 PCに保存されているメールを読み返してみる。 かがみからのメールは付き合いが始まったばかりの頃は丁寧な文体だったのだが、徐々にくだけた書き方になり、ついには遅刻しないようにと釘を刺される始末。 「ってカンジでメール見てると友達としての歴史がだねー」 皆との付き合いの歴史、勉強しないとな。 「私があんたの正体に気付いてきた経過の記録だな」 などと呆れられたわけだが、気づいたのはこなたがオタクだったり時間にルーズであるという程度で、私の本当の正体に気付いたわけではないだろうかがみんや。 そんなかがみは今、体重の話で落ち込んでいる。 「1~2キロ上下したって見た目的にあんま差なんてないのに、なんでそんな数キロで一喜一憂するかねぇ。これだから女ってヤツは」 「あんたもたしか女だったハズだけどね」 残念だったな、私は男だったハズなんだ。 ―― こなたリフレイン ―― コテコテのオタクであるオレが、朝起きたら女の子になっていました。 しかも、20年くらい経った近未来の世界。あの大予言はあっさりと外れたらしい。 目が覚めて部屋を見回した時、あまり違和感がなかったため、しばらくは自分自身の変化にも気づかなかった。 部屋中に張られたポスター、PC、漫画etc……。 そりゃあ、未来の技術で作られただけあってPCのデザインは洗練されたものだったし、よく見るとポスターや本の印刷は精密なものになっていた。 だがオレがはまっていた作品のいくつかは世代を超えて愛されるものだったらしく、ちょっと見ただけではオレの部屋と雰囲気が変わらなかったのだ。 あくびと共に背伸びしたときの長い髪の感触をきっかけに、自分が背も胸もちっこい女の子になってることに気づいた。 ネタなのかと言いたくなる200X年のカレンダーや、雑誌とか単行本の奥付の日付見て面食らった。 そして恐る恐る部屋を出ると、廊下には無精ヒゲ伸ばしたおっさんがいた。彼はゲームの攻略法を教えてくれと言って部屋に侵入してPCを起動し、せり出してきたトレイにCDを入れる。 なるほど、カセットテープでプログラムの保存が出来るんだから、同じく音を記録する媒体であるCDでも保存できるんだな。 などと感心していたら、フロッピー、ましてカセットテープとは比べ物にならないスピードでデータが読み出され、ゲームが起動した。 ドットなんて意識させない生のイラスト原稿でも見てるかのような画像と、音源なんて意識させない生の楽器で演奏しているかのような音楽に圧倒される。 オレが呆然としていたら、しばらく怪訝な顔をしていたおっさんは不意に顔を赤らめ「ゆっくり体を休めるんだぞ」とか言って慌てて部屋を出て行った。 どうやら、あのおっさんがこの女の子の父親らしい。 父親の不可解な反応をあれこれ考え、ある可能性に気づく。 娘の様子がおかしいのは月の物ではないか? と、父親は仮説を立てたのではないだろうか。 中身が男のオレになってしまったことでボロが出たわけではない。というわけで安堵するべきか、アレになったと誤解されたことを恥らうべきなのか大いに悩むところであるが、とりあえず一人っきりになったのでこの女の子について色々調べてみる。 日記帳やアルバムを発見。この子には悪いが、円滑に生活を送るためと言い訳し拝見させてもらった。 更に、金持ちの友人にいじらせてもらったマックの要領でPCを調べているうちに、ゲームを動作させたまま他の作業もできることに気づき、様々なデータを覗いてみる。 そういえば、ヤツの家でやってたロードスのテーブルトーク、いいところで中断してるんだよな。 などと考えながら様々なファイル見ていると、手紙のような文章を発見した。パソコン通信の世界(この時代ではネットと言うらしい)で送受信されたもののようだ。 それらを見た結果、オレがなってしまったこなたという女の子は、オレ同様に筋金入りのオタクであることが判明した。 オレをそのまま女にしたような子。どうも、オレが素で行動してもあまりボロが出そうにない。 改めて電源入れっぱなしのPCに目を向ける。 そこでは、相変わらずの奇麗な画像と音楽が流れ、更に画面が切り替わってビデオでも見てるかのように滑らかな動画の再生が始まった。技術の進歩はすごい。 ……が、その内容はエロ。 オタクって生物の本質がさほど変わっていないのが少々切なかった。 とりあえずボロが出ないように一人称は思考も言動もこなたが使用していた『私』に切り替え、女の子としての生活を始めた。 女言葉ということになるが、少々丁寧語に切り替えたと考えると言葉遣いは割とすんなり順応できた。 新聞等を見て知識を身につけ、どうにかこの時代に順応してきた頃に新型ビデオデッキの記事が目に入った。 タイトルやキーワードを設定すると、それに関する番組をサーチして撮っておいてくれるスグレモノらしい。 さすがは近未来。コレで野球延長も怖くない! と思っていたら、ネットTV欄みたいので照合してるだけで延長みたいなイレギュラーまでは対応してないとの事。 未来技術も大したことない。オタクの最大の敵は相変わらず野球をはじめとするスポーツ中継である。こういう点でもオタクの世界は変わっていない。 その上に、これらのスポーツ中継が中止になって普通にアニメが見れるということで好きだった雨は、海外から上陸し増殖していたドーム球場のせいで嫌いになってしまった。 買い物で訪れたオタクの聖地である秋葉原は、ずいぶんと軟派というか二次元寄りに変化してしまい、しばらくは見えない壁を感じたものだ。 2画面の折り畳み式ゲームウォッチがこの時代でも現役なのかと驚いたが、これがファミコンのようにカートリッジ替えて別のゲームができる上に性能は比べようのない高性能であることに更に驚かされた。 このDSというゲーム機向けに、本来の私の時代に発売されていたゲームがリメイクされていたりして、ゲームといえど名作は世代を超えるのだなと感心した。 こうしてみると、人間社会の本質はそうそう変わるものではないようだ。 景品にばかり目がいって本体であるはずのお菓子はついついないがしろにしてしまうし、ロッテはこの時代に至るも優勝してないし。 かと思えばこんなこともあった。 ガンダムはZでは飽き足らずVとかWとかXとか色々出ているようだが、その一方で1年戦争の時代を描いた外伝もいくつか作られており、こなたの趣味はその時代の作品に偏っていた。 そういうこともあって彼女のコレクション見てもすぐには違和感に気づかなかった。 父親が「お隣さんから良いもの頂いたぞー」とか言うから、「何? ツボ?」などとボケたら感極まって抱きしめてくる始末。 こんなことで父娘のコミュニケーションが取れてしまう辺り、オタク文化もかなり一般化しているようだ。 あれからも女子高生としての日常が続く。 つかさ達が歯医者の話してるな。ドリルか。これは怖がっておいたほうがいいか。 ああ、でもいきすぎたか、フォロー入れねば。女の子だったらどう言うかな? ……そうだ。 「でも男子は歯医者とか好きそうだよね」 「何で?」 「だってドリルは男のロマンって言うし」 「いや……見るのはともかく削られるのは嫌だと思うけど……」 それもそうか。 ちょっと早起きしたのでゲームやってたらついつい長引いてしまい、学校出るの遅れた。というわけで学校の廊下を全力疾走している。 担任である黒井先生が出欠取る声が聞こえた。 「泉、泉ー、なんや遅刻かー?」 「ストップっ、遅刻じゃないですーっ」 さて、なんて言い訳しよう? 『ウィッキーさんと英会話してきました』 なんて、この時代で通じるわけないよな。 『ブラウンのモーニングリポートに引っかかった』 オレはこの年なのに結構ヒゲ濃いから信じてもらえるか……って、オレ、いやいや、今の私は女の子なんだから駄目じゃん! 正直に言おう。 「人助けをしてたら遅くなりましたっ。そのあと話とか聞いてたら長引いてっ」 「なるほどな、そりゃええコトしたわ」 嘘は言ってない、嘘は……って、おお、信じてもらえた。 笑みをたたえた先生は更に続ける。 「で、それは何のゲームの話や?」 ううっ、読まれてる……。 アニメキャラの仮装もずいぶんと一般化しているようだ。せっかく女の子になったことだし、色々な格好を試してみるか。こなたならやってもおかしくないだろうし。 というわけで……。 「仮装喫茶でバイト始めたって言ってたけど、そういうとこってスタイルとか良くないと駄目なんじゃないの?」 と、かがみが突っ込んできた。 「いやぁ……私もずっと胸がないのを嘆いてきたんだけどね?」 こなたには悪いのだが、自分が女の子になったとすぐ気づくことができなかった原因のひとつがそれだったのだ。 女の子になったんだもの、揺れる胸への戸惑いとか体験してみたいんだが。 「とあるゲームで『貧乳はステータスだ希少価値だ』って言ってたんだよね。言われると確かにそういうニーズもあるわけじゃん?」 と、自信たっぷりに続ける。 実際、本来の私が膨大な量のフロッピーをとっかえひっかえしてプレイしてたゲームでも巨乳キャラではなく貧乳キャラに興奮していたものである。 ……自分が貧乳キャラになっても仕方ないんだが。 「そう言えばこなたって漫画やゲームの趣味変わってるわよね。少年誌ばかりだしギャルゲーメインでしょ」 かがみにこう指摘された。 日記などの資料や自分が見聞きしたことから考えると、 「ウチ、お父さんがよく漫画見たりゲームするからそれに影響されてるんだよね」 ということらしい。自分で言うのもなんだが、娘の前でギャルゲーやエロゲーやるってどんな父親だろう。 かがみも同じこと考えているのか唖然としつつ突っ込んできた。 「父子揃ってそんな感じでお母さん何とも言わないの?」 「あー、ウチ、お母さんいないから」 「え?」 実際に居ないし父親もあまり話題にしないが、アルバムなどの写真や位牌から推察するに、 「私がすごく小さい頃に死んじゃったんだよね」 ということらしい。 居間に飾られてる写真には、今より若い父親と、こなたと見間違えそうなくらいにそっくりな女性、その二人に挟まれる赤ちゃんが写っていた。 あれが両親であり、赤ちゃんだった頃のこなたらしい。 本来は他人であるはずの私から見ても、暖かく、切ないものがひしひしと伝わってきた。 両親の顔は本来の私から見ても見覚えがあった。 まあ、こなたの両親なのだから見覚えがあってもおかしくないか。 毎朝髪の手入れで鏡を凝視してることだしな。 「そ、そうなんだ……悪い……」 あ、かがみとつかさがバツが悪そうにしているな。フォロー入れねば。 「だから家事とかいつもやってるからかがみより全然できるよ」 「突っ込みづらい雰囲気の時に余計な事言うなっ」 そうそう、かがみはこうでなくちゃ。 バイト先の喫茶店で行う夏の新メニューについて考えていると、かがみが話しかけてきた。 「へぇ、そんなのあるんだ?」 「暑い時こそ辛い物ってことで激辛ラーメンとかどうかナ?」 実際、本来の私の時代では激辛がブームになってて、激辛ラーメンは暑いときには最高だった。 「もう少し喫茶店っぽいメニューにしなさいよ」 それもそうか。 「じゃあ激辛パフェとか!」 カレーやラーメンに飽き足らず、お菓子や清涼飲料にも激辛があったんだ。パフェもアリだろう。 「いい加減、脊髄反射的な発想はやめないか?」 ううっ、呆れられた。でもブームが再来すれば、あるいは……。 親戚のゆい姉さんと担任である黒井先生の引率で私達は海に行くことになった。 で、紆余曲折の末に辿り着いた海の家。 「おお、期待通りだ!」 「何がそんなに嬉しいのよ?」 「だって海の家を絵に描いたようなのが出てきたんだよ? 見よ! この具のないカレー! さすが海の家!」 他にも定番のメニューが並んでいる。こういうのは世代を超えて受け継がれていくのだなあ。 で、民宿で風呂に入る。こなたは女の子であるからして当然ながら女湯に入ることになり、他の皆とご一緒することになってしまう。 しかし、全然いやらしい気持ちにならないし興奮もしない。体が女だからかな。 考えてみると、私がこなたという女の子になってから誰かと風呂に入るのはこれが初めてだな。 せっかく髪が長い女の子になったんだ、アレをやってみよう。 「見て見て! ティモテ、ティモテ、ティモテ~♪」 /⌒彡 / 冫、 )) ティモテ / ~ヽ ` , (((( ティモテ | \ y )))) ティモテ~ | ニつ))つ |、ー‐ (( / ヾ \、 // しヽ__)~ ~~~~` ウケるぞ~これは。 「何それ」 との冷め切ったかがみの反応。 そうか、この時代であのシャンプーは見かけなかったから、もしやと思っていたが、もう消え去った商品だったんだな。君らも生まれてなかったんだな。 ジェネレーションギャップを痛感し、寂しくなる。 いや、まだだ、このネタで笑いを取らねば気がすまない。 振り向くと、そこには大人である黒井先生とゆい姉さんがいた。彼女らなら! 「姉さん姉さん! ティモテ、ティモテ、ティモテ~♪」 「おー懐かしい~! やったやった♪」 「これだー! 私の欲しかった反応はこれだった!」 通じた、私がリアルタイムで接していたネタが通じた! 「お前いくつやねん」 などと先生に呆れられた。 さてはて、本来の私はこの時代ならいくつなんだろうな? みゆきさんが眼鏡なしで登校してきた。割れてしまったとのこと。 そんなわけで今日取ったノート貸したりしていた。 そうこうしてるうちにトイレ行くことになったのだが、よく見えないせいか彼女はふらふらと男子トイレに入りそうになり慌てて静止した。 こなたになったばかりの頃は私も習慣で入りそうになったっけ。 そんなみゆきさんは体育祭でリレーに抜擢された。 最初は障害物競走になるはずだったんだが、私が、 「みゆきさんは体の凹凸激しいから障害物はダメだよ~、いろいろくぐるし」 と言ったためである。 「お前それ中年オヤジのセクハラかよ……」 と、かがみに呆れられた。まあ、オヤジではないが中身は男だしな。 そんな私は100メートル走に抜擢。 「どうしたらこなちゃんみたいに早く走れるの?」 とのつかさの問いにこう答える。 「こういうのはイメージが大事なのだよイメージが」 号砲で駆け出すとき、頭にとあるゲームの画面を思い浮かべる。 まずは手を痙攣させるように力技でボタンを連打、それからコインでこすり、終盤は定規ではじくようにしてその振動で……。 「ごーるっ♪ こんな感じ?」 「マジか」 ふっふっふ、連射している信号を出す回路があらかじめコントローラーについてても珍しくない世代の君らにはわかるまい……って、わかるのかよかがみ。 バレンタインがやってきた。 本来の私としては無縁だったし、女の子になった今では貰えるわけがないし、中身が男ということであげる相手を作る気にもなれないということで現実世界ではやっぱり無縁のはずだった。 だが。 「おはよーこなちゃん、はいこれ」 つかさから義理チョコを貰った。 欧米では男女問わず好きな人や友達にお菓子やカードを渡すということで、女の私に義理チョコらしい。 しかしこの凝りよう……。 「つかさ~、義理でも男子にはあげない方がいいよ~、絶対勘違いされるから~」 体が女子でも中身が男子である私が言うんだから間違いない。 不覚にもときめいてしまったじゃないか。 で、かがみもチョコくれた。ぶっきらぼうな態度で顔赤くしながら渡すのが堪らん。 本来の私がこんな態度で渡されたら絶対勘違いしてしまう。 そんな私だが、ネットの世界ではチョコをあげる予定がある。 ゲーム内でキャラとして、である。 女の子として生活する反動なのか、ネット上のゲームでキャラを作成するとき性別は迷わず男を選択していた。おまけに結婚もしていたりする。 「はぁ……男が女にチョコあげるのか……? というか女が女にあげてるようなもんでしょ? それ」 と、かがみに突っ込まれる。 「大丈夫、相手、中身は男だから……あれ?」 相手は男が女キャラ操作してて、私が操作する男キャラからチョコ貰うわけで、それ操作する私は女の子なんだけどその中身は男で……??? 「あー……まぁ、こういうのは各個人が楽しめればそれでいいのよネ!!」 「そうだネ!!」 二重に性別を偽った上にチョコの受け渡しは逆転してるわけで、混乱避けるためにも今後は自重しよう。 従兄弟のゆたかという女の子が私達と同じ高校に合格し、実家からだと遠いということで我が家から通うことになった。 そんなわけで一緒に暮らすのだが……。 父親がトイレのドア開けたままで用たしていため彼女は引越し早々にショック受けていた。 私は中身が男ということもあってお構いなしでいたため、感覚が麻痺していた模様。これからは気をつけねば。 それにしても女ってのは脅威の生物だ。 今もかがみは、携帯電話(こんな小さな物体にPC並みの性能があり無線で電話できるなんて信じられんが、この分野ではいちいち驚いてたらキリないので深く考えず受け入れることにした)に出たとたんに……。 「あ、はいもしもし○○ですけど、あっいやいや、つい、家電のクセで……うん、うん――」 つい、たった今まであんなに激しく私に怒りをぶつけてたのに、どうして女ってこう素早く切り替えられるんだろう? 誕生日を祝われた。 「このくらいになると年とっても別に嬉しくないわよね」 と、かがみは言うが……。 「いやー、私はすごーく嬉しいけどね~」 「へ~何で?」 「だってこれで美少女ゲーとか堂々とできるじゃん」 コレまではさ、ちょっと後ろめたさがあったわけよ。私がこなたになったばかりの頃、彼女は年齢満たしてなかったわけだし。 「狐……えーと……犬……リス……」 「急になに言ってるんだ?」 「いや、皆を動物に例えたらどうなるかなーって」 友達同士で集まったとき、ふと思いつきで出した例え話。 そしてかがみはウサちゃんだと言ったら激しく照れていた。うーむ、可愛い。 で、みゆきさんは羊かなと言われたが、あえて反論させていただく。 「いやー、みゆきさんは……なんと言っても牛でしょっ! このへんが」 「あんたの発想はどうしてそう中年のおじさんみたいなんだ」 かがみの突っ込みが入る。 おじさんではないが、まあ、中身は男だしな。 あ、雨か。傘用意してねーな。 「もう男子みたいに濡れるの気にしないでそのまま帰ろうかなー」 私のぼやきにかがみの妹、つかさが答える。 「あはは、男の子って何で濡れるの気にならないんだろうね」 「ブラとか透ける心配ないからじゃん?」 「一理あるだろうけどあまり大声で堂々というな恥らいもてよ」 私の返答にかがみが気まずそうに突っ込む。 ふーむ、こういうのは女同士でも気を遣わねばならんのか。 「あんたの家族はホント仲良いよね」 かがみにそう言われたので、ふと思いつきで父親に聞いてみた。 「私が男子でも今と同じように接してた?」 しばしの間を置いてから「当たり前じゃないか」と返してきた。 「……はいはい、よーくわかったヨ」 よかったね、私が体だけでも女で。 「修正してやるっ!!」 頭への衝撃で覚醒する。 「泉ー、居眠りすなー」 「体罰が禁止のご時勢で、先生、けっこう普通になぐりますよね。別にいいですけど」 自分で言うのもなんだけど、殴られなきゃわからん奴っているし。 本来の私の時代ならこれは妥当なケース、別におかしなことではない。この時代の人間が過剰反応してるとしか思えない。 「せやな。けど誰も彼もやなくて殴る相手はえらんどるよ、いろんな意味で」 どんな意味ですか……。 ゆたかがポテトチップの袋開けられず四苦八苦してるな。 というわけで私が開けようとしたわけだが……。 「ギザギザのトコロから破って開けちゃおっか?」 「ちょっ、まっ、ちゃんとあけるから、ちょっとまって!!」 しかし、どんなに力入れても、ひっくり返してもダメ。 男として力技で負けるわけには……あれ? 今は女なんだっけ。でも年長者としてはやはり負けるわけにはいかない~~~!! ゆたかのクラスメイトで重度のオタクである女の子、ひよりと意気投合する。 実際に妹がいる人は妹萌えしにくい、アニメの予告編における次回タイトルで即バレ、PCの調子の悪さをどう表現するか、連載続いてる漫画における絵柄の変化、コスプレは素材がよくないと楽しめない、朝起きたら最初に何をするか? 袴もいい、といった具合に。 だが最後の袴で決定的な溝があった。 「眼鏡と袴は女の子に限る」 というのが私の主張、それに対しひよりは、 「私的には男の子もありなんですが」 私の中身が男であることが、この違いを生んだのだろうか? さて、かがみんとこは世界史の宿題出ただろうな。しかし、何も言ってないのに見せないと宣言された。 毎回たかられちゃかなわんとの事。行動パターン読まれてるなー。 「いやいや考えてご覧よかがみ。毎回宿題を理由にしてかがみに会いたいがために隣のクラスまで足げく女の子が通ってくる。って想像すると、ほらっ、すっごい萌えシチュエーションじゃない?」 「オタクのその発想力には時々色んな意味で関心するわ。それ男子の発想じゃないのか?」 見抜かれたか!? とも思ったが、呆れられるだけで気持ち悪がられたり怪しまれたりはしないな。 中身が男子なんじゃなく、そういうキャラとして認知されてるようだ。 部屋を片付けていると、こなたが子供の頃に使っていたと思われるクレヨンが出土した。 本来の私としてもさまざまな意味で懐かしくて、童心に返り絵を描いてみた。 しかし、絵心がなく散々な出来。そのことに呆れていたらかがみが来訪。 笑われるだろうから隠し、話を逸らす。 「そういえばさー、子供の頃からずっと気になってるんだけど」 「ん?」 男の子と女の子が向かい合って絵を描いているイラストが入ったクレヨンのパッケージを指差す。 「この女の子はどーして怒ってんのかな?」 目つきが怖かったのだ、この子。 「あんたはほんと、どーでもいいコトだけはよく考えるな……」 どうでもよくなんかない! 本来の私が子供の頃からこの会社のクレヨンのパッケージはこの絵だったんだ、これって地味にすごい事だ。 と、言いそうになったのを堪える。本来の自分を隠すってのも結構大変だ。 たまには、ということで夕食をカップ麺で済ますことになった。 ゆたかは焼きそばを選択。流しに湯を捨てに行き、ベコンという定番の音が鳴り響いた。 デザイン同様、あの音の発生も変わらないんだな。 などと感心していたら……。 ぼとぉっ 「は、半分くらいになっちゃった……」 定番の悲劇も変わらないか。この時代になっても克服できてなかったとは。 などと考えながら私のカップを開けると、なんかスープの具合が変。でろーんとしている。 ふとスープの袋を見ると『お召し上がりの直前にお入れください』との注意書き。 そりゃあ普通の料理でも調味料とか入れるタイミングってものがあるけどさ、さしすせそってヤツ。でもそういう面倒から開放するのがインスタントってやつじゃないのかね? 実際、本来の私の時代なら既にスープはカップの中にぶちまけられてて、無造作に湯を注ぐだけで済んでたのにさ。 「まあ、そういう時もあるよな」 などと慰めてくれた父親のカップの中では、具、またはスパイスか何かが入った子袋が浮いていた。 最近のカップ麺ってヤツァ―― 弁当を忘れた。 今日は寒いから購買で肉まん買ってきたわけだが。 「ほら、かがみ、おっぱいおっぱい」 「ぶっ、そういうコトでかい声でゆーなっ」 貧乳の女の子にしかできないギャグであり、二つ買ったことでついやってしまった。今では反省している。 なんなんだ、このやるせなさ、自己嫌悪、敗北感。 他人の体であり本来の私は男のはずなのに。 もう精神は乙女のソレに侵食されてしまったのか、それとも男だからこそ抱く感情なのか。 格闘ゲームが再ブームになったという。 本来の私がはまっていたコナミの『イー・アル・カンフー』。 アレを凄くしたようなストリートファイターというゲームをゲーセンで見た記憶があるのだが、アレは更に進化を続け格闘ゲームという1ジャンルを築いて今に至るらしい。 これまたアニメビデオでも見てるかのように綺麗な画像が動く。これがリアルタイムに作られている画像なのだから恐れ入る。 ふと、ある可能性に気づき押入れを発掘してみた。こなたならアレを持っていたのではないか、と。 その予想は的中した。押入れの中で、本来の私にとっては未来に発売されることになるオーパーツ、スーパーファミコンが数々のカセットと共に埃を被っていた。 引っ張り出し、埃を掃除してコレに移植されたストリートファイターⅡをやってみる。 さきほどゲーセンで見た最新作と比べれば見劣りするものの、『イー・アル・カンフー』に馴染んだ私にとってはやはり脅威の画像である。 そのとき、父親が画面を覗き込んできた。 「お、バイソンか。当時M・タイソン格好よかったんだよなー」 との発言に、激しく同意を返そうとしてある事を思い出し静止。 「M・タイソンって誰?」 と、すっとぼける。 こなたの年代なら知らない筈だからな。 海行ったときのティモテやキャンプで遭難したときの死兆星のようなネタは今後自重しよう。 カラオケ行ったときも、あまりにもラインナップが充実してるんで嬉しくて特撮とか歌いまくったが、アレもまずかろう。 さすがに何度もやると怪しまれる。 それにしてもこのゲームは国際色豊かで、アマゾンは電気うなぎという連想で野生児が自家発電したり、インドの僧侶がヨガという連想で手足を伸ばして攻撃していた。 ベラボーマンみたいで笑ったのだが、この時代だと偏見だの差別だのと言われそうだ。 実際、新聞の投書欄なんかで時折そういうふうにヒステリックな主張を見ることがある。 昔の漫画の復刻版でも差別表現があるとかで台詞を改変されたりその話だけカットされたりしていた。 子供の頃読んで胸躍らせたちびくろサンボに至っては絶版になる始末。 この時代は、ネットで発言の機会が増えている反面けっこう窮屈なところもあるようだ。 父親やゆたかとクイズ番組を見ていると、この時代から見て昔の小学生の体育授業の映像が流れた。 女子はブルマを履いている。 私がこなたになってしまった当初、体育の授業であのブルマを履く羽目になるのかと戦々恐々としていたが、男子同様に短パンだったことに安堵すると共に拍子抜けしたものだ。 などと感慨にふけっていたらこんな問題が出た。 『最近、日本の小学校で見なくなった物に「ブルマ」がありますが、意外なところでニーズがあり売れているそうです。そのニーズとは何でしょーか!!』 「えー、いや、何となくわかるけどさぁ~」 わかってしまっていた。この時代について知るべくネットをさまよって情報をかき集めるうちに、知らなくてもいいことを色々と。 本来の自分の時代でも世も末だと感じることが多々あったが、アレについて知ったときはもう、そういうのを通り越したものを感じた次第である。 「それをゴールデンのお茶の間に流してもいいのかなぁ」 と、父親が言う。 ですよねー。 というか、父と娘とでこういうことで分かり合うってのもどうかと思うが。 『正解は、より小さな幼稚園児くらいの子供がアンダースコートやオーバーパンツとして運動の時に使う、でした~っ』 ゆたかが首をかしげるのを尻目に、父と娘とでうなだれあう。 「うーん、私達って……めちゃくちゃ汚れてますネ」 「結構取り返しつかないトコまで来てるかもな」 といった具合に、父と娘とで深いとこまで分かりあった。 中身である本来の私から見ればこのおっさんは他人のはずなのだが、とてもそうは思えない。 一体これはどういうことなのだろう? PCにてゲームやってるときにゆい姉さんがやってきた。 「いやーしかし、か弱い年下キャラもいいけど、やっぱりお姉さんキャラもたまりませんなーっ」 色々とね、憧れとか幼少期の体験とか思い出しちゃうわけですよ。 「や~、……お姉さんお姉さん言うけど……そういうゲームやる人にとっちゃそのキャラの方が年下なことが多いんじゃないの?」 「私達、心はいつも少年少女なんですよ姉さん!!」 まして、本来の私はかろうじて少年と言えなくもないわけだしな。 などと感慨にふけりながら続ける。 「まー、姉さんが言うようなこともたまに思ったりしますけどねー」 「ふむふむ?」 「いやー、例えば、気付いたら遊んでた頃は年上だったゲーキャラと同い年になって不思議な感じしたり、前から憧れていたキャラより年上になって複雑な気分になったり」 おまけに、本来の私の時代に接していた作品が今でも連載続いていたり、リメイクされたりで、時代を超えて接した私が抱く感情の複雑さといったら―― などと言い出しそうになって慌てて別の話に変える。 「キャラは漫画の中でいろいろ成長とか活躍してるのにリアルの私は何やってんだろうなーとか思ったり……」 言ってて自分で傷付いた。アムロより年上だし、ブライトさんに追いつきそうだし。 「まあ飲もうか」 などと姉さんに慰められる。 本来の私は、この時代だったら実際にこうやって飲みに行くような、こなたのような年齢の子供がいてもおかしくないおっさんになってるはずなんだよな。 なのにどうして私は女子高生やってるんだろう。 体育の授業でバレーボールをやる。 かがみのチームと対戦することになり大いに盛り上がった。 そのとき、かがみが打ったスパイクをつかさが受け損ね、顔を強く打って泣き出した。 そんなに痛かったか? とも思ったが、つかさはどうやら成績や運動神経で負けてるってことで姉のかがみにコンプレックスを抱いていて、それがついに爆発したらしい。 いたたまれない雰囲気、どうにかせねば。 「だって、涙が出ちゃう。女の子だもん」 封印していた世代超越ネタだが、止むを得まい。 くねくねと身をよじる。男だったら気持ち悪いが、この姿なら問題なかろう。 「何よそれ」 「え゛~!? 知らないの? これって日本人の常識じゃん?」 「そう思うのはお前だけだ」 そうか、世代を超えた名作だと思ったが通じないか。 でもまあ、紆余曲折あったがつかさも立ち直ったからいいさ。はっはっは。 とまあ、こんな調子でゆる~い日々を謳歌していたある朝。 「朝起きたら男の子になっていました」 というか戻っていました。 いつだったか皆の前でつかさが犬のしつけや芸の話を出し、ある単語を口走ってその場を凍りつかせたわけだが、その単語の対象がここで元気に……って。 「……夢オチかよっ!?」 あれから、受験やらなにやらで忙しくなりあの夢のことも忘れてきた頃、疎遠になっていた幼馴染の女の子と大学で再会した。 見違えるくらいに綺麗になっていて、しばらくはあいつだと気付かなかったくらいだ。 作家としてデビューしようと四苦八苦してる頃、資料として多数保有していたあるものについてあいつから苦言を呈され、なかば冗談のつもりで言ったプロポーズまがいの台詞がすんなりと受理され結婚、娘も生まれた。 あいつは娘の成長を待たずして逝ってしまったが、そこそこ幸せな人生だったと思う。 娘の性格は、オレの趣味の影響で相当にオレに似ている。正確には、年齢や性別ゆえの違いが加わった結果、あの時のオレ、筋金入りのオタクだったオレに似ている。 それでもまあ、あいつが望んだ『普通』とはちょっと違うが、とてもいい子に育っている。 抱っこした感じもどんどんあいつに似てきて―― そこである事実に気づき、愕然とした。 なんとなく思い浮かんだ名であり、妻となったあいつの名と韻を踏むからと即決した名前、こなた。 改めて見てみると、今オレの腕の中でうっとおしそうにもがき蹴りを繰り出した娘は、外見といい性格といい歩んでいる人生といい、あの夢の中でオレがなっていた女の子、『こなた』にそっくりになっていた。 改めてあの夢の記憶と娘との記憶を照らし合わせると、まったく同じ内容だった。 たとえばクリスマスイブ。 娘からのプレゼントは、夢の中でオレがバイトして父親に贈ったものとまったく同じだった。 それ以前の問題として、今のオレは夢の中の『こなたの父親』そのものだった。 それに、娘が友人のかがみちゃんとつかさちゃんを連れてきた時、ふたりが初対面とは思えなかった。 そもそも、彼女らの家が神社で巫女さんであるということをなぜ知っていたのか? 娘からいろいろ話を聞いていたが、その点は聞いた記憶がなかった。 「お父さんは生まれ変わったらなりたいものとかある?」 との娘の問い。やはり夢の中でこう質問した記憶がある。 あの記憶の中で父親はこう答えていたな。 「んー、可愛い女の子とかかなっ」 「お、おん……っ!? ネットでもたまに見かけるけど……なんで?」 娘はやはり、あのときのオレと同じ返答をしてきた。 「食事にしろレジャーにしろレディースデーっていって割引されるだろう。なんか女の子ばっかズルくない?」 「お父さん基本的に大らかなのに妙なトコで女々しいね……」 そうだな、オレは女の子になってた時期があることだしな。 少しの沈黙の後、娘は続けた。 「まあそう言われると確かにありがたくはあるかも。普通に利用できるから特に何とも思ってなかったなぁ」 そうそう、女の子らしく振舞おうとしてこう付け加えてたっけ。 「はーあ、こなたはずるいよな―。中身はオレと同じオヤジなのに女の子の恩恵受けられて」 というか、中身はオヤジと同じオレなんだよな、今。 さてはて、これは一体どういうことなんだろう? 娘は性格が似てきた結果、時と空間と性別を超えてあの頃のオレとシンクロした、なんて事があるんだろうか。 あれからも改めて娘を観察してみると、まるっきりあの夢の通りだった。 ならばそろそろ、あの質問をした……いや、する頃になるのか。 「お母さんって背小さいし幼馴染だし、なんかギャルゲーキャラみたいじゃん? お父さんがベタ惚れなのはわかるんだけど、お母さんは何で結婚したんだろ?」 やはり来たか。 この問いにどう答えるかをオレは考え続けていた。そして……。 「『お前が振り向いてくれないからオレはギャルゲ好きになったんだ』と言ったら割とすんなり……」 と、夢の中の父親と同じ答えをした。 今、そしてこれからもしばらくの間、娘の中身はあの頃のオレになっていることだろう。 元の時代、元の体に戻ったオレは『こなた』としての経験を夢として受け止め、その後の人生にそれなりに影響を与え、今に至っている。 今オレの目の前にいる娘と、もし、あの夢と異なる接し方をして、娘……あの時のオレに異なる体験をさせたとしたら、過去、そして今は変わってしまうかもしれない。 変えることが出来るかもしれない。 その可能性を考えた上で、オレはあの夢を辿ることを決断した。 「でも何で急にかなたの事を?」 こなた、貴様は『んー、私、お母さんの事よく知らないし……』という。 「んー、私、お母さんの事よく知らないし……」 やっぱりだ。あの時のオレ……今のお前は、母親に限らず誰のことも知らなかったんだ。 友達のことも、自分自身のことも、日記やメールやアルバムなどの資料を通して断片的に覚えただけ。 父親の名が本来の自分と同じであることにすら気づかない有様だったもんな。 これから、ちょくちょくかなたとの思い出を話しておこう。 今のこなた……かなたと結婚する前の時代に戻るオレにどんな知識を与えたとしても、あいつを救うことは無理だ。 かなたを蝕んでいた病魔の対処法は、今に至るも見つかっていないのだから。 だからせめて―― 「かなたは若くして逝っちまったけど、幸せだったよって最期は笑ってたよ」 あいつにこのルートを辿らせてやるのが、せめてもの救いになると思う。そのためにも、な。 「こなたはこなたのやりたいようにやればいいさっ。オレもむりやりかなたを連れまわして思い出たくさん作ったものさー」 「じゃあ私も彼氏とか作って思い出作りしようかなー」 「それは絶対ダメっっ!」 夢の記憶において、色恋沙汰はなかったからな。 逆にこういうやり取りの記憶があり、その記憶の通りになっている。タイムパラドックスは回避せねば。 ……いや、娘をもつ父親としては、当たり前の反応であろう。 そうだよな? かなた。 完 ――追加エピソード―― あれからも女子高生としての日常が続く。 昼食で好物のチョココロネを齧る。 菓子パンで昼食を済ますってのもどうかと思うが好きなものはしょうがない。 しかし……食べづらい。 つかさが言うところの頭を齧り続けある一点を超えると、チョコがはみ出した。 時代と共に消費者の嗜好が変わり流動性の高いものに替わったのだろうか? はたまた、地球温暖化って奴で、気温が高くて溶けてる? 体がこの時代になじんでるため体感温度は普通に感じるんだろうか? いやいや、そんなことあるはずがない、何かの間違いだ。 そう思いながらはみ出たチョコを舐め取り改めて頭に齧りつくとまたはみ出した。 こりゃ本当に温暖化か!? と焦ったとき、みゆきさんからアドバイスを受けた。 細いほうをちぎってチョコつけて食べるとか。非常にまだるっこしい。 そのまだるっこしさを考えたとき衝撃を受けた。 考えてみると、男だった頃に比べ口を大きく開けることができないため、それがチョコのはみ出しに繋がった可能性がある。 ふと思いつきでシュークリームの食べかたを聞いてみると、分割してクリームすくって食べるというこれまたまだるっこしい食べ方。 男だった頃は一口で全てほおばっていたからそんな小細工は不要だったのだが。 女として暮らしていく以上は、このやり方に合わせないと駄目なんだろうか? などと考えていたら、つかさは白いご飯にでもなんにでもマヨネーズかけて食べるという恐ろしい食生活を語り始めた。 美味しんぼにおけるカツオじゃあるまいし。 この子だけなのか? この時代ならこれが普通なのか? こなたリフレイン テスト明けで気晴らしに行った映画の後で、勇気を出してケーキバイキングに行こうと提案。男だった頃から甘党なのだが、こういう店は行くの難しかったのだ。 (ケーキ)バイキング。それは女の欲望番外地。 男だった頃の感覚でつい取り過ぎてしまったかと思ったが、かがみはより多く取っていた。 実際食べ始めると際限なく甘みを味わうことができ、こうして甘いものは別腹というのを身をもって体験していた。 しかし、まだまだこの体に慣れていないため加減がわからず、お代わりで大量に取ってしまった後で満腹感が急に襲ってきた。 それから先は拷問だった。やはり今後は自重しよう。 かがみとつかさがお泊りに来たとき、ふたりはアルバムを見始めて、写真の母親を娘であり私であるこなたと勘違いしていた。 無理もないか。私自身、こなたとして生活するためアルバム見たとき混乱したくらいだ。 それにしても綺麗な人だ。父親を見ているといつも思うのだが、この人はあの父親のどこがよかったのだろう? といった話から、私の好みのタイプについて聞かれた。 困る。私の中身は男で、ホモではないんだし。 こなたの日記やメールでもそれらしい記述はなかった。 特に無いとごまかすもかがみに食い下がられ、誰でもよかったのかも、と更にごまかした。 「見るに見かねてお父さんと、とか」 って、それは本来の私に予想されうる展開だろ。 同情婚ならあるかな、と、自虐的なことを考えていたものである。 こなたのお母様、重ね重ね、貶めるようなこと言ってすみません。 自分を偽る生活ってのは、接する相手に不誠実だな。でも、どうしたものか。 正直に話して信じてもらえるとは思えない。また何かの漫画に影響されたのかと片付けられるのがオチだろう。 第一、私……オレが侵入した結果、追い出されてしまったこなたはどうなったのだろう? そんなことを考えながらも、ゆる~い日常は続くのだった。
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「ねえ、姉さん」 「なによ? そんな声出して。まつりらしくないわね」 食事の片づけをしていたいのりにまつりが声をかける。 いつもの彼女の軽さからは思いつかないような甘ったるい、それでいて少し けだるさを含んだ声はいのりをくすりと笑わせるのに十分すぎた。 「茶化さないでよ。そ、相談があるのよ……」 「うふふ、ごめんなさい。で、なんなの?」 最後の食器を拭き終え、戸棚に戻す。そして、妹を見つめながら、テーブルを挟み 対面する席へと腰を下ろす。 「あ、あのさ。こ、この間ね、その、え~と……」 「何よ? 本当にらしく無いわよ?」 「ちょ、ちょっと待ってね」 まつりは深く息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出す。 「こ、これ……貰っちゃって……」 ポケットから取り出したのは小さな銀色のリング。石も意匠も何も無いが電灯の灯りを 受けてキラキラと輝く小さなリング。 「まあ! やったじゃないの! ちょっと悔しいなぁ~。今年のクリスマスは抜け駆けね!?」 姉はそのリングをひょいとつまみ上げ丹念に見つめる。 「それがさ……」 「それが? どうしたの?」 ごくりとつばを飲み込み、ゆっくりとまつりは言葉を吐き出した。 「つ、つつ……」 「つ?」 「つかさが……くれたの……」 左腕を大きく伸ばし、いのりの持っていたリングを取り返す。 いのりはぽかんと口を開けてまつりの言葉を頭の中で何度も何度も咀嚼してみる。 沈黙が続き、といってもたいした時間ではないのだが、いのりの目の焦点が赤面して 俯くまつりを映し出す。その瞬間、 「えーーーーーーーーーーーーーーーっ!」 「ちょ、ちょっと! いのり姉さん!!」 イスを後ろに転がすほどの勢いで立ち上がり、絶叫するいのり。突然の姉の行動を 必死で抑えようとするまつり。 その声に驚いて、今にいた両親が顔を出す。 「どうしたんだい?」 父ただおが珍しく焦りながら二人に問いかけた。 「あ、い、いや、なんでもないのよ? ね? 姉さん」 「あ、ああ、うん。なんでもない。なんでもない。いこ?」 必死で取り繕いながら、いのりはまつりの手を取り部屋を抜け出す。 目指すはいのりの自室。途中、やはり声に驚いて降りてきたかがみと出会ったが、 気づかないふりをしてやり過ごした。 「そ、それは何処の話? 何時からリングで、どんなつかさが何人くらい……」 「ちょっと、姉さん、落ち着いて! 何言ってるのかわかんないよ!」 動揺するいのりを諌めながらまつりは額に手を当てた。 「はあ、困ってるのは私の方だっての。相談する相手、まちがえたかしら?」 その言葉にぶんぶん首を振って否定するいのり。心なしかその表情がにやついてるように 見えたのは、まつりの錯覚ではあるまい。 「い、いつ、貰ったの?」 「おととい」 「どこで?」 「私の部屋」 「な、なんて言ってたの?」 「……」 小気味良く答えていたまつりが急に口をつぐむ。俯き、再び赤面する。 「ねぇ! なんて?」 いのりのニヤニヤが増していく。ベッドに腰掛けたまつりの横で、彼女の服の袖を引っ張りながら 身体を揺らす。さながら、子供がおもちゃをねだるかのように。 はあ、と溜息をつき、まつりは次の言葉を捜していた。そして、意を決したように話し出した。 「『お姉ちゃん』……」 「お姉ちゃん?」 「だ、『大好きだよ』って……」 「きゃーーーー!」 まつりが言い終わる間もなく両手を顔に当て、ベッドに倒れこむいのり。 「ちょっと、ふざけないでよ! これでも真剣に悩んでるんだから!」 まつりは少し怒ったように姉の服の袖を引っ張り、起き上がるように促した。 「ご、ごめん! で、でも……なんて言えばいいのか……」 いのりはニヤニヤに赤面をプラスした挙句、鼻息までも荒くしている。 本当に言うんじゃなかったとまつりは後悔したが、それこそ後の祭りだ。なんて冗談を考えてる場合じゃない。 「そ、そりゃあね、私だってつかさの事は好きよ? 優しい子だし、かわいいし、料理なんかも上手だし、 私やかがみなんかよりもずっと女の子らしいし……」 まつりがベッドの上の毛布をつねりながら、もじもじとして呟く。 その瞬間、いのりの部屋の扉がバタンと大きな音を立てて開かれた。 「うわ!」 二人はお互い抱き合い、ベッドに倒れこむ。扉の方に視線を向けるとそこにいたのは 「か、かがみ!」 きれいな高音のユニゾンが室内に響きそれに続いてじと目の三女が重い声を発する。 「女の子らしくなくて、悪かったわねぇー?」 柊家の釣り目チームのエースが本気を出した釣り目だ、いくら妹とはいえ、恐怖するには十分。 「ちょっと、かがみ。聞いてたの!?」 まつりも負けて入られないと立ち上がり、声に力を入れる。 「聞こえちゃったのよ! ったく、二人で何話してるかと思えば……」 「べ、別にあんたの悪口言ってたわけじゃないのよ!?」 「知ってるわよ。なんで私を引き合いに出すかなー? ってこと!」 扉を閉め、かがみは絨毯の上に腰を下ろす。手近なクッションを手に取ると、むすっとした表情で、まつりを見上げる。 「だいたい、私達四人で女の子らしさ競ったら、つかさにかなうわけ無いじゃん?」 「そ、それもそうね。あの子のああいうところは一番かもねぇ」 かがみの言葉にいのりが頬を人差し指で掻きながら答える。天井を見ながら、おそらくいろんなシチュエーションでも 想像してるのだろう。 「じゃ、じゃあ、その前の……」 まつりは力が抜けたように再びベッドに腰を下ろし、声を絞り出す。 しかし、それもかがみの声により遮られる。 「あらっ? これは……」 何気なく下を向いたかがみの視線の先にあったのは銀色のリング。 それをひょいとつまみ上げ、目の前に持ってくる。 「う、うわぁー! だめ! そ、それはだめ!」 ベッドから跳ね上がり、床の上にダイブするまつり。勢いで、のけぞり仰向けになるかがみ。ちょうど、まつりが かがみに覆いかぶさるような体制になった。 「なによ! び、びっくりするじゃない!」 ばんざいをした格好で倒れるかがみの身体をよじ登るように這い進むまつり。その目指す先は左手に握られたリング。 「ちょ、ちょっと、まつり姉さん!」 「二人とも、子供じゃないんだから、いい加減にしなさいよ!」 なんだかわけも分からず抵抗するかがみ。セーターがまくれ上がり下着が顔を出す。一緒にスカートも捲くれ上がったのだが、 これ以上の描写はここでは必要ないので、割愛する(作者)。すまん、皆。色なら水色のストライプだ! その横で、さすがに目の前で繰り広げられる光景に、姉としての自覚を思い出し、いのりは制止に入る。 だが、まつりの動きは止まらない。こうなったら、かがみの服を引き剥がしてでも取ってやろうと考えていた。 「じっとしてなさいよ! てか、さっさとそれ返して!」 「返して!? 何言ってるの? これ私のじゃない!?」 「え?」 「は?」 「ん? な、なによ。どうしたのよ、二人とも。私、変なこと言った?」 かがみの一言に同時に声を出して動きを止める二人の姉。硬直した空気が自分の発した言葉が原因だと気づき、 額に汗するかがみ。 「か、かがみ、なんて言った? 今?」 目が点というのはこういうことを言うのだろう。まつりはきょとんとしてかがみを見る。口はまるで操り人形のように パクパクと開いていた。 「だ、だから。これ私のでしょ? って言ったの。それがどうか……」 そう言いながら、かがみはリングをしまう為、スカートのポケットに手を突っ込む。すると、 「あ、あれ? あぁ、そういうことか! ははは、ごめん。まつり姉さん!」 かがみは顔全体を赤くして頭をかくと、立ち上がってリングをまつりに手渡した。 リングを手渡されたまつりはほっと一息、柔らかい表情が戻る。しかし、すぐにかがみを睨んで疑問を突きつけた。 「なによ!? 一人で納得しちゃって!?」 「え、あ~、う~んと……あははは」 かがみは乾いた笑いを響かせ、足の指だけで移動しようとする。それをまつりは見逃さず、襟元を掴んで更に 問い詰める。 「ちょっと、言いなさいよ!」 「あ~、あの~もうすぐつかさ、ここに来ると思うから、直接聞いたらいいんじゃないかな~?」 怖い! 我が姉ながらかがみはそう思ったと言う。そこへ、ようやく話題の四女が姿を現す。 「いのりお姉ちゃん、いるかなぁ?」 空気が変わる。緊迫(?)した姉妹喧嘩を、一転、花畑のようなほんわかムードに一瞬にして変えたつかさの柔らかな声。 扉が開き、黄色のリボンが顔を出す。 「あれぇ、お姉ちゃん達、皆で何してるの?」 両手を胸の前で重ねて、首を傾ける。大きな瞳は透き通っていて、三人の姉達には眩しすぎた。 ていうか、つかさかわぇぇぇぇぇぇ! 「ははは、なんでも、無いよ。ところで、私に何か用?」 ベッドから立ち上がり、つかさの側に向かういのり。だが、いのりは、不意にまつりとの会話を思い出し、私にその趣味は 無い、と胸の中でささやき、足を止める。だが、俺にはその趣味がある!と、呟く作者。 「あのね、これを渡そうと思って……」 そう言ってつかさが重ねた両手を開く。そこにあったのは封筒を小さくしたような、ピンク色の紙袋。 「何これ?」 いのりがそれを摘み上げる。同時に背後から聞こえる甲高い声。 「あーーーーーーーーーっ!」 声の主はまつり。ベッドから立ち上がり紙袋を指差す。かがみはその横で肩をぽんぽん叩く。「まあ、落ち着け」と。 「ん? あのね、いのりお姉ちゃん」 「へ?」 もじもじと下を向き、顔を赤らめるつかさ。ああ、なんてかわいいんだ! 室内の三人の姉達はそれぞれ思ったが、 口に出したら負けかな? と思った。じゃあ、こんなの書いてる俺は負けだな? うわぁん、柊姉妹にいじめられた。 「お姉ちゃん大好きだから、これ、ね?」 あけていい? と、確認して袋を逆さにする。中から出てきたのは…… 「リング……」 石も意匠も何も無いけど、キラキラと光る銀色のリング。 これを……私に……?」 「うん。ちょっと早いけど、クリスマスプレゼントだよ。私たち四人とも同じリングなの! ずっと仲良くしようね!」 ぽりぽりと頬をかき、ありがとうと、いのり。 頭に手を当て、先ほどの格闘でぶつけたらしい部分を撫でるかがみ。 そして……。 自分勝手に解釈をして、とんでもない妄想に流されつつも、いや、ちがう、でも、相手がつかさなら……別に良いんじゃないかなと 思いながらも、それをいのりにまで相談し、あまつさえ、そのリングを拾った妹と取っ組み合いの末、涙目になったり したんだけど、それでもそれでも、つかさの好意を結構、割と、だいぶ、かなり、期待してたりしてなかったり……。 まあ、その、なんだ、 「そうよ! 流されたわよ! 悪い!? 流されて悪いかーーーーーーーーーっ!?」 と、まつりは涙目のまま、誰もいない外に向かって吠えていましたとさ。 おしまい。 ――けれど、まつりの心の中はそれで、満足することは無かったのです―― ――――私たち四人とも同じリングなの! ずっと仲良くしてね! って、バカじゃないの? 私たち四人とも女の子なんだから、いつかは離ればなれになるに決まってるじゃない。どうせ つかさ辺りが一番に結婚……ううん、かがみも怪しいもんね? 姉さんは……まあ、お婿さん貰うのかな? そんなことを考えながら、一人、窓の外をぼーっと眺めていた。 先ほどまでのドタバタが嘘みたいに静かな夜。雲が出ていないのか、月がすっごくキラキラ光っていて、目が痛く なってくる。ほら、あんまり痛いから涙が……出てきたじゃない……。 私って、何でこうなのかな? 同じような性格のかがみとはいつもやりあっちゃうし、姉さんには甘えるだけ甘えてる。 それがそのまま外でも通用すると思ってる。バカな私。喧嘩して別れた相手、甘え続けていたら愛想尽かされた相手。 そんなの数えだしたら、きりが無い。 だから、だからさ……。 きっと、私はつかさに何かを求めてたのかもしれない……。 なんだかんだ言ってかがみはすっごいお姉さんなんだよね。つかさに対抗意識燃やしてるのかな? それも違うかな。 私とかがみ、そっくりだけど、どこか違う。それは、あの子はものすごく真っ直ぐで負けず嫌いなんだ。私は……。 私はただ、つっぱってるだけで、中身も何も無い。料理だって作れないし、頭もよくない。女らしいところも無くて……。 あれ? これじゃ、全然ダメじゃん。 窓の外の月がだんだんぼやけて来た。雲でも出てるのかと思ったけど、私泣いてるんだ。さっきよりもたくさんの涙が 溢れてきて、頬を伝ってる。それに気づいて、更に悲しくなってくる。自分がダメな人間なんだと思うと、悲しくなってくる。 自分の周りにこんなに比較対象が居るなんて、ダメ人間の私には苦痛でしかない。 そんな風に自己嫌悪に陥っていると、不意にノックの音が聞こえた。 「まつりお姉ちゃん。いる?」 つかさの声。私はベッドの枕元に手を伸ばし、ティッシュを一枚取り出す。化粧を落とした後でよかった、平気で涙を拭ける。 私はなに? と気のなさそうに返事をして、いつか、つかさから貰った誕生日プレゼントのぬいぐるみを抱く。うん、この時は そのぬいぐるみのこと忘れてた。たまたま、そこにあったのを掴んだだけだった。 かちゃりと音を立てて扉が開く。ひょっこり鼻から上だけで部屋を覗くつかさ。お風呂のあとなので、リボンは無い。 「入っても、いい?」 変な子、なに遠慮してるのかしら。私は頷き、手招きする。 部屋は間接照明にしてあるから、まず、涙はばれないはず。私はベッドに寄りかかって腰を下ろす。つかさは何故だか おずおずとした態度で目の前にあるテーブルの向こう側に座った。その上には彼女から貰ったリングがぽつんと置いてある。 「さっきの事だけど……」 「さっきの事?」 つかさは膝の上に手を置いたまま俯き、言葉を選んでるように見える。もじもじとして、ほわほわで、あー、もう! にくったらしいぐらいかわいいな、この子は! 「……ごめん、ね」 「へ、なんのこと?」 しらばっくれてみる。実際、つかさが自分で何をしたのかなんて気づくわけが無い。そんなに頭のいい子じゃないのは ウチの家族全員が知ってること。だとしたら……ううん、それもない。いのり姉さんも、かがみも、もちろん私もだけど、 そういった変な世界に純真なつかさを導いたり、教えたりすることはない。要するに、私が恋愛感情でつかさの言葉を 受け取ったなんて事、彼女が知る由も無いことだ。あれ? じゃあ、なんでつかさは謝った? もたれかけていたベッドから身体を起こし、テーブルに近づく。ぬいぐるみの上に顎を乗せて顔をごろんと横にすると、 俯いてるつかさの顔が見えた。目が合って、つかさがさらに俯く。 「どうしたの? つかさ?」 「うん。あのね、その……あ、おねえちゃん、それ使ってくれてるんだね!」 不意につかさの声が明るくなる。彼女は私の抱いているぬいぐるみを指差してにっこりと微笑む。 「うん? ああ、これね。こうやってだっこするのにちょうど良いんだ~」 ぬいぐるみをぎゅっと強く抱きしめ、頬ずりしてみせる。 「それ、肌触り良いんだよね~」 つかさはんしょと腰を上げ、私の隣に来た。膝の上のぬいぐるみを渡すとさっきまで私がしていたように、ぎゅっと抱きしめて 頬ずりしている。 「あのね、おねえちゃん。私ね……」 しばらくして、愛らしい妹が口を開く。顔はぬいぐるみにつけたまま、私のほうに視線はこない。 「みんな仲良く出来たらいいなって思うよ」 柔らかい、気持ちのいい声。心の中が暖かくなる感じ。私は、そうだね、それが一番だよね、と返して、膝を抱える。 「だけどね、いつかはみんなこのウチから出てっちゃうんだよね」 うん、そうだよ。よかった、あんたもそれくらいはわかってるんだね。 「私ね、まつりおねえちゃんと離れるの寂しい……」 そうだね、寂しいねって、ん? なんとなく違和感のある台詞。はっとしてつかさの方に顔を向ける。 やだ! 顔がすごく近いよ! 「ごめんね、勘違いしちゃったよね」 ああ、うん。勘違いした。恋愛感情じゃなかったんだよね? そう思ったのに声が出てこない。 じりじりと寄ってくるつかさ。じりじりと後ずさりする私。しばらくしてベッドにぶつかる。もう、逃げられない。 「私、まつりおねえちゃんみたいにかっこよくなりたいよ」 すると、ぬいぐるみを抱えたままつかさが私の胸に飛び込んできた。だが、ぬいぐるみは主を失い転がっていく。 つかさの頬が私の胸にうずまる。パジャマという薄い布越しに柔らかい感触が伝わってくる。 「おねえちゃんあったかいよ……」 ああ、だめ、だめだって私! いくらここの所ずっと、男に縁が無いからって! 目の前に居るのは血を分けた実の姉妹。 小さい頃から「目元がそっくりね」っていわれてきた妹なのよ。そうやって必死に頭が抵抗しているにも関わらず 左腕は私の意志を無視してつかさの頭を抱え、暴走した右腕が肩を抱く。 頭は抵抗していたが、心と体が……受け入れていた。 つかさの呼吸がパジャマの隙間から直接肌にかかる。あたたかい吐息。そして、まるで赤ん坊のように柔らかいほっぺた。 思わず摘んでみる。 「あん。おねえちゃん!」 ぷぅと頬を膨らまして顔を上げる。 だめだ、限界……。 私はそのままつかさを引き寄せる。力を抜いたまま、私に身を預けてくれる。彼女の吐息が唇に触れる。気づかれないように つばを飲み込んで、そっと肌を重ねる。 つかさの体重が私に乗ってきてその勢いのまま身体を横にする。彼女は離れない。むしろ背中に回された手の力が 徐々に強くなっていく。それに合わせて私も彼女をぎゅっと抱きしめる。 身体の中で何かが爆発して、体温が上昇していく。まだ、自由なままの両足が柔らかい相手の両足を求めてさまよう。 その時、ガタン! という音がしてつかさが身体を起こした。 私の足がテーブルを蹴ってしまったのだ。 「ふう。びっくりした」 つかさはそう言って姿勢を戻し、座り込んだ。良かった、正気に戻れた。 しかし、その直後私は後悔に陥った。 何度も繰り返してきたことだ、弱さを盾にして相手を求め続ける。ある相手は激昂し、ある相手は落胆していった。 それと同じことを愛すべき、家族にまでしてしまった。それも、私の中で最後の良心としていた、つかさにだ! 恥ずかしい、 この上も無く恥ずかしい。私はなんと情けないんだ。 倒れたまま両目を腕で隠し、零れてくる涙を見られないように身体を横にする。 「ごめん、つかさ……」 自らの嗚咽が耳に入る。それは私の心を刺激し、さらなる嗚咽を導き出す。自分の軽薄さを呪った。情にほだされやすく、 楽なものへと流されやすい性格を恨んだ。 だが、そんな自責の繰り返しを、つかさが救ってくれた。 「違うよ。おねえちゃん。勘違いって言うのは……」 つかさは立ち上がり、そしてすぐに私の側に来てささやいた。 「見て」 私は振り向く。笑顔でこちらを見る妹の手が差し出したのは、銀色のリング。そして、その裏には……。 ――forever Maturi Tsukasa 気がつかなかった、けど、そう彫られている。 「これはまつりおねえちゃん専用だよ?」 愛らしい、私に良く似た、けれど透き通った瞳が私の顔を覗き込んでくる。そして、その言葉を聴いて衝動的に、つかさを抱きしめた。 抱ききしめて、キスをして、また泣いた。 気がつくと、私の横でつかさが寝息を立てていた。部屋の明かりは点いたまま。そういえば、毛布だけ引っ張り出して 二人で昔話をしてたっけ。そのまま、寝ちゃったんだ。 部屋の明かりを消すため立ち上がる。スイッチの場所へと足を運ぶと何かを蹴飛ばした。あのぬいぐるみだ。 それを抱え上げ、いつもの場所に戻す。と、不意にそのぬいぐるみの首輪に目が引き寄せられる。そこにはアルファベットが 二つだけ「M.T」と書かれてあった。口に手を当て、声を押し殺して笑った。 部屋が暗くなり、私はベッドの脇に横たわる。つかさの肩に毛布をかけなおし、ほっぺにおやすみのキスをした。 おやすみ、つかさ。私はあなたそのものを求めていたのかな? 翌朝、起こしに来てくれたいのり姉さんにいろいろ質問をされるわけだけど、それはまた今度話すことにするね。 じゃあ、またね。 終
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本人自重。こなたがしんみりしてたのは何故だろう。 お祭りは準備してる時が一番楽しいというあれですかね。 結構、かがみんも乙女チックな子だよね。 そこがいいんだよね、うん(自己解決 エイプリルフール。 学生って四月一日って普通家にいますよね。 電話でもしなきゃそうそう嘘つけない罠。 個人的体験にはメールだとばれる確率大。 そして柊家の可愛さに嫉妬。 この二人もやっとちゃんと出たか。 スタート遅れたこいつらはどうなるのやら。 未だに同人少女はちらっと顔出したぐらいだぜ。 外人さんにいたってはOPオンリーだぜ! コ・ナータ自重。 見れば分かるダ・カーポのパロなんですが、協力してくれたんだろうねぇ。 エロゲ界は懐が深いわ(違う ついこの間までは朝5 30に起きてバイト行ってたのにやめてから朝9時に起きるのも辛い。 もう駄目人間まっしぐら。 名前 コメント
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「こなた、これあげるわ」 「何? お守り?」 「そ、受験近いし、ね」 「かがみ心配してくれてるんだー?」 ニヤニヤとしんがら、かがみを見る。 「うん……私、こなたが心配で……」 「え!?」 予想外の反応にこなたは動揺する。が、 「だって……私たちの中であんたが一番危なそうだからね~」 「なんて失礼な」 「人生に絶望して一人寂しく……とかなられると、寝覚めが悪くなっちゃうわよ」 「なるかー!」 果たしていつも通りのかがみなのであった。 「ったくもー! なんで私なのさ。どっちかって言うとつかさじゃん!」 「そんな言い難いことをはっきり……」 成績の面では同類なこなたに言われ、つかさは肩を落とす。 「あんたよりましよ、あんたより」 「何ー!」 「あはは……でも、つかささんは最近成績も上がっておられますし」 「みゆきさんまで!?」 「あ、いえ、その、泉さんはサボりがちな癖があるので」 「う……まぁ、それを言われると、ねぇ?」 「ねぇ? じゃない。もっとちゃんと勉強しろ」 「アーアーキコエナーイ」 「そういえばお姉ちゃん、このお守りどうしたの? うちの神社のと違うみたいだけど」 「ああ、こないだ納屋掃除してたらそれが出てきたのよ」 「そうなんだ~。勝手に持ってきちゃって良かったの?」 「いいんじゃない? ほこり被ってたし。中に勾玉が入ってて、磨いたら綺麗になったからお守りにいいかなーって」 「あれ……なんか急にありがたみが……」 「何よ、いいでしょ? 私が手間隙かけて磨いたんだから」 「う、うんー……。これがあのやけくそ守りか……」 「返せ」 「あ、ウソウソ。チョー嬉しいよーありがとー」 「納得いかねぇ」 「ゆーちゃーん、ご飯できたよ~」 「はーい。お姉ちゃん機嫌いいね? 何かいいことでもあったの?」 「んー? かがみにやけくそ守り貰ったんだー」 「や、やけくそ?」 「うん、やけくそ。事故も病気も受験もまかせとけーみたいな」 「そうなんだ……。よかったね!」 「まぁ、効かないだろうけどね~」 そう言って笑うこなたはまんざらでもないようで、とても嬉しそうな顔をしていた。 『本日未明、歩行者が乗用車に……』 「事故とか事件とか多いよね」 日ごと流れる事故のニュース。 いつ誰が事故に遭うかわからないものだ。 「んだね~」 「二人も気をつけてくれよ?」 そうじろうの心配をよそに、こなたは笑いながら答える。 「大丈夫大丈夫。私運動神経いいから」 「それはあんまり関係ないんじゃ……」 そんなことを言い合いながら、いつも通り変わらない日が過ぎていった。 「最近寒いよね~」 「そうですね。地球温暖化といわれていますが、やはり冬は寒いです」 「って、かがみ?」 「……」 話に入ってこないのを不思議に思い振り返ると、かがみは洋菓子店を眺め、固まっていた。 「食べたいの?」 「! え、いや何をおっしゃるこなたさん」 「お姉ちゃん話し方変だよ」 「う、うっさいわね」 「寄って行きましょうか?」 「え?」 みゆきに言われ、かがみは嬉しそうな顔をする。と、その時。 バリン! と大きな音がした。 「何!?」 音がしたほうを見ると、鉢植えが粉々になっていた。 「あれ、下手したら私たちに当たってたんじゃないの」 まさしく、もう少し早くその場所まで行っていたら、誰かに直撃していただろう。 本当に運が良かった。 しかし、この日から数日間、彼女たちの周りで様々な事件、事故が起こるようになった。 交通事故はもちろん、向かっていたコンビニに強盗が入ったり、工事現場の鉄筋が数十メートルの高さから落下すると言うこともあった。 「最近、本当によく危険な目に遭いますよね。私たち」 「……」 「そうだね~。今までなかったのにね」 「その事なんだけど……」 「なぁに? お姉ちゃん」 「昨日ね、いのり姉さんがあの勾玉探しててさ」 「あれ、やっぱり大事なものだったんだ?」 「いや、大事って言うか、私も気になって聞いてみたらね……」 かがみは目をそらしながら、と言うより体ごと顔を背けて言った。 「呪いの……勾玉なんだって……」 「ええ! 呪われてるの!?」 「えっと……それはどういう」 「なんか、特定の行動を取ったら死ぬ確率が上がる呪いらしいのよ」 目が点、というのだろうか。それを聞いていたみゆきはきょとんとしていた。つかさはというと若干おびえた様子でかがみのことを見ている。 「しかも、今年が十年に一度のお払いの年だって……」 「あの、かがみさん」 「わかってるわよ! 呪いなんてあるわけないけど……」 「たしかに、言われてみると私たちの周りで危険な事が起こるようになったのは、かがみさんがお守りを渡した頃からですね」 「そうでしょ? だから気になって」 「こなちゃんにお守り返してもらってお払いしようよ! 呪いなんてダメだよ~!」 「そうですね、私もそれがいいと思います」 「……わかったわ。帰りに返してもらってくる」 「こなたー」 「ん? どったのかがみ」 「あのさ、こないだあげたお守り返してくれない?」 「なんで?」 「いや、ちょっとね」 「えー、やだよー」 「いいじゃない、今度代わりの持ってくるからさ」 「えー……」 「ね」 顔は笑っているものの、語気を強めるかがみに気圧されたこなたは、素直にお守りを返すことにした。 「悪いわね。じゃあ、私は委員会あるから」 「あ、うん。また明日ー」 「またねー」 (どうしたんだろ……) 疑問に思いながらも、こなたは机を片付け、帰宅の途についた。 それから、勾玉は柊神社に返され、かがみの両親によるお払いの後、再び納屋へと戻された。 勝手に持ち出したことを怒られはしたが、以降事件も事故も起きず、平和な日々が戻りつつあった。 「おはよー!」 一週間ほど経った日の朝、髪をボサボサにしたままのこなたが登校してきた。 「おはよ、今日は遅かったわね」 「いやぁ、寝坊しちゃって……。ところで、かがみいつお守り返してくれたの? 鞄に入ってるの気付かなかったよ~」 「は?」 かがみたちは顔を見合わせる。 「鞄に入れてくれたのかがみでしょ?」 「……ちょっと、電話してくる!」 「え? かがみー?」 どうしたんだろうね? と聞くこなたに、つかさとみゆきは何も答えられなかった。 数分後、帰って来たかがみは、信じられないといった顔をしていた。 「なくなってるって」 「じゃあ、お姉ちゃん……」 「何? どゆこと?」 「話しましょう」 「ええ……。こなた、そのお守りね、呪いがかかってるの」 「はい?」 「荒唐無稽な話であるのは理解しています。しかし、これまでにあったことや、かがみさんから聞いたことを踏まえると、ありえないとも言えないんです」 「いや、え? みんな一体何を」 「それがね……」 かがみたちは話した。実はお守りが呪いの品であったこと、お守りを鞄に戻したのは自分たちではないことを。 「話は分かったけど、漫画じゃないんだし……そんな死亡フラグの呪いみたいな」 「私だってそう思うわよ。でも、私たちの周りで、危険な事が起きるようになったの私がお守りあげてからでしょ?」 「まぁ、そうだねぇ……」 こなたは少し考え、問いかける。 「でも、これ手放そうにも戻ってきちゃうなら、どうしようもなくない?」 「解決方法については、はっきりと言えません。ですが、一応の対策といいますか、回避方法はわかっています」 「うーん、死亡フラグになりそうなこと全部言わないようにしろ、とかだったら無理だよ?」 「ええ、わかっています。方法は別のものです。覚えていますか? 以前に鉢植えが落ちてきたときのことを」 こなたの頭の中にあの時の光景がよみがえる。 「あの時、かがみさんが洋菓子店のケーキに気を取られて止まりましたよね?」 「いや、あのね? 違うのよ?」 「それを見て、泉さんも立ち止まりました」 「私は別にケーキに気をとられたわけじゃないのよ?」 「これがどういうことがわかりますか?」 「お願い話を聞いて……」 「かがみの行動で、私の死亡フラグが回避された?」 「ぐすん……」 「その通りです。コンビニ強盗があったときもそうです。あの時はつかささんが転んでバッグの中身をばら撒いてしまい、それを片付けていた分コンビニに行くのが少し遅れました。 結果、コンビニで起きた事件に出くわさずに済んだ。つまり、泉さん以外の誰かが介入することで呪いを回避できる。と、言うのが私の考えです」 「なるほどね。でも、それだと私の死亡フラグに巻き込まれるってことだから、みんなも危なくなるんじゃないの?」 「いえ、それは大丈夫です。呪いの媒体を持っているのは泉さんだけですから、こちらには影響ありません」 「……そっか。んじゃ安心だね」 (実際はそうではありませんが……) そう、確かに呪い自体は、こなた以外には影響しないかも知れない。しかし、それによって引き起こされた事象は別物だ。 鉢植えの件で言えば、落ちたのは呪いの影響であっても、誰に当たるかは呪いの影響下にない。 だからこそ、かがみの行動によりこなたに鉢植えが当たることを回避できた。 と言う事は、こなたの言った通り、フラグに介入したものに危険が迫る可能性は十分にあるのだ。かがみもつかさも、このことはみゆきから聞いていた。 その上で、こなたを助けるための協力を承知したのだ。 ところがそれから二週間近く経っても、これといって危険なことは起きなかった。強いて言うならこなたが階段を踏み外したことだが、それはごく一般的によくあること。 お払いをしたから呪いが消えたのか? という話さえ出ていた。 そんな中、四人は待ち合わせをして買い物に行くことになった。むやみにフラグを引き寄せない様に外出を控えていたため、全員がこの日を楽しみにしていた。 今日は目的地の関係で、こなたとみゆきが合流した後、かがみたちのところへ行く予定だ。 「泉さんですか? 今どこでしょう」 『こっちからはもう見えてるよ~』 そう言われ、辺りを見回すと少し離れた横断歩道の向こう側で手を振っているこなたが見えた。 「見えました。電話切りますね」 『はいよ~』 会話を終え、携帯電話をバッグにしまおうとしたみゆきは不意に顔を上げる。 辺りを見回したとき視界に入った車、スピードこそ速くないものの運転手の様子がおかしかった様な気がする。 あれは……。 刹那の速さでそれを理解したみゆきはバッグを投げ出し、走り出す。25メートルに満たない距離を全速力で駆ける。 その様子を見て、こなたは不思議そうな顔で立ち止まる。後ろに気付いて! そう願うが、声は出ない。 こなたの後ろでは、予想したとおり居眠り運転をする車が迫っている。ご丁寧にこなたの居る方向へハンドルを切って。 もうみゆきは何も考えず、こなたへダイブした。 金属のひしゃげる音と、激しい衝突音が辺りに響き渡った。 車に轢かれたものは誰も居ない。だが、 「みゆきさん! しっかりして! みゆきさん!」 こなたを抱きかかえる形で地面を転がったのだろう。みゆきの全身には擦り傷ができ、縁石に頭をぶつけたのか血が流れていた。 「誰か! 誰か救急車呼んで!」 野次馬の一人が救急車を呼び、到着したのは数分後のことだった。 幸い、みゆきの怪我はそこまで酷いものではなかった。 全身の擦り傷、打撲、頭部の怪我も骨にまでは達して居なかったため、命に別状はない。 ただ、肋骨にヒビが入っており、数日間の入院としばらくの通院を余儀なくされた。 事故の翌日には目を覚まし、面会も可能になっていた。 「それでは、お大事に」 「はい、ありがとうございます」 診察を終えた医者が、みゆきの病室を出る。 「泉さん、りんご食べますか?」 「ううん。それより、ごめんね。私のせいで」 「いえいえ、泉さんが悪いわけではないですから」 みゆきは、笑顔でそう言った。 「……私、ちょっとジュース買って来るね」 「泉さん?」 病室を出ていくこなたを見たとき、あの光景がフラッシュバックした。 かがみがこなたへお守りを渡したあの光景が。 『人生に絶望して一人寂しく……とかなられると寝覚めが悪くなっちゃうわよ』 『なるかー!』 「まさか……」 みゆきは確信する。最初に立てられたフラグ、これまでの全てがそれを成立させるために動いていたのかもしれない。 だとすれば、なんと皮肉なことか。こなたを助けるための行動が、こなたを追い詰めるための布石になっていたのだから。 こなたを追うため、怪我であまり自由の利かない体を押して、病室から飛び出す。 近くに居た患者に、青い髪の少女を見なかったか聞いたところ、階段を上がっていったという答えが返ってきた。 つまり、こなたの向かった先は――。 こなたにはわかっていた。みゆきの言ったフラグを回避する方法。それが彼女たちを巻き込んでしまうことを。 それでも、自分を助けようとしてくれることが嬉しかった。みんなでならきっと何とかできる。そんな風に考えていた。 しかし、それが甘かった。その甘さがみゆきに怪我を負わせた。 (次は、怪我じゃすまないかもしれない……) 自分のせいで誰かが死ぬかもしれない。それだけは、絶対に、避けなければいけない。 (誰も死なせない。もうこれ以上、誰も傷付けさせない。そのためにも、早く……) 屋上へ通じる扉を、こなたは開けた。 頭上に広がる空は、憎たらしいほどに晴れ渡っていた。 こんなことさえなければ、みんなで買い物にでも行ってたかもしれないのに。 こなたは空に向かって悪態をつく。 「神様も役に立たないなぁ」 屋上から、眼下を見渡す。 「これが、私の最後の風景かぁ」 目に映るのは、美しい緑と、人々の営み。 悪くないかもね。そう言って、大きく深呼吸する。 「でも、ちょっと怖いかな……」 どれほど経ったのか、もしかしたら一分も経っていないかもしれない。 こなたは、足を上げ、一歩前へ踏み出そうとする。踏みしめる場所のない、その場所へ。 バン! と扉が開いたのはそれと同時だった。 「泉さん!」 そこにいたのは、肩を上下させ苦しそうにしているみゆきだった。 「みゆきさん」 上げた足を下ろし、みゆきに向き直る。 「何を……してるん、ですか」 「んー景色見てた?」 「ふざけないで下さい」 「……」 「こっちに、来て下さい」 お互いの目を見つめたまま話す。 「嫌だって言ったら?」 「来て下さい!」 そう言うと同時に、みゆきは胸を押さえる。声を張り上げたのが傷に響いたのだろう。 「ダメだよみゆきさん、無理しちゃ」 「私のことはいいですから、こっちに」 「ごめん」 「どうして謝るんですか」 「その怪我、私のせいだから」 「これは泉さんのせいじゃありません」 「私のせいだよ。私がみんなに甘えたから」 顔をしかめてそう言うこなたは、まるで、自嘲しているかのようだった。 「それの何がいけないんですか!」 「え?」 「困ったことがあって、友達に頼るのはいけないことですか?」 こなたは視線を落とし、うつむく。 「それは……でも、そんな怪我まで……」 「この怪我は私がしたいことをした結果です。泉さんは関係ありません!」 「で、でも……」 こなたが顔を上げようとしたその時、風が吹いた。風を遮るもののない場所では、必然的に風は強くなる。 身体の小さな者を押す程度の力は十分にあった。 堪らず、こなたは後ずさる。後ろに下げた足は屋上の縁にぶつかり、こなたの身体がゆっくりと傾いた。 「泉さん!」 身体に痛みはない。死ぬというのはこんなものなんだろうか? そっと開けた目に映ったのは、自分の手を掴み、耐えているみゆきの姿だった。 「み、みゆきさん」 「泉さん、早く……私の手を、掴んで下さい!」 「もういいから、みゆきさん、離して」 「いやっ、です……」 「離してったら!」 「嫌です!」 みゆきは、必死叫ぶ。 「絶対に、嫌です……」 こなたの顔に、一粒の液体が落ちた。みゆきの顔から、赤い液体が。 「っみゆきさん、頭から血が」 「傷が、開いてしまったかもしれませんね」 「ダメだよ……みゆきさん……」 また、こなたの顔に液体が落ちる。今度は透明な、そう……涙が。 「これぐらい、全然平気です。私は泉さんが居なくなることのほうが、ずっと苦しいですから」 「……」 全身に激痛が走っているだろうみゆきは、笑顔そう言った。 分かっていたはずなのに。 大切な人が傷つく苦しみを、知っていたはずなのに。 逃げていただけだ。 自分が傷つかないように、逃げていた。 こなたは、手を伸ばす。 だが、それを支えていたみゆきの体が、重みに引き摺られ上半身が空中に投げ出される。 「っ! このままじゃ、みゆきさんまで落ちちゃうよ!」 「大丈夫です。なんとか、なります」 「なんとかって!」 「大丈夫……です……」 みゆきは何かを待つように、ただひたすらこなたの腕を掴んでいた。 少しずつ、みゆきの身体は引き摺られていく。 もうダメだと、こなたが目を瞑った瞬間――。 「しっかりしなさい!」 「こなちゃん、掴まって!」 「かがみ? つかさ?」 かがみが、みゆきの体を支えながらこなたの腕を掴み、もう片方の腕をつかさが両手で掴む。 「一気に行くわよ!」 そして、三人は息を合わせ、こなたを引き上げる。 「せーのっ!」 なんとかこなたを引き上げた四人は屋上に座り込む。 「あんたたち何してんの!」 「すみません……」 「ごめんなさい……」 「あんまり心配かけないでよ……」 「みゆきさんも……ごめんね。私のせいでまた」 「……はぁ」 みゆきは大きくため息をつき、 「えい」 「あう」 こなたの頭を小突いた。 「何度言わせるんですか? この怪我も、今のことも、私がしたいことをした結果です。泉さんのせいではありません」 「みゆきさん……。うん、ありがとう」 「でも、二人とも無事でホントによかったぁ」 「はい、お二人のおかげで……。なんとかなりましたね? 泉さん」 「そうだね」 不思議と、二人から笑みがこぼれる。 「そうだ、勾玉は?」 「えっと……」 こなたが、ポケットから勾玉の入ったお守り袋を取り出す。 紐を緩め中を見てみると、そこには四つに砕けた勾玉が入っていた。 「これって、呪いに勝ったってことなのかなぁ?」 「かもね」 「友情パワーとか?」 茶化すように言うこなたに、みゆきは真剣な顔で答える。 「だとしたら、素敵ですね」 四人は、少し照れた顔で笑いあう。 そして、誰からともなく、一人一つずつそのカケラを取った。彼女たちがいつまでも友達であり続ける、呪い(まじない)の証として。 その後、私たちは病室に戻って看護婦さんを呼んだ。 すごく驚いてたなぁ……。って患者がなぜか血まみれになってるんだから当たり前だよね。そして、慌ててやってきた医者の先生にこっぴどく叱られた。 再検査の結果、肋骨のヒビが広がっちゃって、みゆきさんの入院が一週間伸びた。当の本人は笑っていたけど、さすがにこれは土下座で謝るしかなかった。 「そういえば、かがみもつかさもどうして私たちが屋上に居るって分かったの?」 「みゆきの病室言ったら誰も居ないし、変だなって思ってたら他の患者さんから伝言を聞いたのよ」 「何があるか分かりませんので、もうすぐお二人がいらっしゃる時間でしたし」 「さすがゆきちゃん! あ……でも私たちが遅れてたらどうするつもりだったの?」 「……それは、考えていませんでしたね。急いでましたし、きっと間に合ってくれると信じてましたから」 「なんか、恥ずかしいわね」 「照れるかがみ萌え」 「うっさい!」 「あはは」 みんなでならなんとかなる。か……本当だったなぁ。なんかこの先、何があっても大丈夫な気がしてくる。 って、これも死亡フラグかな。でも、もう絶対に負けない。どんな死亡フラグも打ち破ってやるからね。 「こなた」 「こなちゃん」 「泉さん」 「はーい、今いく~」 ~fin~
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その日はありがちな学校帰り。 変わった事といえばその日はかがみんが家にゲームを借りに来るって約束した日で、 しかも私がその約束をすっかり忘れてゲマズに行ってしまったくらいだった。 ゲマズに向かってる途中に珍しく持ち歩いてた携帯にメールが来て、 開いてみたらかがみんの [ちょっとこなたの家着いたは良いんだけどなんでアンタいないのよ] というメールだったのを見てあーやっちゃったコレ、と思いながら急ぎ足で家へ帰った。 家に着いて居間に行くと、そこにはお父さんしかいなかった。 「おかえりこなた、かがみちゃんが来たから部屋に通しといたよ」 「ただいまーってえ?部屋に入れちゃったの?・・・んーまぁいっか」 別に部屋の中に特に見られて困るようなもんは無いだろうし・・・。 ギャルゲの箱位じゃ驚かないだろうし、同人誌なんか見られたって今更・・・ ってアッー!この前のイベントで表紙買いした百合本!!! アレ机の上に置きっぱなしだった! でもまぁ見られても多分大丈夫だよねぇ、別にガチレズな訳じゃないし 等と思いながら自分の部屋のドアを開けるとかがみんが何かの本に視線を落としていた。 「いやーごめんねかがみん。今日うち来るってすっかり忘れてさぁ、ゲマズ向かってたよアハハ」 「・・・」 無言かかがみんよ。 いやいやちょっと何か言ってよ!ていうか何読んでるの? 『マリア様がイッてる』 わーどう見ても百合本です、本当にありがとうございました。 って言っている場合じゃない。本気に取られる訳無いだろうけど説明しとこうかな 「あのさかがみん、その本なんだけどねイベントで・・・」 「あーごめん、今日はもう帰るわ」 「え、ちょっ・・・」 そう言ってかがみんはあっという間に帰ってしまった。まさに疾風のごとく。 えーっともしかしてマジにとっちゃったのかな。フォロー入れた方がいいのかなコレ。 でもまぁ明日も学校で会うしいっかな、と思ってると携帯がまた鳴った。 [さっきはいきなり帰ってゴメン。 でも部屋であんなものを発見したこっちの気持ちも察して。ぶっちゃけあんたレズなの?] フォロー入れようか考えてるうちに向こうがアクションを起こして来たよ、ありがたい・・・かな? さて何て返そうか、と暫く考えて多少ジョークも交えて [オタクなんだからレズ本位読むよ~w そんなに過剰反応しちゃって、かがみんこそレズなんじゃないの~?] と返しておいた。これでかがみんから[アンタオタクだからって節操無さすぎ!] とか返信来て円満解決!みたいに考えてたら [そうよ] 釣れちゃった、はじめてなのに釣れちゃった! [あたしはそういう自覚無いけど、こなたのこと好きなんだから世間一般から見たらレズなんじゃないの] えードッキリ?明日になったらメール見せながらつかさとみゆきさんに向かって 「こなたったら本気で信じちゃってさー、私もしかして演技の才能あるんじゃないかなー」 とか言って笑い話で済むんだよねぇ、と思ったけどレズ本見られたの偶然だし残念ながらそんな事はなさそう。 なんて返信しようか、と頭を捻っていたらかがみんからさらにメールが来た。 [やっぱいい。今の冗談にしといて。無かったことにして今まで通りやってきましょう] 無かったことにするのはちょっと無理だよ、展開的に無理やりすぎるよ。 [いやいや、それは止めようよかがみん。この状態でなかったことには出来ないって!] [気持ち悪いって思ったら今度から無視してくれて良いから] おまえは何を言っているんだ、が頭に浮かんだ。 [そんなん出来っこないじゃん!!もう埒あかないから会って直接話しようよ] そこからぷっつりと返信が切れてしまった。 こっちは少女マンガのヒロインみたいに携帯握り締めてメール待ってるのにお風呂でも入ったのかな。 結局暫く待っても返事は来ない。もう待ってられないと電話を掛けると留守番センターへ繋がる。 え、コレって着信拒否?はじめてされたけどめっちゃ凹むんだけど。 凹むと同時にちょっと腹立ってきた。いきなり着拒はひどくない? もういいや、どうせ明日学校行けば顔合わすんだしその時話し合えば良いや、 と自己完結してその日はイライラしながらネトゲしてアニメ観て寝た。 次の日かがみんは学校を休んだ。 昨日かがみんに着拒された後、イライラしてた私はろくに寝付けず、睡眠不足の重い頭のまま で予鈴よりだいぶ早めに学校に着いた。 教室にはチラホラ生徒が来ていて、適当に挨拶を済ませる。つかさはまだいない。 みゆきさんとちょっと雑談をして机に突っ伏す。寝不足のせいか頭が重い――。 「・・・ずみ、泉ー!」 先生に呼ばれて目が覚めた。時計を見たらHRはとっくに始まっている。 周りを見るとつかさと目が合った。小さく手を振りながら口パクで「おはよう」 と言ってる。かがみんとの事は何も知らないのかな。まぁ知りっこないか。 「泉聞いとんのか?朝っぱらから寝おって、また徹夜でネトゲかー?」 ・・・狼少年The Second Raid。 半分寝て授業を過ごして昼休み、私は急いでつかさの所に向かった。 「ねぇつかさ、かがみんは?」 正直何を話すかなんて考えていない。その場のノリだ。 「え?お姉ちゃんなら今日具合悪いから学校休んでるよ」 「そうなの?んじゃあ学校終わったらお見舞い行くよ」 「・・・」 「つかさ?どしたの?」 つかさはこっちに目を合わせようとせず、困ったような顔をしている。 「・・・あのね、ちょっとここじゃ言いづらいんだけど・・・」 「オッケー、じゃ屋上行こっか」 しかしつかさの態度が何か気になる。かがみんが私の事話したとは思えないし、思いつくのは 「喧嘩したから来るなって伝えろ」ってかがみんから伝言頼まれたとかだけど、どうもしっくりこない。 つかさの妙に不安そうな態度はいったいなんだろう。 「で、言いにくいことって何、つかさ。ここなら人いないからだいじょーぶだよ」 「うん、えっとね、お姉ちゃんの事なんだけど、昨日から変な感じでね?上手く言えないんだけど、様子がおかしかったの。 それで昨日はこなちゃん家に寄ってきたからもしかしたらって思ったんだけど・・・」 肝心な部分で言葉を濁しているつかさ。そんなに言いづらい事なのかな、ていうかそこから先は「喧嘩でもしたの?」 位しか繋がらなさそうな気がするけど・・・。 「お姉ちゃんとこなちゃん、別れちゃうのかなって思って」 「・・・は?」 「だから、昨日お姉ちゃんとこなちゃんが喧嘩して、このまま別れちゃうのかな?って思ったんだ、けど・・・」 「ちょっと待ってよつかさ、何でそんなクレイジーな結論になっちゃうの!?」 普段から結構ボケてるようなイメージだったけど、さすがにこれは超越しちゃってるよ。ギャルゲーの電波キャラみたいだよ。 「だってこなちゃん家行ったのってデートでしょ?それでその時喧嘩して・・・」 「ストーップ!そもそも私達付き合ってないから!デートじゃなくてゲーム借りにきただけだし」 「え、じゃあ付き合ってないの・・・?」 「うん」 つかさは顔を青くしたり赤くしたりせわしなく一人で百面相をしてから大声で 「わーっごめん!!!今の忘れて!無かったことにしてっ!!」 とのたまった。柊家よ、アナタタチは姉妹揃ってそれですか。もうちょっと考えてから物言おうよ。 でもその発言忘れるわけにはいかない。この局面で忘れられたらきっとそれは悟ってる人だ。 「そうはいかないよつかさ~。キリキリ話して貰うからね」 と、ここで予鈴が鳴った。さすがに授業サボってまで聞く訳にもいかない。続きは放課後に聞かせてもらおう。 で放課後、私たちは近所の喫茶店へ行き、続きを話した。 「んで、何で私とかがみんが付き合ってるって思い込んだの?」 「だってこなちゃんお姉ちゃんのこと萌えとか言ってるし・・・」 「あー成る程ね、でもそれだけで決め付けるのはちょっと無理矢理じゃない?萌えとかならみゆきさんにも言ってるし」 「ううん、理由はそれだけじゃないの・・・」 「ほほう、さぁ話してごらんつかさ。悪いようにはしないから」 「こなちゃん何か怖いよ・・・」 ごめん調子に乗りすぎた、続き話して。つかさはちょっと困ったような顔をした後に 「ちょっと前にさ、携帯電話の電池が破裂するニュースってあったじゃない?あのときに怖くなって私のとお姉ちゃんの携帯 の電池のフタ開けてみたらね、フタの裏にこなちゃんのプリクラ貼ってあったの。それでもしかして好きなのかなーって」 何やってんのかがみん。ケータイにプリクラってベタすぎない? 「そう思ってからお姉ちゃんの事見てると、みんなで一緒に居る時とかこなちゃんの事気にしてるような感じなんだよね」 けどそれを聞いたらかがみんは本気なのかな、と思った。正直まだドッキリであって欲しいと思う自分がいたけど 無残にもその考えは打ち砕かれた。 今までナンパだの何だの言って来たのは自分はノーマルですよ~って アピールしてたのかな、それを面白おかしくからかってた私のことをかがみんは内心どう思ってたんだろう。 ツンデレだの家事出来ないだのいろいろ言ってきたけどかがみんはいつも怒ってた。本心では何を思ってたんだろう とかそんなエロゲーの主人公みたいな事を考えてたらちょっと気分が沈んできた。これからどうしたものか・・・。 やっぱりかがみんの家に行って流れに任せようかな、若さゆえの過ちとかで。 「あのね、多分お姉ちゃんはこなちゃんと仲良いから貼っただけで、多分私の勘違い――」 「んとねーつかさ、じゃあ私も昨日の事話すわ・・・」 つかさからの予想外の話を聞いて昨日の事を全部話す事にした。 勘違いかもしれないけどかがみんの気持ちを一番分かってたのはつかさって事になるし。 「・・・そっかぁ、こなちゃん家でそんな事あったんだ・・・。」 「うん。でさ、これからかがみんと話しようと思うんだけど」 「こなちゃんはお姉ちゃんになんて言うか決まってるの?」 「あーいや、その場のノリに任せようかなって思ってるよ。多分何とかなるだろうし」 「ええっ!?どうするか考えてないの?ちゃんと考えた方が良いと思うよ。こういうのってすっごく大事なことだよ!」 やたらとよく考えるように力説するつかさ。 「お姉ちゃんね、多分こなちゃんの事色々考えて、悩んでたと思うんだ。それで今日は具合悪いって言って部屋から 出てこなくてね・・・だから出来ればこなちゃんにもちゃんと考えて欲しいんだよ。」 なるほどねー。確かにかがみんは色々考えたり悩んだりした訳だし、そう言われるとやっぱり私もちゃんと考えないと駄目な気もする。 「そんじゃあさ、週末にかがみんと私でちゃんと話するよ。私はそれまでに考えとくから。それならいいでしょ?」 「うん。それとさ、みゆきさんに話したほうがいいのかな・・・?」 みゆきさんかぁ。大事な友達だから隠し事はしたくない。したくないけどあんまり人に広めるのもどうよ?と思う。 これはきっとバッドエンドかグッドエンドの重要な分岐ポイントだね、現実ってどうしてセーブできないんだろう。 「話しときたいけど、かがみんがどう考えるかってのもあるよね、いい考えが思いつかないなぁ」 結局逃げに走った。 「そっか、お姉ちゃんにも聞いてみた方が良いよね。私今日帰ってからお姉ちゃんと話してみるよ」 何だかつかさが頼もしく見えてきた。予想外にガッツをみせているのはやっぱり家族絡みだからかな。 大体の話も纏まったからその日は解散して、家に帰った。 夜になって暫くするとかがみんからのメールが届いていた。 [昨日は拒否にしてごめん。つかさに聞いたよ。みゆきにも話して大丈夫だから。 あんまり長文打つと色々言いたくなるからこれで切るね、おやすみ] メールが来たことが正直嬉しかったと同時に、つかさの頑張りに改めてビックリした。今度ケーキでも奢ってやるか・・・。 なんて返信するか暫く悩んだ後に[わたしも言いたいことは週末までとっとくよ、おやすみ]と送って早めに眠った。 次の日の昼休み、私はつかさとみゆきさんと昼ご飯を食べている。場所は屋上だ。 ちなみにかがみんはちゃんと学校にきているけど極力顔を合わせないようにしようとお互い決めたので自分の教室で食べている。 ちょっと申し訳ない気もするけどまぁあと1日ばかりの辛抱だ。 で、何で屋上にいるかというと昨日一昨日の事をみゆきさんに話している所なのだ。 「そうですか、それで週末に泉さんとかがみさんで話をする、という事になったんですね」 「そそ、理解が早くて助かるよみゆきさん」 「それで、具体的に私は何をすれば良いのでしょうか?」 「うんとね、もしお姉ちゃんとこなちゃんが暴走したときに私だけじゃ止めらんないと思うから居て欲しいの」 私は暴走するつもりなんか無いんだけど、ていうかつかさとみゆきさんの組み合わせは頼りない。と思っていただろう。 でもつかさは以外とガッツがあるというのが分かってるし、それにみゆきさんは頭良いから万が一って事があっても大丈夫だろう。 「わかりました。微力ですがお力になります。」 そんなわけでみゆきさんも加わって立会人2人の元でわたしとかがみんは話し合うことになった。 私は決戦当日まであれやこれやと考えたり、ギャルゲをやり返してみたり、かがみんとの会話を思い出したりして過ごした。 で、話し合いの当日。集合場所の喫茶店に行くと皆椅子に座って待っていた。私が最後だったみたい。 「あ、こなちゃん来たー。これで皆揃ったね」 つかさが笑いながら言葉をかけてくる。みゆきさんもこっちを見て微笑んでいる。 かがみんは窓の外を見たままこっちを見ようとしない。まぁ気まずい気持ちは分かる。 分かるけど挨拶くらいしても良いんじゃないの?こっちは恋する乙女のようにかがみんの事ばかり考えてたんだよ。 「いやーごめんごめん、ちょっと遅れたね。面と向かって会うの久しぶりだねかがみん」 「・・・・・・そうね」 相変わらずこっちを見ないかがみん。こっちを見るようにお絞りを持ったり離したりメニューを見たり置いたりしたけど 全然こっちを見ない。携帯の電池パックを外して「最近電池の減り早いなぁ」とか言って見る。あ、こっちをチラって見た。 まぁこのままじゃラチがあかないので注文したアイスコーヒーが届いたところで本題に入る。 「さてと、本題に入ろうかかがみん。心の準備は出来てる?」 「・・・」 かがみんは困ったような、不安げな顔をして小さく頷いた。いつもなら「かがみんかわいいねぇ」とかいって笑いあえるのに今は無反応。 さっさとこんな気まずい現状は打破したい。よし、この泉こなた一世一代の勝負に出るよ! 「私はかがみんの事を親友として見てたからいきなり付き合うとか言うのは無理。だけど嫌いなわけ無いし、 かがみんが私の事を好きだからドン引きするとかもありえない、むしろ嬉しかったしこれからの展開次第では 恋人関係になる事だって十分ありえるからこんな私で良ければ付き合ってください!」 と一気に捲くし立てて頭を下げながら右手をバッと差し出した。 これが私の考えついた結論だ。ツンデレかがみんの牙城を崩すには反論する余地も無い位に攻め込んで断れないように追い込む、 という作戦だ。これでかがみんは私の手を握らざるを得まい、フッフッフ この一件でかがみんと親友同士の関係に今すぐ戻るなんて無理に決まってるし、レズ同人誌のせいで疎遠になるのは冗談じゃない。 だったらそっちの方へ一気に足を突っ込んでやれ、という結論だ。全然興味が無いという訳では無いのだし。 しかしいつまで経ってもかがみんは私の手を握ってこない。 何があったのかと顔を上げてみるとかがみんはハトが豆鉄砲を食らったような顔をして口をパクパクさせている。 「すごいこなちゃん、ドラマみた~い!」 つかさは頬を赤く染めながら喜んでいる。何その反応は。みゆきさんもほんのり頬を染めている。二人ともなんなのさ。 「そうよ!ドラマじゃないんだから、何カッコつけてるのよっ!!」 かがみんは顔を真っ赤にして怒ってる。この反応は懐かしい。思わず頬が緩む。 「っ!何笑ってるのよ!またあたしをからかってんの!?」 「いやそんな事ないよ・・・」 「どーだか!どーせその場の流れに任せちゃえばいいやーとか考えたんでしょ!?」 む、確かに最初はそう思ってたけどちゃんと考えてさっきのセリフなんか練習までしたのに。 ちなみに一回お父さんに見られたのでコントローラーぶん投げた。 「ちゃんと考えたよ!」 「嘘でしょそれも!また適当に脊椎反射で会話してんでしょ!」 「何それ!!?」 だんだん声が大きくなる。店に迷惑なのは分かるけど止まらない。あー暴走ってこういう事か。 つかさー、何とか止めてねー。 「あ、あのさ二人とも落ち着いて―――。」 「お二人とも落ち着いてくださいっ!!!」 私たちよりさらに大きい声が飛ぶ。びっくりして私もかがみんも静かになる。て言うか店内が一瞬にして静まり返った。 「かがみさん、泉さんは毎日真剣に考えていました。ですからそんな言い方は止めてあげて下さい。 泉さんも、そんな売り言葉に買い言葉な反応は良くありません、お二人とも頭を冷やしてください。」 大声の主はみゆきさんだ。普段の天然な雰囲気から真剣な目でわたしとかがみんをキッと見据えている。 『ごめん』 二人の声が重なった。と、みゆきさんはいつもの表情に戻ったかと思うと茹蛸みたいな顔になって 「い、いえ、こちらこそ大きな声を出してすいませんでした・・・。」 と、全員だんまりになってしまった。空気が重い・・・。店内の注目も集めまくっている。 「とりあえずさ、雰囲気的にもお店変えた方が良いんじゃないかな?」 つかさのナイス提案だ、ここ2、3日のつかさの行動力は神懸かっている。皆賛成して外に出て適当に他の店を探すことにして、 街をぶらぶらと歩くことにした。 「あのさ・・・さっきはごめん」 「かがみん?」 「私のほうから変なこと言って、勝手に怒ってたらバカみたいね。ホントごめん。」 「こっちこそごめんねかがみん、でもさっきのは本気だから。」 「・・・」 「本気だからもう一回お願いするね、私はかがみんの事を親友として見てたからいきなり付き合うとか言うのは無理。だけど――。」 「二回言わなくたって良いわよ、バカ」 こっちのセリフをさえぎってかがみんは私の手を握ってきた。折角覚えたんだから最後まで言わせてくれても良いのに。 「よろしくねこなた、ありがと」 笑ったかがみんを見たのは久しぶりだ。嬉しい。 「いやぁこっちこそ宜しくねハニー」 思いっきりの笑顔でそう返した。かがみんは「バカ」って言ってるけど顔は真っ赤だ。きっと私の顔も赤いんだろうな。 少し前のほうでつかさとみゆきさんが次の行き先を話し合っている。二人にはうんとお世話になったし、次の行き先のお代は私とかがみん持ちにしよう。 二人の下へ駆け寄って私たちは声を合わせた。手は繋いだままだ。 『―――ね、カラオケでも行こうよ!』
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21. 『カチッ!!』 非常扉のドアが鳴った。鍵が開いたようだ。 あやめ「行くわよ!!」 私達はビルの中に潜入した。 私達が中に入ると神崎さんは素早く扉を閉めた。目の前には作業着姿のいのりさんが居た。 いのり「こっち」 小さく低い声で囁くと私達に背を向けてカートを押して歩き出した。カートには掃除道具が積まれている。 私達はいのりさんの後を付いて行った。 警戒厳重のはずの25階。銀行の中……だけど警備員が一人も居ない。 みゆきさんは私達から別れて一人で客として一足先にこの銀行に入った。融資の話を持ち出してVIP待遇で接待室にて交渉をしているはずだ。 PIV待遇の客がくると警備員のシフトが変わる。これはいのりさんが見つけた。それを利用していのりさんは警備員の居ない通りを歩いていく。遅くもなく速くもなく、でも確実に 歩いているいのりさん。たった一週間でこれほど構造内容を理解しているなんて。これも夫を想う心がそうさせたのか…… すすむ「まて……」 小声ですすむさんがいのりさんを引き止めた。私と神崎さんも足を止めた。 すすむ「感じる……この近くだ」 私達は周りを見回した。丁度扉があった。いのりさんは扉を確認すると懐から鍵の束を取り出しその中の一つを扉の鍵穴に差し込んだ。 いのり「この部屋は一度も入った事がないの……気をつけて、15分よ」 15分……そう、みゆきさんが銀行と交渉する時間がそのくらいだって言っていた。みゆきさんの事だからもっと時間稼ぎができるかもしれない。 だけど15分、いや、できればもっと早い方がいい。見つけられるかな……不安が過ぎる…… いのり「私は、もう、戻らないと……怪しまれる、帰りの道はわかる?」 すすむ「ああ、来た道を戻ればいいんだな?」 いのりさんは頷いた。 いのり「それじゃ……」 いのりさんはカートを押しながら去った。いのりさんがすすむさんに心配そうな顔で見つめていたのが印象に残った。 私達三人は部屋の奥へと足を進めた。 でもそこは部屋だと思っていたがそこは通路だった。そしてその通路には無数の扉がある。 どれが目的の部屋に通じる扉なのか…… いのりさんと別れてからはすすむさんが頼り。メモリー板の場所はすすむさんじゃないと分からない。 こなた「3メートル以内にあるんでしょ……見当たらないけど……扉を一つずつ開けるなんて時間がないよ、それに警報装置でもあったら……」 すすむ「待て、慌てるな……感じるのは微かだ……」 すすむさんは目を閉じて意識を集中している。私と神崎さんはすすむさんを待つしかなかった。こうしている間でも時間は刻一刻と過ぎていく。 暫くするとすすむさんは目を開け歩き始めた。そして通路の中ほどにある扉の前で止まった。 すすむ「この扉の向こうから強い反応がある……」 すすむさんの目の前にある扉、その先にメモリー板と真奈美が……ま、待って…… こなた「ちょ……この扉の鍵はどうするの? いのりさん居ないし、強引に開けて警報でも鳴ったら終わりだよ」 すすむさんはドアのノブを掴もうとして止めた。 すすむ「そうだな、こんな所で警報は避けたいところだ……」 あやめ「ふっ……大丈夫」 不適な笑みをしながら財布から鍵を取り出した。 こなた「ま、まさかその鍵は?」 あやめ「そう、そのまさか……最高機密を扱う部屋がそこならば開くはず、そしてセキュリティもスルーできる」 私とすすむさんは顔を見合わせて首を傾げた。 こなた「いったい何時そんな鍵を……」 あやめ「この前言ったでしょ、私自身単独でこの会社を調べたって、その時に入手した鍵……もし、この鍵が複製されていると知られてしまったら鍵は付け替えられている 可能性がある、それどころか鍵を挿した瞬間に警報が鳴るかもしれない」 すすむ「賭けか……」 あやめ「……そう、賭け、それにこの鍵は貿易会社の最高機密の鍵としか判っていない、この扉の鍵かどうかも確証はない、でもね、いのりさんが持っていた鍵の束の中には この鍵と同じ物は無かった……」 こなた「さっきいのりさんが持っていたやつ? 沢山あったのに、あんな一瞬で分かったの?」 神崎さんは首を横に振った。 あやめ「この鍵をいのりさんに渡して事前に調べてもらった」 そうか、だからいのりさんは直ぐに別れたのか。 そんな事までしていたなんて……私だったらできただろうか? すすむ「考えていても時間の無駄だろう……」 私達は神崎さんの持っている鍵を見た。 あやめ「そうね……それじゃ挿す……二人とも祈って……合いますようにって」 神崎さんは鍵を鍵穴に近づけた。手が小刻みに震えている。緊張感が私にも伝わってきた。 鍵は吸い込まれるように鍵穴に入っていく……そして、神崎さんの手が止まった。そして鍵から手を放した。 『ふぅ~』 神崎さんは大きく深呼吸をして私とすすむさんを見た。私達は頷いた。 神崎さんは鍵を握り捻った。 『カチッ!!』 ドアが鳴った。神崎さんは鍵を引き抜きポケットに仕舞った。そしてノブに手を掛けた。 何の抵抗もなくドアは開いた。神崎さんの読み通り鍵は合っていた。 あやめ「入るよ……」 神崎さんが部屋の中に入った。そしてその後に私達が続いた。 部屋に入った……意外に明るい。ってか、もう明かりが付いている。広い部屋だ……20畳くらいかな…… この部屋は入ってきた扉は他にない。つまり一部屋になっていた。 こなた「ま、真奈美さん!?」 思わず私は彼女の名を呼んだ。でも空しく響くだけだった。誰も居ない部屋。この部屋は真奈美が監禁されている筈じゃなかったのか…… 隠し扉でもあるのかな……私は部屋の周りを見渡した。 だけどそんなものは在りそうもない。ただの空き部屋の様だった。もしかして作戦失敗だった…… もう次の部屋をさがしている時間はなさそう。こうなったら見つかる前に逃げるしかない…… 私は神崎さんとすすむさんにそう言おうとした。 すすむさんが部屋の一番奥で立ち止まっている。すぐ隣に神崎さんもいる。私は二人に近づいた。 そこには腰くらいの高さの四角い物が置いてあった。何だろう…… その四角い物から配線が数メートル離れたパソコンに繋がっている。 こなた「何これ?」 すすむ「……見つけた」 こなた「え、見つけたって……何を?」 すすむ「……メモリー板だよ……懐かしい……」 すすむさんの指差す方を見た。四角い物の上にスマホ位の大きさの板が乗っていた。 こなた「メモリー板……これが……それじゃこの四角いのは何?」 すすむ「メモリー板を読み取る装置の様だな……」 すすむさんは腰を下ろして四角い物をじっくりと見た。 すすむ「驚いた、これはオリジナルの装置じゃないか、人間は何時の間にこんな物を……」 こなた「オリジナル?」 すすむ「メモリー板は私でなければ起動できない、私の脳波が鍵になっている、しかし起動しなくても基本的な情報は読み取ることが出来ようになっていてね メモリー板の中央がガラスの様に透明になっているだろう、その中に情報を直接刻み込んである」 確かにメモリー板の中央が1センチ四方の大きさで透明になっていた。 すすむ「これを見てくれ」 メモリー板の直ぐ隣に銃みたいな長細い筒状の物があった。その筒の先はメモリー板の方を向いている。 すすむ「この先からレーザをメモリー板に当てて情報を読み取っていたのだろう」 こなた「分かった、その情報をこのパソコンに送っている」 すすむ「その通り……」 すすむさんはメモリー板に手を伸ばした。 こなた「え、大丈夫なの……警報とか鳴らないの?」 すすむ「この装置はパソコン意外には繋がっていない」 すすむさんはまるで分かっている様にメモリー板を四角い装置から取り外した。そしてメモリー板の表面を人差し指でスマホを操作するようになぞった。 するとメモリー板の透明な所が淡く光り始めた。どうやら起動したみたいだった。 すすむ「……壊れていない、いいぞ……」 すすむさんは夢中になってメモリー板をいじっている。私は神崎さんの方を向いた。 こなた「真奈美さんは何処なの?」 神崎さんは何も言わずすすむさんが持っているメモリー板を見ていた。 こなた「もう時間が迫っているよ、早く捜そうよ」 神崎さんは何も言わないただ立ち尽くしているだけだった。 こなた「ちょっと……神崎さん、すすむさん……」 すすむさんの操作している指が止まった。 すすむ「……このメモリー板には事故があった時から私が起動するまでの間に直接アクセスした履歴がない」 こなた「へ?……それってどう言う事なの」 すすむ「起動していなくても近くに仲間が来ればメモリー板の履歴に残るようなっている……つまり事故から4万年の間に我々の仲間がこのメモリー板に触れた事はなかった」 こなた「……真奈美さんがが捕まっていれば必ずこのメモリー板を解読させようとする筈でしょ……」 すすむ「そうだな、そうするだろう、しかしここの人間はそうしなかった、出来なかった……つまり最初から真奈美はここに居なかったのだよ……」 こなた「う、うそ……ここの会社の特許はどうやって、それってメモリー板を解読しないと出来ないでしょ?」 すすむさんは四角い装置を見た。 すすむ「その装置が読み取ったのを人間が解読して得た知識を利用したのだろう……読み取りにレーザーを使うとは考えたな……そうか、とっくに人間はその技術を得ていた、 CDか……ふふ、音を記録する技術を利用されるとな……その発想は我々にはない」 四角い装置を見ながら笑うすすむさんだった。 つまり神崎さんとみゆきさんの推理は間違っていた……そう言う事か……真奈美はやっぱりもうこの世に居ないって…… そういえばこの部屋はあまりにも殺風景。生活の匂いがまったくしない。いくら捕らわれの身になったとは言え。生活の場くらいは用意するはず。 この部屋にはそんな感じは一切無い。このメモリー板を自動的に読ませてパソコンに保存する……ただそれだけが目的で作られた部屋。そんな感じ。 すすむ「真奈美が居ないと分かったらもうここには用はないだろう」 すすむさんはメモリー板をポケットに仕舞った。 そう、真奈美がいなければもうここには用はない。それにメモリー板を奪還できたのだから作戦は成功だ。うんん……ここから出られたらの話だけど。 こなた「そ、そうだね、出よう……ん?」 神崎さんが四角い装置を見たままボーっとしている。 こなた「神崎さん?」 私は神崎さんの顔を覗き込んだ。 あやめ「え、あ……そ、そうね……此処にはもうここには用はない……出ましょう」 私に気付いた神崎さんは慌てて扉に向かった。 キャリーバックは役に立たなかった。それにしても今回私はは何の役にも立っていない。ただ二人に付いて来ただけだった…… まてよ…… あの四角い装置に繋がっていたパソコン……すすむさんがメモリー板を取っても何も反応しなかった。それにケーブルは装置としか繋がっていない。 それはハッキングを恐れて外部からはアクセス出来ないようにした。あのパソコンはただ装置から出たデータを受け取っているだけの物。 私が出来る事があるじゃないか。 私は腕時計を見た。まだ充分時間はある。 こなた「ちょっとまった」 神崎さんとすすむさんは立ち止まった。 こなた「せっかくだからメモリー板の証拠を消しちゃおう」 私はパソコンの方に向かった。 あやめ「時間はどうなの?」 こなた「大丈夫、1分もあれば……」 私はUSBメモリーを取り出した。 すすむ「メモリー板から読まれたデータは1%もない、仮に100%読まれたとしても今の人間では1%も理解できまい、放っておいても問題ない」 こなた「その1%未満のデータで兵器を作っちゃうでしょ、それにメモリー板があるって言う証拠が残っちゃうじゃん」 私はパソコンにUSBメモリーを挿した。そしていつもの様にパソコン内のデータを消去した。その時間は30秒。 こなた「終わったよ、さてこんな所早く出ちゃおう」 USBメモリーを引き抜くと走って二人を追い抜き扉に向かった。 こなた「ささ、早く」 私は扉を開けた。 みゆきさんは私にUSBメモリーを使うなと言っていた。そして私が使おうとした直前にすすむさんもする必要がないって言っていた。そう、これはフラグだった。 普段の私ならそれに気付いていた。だけど私はそれに気付かなかった。何故…… 功を焦っていた……それとも急いでいた。それもあったかもしれない。でもそうじゃない。多分普段の私でもそれがフラグだって気付かなかった。そんな気がする。 ???「誰だ!!」 突然後ろから怒鳴り声が聞こえた。私はその声の方角に反射的に身体を向けた。警備員だ。 体付きは筋骨隆々、一目で体育会系であるのが分かった。私と目が合うと腰の警棒に手を掛け走って向かってきた。私だけなら走って逃げられそう。だけど神崎さんとすすむさんは そうでもない。捕まってしまいそう。どうしよう。 逃げるか。それとも奇襲の一撃を食わすか。私だって少しは武道を齧っている。でも咄嗟に技が出せるか分からない。失敗したら倒されるのは私…… 警備員はみるみる近づいてくる。考えている時間はない……どうしよう。何故か身体が言う事を聞かない。動かない…… 警備員は警棒を抜いた。わわわ……何も出来ない。もうダメ……私は目を瞑った。 …… ……… …………? …………あれ? 何も起きない。静かだ。 私はゆっくり目を開いた。 警備員が私の直ぐ目の前に立っていた。 こなた「ひぃ~」 思わず後ろに数歩下がった。警備員は警棒を振りかざした姿勢のまま写真の様に止まっている。この光景は見覚えがある。そうだ、お稲荷さん十八番の金縛りの術。 こなた「すすむさん、助かりました~」 私は後ろを振り向いた。そこには……神崎さんが立っていた。 こなた「えっ!?」 私はいったい何が起きたのか直ぐには理解できなかった。神崎さんはゆっくり歩き警備員に近づくと手を警備員の顔に近づけた。そして手のひらでそっと両目を撫でるように 下ろすと警備員は目を閉じて崩れるように倒れた。催眠術?……こんなの武道じゃない。やっぱりお稲荷さんじゃないとできない…… 神崎さんはお稲荷さんだった!? 22 足元に大男が横たわっている。倒したのは武道の心得のない女性記者。神崎さん。蹴りや手刀で攻撃したのではない。お稲荷さんの秘術を使って倒した。 神崎さんは私と目が合うとにっこり微笑んだ。 あやめ「これで、相子ね……」 相子……それってこの前の潜入の事を言っているの…… 確かにあの時と逆だ。私はさっき警備員と戦う覚悟がなかった…… こなた「お相子って……神崎さん……」 すすむさんが私の前に割り込んできた。 すすむ「神崎あやめ……お前、何者だ、さっき手をかざした時、警備員の記憶を奪ったな……何故人間のお前がそんな事が出来る」 すすむさんが神崎さんに詰め寄った。 あやめ「泉さんの顔を見られた……顔を覚えられるのは避けたい……」 記憶を奪う……もうこれは人間技じゃない。間違いない。神崎さんはお稲荷さんだった。 すすむ「ば、ばかな、我々4人以外は全て帰ったはずだ、それになぜメモリー板が反応しない……人間になったのか?」 神崎さんは倒れている警備員を見た。 あやめ「……そんな詮索をしている暇なない、見なさい……」 私とすすむさんは警備員を見た。胸のポケットに入っている手帳の様なものが赤く点滅している。 こなた「なに、点滅している……」 あやめ「転倒センサー……警備員が倒れれば何か異常があるのは明らかよね、センサーが感知して警備管理センターに通報された、間もなく大勢やってくる」 辺りは静か。警報音も人がくる気配もない。 こなた「た、ただの無線機じゃないの、警報も鳴ってないし、静かだよ」 神崎さんは首を横に振った。 あやめ「ここの警備員は貿易会社直属、それに警報は鳴らない、分かるでしょ、ここ他人には知られてはならない秘密の場所、彼等は侵入者に容赦しない」 あの警備員が向かって来た時の勢い、凄くて圧倒されたのはその為…… すすむ「詳しいな、神崎あやめ、以前に此処に入ったのか……」 神崎さんは何も言わず微笑み私達に背を向けた。 あやめ「もう時間がない、早く逃げて……私が引き付ける……」 こなた「引き付けるって……どうするの?」 あやめ「早く、行きなさい……」 こなた「……で、でも……」 あやめ「捕まったら命の保障はない」 こなた「わ、私がパソコンを触っていなかったら……こんな事に……ごめんなさい……」 あやめ「泉さんがそうしなくても結果は同じだった、それに小林さんと約束したから、誰も傷つけないって、逃げ切って……さぁ、早く」 かがみ……かがみのバカ……そんな約束しちゃダメだよ こなた「で、でも……」 私の腕をすすむさんが掴んだ。 すすむ「行くぞ!」 遠くから沢山の足音が聞こえてきた。一人や二人じゃない……ぞっとしてきた。 すすむさんが力強く引っ張る。 こなた「今なら一緒に逃げられるよ」 足音はどんどん大きくなってきた。数人どころじゃない大勢の足音。すすむさんが更に強く引っ張る。 神崎さんは私に背を向けると足音がする方向に向かって走り出した。通路の曲がり角を曲がると神崎さんは見えなくなった。 『※!!#&☆』 意味の分からない怒号が飛交う。警備員は日本人だけじゃないみたいだった。足音が私達から遠ざかっていく。 すすむ「彼女の行為を無駄にする気なのか?」 ……すすむさんの言葉に私はどうしようもない気持ちでいっぱいになった。 私達は思いっきり走って出口に向かった。 どうやって出たのかは覚えていない。ただすすむさんの後を付いて行っただけだったかもしれない。 でも気付いたら非常階段の出口に立っていた。 私はすすむさんの方を向いた。 こなた「……何で、何故一緒に逃げようって言ってくれなかったの、神崎さんはお稲荷さんだよ、すすむさんの仲間だよ、あの時一緒に逃げていれば……」 すすむ「一緒に逃げていれば確実に私達は捕まっていた」 こなた「うんん、全速力で走れば……」 すすむ「そうだな、全速力で走れば泉さんは逃げ切れる、しかし、私と神崎さんは逃げ切れまい、それに泉さんは私達が遅れてそのまま置いて行く様な真似はできないだろう?」 こなた「それは……」 すすむ「それが出来るようなら泉さんはとっくにそうしていた、見つかった時逃げずにもたついていたではないか、違うか?」 こなた「いざとなったら、戦って……」 すすむさんは首を横に振った。 すすむ「あの警備員は神崎さんの言う様に特別な訓練を受けている、泉さんを何の躊躇いもなくしかも警告なしに襲ってきた、神崎さんが術をかけていなかったらその場で 警棒の攻撃をうけていただろう、しかも全力でね」 確かにあの時動けなかった。まるで金縛りにあったみたいだった。いろいろ頭の中を過ぎったけど、動けなかったのはそれだけじゃなかったみたい。 それでも、この原因を作ったのは私。 こなた「……私……私がパソコンをいじっていなければ……こんな事にはならなかった……」 すすむ「作業に約1分……か、まったく影響が無いとは言えないな、だがパソコンの情報を消す行為自体は当然すべき内容だった、方法も手段も持っている泉さんとすれば 選択肢の一つに入るのは当然だ、だから私は無理に止めなかった、神崎さんもそうだっただろう?」 こなた「……だ、だけど……」 私は非常階段の扉を眺めていた。 すすむ「彼女はお前たちが言うお稲荷さんだ、何故メモリー板が反応しなかったのは分からんがな、それに彼女には何の迷いも見受けられなかった、 きっと抜け道か何かを知っているのかもしれない」 確かにこの前の脱出した時の神崎さんとは違っていた。私が止めようとする前に警備員達の所に行ってしまった。 そうだよ。これはフラグだった。分かっていたのに………… 何で……バカだよ私は…… 『パン!!』 突然手を叩く音が聞こえた。私は音のする方を向いた。すすむさんが立っていた。どのくらい時間が経ったのだろう。 扉が開く様子はない。 すすむ「まだ作戦は終わっていない、進行中だ」 こなた「で、でも……神崎さんが……」 すすむ「まだ捕まったと決まった訳じゃない、失敗したとは言えない、メモリー板はこの手にある、だからこのまま次の行動をする」 こなた「で、でも……」 すすむ「私はこれからいのりの無事を確認した後、約30分後の特急に乗って神崎家に向かう……泉さんの行動予定は?」 こなた「……私は……」 すすむ「どうした、忘れたのか?」 何故かここを離れたくなかった。 こなた「…………」 すすむ「泉こなた、私を見て次の行動を言いなさい」 低い声だった。私はすすむさんの目を見た。 こなた「私は……みゆきさんがビルを出るのを確認したら……待っているひよりの車に乗って神崎さんの家に……」 すすむ「よし、彼女の家で合流時間まで神崎さんを待つ、全てはそれからだ、分かったな?」 そうだった。リスクを分散する為に合流するまでの道のりはなるべくバラバラにしたのだった。 すすむ「……今の君を見ていると4万年前の私を思い出すよ……それじゃ、無事でな……」 こなた「4万年前……?」 すすむさんは周りを確認すると階段を降りた。 4万年前って、すすむさんが事故を起こした時だったよね。 私がその時を同じって…… 良く分からない。だけどこのまま此処に居ても何も起きない事だけは分かった。 すすむさんが見えなくなって暫くして私は階段を降りた。 ひより「泉先輩……心配したっスよ、5分遅れです」 待ち合わせ場所に車が止めてあった。私は車のドアを軽くノックした。ひよりは電動ドアガラスを開けて初めて発した言葉がそれだった。 思ったほど時間はオーバーしていなかった。私はフロントドアを開けて助手席に座った。そしてキャリーバックを後部座席に置いた。 ひよりは無造作にキャリーバックを置いた私を少し不思議そうに見ていた。 ひより「高良……基、近藤先輩と会いましたか?」 みゆきさんが無事にビルを出たのは確認した。向こうも私を確認している。私は頷いた。 ひより「それじゃ出ますね……」 ひよりはバックミラーで後ろを確認した。その時キャリーバックに何も入っていないのに気付いたみたいだった。 ひより「あ、あの~真奈美さんは……?」 こなた「遅れているから……早く出して……」 ひより「あ、は、はい……」 私を見て何かを感じたのだろうか。ひよりはそれ以上何も言わず車を出した。 車を出して暫くして高速道路に入ってすぐだった。 ひより「何があったのですか……」 エンジン音に消されそうなほど小さな声でそう言った。それでも私には鮮明に聞こえた。やっぱり話さなきゃいけないのかな。 作戦に参加しているひより。知る権利はあるし、話さなければならないか。 私は今までの出来事を話した。 私が話し終えると直ぐにひよりは聞き返した。 ひより「神崎さんが金縛りの術を……?」 こなた「うん……すすむさんもそう言ってた、ついでに記憶も消したって……」 ひより「それじゃ神崎さんはお稲荷さんって事じゃないですか!!」 こなた「ひより、前、前!!」 私は正面を指差した。ひよりは慌てて前を見てハンドルを操作した。少し車が揺れた。 こなた「そうなんだ……以前私もそう思って彼女に聞いた……だけど否定しされちゃってね……その時の言い訳があまりに的確だったからそれ以上追求しなかったよ……」 ひよりは何度か深呼吸して冷静さを取り戻した。 ひより「……そうですか……お稲荷さんに詳しすぎるって私も思ってはいましたけど……それじゃ真奈美さんと幼少の頃助けたって言うのも嘘だったのかな?」 こなた「それは本人じゃなくて母親の正子さんから聞いたから……正子さんまで嘘を付いているとは思えない」 ひよりは話すのを止めて運転に集中した。私も暫く何も言わなかった。 ひより「あの~」 5、6分くらいしただろうか。ひよりが再び話し出した。 こなた「ん?」 ひより「私思ったのですけど……神崎さんは警備員の注意の全てを自分に向けて泉先輩達を逃がしましたよね……」 こなた「う、うん」 そう、それは私のせい……ひよりは私を責めるのかな……私が一番恐れていた事。だからあまり話したくなかった。 ひより「似ていませんか……お稲荷さんの人間への怒りを全て自分に向けてつかさ先輩を守った真奈美さんと……」 こなた「え、あ……!?」 そういえばそうだ。似ている。って言うより同じじゃないか。私は自分のミスに気を取られてそこまで気が回らなかった。 ひより「神崎さんは実は真奈美さん本人じゃないかなって……幼少の頃からの知り合いだから化けてしまったら身内でも気付かないッス」 こなた「そう、私も以前そう思った、だけどつかさがそれじゃ神崎さん本人は何処に居るなんて言われて……」 ひより「……それは……こう考えてみたらどうッス、あくまでこれは私の推理ですけど、貿易会社に捕らわれているのは神崎さんじゃないかなって……それなら 真奈美さんが貿易会社に潜入する理由が出来る……」 こなた「それじゃ、貿易会社は偽者の神崎さんを消してしまうよ」 ひより「いいえ、その逆ッス、偽者であろうと神崎さんが普通に暮らしていれば貿易会社は拉致しているのを隠す事ができるじゃないですか……」 こなた「まさか……」 でもひよりの推理は納得できる。 ひより「真奈美さんが自分の正体をギリギリまで隠す理由を考えていたらそう思いまして……すみません、余計な事だったッス……」 こなた「いや、ひより、間違いないよ、神崎さんは真奈美さんだよ……」 ひより「だとしたら、真奈美さんは最初からこの作戦で捕まるつもりだったかも……神崎さんの居場所を突きとめる為に……」 こなた「わざと……」 ひより「すみません……これも余計な詮索ッス……忘れてください……」 。最後の推理は私の失敗のフォローだったかもしれない。私がそう思ったのを察知したのだろうか。ひよりは神崎さんの家に着くまでその話に触れなかった。 ひよりの推理は全てに納得できる内容だった。 私はつかさを神崎さんから遠ざけていたけど。思えば神崎さんがつかさを遠ざけていたかもしれない。私達の中で真奈美と直接会っているのはつかさとひろしとひとしさんだ。 すすむさんとまなぶさんはどうだろう……もしかしたら……まなぶさんは真奈美を知っているかもしれない。 その四人が居れば何かの拍子に正体がバレてしまうかもしれない。だからつかさの手を強く握ったりして誤魔化した…… 今回の作戦ももっともらしい理由をつけて四人を外した。そうだよ、まなぶさんは最初から作戦から外れている。 もう疑う余地はない。神崎さんは真奈美だ。 神崎さんの家に着くまで考えていた。 真奈美が生きている。一番喜ぶのはつかさか、弟のひろしか。偶然にも二人は夫婦。 いや、偶然じゃない。二人はなるべくして夫婦になった。私はそう思う。 いくら親友を助ける為とはいってあの二人に正体を隠しつづけるのはやっぱり辛かっただろうね。 私にはそんな素振りはまったく見えなかった。それに神崎さんの母親、正子さんにバレないでいられるなんて。いったい何時から神崎さんと真奈美は入れ替わったのだろう。 少なくともつかさが一人旅をした後だよね、どうやって大怪我から生還できたのかな。それだけが謎だ。 つかさが真奈美と再会して喜ぶ姿が目に浮かぶ…… うんん、それはあのビルから逃げていればの話。 もし逃げられなかったら、命まで奪われるような…… そんな事になったらいくらつかさでも私を許さないかも…… こんな考え自体がフラグかもしれないのに……それでも考えられずには居られなかった。 『ピンポーンー』 誰も出てこない。もう一度 『ピンポーンー』 神崎さんの家に着いた私達は家のベルを押してみた。 ひより「留守みたいですね」 こなた「うん、正子さんは居るような気がしたけど、居ないみたい……」 もっとも正子さんが出てきて何て言って良いのか分からない。 ひよりは時計を見た。 ひより「集合の予定より30分は早いッス、休まずに来たせいかも」 こなた「うん……遅れた分を回収しちゃったね……」 ひより「私の車で待ちますか?」 こなた「うん……そうしよう……」 車に移動しようとした時だった。 「泉さん、田村さん?」 私達は声の方を向いた。みゆきさんが立っていた。そうだった。みゆきさんはすすむさんと一緒の電車でくるはずじゃなかったのかな。 こなた「予定より早くない……すすむさんはどうしたの?」 みゆき「はい、一度合流しまして……私が先に行く事に……」 こなた「あ、いのりさんは、いのりさんは無事なの?」 みゆき「はい、それだけを確認して急いで一本早い特急に乗りました……」 良かった。いのりさんは無事。これで神崎さん以外は大丈夫みたい。神崎さん以外は…… ひより「どうして予定を変更してまで早く来たっスか?」 みゆき「はい……ビルで泉さんを見かけた時、様子が違っていましたので……急に心配になってしまって」 みゆきさんは私をじっと見た。そして辺りを見回した。 キャリーバックを持っていないからか。空のバックは車の中に置いてある。 みゆき「あ、あの~真奈美さんは……?」 すすむさんから聞かなかったのって言いたかった。説明するのは苦手だし…… すすむさんと話をしている時間がないのはすぐに分かった。 私はひよりの方を向いた。ひよりは首を横に振った。私はみゆきさんの方を向いて首を横に振った。 みゆき「……いったい何があったのですか?」 みゆきさんは私に近づいてきた。私は俯いてしまった。みゆきさんになんて言おう。 みゆき「泉さん……」 何度か呼ばれたけど答えられない。 ひより「あの、私で良ければ話します……良いですか泉先輩?」 私は頷いた。ある意味ひよりと一緒に車で移動したのは良かったのかもしれない。 ひよりはビルの中で起きた出来事、そして車の中で話した内容をみゆきさんに話した。 ひよりが話していくうちに私は悔しくなってきた。もう少し早く部屋を出ていれば……パソコンをいじっていなければ…… 神崎さん、真奈美をあんな事に…… みゆき「……泉さん……」 みゆきさんの優しい声が私を呼んだ。急にこみ上げてくるものを感じた。こんな気持ちになったのは初めてだ。 こなた「みゆきさん……私……」 何も言えない……これじゃつかさやひろしに会えないじゃないか。 みゆき「同じですね、あの時と全く同じです、以前いずみさんと全く同じ表情で私と話した人がいました……確か……コミケ事件があった少し前でした、彼女は 何も出来なかったと凄く後悔をしていました……分かりますか?」 私は首を横に振った。その遠心力で涙がこぼれた。 みゆき「それは、つかささんです」 こなた「……つかさ?」 みゆき「泉さん、神崎さん、もしくは真奈美さんは未だどうなっているか分かりません、まだ後悔するのは早いとは思いませんか?」 ……つかさは目の前で真奈美が倒れるのを見ていた……私は……まだ何も見ていない。 みゆき「待ちましょう……私にはそれしか言えません……」 みゆきさんは微笑んでハンカチを私に差し出した。私はハンカチを受け取った。 こなた「はははは、そうだ、そうだよね、まだ決まった訳じゃない、待とう」 今になってつかさの本当に気持ちがわかるなんて、いや、まだ本当に意味で分かったわけじゃない。 気を取り直した私は神崎さんの家から少し離れたひよりの車の中で話をする事になった。 みゆき「田村さんの推理が正しいとしたら、私の推理は間違っていた事になります……すみませんでした」 こなた「うんん、でもそのおかげで神崎さんと話し易くなったし、潜入をする切欠になったから」 みゆき「メモリー板を解析する時間がワールドホテルの時と偶然に一致しただけでした……」 ひより「それにしても何故神崎さんが捕まってしまったか……」 みゆき「神崎さんは企業や政府の不正を調べていました、貿易会社もその対象になったのは容易に想像できます、おろらく本人が自ら潜入捜査をしていたのでは、 メモリー板の件で真奈美さんも協力していたのではないでしょうか?」 もし、まなみも神崎さんも捕らわれてしまったら、助け出すのは私達しか居ない…… ひより「それで私達を捜し出した訳ですね、でも、正直に正体を言っていたらもっと協力できたようなきがするっス……」 みゆき「どうでしょうか、正体を教えてつかささんやひろしさんが大人しく引き下がったでしょうか、冷静な泉さんですら動揺してしまった今回の作戦……」 だから真奈美は神崎さんでなければならなかった……っか。 ひより「何となく分かりました……」 みゆき「いえ、これも詮索の域を出ていません」 何となく車から外を見た。遠くから人が歩いてくる……あれは、すすむさんだ。 こなた「すすむさんが来たよ」 時計を見るみゆきさん。 みゆき「時間通りですね、行きましょう」 私達は車から出た。 私達は再び神崎さんの家の玄関前に居た。 すすむさんは私を見た。 すすむ「来たか」 こなた「うん、もう大丈夫だから、でも、別れ際の言葉が無かったらあのままずっと非常口に居たかも」 すすむ「そうか、それは良かった……」 こなた「それで、4万年前の事故の原因は分かったの?」 すすむさんは黙ってポケットからメモリー板を取り出した。 みゆき「……それがメモリー板、お稲荷さんの知識が詰まっている物……」 みゆきさんは身を乗り出して食い入る様にメモリー板を見ていた。 すすむ「事故の原因はメモリー板を調べるまでも無い、もう分かっていた……」 こなた「へ、それじゃ何で作戦に参加したの?」 すすむ「……もう終わった事だ……」 すすむさんはメモリー板をまたポケット仕舞った。 すすむ「神崎さんを待つとしよう」 こなた「あれ、教えてくれないの」 すすむさんは神崎さんが来るであろう方向を向いてしまった。 こなた「神崎さんは真奈美って分かったし、内緒にする必要なんかないじゃん?」 すすむ「なに、彼女が真奈美だと言うのか?」 すすむさんは驚いた顔で私の方を向いた。 こなた「他に候補者いるかな、すすむさんの方が詳しそうだけど?」 すすむ「それは……すまん、私は真奈美とは面識が無かった、神崎さんが真奈美かどうかまでは判断できない」 やっぱりそうだ。だからすすむさんを作戦メンバーに入れた。 こなた「本当の神崎さんは貿易会社に捕まっていて、真奈美さんが神崎さんに化けて貿易会社に潜入した、もちろん神座産を助ける為に、これが私達の考えなんだけど すすむさんはどう思う?」 すすむ「真奈美は亡くなったとつかさから聞いた、私もそれ以上詮索はしなかった、死人が蘇るなんて在りえない」 こなた「そうそう、その亡くなったって言ったのがつかさなのが問題、つかさは見ての通り天然な所があるでしょ、だからどこかで勘違いをしている……なんてね」 すすむ「確かに亡くなったと言ったのはつかさだけだが……」 すすむさんはみゆきさんとひよりの方を向いた。 ひより「ま、まぁ、後輩の私が言うのもなんですけど……つかさ先輩はそう言う所があるっス」 みゆき「誰にでも見間違いはあると思います……」 すすむさんは腕を組んで考え込んだ。 すすむ「確かに今の時点で真奈美以外考えられないか……」 すすむさんは再びポケットからメモリー板を取り出した。 すすむ「……このメモリー板は通信機能が備わっていてね……母星と通信が出来る」 こなた「通信って、故郷に連絡を取りたい人でもいるの?」 すすむ「いや、これが見つかっていれば、私達は帰る事が出来た……当時私はこれを探した、そうだ、3メートル以内、いや、10メートル以内でも…… あれば救助要請ができた……私はそれが出来なかったのが悔しかった……」 みゆき「そのメモリー板が見つかった遺跡はかなり深い地層から発見されたそうです、おそらく宇宙船が墜落した時、地中深く潜ってしまったのでしょう」 地中深くにあったらくら探しても見つからない。 すすむ「この地球は私達にとっては過酷すぎた……現にほとんど全ての仲間が帰ってしまった」 こなた「そうかな……それは違うと思うよ」 すすむ「何を知った風に言う、人間に何が分かる」 こなた「帰るか、残るか決めるとき、それぞれのお稲荷さんは話し合っていたってつかさが言っていたよ、ただ帰りたいだけだったら話し合いなんかしないと思う」 ひより「そうですよ、そのメモリー板をすぐに見つけて帰ってしまったら1000年前の巫女さんにも逢えなかった、もちろんその生まれ変わりのいのりさんにも」 すすむ「生まれ変わりか、確かに双子の様に似ていた……しかし彼女は病弱で子は生んでいない、彼女の子孫は居ない」 ああ、そういえば以前ひよりとゆたかが遊びに来たときそんな話をしていたっけ。 こなた「でも1000年前でしょ、お稲荷さんの巫女だから言ってみれば神様の召使いって事だよね、そんな巫女さんならその家族だって当時は特別待遇だったんじゃないの、 きっと厳しい時代も生き抜けた、そして現代の柊家がその巫女さんの子孫、お稲荷さんが帰ってしまったらつかさやかがみも居なかったかも、私はそんな世界は嫌だよ」 みゆき「小さな出来事でも時間が重なるとその変化は多大な物になると言います」 すすむさんはメモリー板じっと眺めていた。 どのくらい経っただろうか遠くから何か聞こえた。聞き覚えのある音……どんどん近づいてくる。間違いない。あれは…… こなた「神崎さんだ!!」 皆は私の方を向いた。そして辺りを見回した。 すすむ「……誰もこないではないか」 みゆき「見当たりませんね……」 ひより「どこですか……見間違えでは?」 うんん、間違いないあの音は。 こなた「神崎さんの乗っているバイクの音……」 私達はは耳を澄ました。バイクのエンジン音がどんどん近づいてきた。そして直ぐ近くまで来たと思うとどんどん遠ざかってしまった。 ひより「行っちゃいましたね……聞き間違えじゃないですか」 こなた「間違いないよ、あの音は絶対に神崎さんのバイクの音だよ、何度も聞いているし」 神崎さんは逃げ切った。心の底から嬉しさが湧き出した。 ひより「それじゃ何で遠ざかったのかな……何処に行ったのかな?」 私にはそれが何処かすぐに分かった。 こなた「……神社だ、あの神社に行ったんだ!!」 すすむ「神崎さんはオートバイに乗っていたのか……音だけ聞かせて去る……彼女は泉さんを呼んでいるに違いない」 こなた「私を?」 すすむ「うむ、君以外に彼女の乗っているバイクの音など区別できない、だとしたら答えは明白だ」 神崎さんは私にあの神社に来いと言っているのか。何故…… すすむさんは持っていたメモリー板をひより、みゆきさん、私の順に向けた。 ひより「な、何か?」 すすむ「これで君達の脳波をメモリーに登録した、このメモリー板は君達のものだ、そして、泉さん、君が代表して受け取りたまえ」 すすむさんは私にメモリー板を差し出した。 こなた「へ、私……もらっても使い方しらないし、それに何で私?」 すすむ「このメモリー板は脳と直接コンタクトして操作する、泉さんが考えればメモリー板がそれに答えよう」 私はメモリー板を受け取った。 すすむ「USBメモリーの使い方をずっと見ていた、泉さんなら正しく使うだろうと判断した……それに、もう私にこの装置は不用だ」 すすむさんは駅の方に体を向けた。 すすむ「会ってくるがいい、そして全てを聞いてきなさい」 ひよりとみゆきさんは車の方に体を向けた。 こなた「へ、会うのは私だけ?」 みゆき「それが神崎さんの希望らしいので」 ひより「作戦も大詰めですね、私達はこのままキャリーバックをつかさ先輩に返しにいってきます、いろいろと話す事もありますので」 こなた「え、あ、そ、そう?」 私一人で……急に寂しくなった。 すすむさんは駅に向かって歩き出した。ひよりとみゆきさんは車に乗った。 ひより「神社の入り口まで送りますよ」 こなた「あ、ありがとう……」 私は車に乗り込んだ。 23 神崎さんの家から神社までは歩いても行けるだから車で向かえば数分で着いてしまう。 何だろう。このへんな気持ち。神社に近づくにつれてだん気が重くなっていく。こんな気持ちになるのは初めてだ。何度もあの神社には行っているのに。 そんな話をする間もなく神社の入り口に到着した。私が車を降りるとみゆきさんとひよりも車を降りた。 ひより「泉先輩、このバイクが神崎さんのですか?」 神社入り口の鳥居のすぐ横にバイクが停めてあった。 こなた「そう、それ、それが神崎さんの」 ひより「泉先輩の言う通りでしたね、さすがッス」 みゆき「この階段を登れば……真奈美さんに……」 みゆきさんは山の頂上を見上げた。 こなた「……どっちでもいいけど、一緒に来てくれない……?」 ひより「私は別に構いませんけど、一人の方が良いのでは?」 みゆき「私は真奈美さんに会ってつかささんを助けてくれたお礼を言いたい……」 こなた「みゆきさんが一緒なら心強いよ」 みゆきさんは首を横に振った。 みゆき「やはり泉さんが行くべきです、合流の場所を外してわざわざ神社に向かったのは何か理由があるはず、泉さんだけに話したい理由が……」 こなた「何で私なの、分からないよ」 みゆき「そうですね、分かりません、会ってみないと」 私は神社の入り口を見た。 こなた「……つかさは何度この階段を登ったんだろう……つかさに出来て私に出来ないはずはない、なんて思っていた…… すすむさんが来る前もみゆきさんがつかさの名前をだしたから空元気出してみたけど、無理だよ……今になってつかさがやって来た事の大きさがわかっちゃった……」 ひより「泉先輩、つかさ先輩と張り合っていたっスか?」 すこし驚いた顔をしたひよりだった。 こなた「張り合う……違う、私の一方的な挑戦みたいなもの……つかさのくせに……」 ひより「そのセリフ久しぶりに聞いたっス……そういえばつかさ先輩の変わりっぷりは計り知れません……変わったというより化けたと言うのか……」 みゆき「確かにつかささんにはいろいろ驚かされました、でも、泉さんも同じくらい変わっていますよ」 ひより「うんうん、今でも二人はいいコンビッスね……昔はかがみ先輩の方がいい感じでしたが……もっと別の方向で……」 こなた「良いよもう、そんなお世辞は……私、帰る……」 みゆき・ひより「え?」 私は駅の方に歩き出した。 ひより「ちょ、ちょっと待って下さい……」 私の手を掴んで引き止めるひより。 こなた「放して、もう私の出番はないよ!!」 ひより「なにもこんな所で、しかもこんなタイミングでツンデレにならくても……」 ツンデレはかがみだけで沢山だ。 こなた「ツンデレじゃないもん……もう私は用済みってことだよ、あとはひよりとみゆきさんで続けて」 さすがのひよりも少し呆れ顔になっている。 ひより「ないもんって……泉先輩が呼ばれたって言っていましたよね……私達が行ってもあまり意味がないような気が……だからメモリー板を泉先輩に……」 メモリー板か…… 私はメモリー板を取り出した。そしてみゆきさんに差し出した。 こなた「これはみゆきさんが持つべきだよ、以前からお稲荷さんの知識が欲しいって言ってたじゃん、それにみゆきさんなら有意義に使ってくれる、うん、そうだよ……」 みゆきさんは手をメモリー板の近くまで動かして受け取りかけたけど直ぐに止まり、首を激しく左右に振って引っ込めた。 みゆき「いいえ、これは泉さんが持つべきです」 こなた「使い方知らないし、知っていてもお稲荷さんの知識なんて……訳分からないし……」 みゆき「そうでしょうか、泉さんはUSBメモリーを使いこなしていますね、それも紛れもなくお稲荷さんの知識です」 確かにあれは木村めぐみさんからもらった物だけど…… みゆき「……元気だま作戦……誰にも気付かれず集金してしまうなんて……私がUSBメモリーを持っていても思いつかなかったでしょう……」 私は笑った。 こなた「ははは、あれは漫画のキャラクターが使う必殺技からヒントを得ただけで……下らないジョークのようなもの」 みゆき「ドラ○ンボールの○悟空が使う技ですね」 みゆきさんからその名前が出るとは思わなかった。少し間を空けてから頷いた。 みゆき「技の詳細は割愛しますが私も知識としては知っていました……一見何の関係もない物を結びつける……私には出来ません」 みゆきさんに褒められるなんて……でも…… こなた「そのUSBのせいで作戦は失敗した……」 みゆき「それは一瞬でぎりぎりの判断だったと思います、だれが責められましょう、それにまだ失敗とは決まっていません、それを確かめる為にも泉さんが行くべきです」 言っている内容は頭では理解できた。だけど体が前に行こうとしない…… さらにみゆきさんは続けた。 みゆき「オートバイの音を神崎さんのものだと言った時の泉さんの顔……とても嬉しそうでした、まるで古い親友と再会したかのようでした」 こなた「……そ、そうかな?」 みゆき「そうでしたね?」 みゆきさんはひよりの方を向いてにっこり微笑んだ。 ひより「え、あ、ああ、はい、そうです、そうでしたね、確かにとても嬉しそうでした……なんて言うか、普段表情をあまり出さない泉先輩にしては珍しいかと……」 確かに嬉しかったけど顔に出したつもりは無かった。 そうだよ。そもそも今まで会っていた神崎さんは真奈美が化けていた。本物じゃない。 それじゃ本物の神崎さんはどんな人なのだろう。母親である正子さんが気付かないくらいだから本人とほぼ同じ……なのかな…… 私と同じような趣味を持って。正義感あふれる記者……まなみちゃんの演奏の記事で皆を喜ばせたりもした。 私を潜入のメンバーに選んだり、かえでさんと口論したり、かがみを怒らせたり……どこまでが神崎さんでどこからが真奈美なのか。 ……神崎さん本人に会ったら私はどうすればいいのだろう……また最初から友達に…… また最初からって……私と神崎さんは友達なのか……な 彼女は私を利用していただけ。私も興味本意で付き合っただけ……それだけ? うんん、全部が幻。狐が化かした幻だよ…… ここに来るまでの変な気持ちってこれだったのかな。 幻なら。神崎さん……うんん真奈美は無事だったしもう改めて会うことなんかない。 私は首を横に振って駅の方向に体を向けた。 みゆき「そうですか……残念です」 ひより「泉先輩……」 私はゆっくる歩き始めた。 みゆき「私は神崎さんが心配なので神社に向かいます」 ひより「近藤先輩、泉先輩を止めないッスか?」 みゆき「これは泉さんが選んだのですから……」 ……選んだ。私は何を選んだって…… みゆきさんは神社に向かって歩き出した。ひよりは私とみゆきさんを何度も交互に見ている。 ひより「泉先輩らしくありません……」 ひよりはみゆきさんのを追って行った。そして私一人が残った。 歩く速度がどんどん落ちていく。まだ10メートルも進んでいないのに足が止まった。 選んだ。みゆきさんはそう言った。ひよりは私らしくないって……私らしいって何? 分からない。 それにみゆきさんとひよりがもう向かっている。もう私が行っても何が変わる訳でもない。私は再び歩き始めた。 程なく駅に着いた私は切符を買おうと改札口に向かった。時刻表を見る。あれれ、上り電車は5分前に出たばかり……次に来るのは1時間後か…… だから田舎の鉄道は嫌いだ…… 「泉さん?」 後ろから私を呼ぶ声。私は振り返った。すすむさんだった。 すすむ「やけに早いな、もう彼女と会ったのか……そうでもなさそうだな」 すすむさんと別れてから随分時間が経っている。5分前の電車に乗っていてもおかしくないのに。 こなた「うんん、会っていない……そっちこそ何で電車に乗らなかったの?」 すすむさんは苦笑いをした。 すすむ「さぁね……」 そう言うとすすむさんは待合場のベンチに腰を下ろした。どうせあと1時間も待たないといけない。私も隣の席に座った。 っと言っても何を話すわけでもなく沈黙が続いた。上りの電車が出たばかりなのか待合場には私達以外誰もいない。 すすむ「別れた時の勢いはどうした、今にでも会いたいような表情だったぞ?」 みゆきさんと同じような事を言う…… こなた「……みゆきさんとひよりが行ったから……」 すすむ「それでいいのか、神崎さんは、いや、真奈美は君と会いたがっているのではないのか?」 私は何も言えなかった。だけどすすむさんもそれ以上何も言わなくなった。 どうしてすすむさんは帰らなかったのか。もしかして私がもらったメモリー板と関係があるのかもしれない。 私にメモリー板を渡したときはスッキリした顔だった。早く帰っていのりさんと逢いたい。そんな感じだった。それなのに今のあの表情……沈んでいて……まるで…… すすむ「どうした、私の顔に何かついているのか?」 こなた「え、いいえ……」 私は目を逸らして俯いた。 いったい何があったのだろう。ここで会ってから何かあったのかな。いや、もう既に。もしかしてメモリー板の中身を見たのかな。 このメモリー板、見かけはほとんどスマホと変わらない。貿易会社からここまで電車に乗っている時間はたっぷりある。例えメモリー板を操作していても 周りからはスマホを操作している様にしか見えない。そしてすすむさんは4万年前の事故の記録を見た……そして……自分の失敗に気付いてしまった。 私にメモリー板を渡したのも忌まわしい記録から遠ざかりたかった…… なんていろいろ考えていたけど。本人に聞くのが一番早い。だけど……何故か聞けなかった。体が、口が動かない。聞くのが怖かった。 もし本当に私の思ったとおりだったら…… 時間だけが過ぎていく……早く電車来ないかな…… 『ガタン・ガタン』 あ、電車の来る音だ。もうそんな時間……っと思ったのもの束の間、下りの電車だった。まだ15分も経っていなかった。 何だろうこの時間の長さは。さっさと過ぎて欲しいよ。普段ならスマホで時間を潰すけどそんな気持ちにもなれない。 「みーつけた!!」 突然の声だった。私とすすむさんは同時に声のする方を向いた。いのりさん? さっきの電車に乗っていたのかな? いのりさんは暫く私達を交互に見た。 いのり「二人して同じような顔しちゃって、兄妹かと思った……」 すすむさんは立ち上がった。 すすむ「ば、ばか、来るなと言ったじゃないか、何故来た!!」 いのりさんはすすむさんの方に近づいた。そして自分の腕時計を見た。 いのり「来るなって、そんなの出来ない、計画では私はさっきの電車で来る様になっていたじゃない、予定は変更できないでしょ」 いのりさんはすすむさんを少しきつい目で睨んだ。 いのり「それで、もうこんな所に居るって事は既にメモリー板を神崎さんに渡したんでしょうね?」 そういえばそうだった。一度メモリー板を神崎さんに渡す事になっていた。 すすむさんは私を一度チラッと見ると首を横に振った。いのりさんは溜め息を付いた。 いのり「まだ神崎さんはまだ来ていないの?」 すすむ「い、いや、もう来ている」 いのり「それならここにこうしていて良いの、渡さないと作戦は終了しないでしょ?」 渡さないと作戦は終了しない……か。 すすむ「お前に何が分かる、私はあの時の事故で……」 いのりさんは両手を前に出してすすむさんを止めた。 いのり「4万年も前の話はもう沢山……もうとっくに解決したのかと思った」 すすむ「いや、解決なんかしていない」 いのりさんは首を横に振った。 いのり「解決した、大きな事故だったのに乗組員100人全員助かった、あなたの判断段でね、それ以上なんの解決があるの?」 すすむ「私の……」 そういえば神崎さんと別れたからのすすむさんの判断が無かったら私はここに居なかったかもしれない。 いのり「そうそう、私達の時代と比べ物にならないかもしれないけど、航空事故とか宇宙船の事故だとほぼ助からない、全員生きていたなんて奇跡、 それから4万年後、帰りたい人だけ帰る事が出来た、なんの問題があるの?」 すすむさんは呆然といのりさんを見ていた。 生きている……確かに神崎さんは生きていた。 なんだろう。いのりさんは私に言っている様な、そんな気がした。 いのり「その間、辛かったでしょう、私達がもう少し頭が良かったら手伝えもできたけどね……私達から見ればすすむさん達はまだまだお稲荷さんだから」 いのりさんはすすむさんに近づき手を引いた。 すすむ「……何をする……」 いのり「神崎さんの家へ……明日から整体院の仕事でしょ、あなたしか治せない人が待っているから、これはあなたしか出来ないから」 いのりさんはさらにすすむさんを引っ張った。 すすむさんにしか出来ない……事。 私にしか出来ない事。 こなた「待って下さい、メモリー板を持っているのは私です……」 いのり「え?」 いのりさんは手を放した。 いのり「どう言うこと?」 いのりさんは私とすすむさんを何度もきょろきょろと見た。 私は今までの経緯を話した。 いのり「神崎さんは真奈美さん……本当なの?」 こなた「もう間違いない……」 いのりさんは神社のある山の方向を見た。 いのり「私も一回だけあの神社に行った、もちろんつかさに連れられてね、夢中になって真奈美さんの話をしていたのを覚えている」 今度は私の方を見た。 いのり「彼女はつかさを助けた人、だけど殺そうともした人、そうだね、会うのも躊躇うのも分かる」 私は真奈美が怖いから会いたくない……のかな。 いのりさんはすすむさんを見た。いのりさんは溜め息をついた。 いのり「旦那もこんなだし……私が行くしかないみたいね、メモリー板を渡しに行ってくる」 私はポケットの中にあるメモリー板を取り出そうとした。 いのり「真奈美さんね……それを知っていればつかさを連れてきたのに、つかさなら誰よりも先神社にむかうかもしれない」 私の手が止まった。 つかさ……確かに、つかさならそうするかもしれない。それなのに私ときたら…… いのりさんは私を見て不思議そうな顔をした。 いのり「泉さんは昔から良く実家に遊びに来ていたよね、あまり話し合った機会は無かったけど、不思議と親近感はあった、」 こなた「え、どうして?」 いのり「つかさよ、つかさ、つかさが事ある毎に泉さんの話をするから」 こなた「どんな話を……」 いのり「よく遅刻をして変な言い訳をして先生によく怒られるとか、アルバイトを始めたとか、走るのが速いとか……仮病で休んだ事もあったって?」 最初と最後が余計な話だ……そんな話をしていたのか。想像はできるけど、そこまでだったとは。つかさらしいと言えばそれまでだけど。 つかさらしい……か。 いのり「……余計な話だった、メモリー板は?」 私は差し出しかけたメモリー板から手を放した。 こなた「私が直接渡してきます」 いのり「あら?」 すすむ「泉さん……」 こなた「神崎さん、いや、真奈美さんは私を呼んでいる、だから私が行かないと」 いのり「そう、それで良いと思う」 すすむ「待て……」 行こうとする私を呼び止めた。 いのり「折角その気になったのに呼び止めるなんて……」 ずずむ「どうして気が変わった?」 こなた「ん~私の気まぐれ、それといのりさんの言葉もあるけど……強いて言えば……選んだから」 すすむ「選んだから……」 こなた「うん、もう私はとっくに選んでいた、つかさと出会った時から、だから行く」 すすむさんはなんか納得していない感じだった。 こなた「神崎さんと別れたからのすすむさんの選択、とっても冷静で冷酷だったけど……あれしか方法はなかったよね、きっと事故の時もそうだった、そんな気がする」 すすむさんは黙って私を見ている。 こなた「だって、神崎さんは生きているからね」 私は時計を見た。 こなた「わっと、早く行かないと遅刻しちゃう」 いのり「ふふ、変な言い訳をしないように」 すすむ「……なにも出来なくてすまない、しかも助言までされるとは……」 こなた「まだ作戦は終わっていないからまだ安心はできないよ、それじゃ」 すすむさんの表情が笑顔に戻った。そしていのりさんに寄り添っている。この二人は本当に愛し合っていると思った。 そういえばつかさとひろしも愛し合っている。かがみは人前でそんなを見せるような人じゃない。だけど家ではきっとそうにちがいない。 まつりさんとまなぶさんは……ひよりの恋敵だったくらいだから言うまでもないか。 私は走って神社に戻った。 神社の入り口に着いた。ひよりの車と神崎さんのバイクが置いてある。みゆきさん達と別れてから1時間も経っていないから変わるわけも無いか。 さて、みゆきさん達はもうとっくに頂上に着いているはず。私が行ってもメモリー板を渡すだけで終わってしまうかもしれない。 うんん。それでいい。その為に戻ったのだから。 みゆき「田村さん、私の言った通り戻ってきました」 みゆきさんの声……私はその声の方を向いた。神社の入り口にみゆきさんとひよりが立っていた。 ひより「本当に来た……」 こなた「みゆきさん、ひより……もう行ってきたの?」 ひより「まさか、待っていたっス、近藤先輩が絶対に戻ってくるって言ったので……」 私はみゆきさんの方を見た。 みゆき「時刻表では前の電車は乗れないと思いまして、次の電車がくるまでの1時間で考え直していただけると……」 ばか、そんな保障なんかないのに。 こなた「待ちぼうけだってありえたのに」 みゆき「でも、こうして戻ってきました、バトンタッチです」 みゆきさんは右腕を上げた。私も上げてハイタッチをした。 みゆき「田村さん行きましょう」 みゆきさんはひよりの車の方に歩いて行ってしまった。そしてひよりが私に近づき耳元で囁いた。 ひより「電車が出発する10分前まで来なかったら車で駅まで行って鎖に繋いで引っ張っても連れてくるって」 こなた「え、みゆきさんが?」 ひより「そうならなくて良かったッス、それじゃこの後よろしくお願いします」 みゆきさん……変わったかな。 ひよりは小走りに車に向かった。そして車は走り出した。 そして残るは私一人。 もう後戻りは出来ない。いやもうしない。 神社の頂上を見上げた。そこに待っている人が居るから。 私は階段を登った。 私は神崎さんに会う方を選んだ。確かに選んだけどその後どうするかまでは考えてはいなかった。 彼女がお稲荷さんってバレているのは向こうだって分かっているはず。もしかしたら神崎さんの姿じゃないかもしれない。 そんなのは会ってから考えるか。あれ? 気付くと辺りは暗くなっている。もう日は西に沈んでいた。まだ階段は中腹くらいだろうか。頂上に着くまでに真っ暗になってしまう。 そういえばつかさもこんな暗い時に登った事もあったっけな。確か携帯の明りを利用したって言っていたな。 私にはスマホがあるからもっと明るく照らせる……ん? 胸ポケットから明りが漏れている。たしかそこにはメモリー板が。私は慌てて胸ポケットからメモリー板を取り出した。 メモリー板が明るく輝いている。何でだろう。私は何も操作していないのに。 暗いから明りが欲しいなって思っただけなのに……まさか。 すすむさんは考えればいいとか言っていた。もしかして、私はもっと明りが欲しいと思った。するとメモリー板は明るさを増し、しかも私が見ている辺りを照らし出した。 私が思った事を読み取ってそれでメモリー板が自分で判断して明りを操作している。そんな感じだった。 私は片手にメモリー板を持ったまま階段を登った。 頂上に着いた。私の目線に合わせて明りが付いて来る。人影が見えた。私はそこに焦点を合わせた。 後ろを向いている。綺麗な黒い長髪、整ったスタイル……神崎さんだとすぐに分かった。明りに気付いた神崎さんは振り向いた。 神崎さんが眩しがるかなっと思った瞬間明りは弱くなった。神崎さんは私の手に持っているメモリー板を見た。 あやめ「4万年という歳月を地下深く埋まっていたと言うのに動作するのね……改めてお稲荷さんの知識と技術は驚かされる……それで、それを操作できるって事は 佐々木さんに脳波を登録してもらった、そうでしょ?」 こなた「う、うん……今の所明り灯すくらいしかできないけどね」 あやめ「それは人間で言う五感、センサーと同じ、思い通りに感度を調節できる、お稲荷さんが人間より感覚が鋭いのはそのメモリー版の機能を遺伝子レベルで移植したものなの、 但し、通信機能はエネルギーが沢山必要だから無理ね……」 こなた「さすがお稲荷さんだね、神崎さん……」 神崎さんはそのまま後ろを向いて景色を眺めた。 こなた「どうやって逃げてきたの」 「どうして私だけ呼んだの」って最初に聞きたかった。だけど何故かこれが最初の質問になってしまった。 あやめ「警備員は10人だった、普通にしていたら捕まっていた、丁度いい隙間を見つけた、そうよ、狐が一匹入れる隙間をね、私は急いで狐になってその隙間に逃げ込んだ、 その隙間がダストシュートに繋がっていた、そこから1階まで直ぐに行けた……私、ゴミくさくないかしら……」 お稲荷さんじゃななければ逃げられなかった。 こなた「私のせいで捕まったら……そう思うと怖くて……」 あやめ「こうなる事は分かっていた、本来なら扉を最初に開けるのは私でなければならなかった……私も気が動転していたの、ごめんなさい、真奈美が居なかったから……」 真奈美が居なかっただって。この期に及んでまだ嘘を付くのつもりなのか。 こなた「もう演技はよそうよ!!、真奈美さん!!」 思わず叫んでしまった。気が高ぶったのかメモリー板の明りもより明るくなった。 あやめ「真奈美……前にも似た様な事があった」 こなた「そうだよ、正体を明かすチャンスは何度もあった、つかさと会った時、何度か会合を開いた時、私とこうして二人だけで居る時だって……実の弟だって居たでしょ!!」 神崎さんはゆっくり私の方を向いた。そしてポケットから何かを取り出した。私がそれを見ると神崎さんの手元をメモリー板の明りが照らした。 こなた「ボイスレコーダー?」 手に持っていたのはボイスレコーダだった。 あやめ「ボイスレコーダー……記者をやっていると何も言わなくてもこれがボイスレコーダーだと皆が勝手に思ってくれる……便利よね」 こなた「ボイスレコーダーじゃない、それじゃそれは何なの?」 あやめ「これは、私の感覚が人間の五感に近づけるため装置、つまりお稲荷さんの力を封印する物……もうその必要はないわね」 『カチッ!!』 スイッチを操作する音がした。そしてそのまままたポケットに仕舞った。 あやめ「力を封印すれば私は只の人間、仲間が近くに居たとしても気付かれない、もちろんそのメモリー板もね」 あれ……感じる……仲間のような親近感が突然私を包んだ。 私はメモリー板を見た。メモリー板が反応している。神崎さんが仲間、お稲荷さんだって教えてくれているみたいだった。 あやめ「泉さんが襲われそうになった時、一瞬だけ装置を切った、その一瞬ではメモリー板では拾い切れなかったようね……それは意外だった」 こなた「なんで……そこまでして正体を隠したの……」 あやめ「だから貴女を呼んだの……」 こなた「私を……呼んだ?」 あやめ「今から1時間……いや、30分後、私の家に来て……そうしたら全てを話す」 神崎さんは私から後ろに数歩下がった。そして目を閉じた。まさか…… そう思った瞬間彼女の体が淡く白く光った。見覚えがある。これは狐に変身する時に…… 彼女の体がどんどん小さくなっていく……そして……目の前に一匹の狐が座っていた。 まてまて、この狐……ハイソックスを履いたような黒い足、尖った耳、大きさ……同じだ。あの時見た野良犬と…… こなた「もしかして、以前私の店の前を通ったでしょ?」 狐は私を見上げるとゆっくり頷いた。ゆっくり背伸びをして立ち上がると走って階段を降りて行った。そしてメモリー板からお稲荷さんの反応が消えた。 こなた「ふふふ、つかさは自分の命の恩人の姿を見間違えるのか……ははは、やっぱりつかさはつかさだよ、はははは、何が野良犬だよ……ははは」 私は思わず笑った。久しぶりにお腹が痛くなるまで笑った。 24 こんなに笑ったのは久しぶりだった。 30分後か、今の私なら手摺に乗って滑って降りられるから彼女の家の行くのに30分も掛からない。 おや……神崎さんが狐に変身した場所に何かが落ちている。メモリー板の明りがそこを照らし出した。ボイスレコーダー…… レコーダーじゃないって言っていたっけ。変身したせいで落としてしまったのかな。それとももう要らないって言ったから捨てたのか。 ボイスレコーダーを拾った。 そういえばつかさと握手をした後すぐにこのレコーダーを取り出して操作をしていた。スイッチを入れ忘れたのかもしれない。 つかさの辛い記憶が神崎さんに流れてきてしまってあんな行動をしたのかも。 この装置要らないなら貰っちゃおうかな……お稲荷さんの力を封印する装置、どう考えても私には要らないもの、だけど、アイテムはいっぱい持っていた方がゲーム攻略は有利だよね。 装置を仕舞った。 さてと、ここで待っていても退屈なだけだ。降りよう。 神社の入り口まで降りてきた。あれ、バイクが置いたままじゃないか。 と言っても狐の姿じゃ運転できるわけ無いか。それじゃなんであんな所で正体を証のかな……いや、ここで最大の疑問は本当の神崎さんは何処に? つかさが言っていた事が現実になってしまった。 お稲荷さんを野良犬呼ばわりしたり、時々鋭い事を言ったり。長い間の付き合いだけどつかさがますます分からなくなってきた。 ひよりの推理だと貿易会社に捕らわれていって言っていた。 私の推理だと…… ……… 何も考え付かない…… なんだかんだ言ってひよりは凄いな。伊達に漫画家じゃない。でも……漫画家と推理は全く別物かも…… ってグダグダして全く考えが纏まらない。 私って……考えてみればいつもこんな感じか。 神垣さんのバイク。静かに寂しそうに置いてある。家にまでなら私が持って行ってもいいけど鍵を持っていない。鍵を持っていたとしても二輪の免許を持っていない。 それに勝手に持っても行けない。このまま置いて行くしかないか。 神崎さんの家に着いた。丁度1時間位前にも来ている。ただ違うのは居るのは私一人だけ。スマホの時計を見ると神崎さんの言う30分になろうとしていた。 「待たせたね」 後ろから声がする。聞いたことの無い声だ。誰だろう。私は振り返った。 そこには男性が立っていた。知らない人だ。しかもその男性は神崎さんのバイクを引いている。 その男性は手馴れたように神崎さんの家の門を開けるとバイクを門の中に入れた。私はその男性の後に付いて門に入った。 バイクを駐車スペースに置くと男性は私の方を向いた。 男性「彼女のバイク、流石にこの姿で乗るわけにはいかなかった……」 こなた「なんでバイクの鍵を、それに門の鍵だって……」 男性「私が誰だかもうとっくに分かっているよね?」 こなた「誰って……真奈美さんでしょ、何でわざわざ男性に化けたの?」 男性「異性に化けると体力を余計に使ってしまう、君が今まで会ってきたお稲荷さんは化けても性までは変わらなかっただろう?」 こなた「それって……」 男性「残念だったな、私は真奈美ではない」 そんな、真奈美じゃなかった。ひよりの推理は外れた。 なぜそんな体力を使うのにこのお稲荷さんは神崎さんに化けた。そんな事より何故別のお稲荷さんが居るのか。分からない。 こなた「それじゃ、けいこさん達が帰った時何処に居たの、お稲荷さんの全員のリストを作ったのは私だよ」 男性「仲間が日本に居たのはこの日本に来るまで知らなかった、私はあの事故の遭った場所から動かなかったからね、彼らも私が生きていたとは思うまい……」 こなた「事故って4万年前の?」 男性は頷いた。 男性「佐々木すすむ……完全に日本人じゃないか、まさか彼が生きているとは思わなかった、あいつは全く変わってないな……」 こなた「なんで神崎さんに化けたの……」 男性「話が長くなる家に入ろうか」 男性はキーホルダーを取り出した。 こなた「勝手に入るのは……良くないよ」 男性「神崎正子さんは都内のホテルに避難させてある、中には誰も居ない、それに私は「神崎あやめ」でもある……」 男性はドアの鍵を開けた。 男性「どうぞ……」 神崎さんでない人からどうぞって言われても違和感がある、でも、出会った時から神崎さんじゃなかった。 私は神崎さんの部屋に通された。男性は神崎さんの椅子に腰掛けた。 男性「さて、何から話そうか」 私は床に腰を下ろした。 こなた「名前は……何て呼べばいい?」 男性「名前か……日本に来る前はレルカンと名乗っていた……神崎でいい」 こなた「神崎さん……」 神崎「日本に来たのは10年前、それまではヨーロッパ各国を転々としていた、目的は只一つ、君の持っているメモリー板だよ、人間に渡れば私達の存在を知られてしまうからな」 こなた「メモリー板……」 神崎「そう、メモリー板を人類に渡さない為にね、在るのは分かっているが場所が分からない、でも大体の見当はついていた、 その一帯に人類を近づけないように有りと有らゆる方法を使った、幻影、毒、呪術も織り交ぜた、そのおかげでつい最近までは呪われた土地として 人間を寄せ付けなかった、しかし突然その呪われた土地に手を出した人間達が現れた、流石に知恵をつけてきた人間に小手先の術では追い払うのは無理だった」 こなた「その土地に手を出した人達って……」 神崎「そう、貿易会社だよ、彼らはトレジャーハンターを雇って発掘を始めた、私もその中に入り隙があればメモリー板を入手できる機会を待った、しかし結果は 彼らに先を越された、一個人の力では組織には勝てない、そこで私は情報の集まる場所……報道関係の仕事に携わりメモリー板の所在を追った」 こなた「それで日本に?」 貿易会社か……結局あの会社にはいいようにされっぱなし、あの神社を取り戻したのが唯一の勝利。 神崎「そう、それで調べていくうちに神崎あやめに出会った……彼女は貿易会社の不正を調べていた、彼女の勘は鋭い、私がお稲荷さんであることは出会って数日で 見抜かれてしまった、彼女は真奈美の話をし、私はメモリー板の話をした、お互いの利害が一致し協力する事になった」 こなた「それじゃ神崎さん……いや、あやめさんは真奈美さんを探していたの?」 神崎「お稲荷さんを助けるなんて公表は出来まい……それでも二人では力不足だ、もっと協力者が欲しい……そこであやめは貿易会社に反感を持っていそうな 人達をリストアップした、ライバル会社の関係者、ワールド会社の関係者……もちろん君の働くレストランも候補だ」 こなた「レストランかえでが?」 神崎さんは頷いた。 神崎「ああ、彼女は貿易会社から神社を買い取り、町に無償提供した人物が必ずそのリストの中に居ると確信していた、その人物ならきっと力になるってね…… それでその人物はかなりITに詳しいと考えて、IT関連会社や情報通信会社を優先して調べた、君達のレストランはリストの最後尾だ」 それでこんなに遅く来たのか……でもそんな話はどうでも良かった。私の聞きたいのはそんな話じゃない。 こなた「神崎さんは、神崎あやめさんはどこに居るの、貿易会社に居るなら早く助けないと」 神崎「余計な事はしたくなかった……君は協力さえしてくれれば良かった、しかしそれは無理だったみたいだね……」 何を言っているのかさっぱり分からない。 神崎さんは突然立ち上がった。そして彼はベッドのところまで移動した。そして徐にベッドのマットを持ち上げた。 こなた「な、なにこれ……」 マットの下は空洞になっていた。そしてそれはあった。それは人の大きさ程だった。細かい糸で包まれている……まるで、蚕の繭みたいだ。 神崎さんはカッターナイフを取り出すと繭の上のほうに切り込みを入れた。そして皮を剥ぎ取るように捲った。 その皮の下にあったのは神崎さん……神崎あやめさんの顔だった。目を閉じて眠っているよう。 神崎「まるで生きているみたいだろう、私の持てる知りうる限りの防腐処置をした、あの時のままの姿だ……」 こなた「防腐処置ってどう言う事」 神崎「彼女は、神崎あやめはもうこの世に居ない、亡くなった……」 亡くなった……ついさっきまで会っていたのに、話していたのに、作戦まで一緒に行動して、助けて助けられもしたあやめさんが…… こなた「いつ……何時なの」 神崎「言わなければならないか」 こなた「ここまで話して、それはないよ」 神崎「そうだな……」 神崎さんはカッターナイフを机に置くと話し出した。 神崎「5年前……降りしきる雨だった……重要な作戦だった、目的は貿易会社の情報収集、二人同時の作戦だった、私は先に潜入し資料室からファイルを入手した、 彼女は……あやめは警備室から鍵の型を取るはずだった……私は待った、あの神社の入り口で……そこが待ち合わせの場所だった、彼女は時間になっても 来なかった、まさか……失敗したのか、携帯で連絡を取りたかったがそれはしないと言う約束だった……それでも私は携帯に手を掛けた、その時だった、 彼女のバイクのエンジン音……近づいてくる……だが、突然音が止まった……私は夢中で走った、音の止まった場所を目指して……そこで私の見た光景は…… 倒れたバイク……エンジンは掛かったまま、そしてその先にあやめが倒れていた……ヘルメットは壊れいた、私は彼女に駆け寄った、見たところどこにも外傷は見当たらない、 あやめはゆっくりと目を開けるとにっこり微笑んだ、そして私に鍵の型を取った粘土を私に渡した……そして目を閉じた……もう二度と目を開ける事はなかった……」 神崎さんが交通事故で死んでいた…… こなた「お稲荷さんだったら直ぐに治療すれば助けられたでしょ……」 神崎「……それは過大評価だ、私達は万能ではない、しかしあの時出来うる事は全てした」 こなた「それで、この事は私以外に誰かに話したの」 神崎さんあ首を横に振った。 神崎「いや、君が初めてだ……」 私はあやめさんを見た。彼女は目を閉じている。神崎さんの言うようにただ眠っているだけみたい、今にでも目を開けて起き出しそう。 こなた「あやめさんは命を懸けてまで真奈美さんに会おうとしていた……ただ逢いたいだけでそこまで……」 神崎「あやめの親友が今、死の淵に立たされている……彼女は幼少から病弱だった」 死の淵……あやめさんの友達……もしかして。 こなた「もしかしてまなみちゃんの演奏会に来るはずだった記者じゃない、えっと確か井上さんとか言っていた」 神崎「そう、井上浩子、あやめの同僚で高校時代からの友人だ……真奈美なら井上さんを治せる方法を知っている、それに賭けるしかなかった、あやめならそうしている、 あやめは真奈美ならその方法を知っていると言っていた」 こなた「その友達って癌かなにかなの?」 神崎「脳腫瘍だ、以前摘出して再発した、もう手の施しようがないと医者は言っていた」 それでこの作戦を急いでいたのか。 それにしてもあの時のかがみと同じような状況じゃないか…… こなた「……例え真奈美さんが居たとしてもあの薬は直ぐには作れない、2年の熟成期間が必要なんだよ」 神崎「なんでそんな事を知っている……」 そうだった。私はつかさが一人旅をした話しかしていなかった。その続きを話していれば……何故話さなかった、それは私がそれを選んでいたから話さなかった…… まだ私はつかさに話させようとしていたのか。バカ……だな私って。 こなた「以前真奈美さんの婚約者のお稲荷さんとつかさが作ったから」 神崎「ふふ、どうあがいても無理だったか」 つかさが作った……あの時作った薬……まてよ、まだ全部は使っていない。 こなた「待って、まだある、その薬まだあるよ」 神崎さんは私を見て驚き少し嬉しそうだった。 神崎「本当か」 こなた「以前調子が悪かった時つかさが薬を薦めたからまだあるよ、早く行こう」 神崎「そうか」 神崎さんは微笑むと紙に何かを書い私に渡した。 こなた「何?」 神崎「井上浩子の入院している病院の名前と住所だ、念のため主治医の名前も書いておいた……」 こなた「だめだよ、一緒に来ないと……」 神崎さんは首を横に振った。 こなた「なんで、井上さんは私達から見たら赤の他人だよ、神崎さんが直接頼まないとダメ」 神崎「それは出来ない」 こなた「どうして?」 神崎「逃げるとき、警備員に顔を見られた……」 こなた「大丈夫だよ、顔を見られたくらい、分からないよ」 神崎さんは首を横に振った。 神崎「見られた人物がまずかった、彼はヨーロッパで名うての殺し屋だ……まさか日本に来ているなんて、しかも貿易会社の用心棒とはな、じきにこの家に来る、君も危ない、 早く帰りなさい」 そういえば叫び声が日本語じゃなかった警備員がいた。 こなた「帰れって……いくら殺し屋でもこの日本で変な事なんかできないから大丈夫だよ」 再び首を横に振る神崎さん。 神崎「小林さんから聞かなかったのか、そいつにもう何人も消させている、そして裏には貿易会社の力がある、真相は闇へから闇に……この日本も例外ではない」 ……私ってそんなヤバい所に手を出してしまったのか…… 神崎「今更そんな顔をしても遅い……幸い消す目標は神崎あやめだけだけだ、君は関係ない」 神崎さんはじっとあやめの顔を見ている。 こなた「私が帰った後、どうするの……」 神崎「殺し屋と刺し違えてもあやめを守る」 名うての殺し屋と現役のお稲荷さんの格闘……凄まじい光景になるのはすぐに想像できる。 神崎「君は……いや、君たちはよくやってくれた、感謝している、これからは私の選んだ道だ、もう忘れてくれ」 神崎さんの選択…… 私はあやめさんの顔を見た。 神崎さんは最後の集合場所をここにしていた。最初からこうなるのを予測していたからそうした。 あやめさんは、彼女の選択は何処に、彼女が生きていたとしても必ず私は彼女と逢っていた。その後の展開は……神崎さんの変身が完璧ならそう変わることはないよね。 でも、あくまで神崎さんの化けた神崎あやめ……神崎さんの選択だよ。 もし、あやめさんが生きていたらどうする。 神崎「もう時間がない、早くここを離れろ……」 うんん、いくら考えてもあやめさんはあやめさん、彼女でないとどうするなんて分からない。 そんな事より私がこれからどうするかが問題。 その時だった、私の中にあるアイデアが浮かんだ。でもそれはとっても危険。これが成功するなんて分からない。成功してもどうなるか…… 神崎さんは立ち上がった。 神崎「動かないなら力ずくでも帰ってもらう」 力ずく。私に金縛りの術でもかけるとでも言うのか。その後催眠術をかけて帰すつもり、そうだとしたらじっくり考えてはいられない。 すすむさんは言っていたっけ、方法も手段もあるなら選択肢の一つになるって……今の私にはその方法も手段もある。ただそれは一度も経験した事がないって事だけ。 でもそれは元気だま作戦の時だって同じだった……それなら私の選択肢は一つ。 決めた……私は決めた。 こなた「帰らない」 神崎「泉……私を見ろ……」 今、私は自分だけの選択をしようとしている。つかさでも神崎さんでもあやめさんでもない。そう、私が選んだ選択を。 『カチッ!!』 私は神崎さんの方を向いた。 …… …… 私はつかさの家の前に立っている。あれからもう一日も経っていた。 『ピンポーン』 呼び鈴を押すとつかさが飛び出してきた。 つかさ「こなちゃん!!今までなにしてたの、心配したんだから!!」 珍しく怒っている。今はその話をしている時間はない。 こなた「つかさ、今すぐお稲荷さんの秘薬が欲しいんだ」 つかさ「えっ?」 驚いた顔で私を見る。 こなた「どうしても使いたい人がいるから、良いよね?」 つかさ「どうしたの、いきなり、こなちゃんの友達にそんな重病な人居たっけ?」 こなた「つかさの知らない人なんだ、だけどどうしても助けたくて……」 つかさ「知らない人……?」 こなた「お願い……」 私は両手を合わせて頭を下げた。 つかさ「そんな……頼まれても……よして、そんな事したって」 そうだよね、見ず知らずの人に大事な物をあげるなんて早々できる事じゃない。それは分かっている。 こなた「お願い……」 私は更に頭を下げた。もうこれしか出来ない。 つかさ「頭を上げて、あげたくてもあげられないの……」 こなた「え?」 つかさ「薬は……もう使っちゃった……だからもう無いの……」 こなた「使った……まだ半分位残っていたでしょ、みゆきさんの研究用に渡してもまだ何回分は残っているよね……」 つかさは首を横に振った。 つかさ「うんん、使っちゃったの……かえでさんに……」 こなた「かえでさんって……退院したんじゃないの……そんな薬が必要だったなんて聞いてない……」 つかさ「こなちゃんが大切な仕事をしているからって……かえでさんから言わないように言われたの……本当はとっても危なくて……お腹の赤ちゃんも危なくて…… 使うしかなかった……」 そんな……私の計画が…… かがみ「こなた……あんた……」 玄関の奥から低い声……この声は怒っている……しかもこれは相当マジだ…… かがみ「いったい何をしでかした……今朝のニュースを知らないわけじゃないでしょうね」 こなた「え、何……?」 『昨日の深夜0時頃、○○県○○郡○○町神崎正子宅で火事があり、127平方メートルを全焼しました、民家から焼死体が発見され身元の確認を急いでいます、 民家は母と娘の二人暮らしで、娘の神崎あやめさんではないかと調べを進めています……出荷原因は台所で……』 25 ニュースは予想できた。だけど思ったより早く報道された。でもあやめさんの職業を考えればそれは当然か…… 神崎「君の目論見は外れだったようだな……」 私の少し後ろにいた神崎さんがぽつりと言った。つかさとかがみがそれに気付いた。 つかさ・かがみ「誰……?」 神崎「先客がいたならもうどうにもなるまい……」 神崎さんは後ろに振り向いて去ろうとした。 こなた「待って、まだ私の計画は、作戦は終わっていないよ、神崎さん!!」 つかさ・かがみ「神崎……さん?」 つかさとかがみは顔を見合わせた。そして神崎さんは立ち止まった。 神崎「この後どうすると言うのだ、もう終わりだ、もう私の好きにさせてくれ」 こなた「うんん、まだ終わっていない」 かがみ「二人とも、ここじゃ話しにならない、家に入って」 かがみが扉を開いた。私は玄関に入り神崎さんの方を向いた。 こなた「最後まで付き合ってもらうよ」 神崎「……」 神崎さんは黙って私の後に付いた。 家に入るとつかさの部屋に通された。そこには今回の作戦のメンバー、いのりさん夫婦、みゆきさん、ひよりの他にあやのが居た。配そうな顔で皆は私を見ている。 神崎さんはあやめさんとの関係を話した。 すすむ「ま、まさか、おまえ……い、生きていたのか……」 まるで何年も逢っていない友人の様な口ぶり、いや、何年どころじゃない。彼らは4万年ぶりの再会なのかもしれない。 すすむ「よく一人で生きてこられたな……」 神崎「それは私も同じ事、よく生きていたな、もうとっくに人間達にけされていたと思った……相変わらずだな、未だに能力を消したままだったとはな、そのおかげで 私は正体をばれずに済んだがな……」 すすむ「私はそう決めた……それより、ひろしやまなぶに何故気付かれなかった」 神崎さんは私の方を向いた。私はポケットからボイスレコーダを取り出した。 すすむ「ボイスレ……い、いや、違う……バカな、そんな事をしていたのか……」 神崎「そう言う事だ」 少し間が空いたような気がした。しかしそう思ったのも束の間。 かがみ「すすむさん悪いけど彼にはなしがある」 かがみがすすむさんの前に立ちはだかった。 かがみ「神崎とか言ったな、あんたわざと事故に見せかけて神崎あやめさんを見殺しにしたな、神崎あやめの立場を利用する為に、そうだとしたら許せない」 神崎さんに当てるような大声だった。 神崎「いや、わざとではない」 かがみ「それなら私達がお稲荷さんの秘密を知っている時点で真実を話さなかった、私達はお稲荷さんと人間の関係も全て熟知している、もっと早く作戦だって達成できたに違いない」 神崎「知られたくなかった……出来ることなら最後まで私は神崎あやめでいたかった……」 かがみ「そんなの理由になるか!!」 かがみは立ち上がり神崎さんに詰め寄った。 みゆき「かがみさん、その話は後にしましょう、それより私は外で泉さんとつかささんが話していた事が気になります」 みゆきさんが間に割って入った。絶妙なタイミングだった。このまま放っておけばかがみは言い訳する間も与えず怒鳴り続けたに違いない。 こなた「お稲荷さんの秘薬?」 みゆき「はい、いったい誰に使おうとしたのですか?」 こなた「あやめさんの親友……かがみと同じ病気、再発してもうダメみたい……」 みゆき「そうですか」 みゆきさんは暫く目を閉じた。 みゆき「私達の研究グループが開発した新薬……臨床試験をしようとしています、どうでしょう、治験者になってみませんか」 神崎「ほ、本当か?」 みゆき「つかささんの持っていた秘薬と同じ効果があるとは断言できませんが」 神崎「構わない」 みゆき「それなら早いほうが良いですね、そのお友達が入院している病院はどこですか」 神崎「○○病院だ」 みゆき「それでは私はこれで失礼します」 神崎「私も同行していいか?」 みゆき「是非そうして下さい」 二人は慌てるように部屋を飛び出した。 かがみは話の途中だったのを中断させられたせいかかがみは消化不良気味だ。これはまずいと思ったけど遅かった。かがみは私の方を向いた。 あやの「ひいちゃん……私にも教えてくれなかったんだ……」 でも口を開いたのはあやの方が先立った。 つかさ「ごめんなさい……あやちゃんにも言わないようにって言われたから……」 あやの「今はどうしているの?」 つかさ「自宅療養しているよ、多分もう大丈夫だから……」 あやの「神崎あやめさんのお友達も元気になるといいね……」 つかさ「う、うん……」 そうだった。つかさがレストランの手伝いを引き受けた時点で気付くべきだった。いや、気付かなかった。完璧じゃないか。 つかさがそんな隠し事をしていた。私やあやのに気付かれることなくつかさは隠した。 神崎さんがこのレストランにはじめて来た時、ちゃんとつかさに話していればつかさはお稲荷さんの事も真奈美の事も秘密に出来た…… そうすれば私達は無駄に構える必要も無く神崎さんだって警戒しなかったかもしれない。 そうだったらここまでこじれる事無くもっとスムーズに神崎さんは本当の事を話してくれたかもしれない……今更、ここになって気づくなんて…… かがみ「こなた、話はまだ終わっていない」 そうだ。まだ終わっていない…… 私はかがみの方を向いた。 かがみ「神崎あやめの死については何も問わない……しかし、何故だ、何故家に火をつけた、死体を傷つけるのは立派な犯罪、もちろん放火も、あんたそれを知らないわけじゃないだろ?」 こなた「うんん、火をつけたのは私じゃない……」 かがみ「こなたじゃない?」 こなた「殺し屋、貿易会社の雇った殺し屋、そう神崎さんは言っていた」 かがみ「殺し屋……あんた、いったい何をしようとしている……」 こなた「前にみゆきさんが言っていたよね、最初に潜入した情報を公表すれば貿易会社は追い込めるって……でも今まで出来なかったのはメモリー板と真奈美さんが 向こうの手にあるから、そうだったよね、だけどメモリー板は私が持っている、それから真奈美さんは居ないのが分かった、もうこれで隠している必要はないよね?」 かがみ「今回の事件とは関係ないでしょ」 こなた「あやめさんが持っていたパソコンから自動的にその情報を送るように細工をした、犯人がパソコンの電源を切ったら 起動するようにね、送り先はあやめさんの勤めている出版社、親友の井上さん、大手新聞社……」 かがみ「……まさか、ダイイングメッセージにするつもりなのか……あんた、神崎あやめさんの死を利用したのか……」 こなた「利用できるものは全て利用する……」 つかさ「こなちゃん……」 つかさがすごく悲しそうな目で私を見ている。何が言いたいのかは何となく分かった。 かがみ「少なくともこの数ヶ月行動を共にして何も感じないのか、これはゲームじゃないのよ」 かがみもつかさと同じ意見か。あの時、私と神崎さんだけじゃなかったらこの作戦は出来なかったかもしれない。でも、こうしなかったら…… こなた「あやめさんはもう5年前から既に居ない、真奈美さんと同じだよ、私は彼女と出会ったこともないし、話したことも無い、今まで会っていたのは神崎さんが化けたあやめさん、 神崎あやめじゃない……」 かがみ「……そんな簡単に割り切れるものなのかしら……私には理解出来ない……でも、もうしてしまったのはどうしようもない、情報を受け取った側がどう動くか、 今はそれを見守るしかないようね……」 こなた「そよれり、正子さん、神崎正子さんが何処にいるか分かる?」 かがみ「遺体の確認とかあるからきっと地元に戻っていると思うけど……何故そんな事を聞くのよ?」 私は立ち上がった。 こなた「ちょっと行ってくる」 かがみ「ちょっとって何処に行くのよ……」 こなた「まだ作戦の途中だから……」 私は部屋を出ようとした。 かがみ「途中って……待ちなさ!!」 私は立ち止まった。 かがみ「話も途中よ、全て話しなさい」 私は首を横に振った。 かがみ「何故、ここに居るメンバーは知る必要がある」 私は再び首を横に振った。かがみは溜め息をついた。 かがみ「話さなくてもいずれ分かるわよ、それにこのままじゃ私達はあんたに何も協力できない、それでもいいのか?」 私は頷いた。かがみは再び溜め息を付く。 かがみ「言いたくなければ私の質問に答えて、あんた外で私達と話している時、神崎さんが去ろうとして引き止めたでしょ、 みゆきが新薬を完成させていたのを知っていて引き止めたのか?」 以前、みゆきさんとそんな話をしていたっけ。でも完成までは知らなかった。 こなた「引き止めたのは神崎さんにあやめさんの話をさせるために止めただけ、私じゃ上手く話せないから……」 かがみ「そう、あんた、変わったわね……良い意味でね、行きなさい、もう止めない」 つかさ「お姉ちゃん……」 あやの「かがみ……」 すすむ「ばかな……いいのか」 いのり「かがみ、いいの、行かせて……」 かがみ「どちらにせよ今私達にできることは無い、それに神崎さんの作戦はもう終わった、さぁ、こなた行きなさい」 こなた「かがみ、ありがとう」 私は柊家を出た。 私は正子さんに会うと次の住居が決まるまで私の家で過ごすように提案した。 正子さんは聞き入れてくれた。一方お父さんの方も神崎さんの母親という事で直ぐに承知してくれた。 つづく。 次のページへ
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ひより「うーん」 一言唸る。・・・ネタが出ない。気分転換でお風呂に入ったり、 運動もしてもみた。空しく時間ばかりが過ぎていく。今夜も徹夜かな・・・。 ゆたか「おなよう、田村さん・・・どうしたの、顔色悪いよ」 小早川さんにそう言われるとは・・・ ひより「いやー、徹夜でネタ考えたんだけど、全然浮かばなくて・・・」 ゆたか「大変だね、私で何か手伝えることあるかな」 手伝える事?・・・何かどこかで聞いたことがあるような・・・なんだろ ひより「これは自分との闘い・・・人からどうこうされても・・・」 ゆたか「そうだよね、余計なこと言っちゃったね」 ・・・っとは言っても小早川さんと岩崎さんにはいつもお世話になっちゃってる。 今回も二人のネタで行くしかないのかな・・・。 そんな話をしていると岩崎さんが教室に入ってきた。 みなみ「おはよう・・・田村さん、ゆたか」 ひより・ゆたか「おはよう」 みなみ「田村さん、顔色悪い、保健室へ・・・」 ひより「いや、大丈夫、昨夜徹夜しから」 ゆたか「漫画のネタを考えてだって」 みなみ「そう・・・私は力になれそうにない」 ひより「二人とも、もう気にしないで」 私は話題を変えようとした。 みなみ「ここ最近、何か物足りないさを感じる・・・何だろう」 突然岩崎さんが話し出した。自分から話し始めることは滅多にないのに。私は驚いて岩崎さんの顔を見た。 ゆたか「みなみちゃんもそう思うの?、私も最近何か物足りなさを感じて」 小早川さんまでもが同じ事を言い始めた。シンクロにしては出来すぎてる。 ひより「物足りない、って何が」 ゆたか「そう言われると・・・何だろう、みなみちゃん分かる」 みなみ「私も漠然としているだけで、分からない」 二人は見合ったまま首をかしげた。 ゆたか「田村さんは何も感じない」 ひより「何も感じないけどね」 ゆたか「そういえばこなたお姉ちゃんも昨日同じような事言ってた」 ひより「泉先輩も?、それはきっとそろそろ卒業が近いからじゃないの」 私の言葉に二人は納得しないような表情をした。そこにチャイムが鳴り、先生も入ってきた。 ここで話は途切れてしまった。この話は少し興味があったけどそれ以降放課後までこの話は話題にならなかった。 放課後、部室に着くと先輩が私を睨みつけて迎えた。 こ う「ひよりん、部誌の原稿はもうできた」 この言葉に私の身は凍りついた。 こ う「その表情だとまだみたいね」 ひより「昨夜徹夜したけど・・・だめだったっス」 先輩は呆れた顔をした。 こ う「もう締め切り近い、分かってるでしょうに・・・」 先輩のお小言が始まった。しばらく黙って落ち着くのを待つしかなった。しばらくすると言い疲れたのか、先輩は一息ついて席に座った。 こ う「いっその事、以前言ってたネタ帳使ったらどうなの」 ひより「ネタ帳?」 こ う「・・・以前言ってなかったっけ、先輩からネタ帳もらったって・・・」 ひより「先輩から・・ネタ帳?・・・泉先輩っスか?」 こ う「名前は聞いてないから知らないねぇ、あれ、気のせいだった?、みかんで手が黄色くなるのとか言ってたでしょ」 なんの事だかさっぱり分からない。先輩と言えば八坂先輩と泉先輩くらいしか思い当たらない。 こ う「まあいい、明日までに原案だけでも出しなさいよ」 結局、部活が終わっても原案すら提案できなかった。もう一晩徹夜するしかない。悪夢だ。 帰り道ふと思い出した。先輩のネタ帳の話。泉先輩からそんなノートをもらった覚えもない。それに、にそんなノートがあったらとっくに使っている。 先輩の勘違いだ。今の私にこんな事を考えている余裕はない。家路を急いだ。 家に着くなり自室の机に向かって原案を考える・・・思いつかない。夕食も食べずに考えた。だめだ。 こうゆう時は漫画を呼んでインスピレーションを膨らますしかない。本棚の漫画に手をかけた時だった。 一冊のノートが本棚からこぼれ落ちた。拾って表紙を見た。 『つかさのネタノート』 タイトルはそう書いてあった。つかさのネタ帳・・・つかさって誰だ、まったく覚えがない。ノートを広げてみた。いつこんなノートを誰から貰ったのだろうか。 先輩の言っていたノートってこの事を言っていたのだろうか。 つかさ・・・聞いたこと無いし会ったこともない・・・更にノートをめくっていった。 ・・・つかさ・・・何か引っかかる。今朝の岩崎さん達の会話を思い出す。そういえば何かが足りない。何だろう。 私は考えた。つかさ・・・つかさ・・・柊・・・つかさ・・・ん? 柊つかさ・・・つかさ先輩。確か泉先輩のクラスメイト。そして、お姉さんのかがみ先輩・・・高良先輩・・・ なんてことだ、今までの私の記憶につかさ先輩が居なかった。今までとは違う記憶が私の脳裏に浮かんだ。三年は泉先輩以外赤の他人。 その時私はとんでもない事になっていることに気が付いた。 人が一人完全に忘れ去られている。その存在すら忘れられている。まさか・・・最後につかさ先輩に会った時の事を思い出した。 数ヶ月前の事だった。小早川さんの家、つまり泉先輩の家に遊びに行った。その後につかさ先輩も遊びに来たんだた。遊びだったかな・・・よく覚えていない。 しかし、小早川さんも泉先輩も丁度買い物に行っていておじさんに居間で待つように言われたのだった。 そこで二人で何気なくした会話・・・ つかさ「最近は漫画の調子はいいの?」 ひより「・・・今回は順調に進んでます」 こう言う以外に選択肢はなかった。ネタ切れなんて言ってつかさ先輩のネタを使わされたら・・・。 つかさ「私のネタ、使ってもいいからね」 つかさ先輩は私の手に持っているノートを見た。 つかさ「嬉しい、私のノート使ってくれてたんだね」 あの時、持ってきたノートは自分のネタ帳のはずだった。暇対策でネタを考えていた時に丁度つかさ先輩がきたんだった。 ひより「これは・・・参考資料に・・・」 つかさ「ひとつネタ思いついたんだけど」 ひより「何ですか」 つかさ「もし、誰か突然居なくなったらどうなるだろうって」 ひより「えっ?」 つかさ「ネタにならないかな、例えば・・・私が突然居なくなるの、そしてそれを誰も気が付かない」 つかさ先輩はノートを取り、書き出した。 ひより「あまりに唐突で、何も思い浮かびません」 つかさ「そっか、唐突か・・・私ってお姉ちゃんの足ばっかり引っ張ってるし、居ても居なくてもあまり変わらないような気がして」 ひより「考えすぎのような気が、私も兄がいますけど、兄妹、姉妹ってそんなものかもしれない・・・」 つかさ先輩の手が止まった。 つかさ「そっか、考えすぎだよね」 つかさ先輩は私にノートを返した。 つかさ「でも一度試してみたい、私が居なくなった世界はどうなってるか、今とそんなに変わらないような気がする」 ひより「平行世界ですか、人一人居なくなると大きく世界は変わるって聞きますけど」 つかさ「ひよりちゃん、もし、居なくなっても、私の事、思い出してね」 ひより「つかさ先輩が居なくなったらすぐに分かりますよ、私的には存在感ありますよ、かなり」 つかさ「そう言ってもらえると嬉しいな」 この会話の後どのくらいしたかな泉先輩と小早川さんが帰ってきて・・・あれ? そういえばあの後のつかさ先輩を知らない。それどころかみんなつかさ先輩が居たこと自体を忘れている。 まさか、つかさ先輩の言った通りの事が起きてしまった。そう考えるしかない。このノートもしかして。 ノートを見回した・・・値札の跡が着いている。どこにでも売っている大学ノート。 ノートが原因かと思ったけど違うようだ。つかさ先輩が書いた『私が居なかったら』の字を消しゴムで消そうとした。 消えない。どう見ても鉛筆で書かれているのに。やっぱりこのノートが怪しい。 私の知る限りこういった呪いの類は本を燃やせば解ける。燃やしてしまおうか・・・いや、待て。 燃やしてしまってもし解き方が違ってたら、永遠につかさ先輩は戻って来れない。どうする。 そういえば・・・先輩はネタ帳の存在を覚えていた。そうかあのネタ帳がつかさ先輩の物って知らないから記憶が消えなかったのか・・・ 数ヶ月も忘れていたなんて。つかさ先輩との会話で言ってた事が恥ずかしい。とりあえずノートを燃やすのは止めよう。いつでも出来る。 でも何で私だけつかさ先輩の事を思い出せたんだろ?。 自分の中で想像がどんどん膨らんでいくのを感じた。部誌の締め切りの事を忘れつかさ先輩の呪いの解き方を永遠と考えていた。 とりあえず朝になったら小早川さんと岩崎さんにこの事を話そう。まずはそれからだ。気が付くと窓が明るい。朝が来てしまった。 学校に着くと早速小早川さんと岩崎さんにつかさ先輩の事を話した。 ゆたか「つかさ・・・先輩?」 みなみ「柊つかさ?」 ひより「そう、泉先輩と同じクラスの」 二人は見合って首をかしげた。 ひより「昨日、何か物足りないっていってたじゃん、きっとつかさ先輩のことだよ」 ゆたか「つかささん、聞いたこともないし、お姉ちゃんにそんな名前の友達居たなんて聞いてないよ」 ひより「ほら、双子で違うクラスにかがみ先輩も居るでしょ」 みなみ「かがみ・・・先輩?」 二人はまた見合って首をかしげた。かがみ先輩も知らない。何で?・・・そうか、今はつかさ先輩居ない事になってたんだ。 泉先輩とかがみ先輩は三年間同じクラスになったことがない。つかさ先輩が居ないから出会う接点がないんだ。 ゆたか「んー、いくら思い出しても柊つかささんって人思い浮かばない」 みなみ「私も」 二人はまったく思い出せない様、名前を出せば思い出せると思ったのに。これじゃつかさ先輩は私の想像だけの人物になってしまう。 つかさ先輩がリボンをつけていた事、料理が得意な事等、思い当たる特徴を言ってみたが効果はなかった。空しく授業の始まるチャイムが鳴った。 一時限目の授業が終わる頃だった。突然二人は立ち上がった。 ゆたか・みなみ「つかさ先輩!」 叫んだ。クラスメイトの視線が二人に集中する。二人は周りを見渡し顔を赤らめた。 先生が二人を注意しようとした時、授業終了のチャイムが鳴った。 チャイムが鳴り終わる前に二人は私の座る席に駆け寄ってきた。 ゆたか「つかさ先輩、思い出したよ、お姉ちゃんといつも一緒にいた」 みなみ「お姉さんのかがみ先輩といつも一緒に登校してた」 私は昨夜のノートの話をした。 ゆたか「そのノートの呪い?」 ひより「ノートの呪いか、つかさ先輩自身の想いがそうさせているのか、昨夜考えた限りだとこの二つしか思いつかない」 みなみ「これからどうする?」 ひより「ノートが原因なら燃やしちゃえばいいような気がするけど、つかさ先輩が原因なら・・・それに関係する人の記憶を蘇らせばいいような気がする」 ゆたか「つまり、お姉ちゃん、高良さん、かがみ先輩の記憶を?」 私は頷いた。 ひより「とりあえずお昼、泉先輩のクラスに行ってみようと思うけど・・・」 ゆたか「あっ!、お姉ちゃん今日お弁当忘れててお姉ちゃんに渡そうと思ってたんだ」 みなみ「私も行く、みゆきさんならきっと力になってくれる」 お昼休み、私達三人は泉先輩のクラス三年B組に向かった。 教室に着き、中を覗いてみて私達は顔を見合わせた。泉先輩と高良先輩はそれぞれ自分の机でお昼ご飯を食べていた。 ゆたか「あれ、お姉ちゃんと高良先輩・・・一緒にお昼食べてない、それにかがみ先輩は?」 ひより「つかさ先輩を思い出す前、どうだった?」 ゆたか「・・・お姉ちゃん高良先輩の話したことない・・・かがみ先輩も家に遊びに来たことない・・・」 泉先輩は小早川さんに気付いた。それとほぼ同じく高良先輩は岩崎さんに気付いて教室の入り口に来てくれた。 ゆたか「お姉ちゃん、ごめんなさいお弁当持ってきたんだけど・・・お昼前に渡せなくて」 こなた「忘れたの私だし、それより三人も来てどうかしたの」 みゆき「みなみさん、何か御用ですか」 みなみ「ここでは話せないので、お昼食べ終わったら屋上へ」 ゆたか「お姉ちゃんも、いい?」 二人は不思議そうな顔をして了解した。 屋上へ向かう途中隣のクラスの三年C組を通ったので何気に中を覗いた。かがみ先輩が居た。クラスの友達と楽しそうにお昼を食べていた。 かがみ先輩のトレードマーク、ツインテールをしていない。長い髪の毛をそのまま下ろしていた。 かがみ先輩と話している友達は・・・峰岸先輩と日下部先輩。この様子だと泉先輩と高良先輩はこの二人とも会っていない。 本当はかがみ先輩達も呼びたかったけど、私達の事はまったく知らない他人、呼び出方すら分からない。今は泉先輩と高良先輩の事に集中しよう。 屋上に着くと私達はそこでお昼ご飯を食べた。 ゆたか「私、屋上に来る途中かがみ先輩を見かけたけど、なんか感じが違ってた」 みなみ「私も見た」 ひより「もしかしたら、かがみ先輩が一番難しいかも、どうやってつかさ先輩の事を伝えるのか思い浮かばない・・・かがみ先輩実はあなたに双子の妹が居ます・・・なんて言えない」 突然会話が止まってしまった。沈黙がしばらく続いた。 ほどなくして泉先輩と高良先輩はほぼ同時に屋上に来てくれた。私は二人につかさ先輩の事を話した。二人はしばらく黙っていた。 こなた「私のクラス、席が一つ空いてたんだよね、私ずーと不思議に思ってた」 ゆたか「それだけ?」 こなた「それだけって?」 ゆたか「お姉ちゃん、つかさ先輩とは親友だよ、お姉ちゃんのことをこなちゃんって言ってた、高良先輩のことをゆきちゃんって言ってった」 泉先輩は顔を赤らめた。 こなた「こな・・・、恥ずかしいな、そんな風に言われるの・・・、柊つかさ・・・思い出せない、ってか記憶にないよ」 ひより「高良先輩はどうです?、何か感じますか」 高良先輩は目を閉じて瞑想でもするように考えていた。 みゆき「ゆきちゃん・・・何か懐かしい響きですね」 みなみ「思い出しそう?」 みゆき「いいえ、残念ながら全く」 岩崎さんが悲しい顔をした時だった。 みゆき「柊つかささん、私と泉さんととても親しい関係だったとすると、私と泉さんも今より親しい関係になっていたと思いますが」 ひより「お昼、一緒に食べていました」 こなた「私と高良さんが?」 みゆき「柊つかささんが居て私と泉さんが親しく成りえた、縁とはそんなものです、もしかしたら私達はその人の縁が消えた為に失った縁があるかもしれませんね」 さすが高良先輩。私は感心してしまった。 ひより「隣りのクラスからもお昼を食べに来た人が居たんだけど・・・」 みゆき「・・・もしかして柊かがみさんですか」 ひより「そ、その通りです、記憶蘇ったのですか」 こなた「うわ、成績学年トップの・・・信じられない」 みゆき「柊つかささんは相変わらず知りません、苗字が同じ人が居たので言ってみたのですが・・・双子の姉妹でよろしいのでしょうか」 ひより「そうです、そしてそのかがみ先輩のクラスの友達とも交流がありました」 みゆき「興味深いですね、貴方方の記憶にある柊つかささんは確かに実在していたようですね、しかし、私を含め全ての人がその存在を忘れてしまっている、 田村さん・・・でしたね?、どうして柊つかささんの存在を知ったのですか」 そっか、高良先輩は私と小早川さん初対面。泉先輩と高良先輩に交流がないから岩崎さん以外は知らないんだな。岩崎さんが来てくれて助かった。 私は数ヶ月前の出来事とノートの話をした。 みなみ「不思議な話・・・」 ゆたか「それ、覚えてる、つかさ先輩と田村さんが来るのが重なった日だよね、お姉ちゃんと一緒に買い物に行った時だ」 こなた「・・・そんなことあったっけ???」 泉先輩は腕を組んで考え込んだ。 みゆき「・・・柊つかささんの行為から察すると、柊かがみさんと何かあったのではないでしょうか」 ひより「何かあった?、何でしょう?」 みゆき「そこまでは分かりませんが、私は喧嘩だったと思います」 確かに、自分が居なくなったらなんて考えるのはそんな時くらい、ますます高良先輩に感心してしまった。 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。 みなみ「時間・・・」 ひより「もう時間、高良先輩、泉先輩、来てくれてありがとうございました」 みゆき「いいえ、何も思い出せなくてすみませんでした」 こなた「んー、全く思い出せない」 私達は屋上を後にしようとした。 こなた「あ、ひよりん、その柊つかさってどんな人なの」 私、小早川さん、岩崎さん、三人で顔を見合わせた。 ひより「えーと、なんて言ったらいいのか、料理が得意で・・・」 私達はまごついてしまった。 みゆき「とても素敵な方だと思います、こんなに親身なっている人が三人もいらして・・・それに、柊さんが私のクラスにお昼を食べに来るなんて・・・」 ひより「かがみ先輩と何かあるのですか?」 みゆき「いいえ、気にしないで下さい」 みなみ「行こう、授業が始まる」 私達は屋上を後にした。 教室へ戻りながら私達は話した。 ひより「岩崎さんが来てくれたのは正解だったね、私じゃ高良先輩は呼べなかったかもしれない」 みなみ「いいえ、私は何も・・・つかさ先輩・・・戻ってこれるのだろうか」 ひより「分からない、でも、とりあえずつかさ先輩と親しい人の記憶を戻していけば何か分かるかもしれない」 ゆたか「それしかないね」 教室に戻ると授業の始まるチャイムが鳴った。 放課後、私は部室に入った、先輩と目が合ったとき、部誌の原案の事を思い出した・・・ こ う「ひより、原案はもう出来てるでしょうね」 昨日よりも口調が荒い。つかさ先輩の事でそんな事を考えてる余裕はなかった。 ひより「昨夜も徹夜した・・・っス」 こ う「どうする、今回は部誌諦めるかな・・・ん?、ひより、その手に持ってるノートは?」 ひより「これは・・・」 つかさ先輩のネタ帳、私はそれを持っていた。 こ う「なんだ、ネタ帳じゃない、見せなさい」 ひより「いや、こっ、これは・・・」 隠す暇もなく取られてしまった。先輩はノートをめくる。しばらくするとページをめくる手が止まった。 こ う「・・・いいネタだ、これいいじゃない」 ひより「へ?」 このノートでそんな事を言われるとは思わなかった。 こ う「この最後の項・・・忘れ去られた少女の物語」 最後の項、つかさ先輩の書いた『私が居なかったら』の後に私が今までの経過を書いてまとめておいた。それを読んで言っているのかな。 こ う「・・・なんだ途中じゃないか・・・でもなんかインスピレーションが湧いてきた」 ひより「それは、原案じゃなくて・・・」 いや、本当の事と言っても信じてくれない、ってか先輩は私の話を聞いてない。ノートを目を輝かせて見ている。 こ う「どうだろ、ひよりんのこのネタをお題に私がストーリ作る・・・合作という事で」 ひより「私は・・・構わないっス・・・」 こ う「んー、このストーリだったら漫画より小説が良さそうだ、・・・長編になりそう、ひよりの枠がなくなるかも」 お、これは都合がいいかもしれない。このノートがこんな所で役に立つとは。 こ う「挿絵をお願いするかも・・・ノートはもういいや、そこに置いておくよ」 この言葉を最後に先輩は机に向かって考え始めてしまった。私も机に向かった。挿絵か・・・どうせならつかさ先輩をモデルにするかな。 私はつかさ先輩の姿を思い出しながら何枚かの絵を描いた。写真でもあればもっといいのが描けたかもしれない。 下絵を描き終わった頃、終業時間を告げるチャイムが鳴った。 それから一週間が経った朝、教室に入ると岩崎さんと小早川さんが私の所に寄ってきた。 ゆたか「田村さん、高良先輩、つかさ先輩の事思い出したって」 あの時の様子だと思い出すのは時間の問題と思っていた。でも思い出すのに一週間もかかるなんて。 みなみ「お昼休み、図書室に来て欲しいって言っていた、もし持っていたらきていたらノートも一緒にと」 高良先輩になにかいい案でもあるのであろうか。なにか希望の光がさしてきたような気がした。 お昼休み、私達は図書室に向かった。図書室に入ると、高良先輩と泉先輩が親しそうに会話をしていた。 ひより「お待たせしました、泉先輩も・・・先輩も記憶が戻ったのですか」 こなた「いやー私は、さっぱり、でもみゆきさんが来て欲しいって言うから」 ん?、泉先輩、高良先輩の事をみゆきさんって呼んでいる。この短期間に二人の関係はつかさ先輩の居た時と同じになってる。 みなみ「どうして記憶が戻ったのですか」 みゆき「昨日、私、眼鏡を壊してしまいまして、授業の殆どノートが取れなかったのです、泉さんにノートを借りたのですが、 何故か同じ状況、もう一人誰かから借りた事があったような気がしていたら・・・思い出しました、ところで早速ですが ノートはお持ちですか?」 私は持ってきたノートを高良先輩に渡した。高良先輩は最初のページをめくって見た。 みゆき「やはり、この筆跡はつかささんのですね、丁寧で綺麗な字・・・」 懐かしそうにそう言うと高良先輩はノートを泉先輩に渡した。 みゆき「これがつかささんの字です、何か思い出しませんか」 こなた「確かに丁寧な字だね、私とは大違いだ・・・・」 泉先輩はノートを立てにしたり横にしたり見ていた。 こなた「・・・何も思い出せない・・・私は柊つかさに対してそんなに思い出がないのかな」 泉先輩は高良先輩にノートを渡した。 みゆき「そんなことありません、気長に思い出して下さい、所で皆さんをここに呼んだのは、かがみさんの事です」 ゆたか「かがみ先輩、この前・・・随分感じが違っていたけど」 みゆき「そうです、学級委員の会議で何度も会っていますけど・・・思い出のかがみさんとはまるで別人です」 こなた「その人、確か柊つかさの双子の姉妹って言ってたよね、姉なの妹なの?」 みゆき「かがみさんが姉ですね・・・」 こなた「ふーん」 泉先輩はあまり興味なさげに気のない声を出した。 みゆき「実は今朝、私はかがみさんに放課後、屋上に来るように言ってあるのです」 ひより「つかさ先輩の事を話すのですか」 みゆき「そうです」 私はかがみ先輩につかさ先輩の事を話す自信がない。なんて言い出していいのかも分からない。 ひより「私・・・話す自信が・・・」 みゆき「かがみさんには私から話します、今の状態で一番かがみさんの事を知っているのは私です、田村さんは私の隣に」 ゆたか「私達はどうすればいいですか」 みゆき「あまり大勢ですと不審に思われるかもしれません、屋上の給水タンクの陰に隠れて下さい、泉さんも」 こなた「私も行くの?」 泉先輩は驚いた顔をした。 こなた「あの人苦手・・・合同の体育の授業でもなにかとムキになってくるし・・・この前の百メートル走の時だって・・・」 みゆき「私とかがみさんの会話から記憶が蘇るかもしれません、今はあらゆる可能性を試すしかありません」 高良先輩・・・何か危機迫るような迫力を感じた。かがみ先輩と話すのはそんなに大変な事なのだろうか。 俗に言うツンデレ、メリハリがあったには確かだけど、いつもは笑顔が絶えない人だった。 このつかさ先輩の居ない世界でかがみ先輩がどんな別人になったのか、興味が湧いてきた。 放課後、約束に時間より早く屋上に向かうとみんなは既にスタンバイ状態だった。高良先輩が私に気付くと、 みゆき「田村さん、私、一人でかがみさんと話したいので、田村さんも隠れていただけますか」 ひより「別に私は、それでもいいですけど」 私は泉先輩達が居る給水タンクの陰に移動した。 かがみ先輩は時間通り現われた。この前見たのと同じ、ツインテールをしていない。高良先輩が言うより早くかがみ先輩が切り出した。 かがみ「高良さん、私を呼ぶなんて珍しいわね、しかもこんな所に、よほど周りに知られたくないことかしら」 かがみ先輩はすこし不機嫌そうだ。きつい言い方。 みゆき「すみません、ここにお連れしたのは、御察しの通りです」 高良先輩は深々と頭を下げた、かがみ先輩は少し口調を和らげて話す。 かがみ「何かしら、委員会の事、それとも他に何か?」 みゆき「・・・約三ヶ月前の事です、私達に重大な出来事が起きました」 かがみ「重大なこと?」 かがみ先輩は首を傾げた。高良先輩はさらに続ける。 みゆき「何かが抜けたような、喪失感、私はそんな気持ちに・・・」 抽象的な言い方・・・そうか、高良先輩は誘導尋問みたいにつかさ先輩の記憶を引き出そうとしている。直接言えば現実的なかがみ先輩のこと、 現実離れした話を否定するに違いない。すごい、高良先輩はそこまで考えているのか。 かがみ「喪失感・・・」 かがみ先輩は腕を組み、やや上を見上げ考え込んだ。 みゆき「三ヶ月前、私と柊さんの間に大きな溝が出来てしまいました・・・」 この言葉にかがみ先輩は反応した。 かがみ「・・・思い出したわ、三ヶ月前、確かに高良さんと大きな溝ができたわね」 みゆき「思い出しまたか?」 かがみ「三ヶ月前、成績順位が私と高良さんとが入れ替わった」 みゆき「えっ?」 かがみ「喪失感・・・確かに・・・高良さん、私に負けたのがよほど悔しかった、そういうことね」 みゆき「私はそんな事は・・・」 かがみ「こんな所に呼び出して、そんな事を言うために、大人しそうに見えて侮れないわね」 うわ、これは・・・話が違う方向へ、高良先輩はいきなりシドロモドロになってしまった。そこにかがみ先輩は追い討ちをかける。 かがみ「私もこの二年間、あなたに負けっぱなしで喪失感を味わったわ、次のテストだって負けない、宣戦布告として受け取るわよ」 かがみ先輩と高良先輩いつも成績は学年トップクラス、ライバル関係だったとしてもまったく違和感ない。むしろこれが自然なんだろう。 つかさ先輩はこの二人をライバルではなく親友にしてまったのか。この状況を見てそう確信した。 かがみ「果し状は受け取ったわ、お互い悔いのないようにしたいわね」 かがみ先輩は高良先輩に背を向け屋上を出ようとした。 みゆき「待ってください柊さん」 かがみ先輩は立ち止まり振り返った。 かがみ「まだ何か?、もう話すことはないわよ」 みゆき「私の言い方が抽象的で誤解を生んでしまいました、私は柊さんの記憶を取り戻そうと、その為に・・・」 かがみ「私の記憶・・・そっちの方が分からない、私の何を知ってるのよ」 高良先輩は目を閉じ、両手を胸元で組んで一度深呼吸した。祈っているように見えた。そして目を開けたと同時に・・・ みゆき「柊つかさ・・・この名前を聞いて何か感じませんか」 かがみ「柊・・・つかさ・・・苗字が私と同じ、そんな子聞いたことない」 みゆき「目を閉じて、深く、深く、思い出して下さい、柊さん、貴方の双子の妹です、三ヶ月前までこの学校に居ました、私のクラスメイトです」 かがみ「・・・っぷ・・・ふふふ、」 かがみ先輩は吹き出して笑った。そして腹をかかえて大笑いした。 かがみ「何を言い出すかと思えば、私には二人の姉がいるけど妹なんか居ないわよ」 みゆき「不思議な事が起きました、私の記憶には、柊つかさ、が居るのです、その方は私の親友でした・・・そして柊さん、貴方はその妹とお昼を食べに 度々私の教室に訪れています、そして、私たちと一緒に食事を・・・」 かがみ「・・・高良さん、大丈夫?、そこまでいくと妄想を通り越して幻覚でもみてるんじゃない、それに私はね例え妹が居ても 高良さんと一緒になんか食事はしないわよ、さっきの会話で分かるでしょうに」 みゆき「これはつかささんが書いたノートです、これが唯一残されたつかささんの居た証拠です」 高良さんがノートを差し出すと黙ってかがみ先輩は受け取った。そしてパラパラとめくって中をみた。 その間高良さんはつかさ先輩が居なくなった経緯を話した。 かがみ「取って付けたような話じゃないことだけは認めてあげる、高良さん、文芸部にでも入れば、きっと賞が取れるわよ」 かがみ先輩は話をまともに聞いてない。棒読み。感情が入っていない。 みゆき「かがみさん、一年の頃からつかささんといつも一緒でした、登校も、下校も、いつも二人とも笑顔で私達に・・・楽しい日々でした、 そして、かがみさん、泉さんと親友になられて・・・」 高良先輩は切々とつかさ先輩との思い出を語りだした。よく見ると目が潤んでいる。いや、目から涙が出ているのが分かった。 つかさ先輩を助けたい。高良先輩のこの気持ちが私にも伝わってくる。高良先輩に比べれば私はゲーム感覚であった。今になって事の重大性に気付いた。 私、泉さん、小早川さん、岩崎さん、ただ黙って二人を眺めていた。私も高良先輩と同じくつかさ先輩の事を知っているのでもどかしい気持ちになった。 かがみ「もうそんな作り話聞きたくない」 強い口調で高良先輩を止めた。 かがみ「宣戦布告したと思えば、今度は泣き落とし、高良さん、貴方が分からなくなったわ、それに、泉さん・・・ あの人も高良さんと同じく友達になれるとは思わない、 もういいでしょ、私はもう帰るわよ」 再びかがみ先輩は屋上を出ようとした。 みゆき「かがみさん」 かがみ「そんな呼び方止めて、高良さんらしくない、・・・・仮に、その話が本当だとして私にどうしろと言うの」 高良先輩は何も言わなかった。 かがみ「私のクラスには中学時代からの友人がいる、家族も父と母、姉が二人いる、もうそれで私は満足、・・・私の記憶をどうこうして何のつもりなの、 この世界に居ない人間をどうするつもりなのよ」 高良先輩は何も言わない。多分言えない。私にも言い返す言葉が見つからなかった。 かがみ「高良さん、私達にはそんな事を考えている時間はないはず、もうすぐ受験、現実は厳しいわよ」 高良先輩はひざを落としてしまった。かがみ先輩はそんな高良先輩を見て気の毒に思ったのか肩に手をかけて、ノートを返した。 そして・・・そのまま屋上を後にした。 かがみ先輩が視界から消えると私達は一斉に高良先輩に駆け寄った。 みゆき「私は何もできませんでした、私一人でだなんて、あまりにも無謀でした」 ひより「私が側にいても、ただ傍観していただけでした」 高良先輩は私にノートを渡した。 みなみ「そんな事は、きっとかがみ先輩の心に残ったと思います」 こなた「みゆきさん・・・」 ゆたか「高良先輩のつかささんへの思い、きっとかがみ先輩に届いたと思います」 みゆき「私は、つかささんだけでなく、かがみさんまで失ってしまうのですね」 高良先輩の涙は止まっていなかった。私達の言葉はなんの慰めになっていなかった。 膝をを落とした高良先輩を泉先輩が起こしてあげた。 ゆたか「かがみ先輩・・・確かに私の知っているかがみ先輩とは違う気がする」 みなみ「私にはそうは思わない」 ゆたか「そう?」 みなみ「つかさ先輩の話の反応は、かがみ先輩でなくても似たよなものになる、むしろ私達の反応の方が稀」 ゆたか「・・・でも、私は田村さんに言われたとき、自然に受け入れられた」 みなみ「それは、田村さんが私達と親しいから、高良先輩とかがみ先輩は委員会が同じだけで、それほど交流してない」 ゆたか「それじゃかがみ先輩と親しい人から言ってもらえれば少しは違うのかな」 みなみ「親しい人・・・峰岸先輩、日下部先輩、あとはかがみ先輩のお姉さん、ご両親・・・」 かがみ先輩の家族は論外、峰岸先輩、日下部先輩、つかさ先輩の居なくなったこの世界では私達に何の接点もない、おそらく泉先輩、高良先輩も、 ひより「さっきの岩崎さんの話を参考にすると、それだとかがみ先輩より話し辛いくない?」 行き詰ってしまった。何をしていいのか分からない。 こなた「柊さん・・・本当に私と親友だったの」 私達は泉先輩の方向を向いた。 こなた「みゆきさんとの会話で、私とは友達になれないって・・・」 ゆたか「それは・・・本当のお姉ちゃんを知らないからそう言ってる・・・と思う」 泉先輩が少し悲しそうに見える、ああ言われれば誰でもそうなるか。 こなた「柊さんじゃないけど、私も記憶が戻らなくてもいいと思ってきた・・・」 ゆたか「・・・え、どうして、つかさ先輩も、かがみ先輩も、いつもお姉ちゃんと一緒に居たんだよ」 こなた「それを知らない・・・でもそれを知ったらみゆきさんと同じ苦しみを受けることになるよ、記憶と違う現実なんて・・・」 高良先輩とかがみ先輩の会話は泉先輩にとっては逆効果だったみたい。このまま終わってしまいそう。 みゆき「私はそうは思いません」 高良先輩はもう涙は引いていた。 みゆき「泉さん、私と親しくなったのもつかささんが居たからです、泉と私を会わせてくれた、そう思いませんか」 泉さんは高良先輩の方を見ている。 みゆき「かがみさんも、仮に本当だとして・・・と言ってくれました、そう考えてくれたのです、全く否定していません、まだ望みはあります」 こなた「私にはそんな考えできないよ、聖人君子みたいに・・・」 秋も深まる季節、日が落ちるのが早い、外はすっかり夕焼けになっていた。高良先輩の提案で最低週に一回は会うことになった。 とりあえず来週会う日を決めると私達は屋上を後にして教室に戻った。そこで泉先輩と高良先輩とは別れた。 教室で帰り支度をする。 ゆたか「田村さん、今日は部活大丈夫だったの」 ひより「今日は大丈夫、だから高良先輩に同行できた」 ゆたか「それにしても、かがみ先輩・・・高良先輩をライバル・・・と言うより敵対視しているようにも見えたけど」 ひより「あそこまでとは・・・高良先輩も別人って言ったけど・・・お昼の高良先輩の危機迫るのを感じたけどこの事だったんだね」 ゆたか「でも、なんでそこまで変わっちゃったんだろ、高良先輩、お姉ちゃんはまったく同じなのに」 みなみ「かがみ先輩にとってつかさ先輩の存在が大きかった、かがみ先輩のライバルはつかさ先輩だったのかもしれない」 ゆたか「そうかな、あの二人、いつも一緒で仲良かったと思うけど」 みなみ「双子ならなおさら、周りの目もあるし、意識してしまう、でもつかさ先輩はあの性格だからかがみ先輩のライバル心を吸収してしまっていた」 ゆたか「岩崎さん、一人っ子なのによくそんな事が分かるね」 慕うように岩崎さんを見つめる小早川さん・・・この二人もまったく変わらない。そして、それを腐った目線で見ようとしている私も変わらない。 今はそんなことを考えている場合ではない。私は咳払いをした。 ひより「それより早く帰ろう、この時間になると部活が終わってバスが混むよ」 ⑪私達は教室を後にした、帰りながら私達は話した。 みなみ「私は泉先輩が心配、別れ際もなにか元気がなかった」 ゆたか「そうだった、記憶なんか戻らなくていいなんて言ってたね」 ひより「まぁ、あの高良先輩を見たら誰でもそう思うよ」 ゆたか「帰ったらお姉ちゃん元気付けにつかさ先輩の話でもするよ」 ひより「あ、それはかえって逆効果かも、その話題は当分しない方がいいと思うよ、どうせ週一回は会うんだし」 ゆたか「そっか、知らない人の事を話されてもね・・・わかった」 駅で私達は別れた。 知らない人か・・・自分の記憶とは違う現実、高良先輩とかがみ先輩との会話でそれを目の当たりにした。 帰路を歩いていくと見知らぬ人々とすれ違う。登校の時も同じ、今まで何人の人とすれ違っただろう。 一瞬で出会っては別れていく。この中で私を知っている人は、私が知っている人は何人居るだろうか。 知らない人から知ってる人になる切欠って何だろう、たまたま道を聞かれたりしたのが切欠になったり、 買い物に行くお店が偶然一緒だったりするけど・・・結局偶然か。岩崎さんや小早川さんと友達になれたのはたまたまクラスが一緒になっただけ・・・ いや、クラスが一緒になった人でも殆ど会話すらしない人だっている。 これが高良先輩が言ってた縁ってやつなのかな。例え同じ場所にいても知り合いになったりならなかったり、別に自分で選んでいるわけではないのに。 なにか不思議な気持ちになった。 それから数日が過ぎた放課後だった。私は部室の扉を開けようとした時だった。後ろから私を呼ぶ声がした。 「田村さん・・・だよね」 聞き覚えのある声だった。振り向くと。そこには峰岸さんが立っていた。 ひより「峰岸・・・先輩」 その呼ぶと峰岸先輩はほっとした様子で私に話しかけてきた。 あやの「やっぱり、私の事知ってるでしょ」 ひより「・・・知っていると言えば知っていますけど・・・」 返答に困った。そんな私を見て峰岸先輩は私に雑誌を見せた。 ひより「これは・・・私の部でつくった雑誌・・・」 あやの「これ、書いたの貴方よね」 雑誌を開き私に見せた。それはこの前先輩に頼まれた挿絵だった。 あやの「もしかして、この絵の子、妹ちゃん・・・柊つかさじゃない」 驚いた。この絵を見て峰岸先輩はつかさ先輩の事を思い出したみたいだ。これは嬉しい。もしかしたら私達の事も思い出したかもしれない。 ひより「ここで話もなんですので、中にどうぞ」 私は部室に案内した。部室には誰も居なかった。 ひより「つかさ先輩の事を思い出したって事は、私の事も分かりますよね」 あやの「・・・泉ちゃんの従姉妹と同じクラスの、田村さん」 これは思ったより確かな記憶、私どころか泉先輩、小早川さんまでしっている。 あやの「私、何がなんだか分からなくて・・・柊ちゃんに聞くのも恥ずかしくて、この絵を描いた本人に聞くしかないと思って・・・」 ひより「いつ、思い出されたのですか」 あやの「昨日・・・この雑誌の小説と挿絵を見てるうちに・・・」 峰岸先輩がうちの部誌を読んでくれていたのは嬉しい誤算だ。先輩の小説の元ネタは今現実に起きていること、それに挿絵はつかさ先輩。 これなら思い出す人も居るかもしれない。私は峰岸さんに今までの経緯を話した。 あやの「・・・それじゃもう既に、高良さんは・・・」 ひより「ええ、かがみ先輩にこの事は話しています、結果は散々たるものでした」 あやの「そういえば、ここ数日柊ちゃん元気なかったわね・・・」 そういえばこの人はかがみ先輩とは中学時代からの友達だった。聞いてみたいことがあった。 ひより「今のかがみ先輩って、峰岸先輩の記憶のかがみ先輩と違いますよね」 あやの「んー、私達には変わりなく接しているわね、確かに性格がきつくなった面もあったかもしれないわね」 意外な答えだった。もっとも誰でもあんな態度なら峰岸さんも友達にはなっていないか・・・。 ひより「峰岸先輩が居てくれると心強いです、かがみ先輩に話してくれると助かりますが」 あやの「高良さんでもダメだったのに・・・私じゃ力不足ね」 峰岸さんは俯いてしまった。私は話を変えた。 ひより「週一回、この事について話し合いをすることにしてるのですが、参加していただけますか、丁度明日の放課後がその日になります」 あやの「それなら是非、参加したい」 ひより「できればでいいのですが・・・もう一人のお友達・・・日下部先輩はどうでしょうか」 あやの「みさちゃん・・・みさちゃんは私から話しておくわ、来れるかどうか分からないけど、期待しないでね」 ひより「それじゃ、明日の放課後、自習室で」 あやの「分かったわ・・・妹ちゃん、助けられるといいわね」 そう言うと、部室を後にした。そこに入れ替わるように先輩が入ってきた。 こ う「ん、さっきの人誰だ」 ひより「三年C組の峰岸先輩っス」 こ う「ひよりん、意外と顔が広いね、てか、あの人うちの部誌持ってなかったか」 ひより「持っていました、それより部室を空けるなんて無用心っスよ、どこ行ってたんスか」 こ う「いやね、先日発行した部誌が意外と好評でね、再発行の手続きを先生としてたんだ」 私は机においてある部誌を手に取り開いて読んだ。 ひより「・・・この小説、途中でおわってるじゃないっスか、長編になるって息巻いていたじゃないですか」 こ う「・・・いやね、連載物にすればいいかなって・・・だから一緒に考えて」 ひより「私の時は助けてくれないのに・・・」 と言ってもこのおかげで峰岸先輩が力になってくれる。これはいい方向に向かっていくような、そんな気がした。 あくる日の放課後、すぐにでも自習室に向かいたかったが、先生に書類整理を頼まれたおかげで遅れて向かうことになった。 自習室に入ってみると、峰岸先輩は日下部先輩を連れてきてた。日下部先輩は私を見るなり懐かしそうに話してきた。 みさお「お、田村さんってこの人だったか、ちびっ子とよく話してるの見てたよ」 ひより「あの、もしかして日下部先輩の記憶・・・」 みさお「・・・柊の妹、あやのの持ってた雑誌の絵を見て思い出した、柊といつも一緒にいたっけな・・・その割りに私たちとはあまり話さなかったな」 みゆき「田村さん、あの挿絵の効果は絶大でした」 ひより「いや、別にこれを狙ったわけじゃなかったのですが・・・」 ゆたか「これであとはお姉ちゃんとかがみ先輩だけだよね」 みさお「しかし、なんだろ、一番最初に思い出してもよさそうな二人が残ったな」 ん、私は辺りを見回した、泉先輩の姿が見えない。 ひより「その泉先輩は・・・見当たらない」 ゆたか「お姉ちゃん・・・アルバイトがあるって・・・」 みゆき「私がいけなかったのです・・・」 みなみ「みゆきさんが悪いわけじゃない」 一気に雰囲気が暗くなった。 みさお「記憶が戻らないんじゃそんなもんだ、別に気にするこないんじゃない」 日下部先輩・・・軽く言っているけど的を得ている。確かに泉先輩、かがみ先輩・・つかさって名前を聞くだけで思い出しそうな気がする。 私達一年三人も思い出すのに一日かからなかった、峰岸先輩、日下部先輩もすぐに思い出した。そういえば、高良先輩は思い出すのに一週間掛かってる。なんでだろ? でもそんな事はどうでもいい、これからどうするかが重要。 ひより「これから・・・どうしよう」 みさお「どうするもこうするも、柊の妹を元に戻す方法考えるしかないよな、でも・・・柊の妹が居ないだけでこんなになっちまうもんなのか」 みゆき「それが、出会い、と言うものです」 みさお「そうなのか」 みゆき「極端な例ですが、お父さん、お母さんが出会わなかったらどうなると思います」 みさお「・・・それりゃ、私はこの世にいない・・・な」 みゆき「出会いは良くも悪くも大なり小なり、人に影響を与えます、時には人の一生を左右するほどに、時には歴史まで大きく変わるほどに・・・」 みさお「わかった、わかった、スケールが大きすぎて・・・分かったよ、要は柊の妹がB組とC組の仲を繋いでたんだよな」 あやの「一年からでしょ、妹ちゃん、泉ちゃん達と三年同じクラスだわ」 みさお「そうだった・・・柊の陰で目立たなかったけど、今思うと結構存在感あるんだな」 しばらく沈黙が続いた。なかなかいい考えはないもの。私も含め皆考え込んでしまった。 まてよ、泉先輩の家でつかさ先輩に最後に会った時の事を思い出した。確かつかさ先輩は試してみたい・・・そう言ってノートに『私が居なかったら』と書いた。 ひより「これはつかさ先輩が自分を試すために仕掛けた呪いじゃないかなって思うのだけど」 皆の視線が私に集まる。更に話し続けた。 ひより「みゆき先輩が言われたように、あの日、かがみ先輩とつかさ先輩は喧嘩した、多分かがみ先輩からつかさ先輩を否定するような事を言われて、それなら 自分自身が居なくなったらどうなるか見てみたいって願望がこの世界を生んだとしたら・・・」 みさお「姉妹喧嘩か・・・あの二人の仲の良さからすると想像できない」 あやの「仲が良いほど喧嘩する時は激しくなるね、考えられなくはない」 ゆたか「・・・それなら、もう充分つかさ先輩が必要な人って事は証明できてるんじゃないかな、高良先輩もそう思われるのでは?」 みゆき「そうですね、でもつかささんは私達にそれを求めているのではない」 みなみ「・・・かがみ先輩がそう思うのを望んでいる」 また沈黙が続いてしまった。 日下部先輩が痺れを切らせて話した。 みさお「これで方向性はきまったな、柊の記憶を戻す、そうすれば柊の妹の存在がどれほどのものかって分かる、呪いが解けて柊の妹が復活・・・ってことかな」 ゆたか「でも、お姉ちゃんの記憶は・・・放っておいていいのかな」 ひより「泉先輩・・・今私達と一緒に行動しても辛いだけじゃないかな、つかさ先輩の事知らないから私達の話についていけないし、三年C組の事だって知らないでしょ」 ゆたか「・・・そっか、お姉ちゃんここに来なかった理由、今分かった・・・記憶が戻ったらなら先頭になって協力してくれるよね」 外からチャイムの音が聞こえる。終業の時間だ。 みさお「もうこんな時間か」 みゆき「方向性が決まっただけでも成果はありました、今度はどうやって二人の記憶を戻すか、それについて話しましょう」 私達は解散した。 私は買い物があったので皆とは別行動する予定だったけど、高良先輩に呼び止められた。 ひより「何か?」 みゆき「あの雑誌の事で・・・」 ひより「雑誌・・・ああ、部誌のことっスか」 しまった。つい癖の『ス』を出してしまった。先輩以外では使わないようにしていたのだが・・・ みゆき「そうです、あの小説を載せたのは田村さんのご意思ですか」 ひより「い、いえ、あれは部長・・・八坂先輩にあのノートを見られてしまいまして・・・一応共同制作としているのですが・・・先輩がえらくこのネタを気に入りまして・・・」 まずい、高良先輩は相談無く載せた事を怒っているのだろうか。 みゆき「そうですか・・・」 高良先輩は目を閉じて何か考えている様子だった。 ひより「高良先輩、すみません、勝手に載せてしまって・・・止められませんでした」 みゆき「あっ、別に私はそれがいけないとは言っていません、むしろして頂いて結構です、私ではそこまで気が付きませんでした」 私はほっと胸をなでおろした。 みゆき「それで相談があるのです、その小説の結末についてなのですが」 ひより「結末・・・ですか」 みゆき「結末は、少女は結局助けることができなかった・・・と、して頂きたいのです」 私は驚いた、ハッピーエンドにした方がいいに決まっている。 ひより「悲話にしてしまうのですか・・・どうしてです」 即座に聞き返した。 みゆき「この小説、かがみさんにも読んで頂きたいからです、悲話にすればかがみさんの奥底にある記憶が蘇るかもしれない・・・」 ひより「逆療法ですか・・・私一人では決められないですけど・・・やってみます」 みゆき「ありがとうございます」 私は自習室を出ようとすると。 みゆき「あの雑誌の挿絵・・・つかささんの雰囲気が出ていてよかったです、絵でしかつかささんの存在を確かめられないのですね」 悲しげな表情だった。私の絵を褒めてくれた。嬉しかったけど素直に喜びを表せなかった。 ひより「このノートが在ります、これはつかさ先輩の書いたノート」 みゆき「そうでしたね」 微かに笑った・・・様に見えた。 高良先輩とも別れ、一人で帰宅することになった。腕時計を見た。まだ買い物をする時間はある。近道をした。 ふと高良先輩の言葉を思い出した・・・出会い。 つかさ先輩が居ると居ない。こんなに違う世界になるなんて。一つの出会いが歴史も変えるか・・・少なくとも私達の周りではそれが起きた。 つかさ先輩が居た世界の方が楽しい。それはみんなそう思っている。つかさ先輩と知り合いになれたのは泉先輩が友達だったから。いや、 小早川さんが泉先輩の従姉妹だったから。その繋がり。それじゃ私は・・・私が居なくなったら・・・つかさ先輩の様に誰かが思い出してくれるかな・・・ うわ、そんな事考えて私まで消えたらやだ、まだ私はこの世に未練がある。 「Excuse me」 突然後ろから誰かの声が聞こえる。周りを見渡したけど私しか居ない。私を呼んでいるだろうか。 「Excuse me」 同じ方向からもう一度聞こえた。間違えない私を呼んでいる。しかも外人だ。これも縁ってやつかな。英語で道案内くらいの事はできる。 私は声の方向を向いた。思わず見上げた・・・天を突くような大男、二メートルはあろうか。もう冬も近いというのに半袖・・・筋骨隆々・・・私の前に立ちはだかっている。 外人「〇#★ЭЩ@㊥$?」 私は硬直した。何を言っているのか分からない。少なくとも英語ではない。・・・身振り手振りで私に何かを聞こうとしている。道を聞いているのはなんとなく分かった。 外人「〇#★ЭЩ@㊥$?」 同じ事を言っているけど分からない。私は呆然と外人を見ていた。外人は急いでいるらしい、イライラしているのが伝わってくる。私は何かしようとするけど体がついてこない。 思わず私は身を竦めてしまった。それでも外人は執拗に同じ言葉を私に話してきた。 大男が揺らめいた。大男の後ろから誰かが押したみたいだった。大男はゆっくりと後ろを振り返る。大男はその人にも同じ言葉をかけた。するとまた大男が揺らめいた。 何をしているのだろうか。大男の陰で相手が見えない。 外人「$$$$””””!」 外人はなにやら喚いたかと思うと両腕を天に上げて拳を下ろした。大男の陰から稲妻のように誰かが飛び出し彼の拳を避けると振り下ろした腕を掴みそのままその力に逆らうことなく 大男の腕を捻った・・・大男はまるで木の葉が風に舞うように宙に浮いた。大男は背中から地面に叩きつけられた。 大男は喚きながらその場を立ち去った・・・・。一瞬の出来事だった。私はその場にしゃがみ込んでしまった。 「ゆい姉さん直伝・・・小手返し・・・その変形」 まるで戦隊物のヒーローのようにポーズをとりながら聞き覚えのある声で・・・って ひより「泉・・・先輩?」 こなた「ひよりん・・・どうしたのこんな所で」 そう言うと私の腕を掴み起こしてくれた。 ひより「泉先輩・・・何か格闘技でもやってたんスか」 こなた「まあね・・・それより間一髪だったね、大丈夫だった?、最近物騒だからね・・・」 ひより「・・・外人の後ろからなにかしたっスか」 こなた「うしろから蹴った」 ひより「・・・振り返ってから何かしったスよね」 こなた「蹴った」 ひより「・・・助けてもらって何ですが、あれは道を聞いてきただけだったような」 そう言うと泉先輩は何も言わず呆然と私を見ていた。 ひより「どうしたんスか?、泉先輩?」 聞き返しても私を見ているだけだった。私は泉先輩の顔の前で手を振った。 こなた「・・・これ、どこかで同じことがあったよ・・・」 ひより「同じこと??、どういうことっスか」 こなた「そう・・・あれは・・・一年生の時・・・」 泉先輩は腕を組み、首を傾けて考えている。私はそれを見守った。 こなた「・・・つかさ・・・つかさに初めて出会った時だ・・・つかさ!」 何度もつかさ先輩の名前を呼んでいる。 ひより「もしかして、思い出したんスか」 泉先輩は急に悲しい顔になった。 こなた「・・・かがみ・・・なんであんな事言うんだよ・・・」 あんなこと、高良先輩とかがみ先輩の会話の事を言っている。そう思った。泉先輩の記憶が戻ればこれほど心強いことはない。 ひより「ここに居てもなんなんで、近くの喫茶店にでも・・・」 近くの喫茶店でコーヒーを頼み、しばらく気を静めた。そして、泉先輩に放課後で行った会議の事を話した。 こなた「・・・記憶を取り戻す方法・・・」 ひより「そうっス、でも泉先輩はもう大丈夫っスよね、しかし凄かったっスよ、あの大男を投げ飛ばすなんて」 こなた「いいや、たいした事無いよ、私が小さいから油断しただけ」 ちょっと照れくさそうに手を頭に当てた。泉先輩はすぐつかさ先輩の話題に戻した。 こなた「かがみが最後に残った・・・って事だね」 ひより「・・・身内だけに、一番厄介なんっス」 こなた「かがみの性格もあるね、何かと現実主義だし、例え思い出しても、夢か幻かと思っちゃうかもね」 ひより「かがみ先輩とつかさ先輩が出会った時の事でも分かれば・・・」 こなた「・・・ひよりん、二人は双子だよ、生まれた時、いや生まれる前から出会ってるよ」 ひより「・・・なんか絶望的な事を聞いたような気がするっス」 会話がなんの抵抗も無く進んでいく。泉先輩は本当に記憶が戻った。そう思った。それと同時にかがみ先輩の記憶を戻すのがどれほど難しいかも分かってしまった。 こなた「絶望的、そうでもないよ」 ひより「何か秘策でもあるんスか」 泉先輩は笑みを浮かべた。自信があるようだ。 こなた「秘策って程の物じゃないけどね、これはみさきちと峰岸さんの記憶が戻っているのが条件なんだ」 ひより「それなら問題ないっス」 こなた「さっきの放課後の会議の話を聞いて思いついた」 ひより「その策は?」 こなた「それは・・・直接本人に話したいな、明日、全員集まれるかな、放課後、私も準備しないといけないし」 ひより「多分大丈夫・・・私、部活があるっス」 こなた「話は数分で終わるよ、私、明日もバイトだし」 ひより「それなら・・・」 こなた「よし、明日の放課後、自習室集合で、三年の方とゆーちゃんは私から話しておくから」 ひより「私は岩崎さんに話せばいいっスかね」 泉先輩は頷いた。そして何故か不思議そうに私を見ている。 ひより「どうしたんスか?」 こなた「そういえば、ひよりんの口調が戻ったね、これもつかさの影響なのかな」 しまった。大男のショックで癖がそのまま出てしまった。 ひより「いや、これは関係ないっス、いままでのは癖を直そうとしたけっス・・・あれ・・・」 こなた「・・・無理しなくていい、そっちの方がひよりんらしいよ」 ひより「いや、恥ずかしいっス・・・あ、また」 泉先輩は大笑いした。どうやらこの癖、直すのは無理みたい。 こなた「ところで何でこんな所に」 ひより「買い物に・・・」 こなた「買い物ってこれの事かな」 泉先輩は一冊の漫画を見せた。 ひより「それは・・・それを買いに来たっス」 こなた「残念、これはもう売り切れているよ、私が最後だったから」 ひより「えー、」 泉先輩は鞄から同じ漫画の本を取り出し私に手渡した。 ひより「これは・・・」 こなた「布教用・・・あげる、記憶を戻してもらったお礼に」 私はその本を受け取りお礼を言おうとした時だった、私と泉先輩の携帯電話が同時鳴った。私達は同時に着信を確認した。 こなた「誰から?」 ひより「お父さんから・・・早く帰って来いって」 こなた「私もだよ・・・親って考えることって同じだね、帰ろうか」 ひより「そうっスね」 私達は駅で別れた。 次の日の放課後、約束どおり皆自習室に集まった。しかし泉先輩はまだ来ていない。 みさお「ちびっ子本当に記憶もどったのか、言いだしっぺが遅刻かよ」 ひより「何か準備があるっていってたっス」 日下部先輩は腕を組んで少し怒り気味だった。丁度そこにドアを開けて泉先輩が入ってきた。 みさお「おい、ちびっ子、呼び出しておいて遅刻な・・・・」 日下部先輩の口が止まった。私も泉先輩の姿を見て驚いた。 こなた「ごめん、ごめん、準備にてまどっちゃって、ところで、どう、似合うかな」 泉先輩はその場でクルリと一回転してポーズを決めた。泉先輩の髪の毛は肩までスッパリ切ってしまっていた。 そして頭に黄色いリボンを・・・アホ毛を隠すように。つかさ先輩の髪型を真似ている。すぐに分かった。 ゆたか「お姉ちゃん、どうしたの、まさか・・・」 こなた「時間がないから・・・早速話すね、明日のお昼から、みさきちは私のクラスでご飯食べて、みゆきさんと私と一緒に、そして、一週間経ったら今度は峰岸さんも 私達と一緒にお昼を食べる・・・」 私達は黙って泉先輩のを眺めていた。 こなた「分かったかな、みんな」 この言葉に私達は我に返った。 みさお「みさきちって・・・、B組で飯を食べるだけでいいのか」 泉先輩は黙って頷いた。 みゆき「どうゆう事ですか、私にはさっぱり分かりません、それにその髪は・・・切ってしまったのですか」 こなた「かがみはいつも私のクラスでお昼を食べていた・・・それを再現するんだよ」 みゆき「再現・・・ですか」 こなた「みさきちと峰岸さんがこっちでお昼を食べれば、否応にもかがみはB組を意識するでしょ、そこにつかさに似た私を見れば・・・どう? この作戦」 高良先輩は黙ってしまった。 こなた「かがみはあれで寂しがりやだからね、みんな集まればきっとB組にくるよ」 みなみ「私達はどうすれば・・・」 こなた「昼休みなんだし、こっち来てお昼食べたら、一年が三年の所でお昼食べちゃいけない校則なんてないよ、それに半分以上は学食に行っちゃうから席は空いてるよ」 みさお「なんで、柊の妹の真似なんかするんだ、リボンだけもいいじゃん」 泉先輩は人差し指を立てて『チッチッチ』と舌打ちをした。 こなた「分かってないね、これはイメージが大事なんだよ、イメージが・・・他に質問は?、無ければ明日からみさきち、よろしく」 みさお「・・・分かったよ・・・」 その返事を聞くと泉先輩は足早に自習室を出て行った。どうやらアルバイトに向かったようだ。 みさお「いきなりみさきちって・・・あいつ、あんなんで柊が気が付くとでも思っているのか、それに髪型が似てるだけで、柊の妹と全然似てないぞ」 あやの「そうね、泉ちゃん、少し強引過ぎる気が・・・」 二人はやや呆れたようにそう言った。 みさお「記憶が戻って、まるでゲーム感覚だよな・・・」 その言葉は私の耳にも痛かった。高良先輩とかがみ先輩が話すまでは私もそうだった。 ゆたか「違います、お姉ちゃんのやろうとしている事は、少なくとも・・・本気だと思います」 みさお「本気?」 ゆたか「髪の毛を切るなんて・・・普通はやれない、女の子なら・・・解る・・・・それにお姉ちゃんの長髪は・・・おばさんの髪型を真似て・・・」 日下部先輩は黙ってしまった。そしてそのまま俯いてしまった。 みゆき「私も髪の毛を切るとしたら・・・かなりの覚悟が要ります、泉さんの並々ならぬ気持ちが解ります、どうでしょうか、泉さんの方法に賭けてみるのは」 日下部先輩と峰岸先輩は顔を見合わせた。 みゆき「かがみさんの性格は泉さんの言われた通りの一面があると私も思います、少なくとも、私がかがみさんにした事よりはるかに良いかもしれません」 みさお「そこまで言うなら・・・それに、ちびっ子を見直したぞ、熱い想い・・・私、そうゆうの嫌いじゃない」 あやの「そうね、私もそれでいい、でも何故、私は一週間後なのかな」 みゆき「それは、おそらく、いきなり二人とも私のクラスに来てしまったら怪しまれるからではないでしょうか、怪しまれると、記憶が戻る妨げとなりますし・・・」 みさお「あいつも色々考えてるんだな、それじゃ明日から」 そう言うと二人は自習室を後にした。 ゆたか「高良先輩、ありがとうございます、お姉ちゃんちゃんと説明しないから・・・」 みゆき「泉さんはあまり自分の事は言わない方ですからね、少し補足しただけです」 みなみ「この方法、どこかで聞いたことがある」 みゆき「そうですね、岩戸隠れですね」 ひより「岩戸隠れ?」 みゆき「アマテラスが岩戸に篭ってしまう神話です、アマテラスは太陽の化身、世界は闇に覆われてしまう」 みなみ「篭ったアマテラスを八百万の神が笛や太鼓で岩戸を開けさせる・・・」 ひより「・・・ああ、そういえば、その話知ってる・・・」 みゆき「泉さんがこの神話を意識しているかどうかは分かりませんが、今のかがみさんは記憶は岩戸に篭っているアマテラスと同じだと思います、こちからから開けようとしても 岩は開けることはできません、しかし、内側からなら、閉めてしまった本人なら開けることができます」 ひより「かがみ先輩自身が記憶の扉を開けるように私達が?」 みゆき「つかささんと私達での昼食はかがみさんにとってもきっと楽しかった思い出に違いありません、私達が楽しそうに食事をしているのを見れば・・・そんな気がします」 高良先輩と岩崎さん、敵わない、神話まで持ち出して泉先輩の作戦を解説してしまうなんて、この人達ほどの知識があれば私もネタには困らないのに。 それにも増して、かがみ先輩の性格をそこまで知り尽くしている泉先輩も凄いと思った。何より、髪の毛を切ってまでそれを演出しようとしている。泉先輩にとって長髪は特別な想いがあるようなのに。 私も髪の毛を伸ばしているけど、バッサリ切るのは抵抗はある。それを気付かれないように明るく振舞う・・・・ ひより「泉先輩・・・漢(おとこ)だね・・・」 みなみ・ゆたか「おとこ?」 ひより「いや、何でもない・・・」 次の日、私だけが三年B組にお昼を食べに行った。小早川さんが急に熱を出してしまったので保健室で休んでいるからだ。岩崎さんは付き添い。保健委員じゃしょうがない。 教室に着くと既に三人はお昼ご飯を食べていた。 こなた「こっちだよ、あれ、ゆーちゃん達は」 ひより「実は、熱を出してしまって」 こなた「・・・最近調子良かったのに・・・」 ひより「泉先輩、小早川さんから聞いたっス、先輩の長髪って特別な想いが・・・」 こなた「ゆーちゃん、言っちゃったな・・・」 ひより「何でそこまでして・・・」 こなた「髪の毛なんて時間が経てばまた伸びるよ、大げさだな、私から言わせればひよりん達がそこまでつかさを思ってくれるのは何故だいって聞きたいね、知り合ってそんなに経ってないでしょ」 ひより「そう改まって聞かれると・・・ネタ帳をつくってくれた・・・かな」 こなた「あのノートね、ひよりん、そのノートのネタ、まだ使ってないでしょ、それなのに?」 ひより「使えるネタだったら、そんなにつかさ先輩が好きになれなかったっスね」 こなた「ほぅ、その心は?」 ひより「自分の得意じゃない事なのに、ネタを考えてくれる人なんて・・・今まで居なかったっス、それだけで嬉しかった・・・」 みさお「おっと、柊がこっちみてるぞ、みんな楽しくしようぜ」 チラッと廊下の方を見た。かがみ先輩が確かにこっちを見ている。一日目にしてもう効果が出ているのだろうか。 ひより「先輩、これは思った以上の効果っスね」 こなた「まだまだ、あの目はただ見ているだけ、何も感じてないよ、しかし髪切ったせいで首元がスースするよ」 そう言いながらチョココロネを頬張る。 みさお「そういえばB組で昼飯食べるの初めてだ」 ひより「日下部先輩はかがみ先輩達と中学同じだったっスよね」 みさお「柊、あやのとはクラスも同じだったぞ」 ひより「つかさ先輩とはいつ知り合ったっスか」 みさお「そういえばいつだったかな・・・柊と知り合った時には既に居たけど・・・」 ひより「日下部先輩は今までこっちでお昼たべなかったっスか、つかさ先輩と気が合わないとか・・・」 みさお「いや、そんな事はなかったけど・・・何でだろう」 こなた「そういや三年になるまでC組の友達、正式に紹介してくれなかったな・・・かがみ・・・つかさをみさきちに会わせたくなかったとか」 みさお「何でだよ」 日下部先輩は少し怒り気味だった。 みゆき「つかささんが居なくなって、かがみさんの代わりに日下部さん来るようになった・・・これも何かの縁のような気がします」 こなた「つかさが居なくなっても、私達はつかさが居た世界の記憶があるからこうやって居られるんだよ、私とみゆきさんは二年とちょっとのだけの記憶」 みゆき「そうでしたね・・・」 高良先輩は少し悲しいそうな顔をしてた。 ひより「そうだ・・・つかさ先輩が消えた日の事覚えています?・・・確か泉先輩の家で・・・私が来たときには小早川さんも泉先輩も買い物で居なかったっス そこに丁度、つかさ先輩が来たっス」 泉先輩は両手を組んで上を見上げて考えた。 こなた「あの時は・・・丁度ゆーちゃんの友達が来るのと重なった時だったね・・・あれ、なんでつかさだけなんだ・・・確かかがみも来る様な話だったような」 ひより「かがみ先輩も来る予定だったっスか・・・かがみ先輩・・・何かあったんスかね」 こなた「何かって・・・かがみは約束を破ったことないし、何かあれば必ず連絡してた・・・」 みさお「ん・・・その日って私達も来る予定じゃなかったか、あやのと一緒だった気がするぞ」 みゆき「・・・私は確か・・・みなみさんと泉家に行く予定だった気がします・・・」 一同「・・・あれ???・・・」 その日はみんな集まる日だった?、何かのパーティ?、そんな事はない。よく思い出せない。少なくとも泉先輩とは別の用事だったような気がする。 こなた「そうだ、大勢集まるからゆーちゃんと買い物にいったんだ・・・確か・・・勉強会???」 みさお「そんな感じだったかな・・・少なくとも遊びじゃなかったと思う」 こなた「かがみどうしたんだろ、いつもつかさと一緒に来てたのに」 ひより「高良先輩が言ってた姉妹喧嘩説・・・かなり濃厚の気がするっス」 みゆき「かがみさんにとってそれは思い出したたくない事・・・もしかしたら、つかささんをイメージすることが」 こなた「それじゃ今やってることって・・・私、余計な事をしたかな・・・」 泉先輩は急に悲しい顔になった。 みさお「おいおい、楽しく食べるんじゃなかったのか、この話は皆が集まった時にしようぜ、ほら、柊居なくなっちまったぞ」 みゆき「すみませんでした、気を取り直しましょう」 こなた「そうだった・・・」 私達はつかさ先輩以外の話をした。日下部先輩の話は面白かった。泉先輩と日下部先輩はかがみ先輩とは違った雰囲気、まるで小学生同士でじゃれ合う様な、 こっちまで楽しくさせてしまう。そんな楽しい昼食をすごした。時間を忘れ私達は会話を楽しんだ。すると、高良先輩が時計を見た。 みゆき「そろそろ時間ですね」 みさお「おお、もうこんな時間か・・・楽しかったぞ」 ひより「お邪魔したっス」 こなた「ひよりん、ゆーちゃん達によろしく言っておいて」 私が席を立とうとすると。 みさお「・・・私達って、一年からこうやってみんなで食べることが出来たんだよな、今頃になって・・・もっと早く気付けばよかったよ、 明日からあやの連れてきていいか、一週間なんか待ってなくていいんじゃないか」 誰も反対を言う人はいなかった。 自分のクラスに戻ると小早川さんと岩崎さんが居た。もう戻ってきた。小早川さんの調子はどうなのだろうか。 ひより「小早川さん、もう調子いいの」 ゆたか「あ、田村さん、もう熱引いたから、それに午後の授業、私苦手科目だから、休んでられないよ」 みなみ「ゆたか、熱はまだ完全に引いていない・・・」 ゆたか「みなみちゃん、大丈夫だよ」 そう言って見つめあう二人・・・あれ、いつからこの二人名前で呼び合うようになったんだ。保健室で何かあったのか・・・まさかお昼の密室で・・・ 頭のなかに妄想がどんどん膨らんでいく。 ゆたか「ところで田村さん、お昼はどうだった?」 この一言で我に返った。自重しろ、私。 ひより「とても楽しかったよ、特に日下部先輩と泉先輩がね、それと泉先輩がよろしくだって、小早川さんのこと心配してたよ」 ゆたか「いいな、私も行きたかった・・・」 ひより「まだ始まったばかりだし・・・そうそう、明日から峰岸先輩もくるみたい、日下部先輩がB組気に入っちゃってさ、明日から呼んでいいって話になって」 ゆたか「何か良い方向になってきてるね」 その時、つかさ先輩の話を思い出した。 ひより「お昼、つかさ先輩が消えた時の話をしたんだけどね、私達ってなんで泉先輩の家に来ることになったんだっけ」 みなみ「その日は・・・勉強会だった気がする」 ゆたか「うん、夏休みが終わってすぐの土曜日だったよね」 そうか、泉先輩達も勉強会。別行動だけど目的は一緒だったのか。 みなみ「何故そんな話に・・・」 ひより「つかさ先輩が消えた日の事ってモヤモヤした感じで曖昧なんだよね」 みなみ「・・・そういえば」 ひより「あの時、私達全員集まったような気がしてきて・・・」 その時、午後のチャイムが鳴り出す。私達は慌てて席に着いた。 それから二週間が過ぎた・・・峰岸先輩も加わり、小早川さんが調子の良い時は小早川さん、岩崎さんも同席した。女六人、これだけ集まれば会話も 弾む、その笑い声は隣りのクラスへも聞こえるだろう。聞こえているはずだ。おかしい。一向にかがみ先輩は私達の元に来ない。 それどころか様子を見に来ることもなくなった。日下部先輩達に聞いても変わった様子はないと言う。神話のようにはいかないのだろうか。 こなた「いったいどうして・・・こんな筈じゃない、かがみ・・・どうしたんだよ」 焦りの色を隠せない。短くなった髪の毛を両手で押さえている。 みさお「そう焦ることもないいじゃないの」 こなた「もう、あれから一ヶ月、なにも進展がないよ・・・ごめん、皆、私の作戦・・・失敗だよ」 そう言うと泉先輩は頭に付いていたリボンを解き始めた。 みゆき「泉さんのせいではありません、私たちも賛同したのですから責任は同じです、でも進展がない以上他の方法を考えた方がよさそうです」 みさお「他の方法って、他に何かいい方法あるのか」 みんな何も言い出さない。私も何も思い浮かばない。 あやの「これはタイムリミットががるような、私達が卒業してしまえばこれほど頻繁に会うことはできない、それに柊ちゃんに会う機会もぐんと減る・・・」 ゆたか「卒業・・・もうそんなにありませんね・・・」 みゆき「そうですね、大学と高校では時間が違いますしね、それぞれの生活もありましょう」 こなた「それで終わっちゃうの・・・つかさは・・・もう戻らない・・・これじゃアニ研の小説とおなじじゃないか・・・」 みゆき「これは・・・すみません、この結末は私が田村さんに提案したもので・・・これもかがみさんに呼んで欲しいと思いまして・・・」 こなた「私・・・記憶なんて戻らなければよかった・・・」 ゆたか「お姉ちゃん・・・」 泉先輩はリボンを外すとそのまま机に埋まってしまった。すすりなく音が聞こえる。これは、高良先輩が屋上で見せた光景によく似ている。 私達はあれから全然状況が変わっていない事に気が付いた。 私は何も策はないけど、一つだけ方法を知っている。でもこの方法は成功、失敗するかどうかもわからないし、後戻りもできない危険な賭け。 ひより「あと一つだけ方法があるっス、でもこれはとても危険な方法・・・」 皆は一斉に私の方を向いた。 ゆたか「危険な方法って?」 ひより「もともとつかさ先輩が消えたのは、このネタ帳につかさ先輩が書き込みをした時からっス、だから、このノートを燃やしてしまえば・・・もしかしたら呪いが解けるかも」 みなみ「燃やす・・・確かに危険」 ひより「燃やすから後戻りできないっス、燃やすことで考えられる出来事は三つ、一つは、今までどおりなんの変化もない、二つは、呪いが解けてかがみ先輩の記憶が復活、 つかさ先輩も蘇る、そして三つは、全ての人からつかさ先輩の記憶が消えてしまう・・・」 みさお「確かに、後戻りできないな」 こなた「一つ目になるんだったら三つ目の方がいい・・・何も知らないほうがいい・・・」 みゆき「それは・・・確かに賭けですね、それにこの三つ以外の事が起きるかもしれません、例えば、かがみさん、いいえ柊家に何かが起きるかもしれません」 ひより「そうっス、だからこれは少なくともかがみ先輩の記憶が戻ってもつかさ先輩が復活しなから提案しようと・・・」 みさお「つまり最後の手段ってことだろ、まだ早い」 日下部先輩は泉先輩の外したリボンを取り泉先輩に突き出した。泉先輩は不思議そうに日下部先輩を見る。 こなた「何?」 みさお「何、じゃないだろ、もう諦めるのかよ、卒業までまだまだ日はあるぞ、この作戦はまだ終わってない」 こなた「でも・・・」 みさお「なんだ、柊の妹を助けたくないのか、髪を伸ばしていた想いってその程度だったのか」 泉先輩は俯きなにも言い返さなかった。 あやの「私は今までやってきて全く効果がないとは思わない、柊ちゃん少しだけど確かに変わってるの分かる」 みゆき「人の記憶は何が切欠で思い出すのか分かりません、私は他の方法とが良いといいましたが、継続するのもの一つの手段でしょう」 ゆたか「お姉ちゃん、諦めないで」 みなみ「継続は力なり・・・」 皆が泉先輩を励ます。すっかり日下部先輩のペースになってしまった。体育会系のノリ・・・こうゆう雰囲気は初めてだ。でも私も胸が熱くなった。 こなた「これが最良の方法じゃないかもしれないよ・・・」 みさお「それは最後にならいと分からないぞ」 泉先輩は日下部先輩からリボンを取りまた付けた。 みさお「これで卒業まで突っ走るぞ、それでダメなら後悔はないだろ」 こなた「まさかみさきちに説教くらうとは・・・」 みさお「まさかとは何だよ、まさかとは、それにいつも、みさきちってなんだよ」 こなた「だってみさきちじゃん」 この会合で泉先輩は初めて笑った。一気に和んだ。そして、泉さんの作戦、これを最後まで続ける事になった。っと言ってもこれ以外に選択肢はなかった。 月日は過ぎていく。かがみ先輩の様子は変わらない、そして、三年の皆の進路がほぼ決まっていく時期にさしかかった頃だった。アニ研部に一通の手紙が届けられた。 ひより「私宛?」 こ う「そう、なぜかひよりん宛なんだよね、ファンレターだな」 ひより「ファンレター・・・・私にッスか」 こ う「屋上に来て欲しいそうだ、サインはもう作ってあるのか」 ひより「もう考えてあるッス・・・差出人の名前がないッスね・・・って今日じゃないですか」 こ う「そうだった」 先輩は時計を見た。 こ う「時間は今行けばまだ間に合うぞ、別に行きたくなければそのまま無視すればいい」 ひより「そう言うわけにもいかないッス、ちょっと行って来ます」 この手紙は何日か前に届けられたみたいだ、ここ最近の部誌で載せた漫画なのだろうか、どんな人なんだろう。そんな期待を胸に屋上へと向かった。 屋上に着くと、一人の女生徒が立っていた。よく知っている人だった。かがみ先輩・・・・。どういう事だ。緊急事態だ。私は高良先輩みたいにかがみ先輩と 言い合うような度胸も知識もない。下手なことを言えば突っ込まれてしまいそうだ。ファンレター・・・何か違うような。緊張感が急に出てきた。冷や汗が手から出てくる。 屋上の入り口で止まっていると、かがみ先輩が私に気付いた。 かがみ「すまないわね、急に呼び出してしまって、田村さん」 口調はいたって穏やか、顔の表情も高良先輩と会った時のような威圧感はなかった。つかさ先輩が居ない世界、かがみ先輩は私の事はしらないはず。 初対面だ、敬語・・・癖が出ませんように・・・・。 ひより「あの、ファンレターありがとうございます、用件はなんでしょうか」 かがみ「田村さんをこんな所に呼んだのはね、ひとつだけ確かめたいことがあったから・・・ファンレターって偽ってごめんない それの方が部活動から抜け出し易いと思ったから・・・貴方、柊つかさ って知ってる」 もしかして、かがみ先輩は記憶を思い出した。思い出そうとしているのか。これはチャンスかもしれない。 ひより「柊つかさ先輩、私は知っています、かがみ先輩もご存知のはずです、双子の妹の名前ですから・・・」 そう言うとかがみ先輩は急に悲しい顔になった。 かがみ「やっぱり、本当だった・・・みゆき、こなた・・・」 私は嬉しかった、泉先輩の作戦が成功した。 ひより「かがみ先輩、記憶もどられたのですか」 かがみ「皆・・・やっぱり皆も記憶が戻っているみたいね、この雑誌の物語、途中から急に悲話になってるけど、みゆきあたりの提案じゃない、」 そう言うと、最新の部雑を私に見せた。 かがみ「峰岸に勧められて読んだわ・・・この主人公、つかさがモデルね、」 凄い、当たってる、それにかがみ先輩は記憶が戻っている。皆に教えないと。 ひより「その小説は偶然が重なって載ることに・・・みんな、かがみ先輩が来るのを心待ちにしていますよ、丁度明日が集まる日なんですよ」 かがみ「それは、できない」 ひより「えっ?、なんでですか」 かがみ先輩は、私に背を向けて屋上から校庭を見下ろした。 かがみ「出来ない、私につかさの話をしろ言うの、出来ないわ、だから田村さんを呼んだの、もう、つかさの事は諦めて・・・そう皆に言って欲しい」 ひより「そんな・・・高良先輩がここで話し事、覚えていますよね」 かがみ「・・・田村さん、あの時の会話どこかで見てたみたいね・・・みゆきから見たらさぞかし私は冷たい女に見られたでしょうね」 かがみ先輩の態度が許せなかった。私は本当の事を言う事にした。 ひより「泉先輩も見ていました、かがみ先輩を見て記憶が戻るのが遅れたと思ってます、その泉先輩だって今は・・・」 かがみ「日下部と峰岸がB組でお昼食べてるわね、それで私の気を引こうって作戦ね、あいつらしいわ」 ひより「そこまで知っていて・・・何故来れないのですか、そのために泉さんは髪の毛を・・・」 かがみ「だから、私はこなたを見れないのよ・・・」 突然私に振り返った。かがみ先輩の目には涙が溜まってた。 かがみ「こなたのお母さんの写真、二年の時に見た、こなたと同じ髪型だった、すぐに分かったわ、こなたが髪型を真似していることくらい・・・ それを切ってつかさと同じ髪型にして・・・バカだよ、そんな事したら私、こなたを見れない・・・・その姿を見たとき、私はここで泣いた・・・」 泉先輩が髪を切った時にはすでに記憶が戻っている。かがみ先輩は記憶が戻っていたことを黙っていた。 ひより「かがみ先輩・・・いつ記憶がもどったのですか・・・」 かがみ先輩はハンカチで涙を拭い話し始めた。 かがみ「みゆきがつかさの話をした日、みゆきのあまりに感情がこもった言葉が忘れられなくてね、その日の夜、何気なしに家族につかさの名前を出した、 そうすると、急にみんな改まってね、私が二十歳になるまで秘密にするはずだったってね、つかさはね、生まれて間もなく亡くなってしまった、 そう、お母さんが言ったわ・・・」 ひより「亡くなった・・・」 かがみ「早期胎盤剥離・・・が起きた、緊急だった、二人同時には出せなかったからどちらかが犠牲になる必要があった、先に出された私が助かった・・・ そう聞かされた・・・違う、先に出されたんじゃない、つかさが先に私を出してくれた・・・そんな気がした時、全てを思い出した・・・」 私は言葉を失った。泉先輩の記憶が戻るのが最後だった。だけどつかさ先輩は復活していない。この世界につかさ先輩が存在しなかったわけじゃなかった。 存在していた。死んだ人を生き返らすことは出来ない・・・。 かがみ「田村さん、つかさは貴方にノートを渡したわね、普段そんなことする子じゃないわ、だから私は田村さんを選んだ、今の話、皆に言って欲しい・・・」 私から皆に言えるような話ではなかった。 ひより「私は・・・そんな事話せません、それより、明日のお昼ご飯、放課後の自習室に来て下さい・・・私にはそれしかかがみ先輩に言えません」 思わず強い口調で答えた。一瞬かがみ先輩の反撃を恐れた。 かがみ「それが出来るようだったらこんな事しない・・・」 高良先輩との会話が嘘のような弱気なかがみ先輩。つかさ先輩が居た世界とも違う。こんなに変わってしまうものなのか。どっちが本当のかがみ先輩だろうか。 ひより「すみません、私もう戻らないと、部活動がありますので・・・」 何故かもう話をする気になれなかった。 かがみ「待って田村さん、貴方たち集まって何をしようとしてるの」 ひより「つかさ先輩を元に戻そうと・・・」 かがみ「そんな事出来るの、方法なんてあるの」 ひより「分かりません、だから集まっているんですよ」 かがみ先輩は黙り込んで俯いた。 ひより「高良先輩は言いました、考えられる事は何でもやろうって・・・と言っても泉先輩の作戦しか思いつかなかったんですがね・・・あれだけ集まって・・・たいしたことないっスね」 私は苦笑いをした。 かがみ「田村さん・・・」 私はそのまま屋上を後にした。かがみ先輩は動こうとせずそのまま私を見送った。一人屋上に残ったかがみ先輩、何を思い、何を考えるのだろうか。 こ う「おかえり、丁度いい、山さん、毒さんも集まった事だし来期の新人獲得の為の作品のことで会議を・・・ってひよりんどうした、ファンと会ったんじゃないの」 私を見て驚いたようだった。自分的には至って普通にしているつもりだった。鏡を見てみたい。 ひより「いや、なんでもないっス、いやあ、ファン持つと色々たいへんっスよね」 こ う「のろけかい、いいから会議始めるぞ・・・」 会議に集中できない、怒る先輩たち。結局私は今度発行する部誌の編集をやらされることになった。成り行きとは言え・・・また徹夜になりそうだ。 次の日、いつもの昼食風景、今日は小早川さんも調子がいい。何気ない会話に皆は夢中になっていた。お昼休みも中盤。私は何気なく辺りを見回した。 かがみ先輩が来てくれるような気がしたから。 ゆたか「どうしたの、田村さん」 ひより「何でもない・・・ところで、かがみ先輩の様子はどうです」 みさお「相変わらずなんにも変わってないな」 あやの「今朝も普段どおり・・・何か?」 ひより「何でもないっス」 こなた「さっきから落ち着きがないけど、どったの?」 かがみ先輩はもうとっくに記憶は戻ってる。そしてつかさ先輩の事。・・・言えない。確かに。かがみ先輩が言えない理由が今頃になって分かった。 そして、高良先輩にした言動を思い出すと会えない理由も理解できた。昨日、もっとかがみ先輩と話すべきだった。この雰囲気に耐えられない。 ひより「徹夜したせいかな・・・ちょっと調子が悪いっス、私、先に戻るっス」 みなみ「それなら、保健室で仮眠を・・・」 ひより「あ、そこまでしなくても大丈夫、それじゃ・・・」 逃げるように教室を出た。これじゃかがみ先輩と同じじゃないか。途中三年C組を通る。思ったとおり教室にかがみ先輩の姿がなかった。きっと屋上に居るに違いない。 でも屋上に行く気になれなかった。それにお昼休みもそんなに残っていない。これじゃ放課後もかがみ先輩はきっと来ない。私が言うしかないのかな・・・。 放課後の自習室、みんなが集まってもう一時間は経っている。なぜか今日は誰も発言しない。沈黙が続いていた。さすがにこれだけ進展がないと話すこともない。 私の知っていることを話せば何か反応があるかもしれない。逆にみんなもっと黙ってしまうかもしれない。もんもんとこんな事を考えている自分自身が嫌になってきた。 こうなったら話すしかない。私は覚悟を決めた。 「オッス、みんな」 突然ドアが開いた。元気な声が響いた。みんなドアの方を向いた。そのまま私達は口を開けていた。 「何辛気臭くなってるのよ、そんなんじゃつかさを元にもどすことなんかでかいないわよ」 いつも見慣れたツインテール。片手を腰に当てて少し口を尖らせている。かがみ先輩は周りを見回して一回おおきく深呼吸をした。そしてそのまま私の方に近寄ってきた。 かがみ「田村さん、昨日はありがとう、おかげで決心がついたわ、やっぱり私が言わないとだめだよね」 小早川さんと岩崎さんの方に向かった。 かがみ「つかさの事、そんなに思ってくれてありがとう、妹に代わってお礼を言わせて・・・ありがとう」 かがみ先輩は日下部先輩と峰岸先輩の元に向かった。 かがみ「こなたの作戦に付き合ってるみたいね、まさかあんた達がB組に行くとは思わなかった、もっと早くこなた、みゆきを紹介してれば良かったわね」 今度は高良先輩のに近寄る。 かがみ「屋上でとんでもない思い違いをしたわ、私がみゆきだったら殴っていたわよ、よく我慢したわね、知らなかったとはいえ悪かった、それに・・・あの涙、心に響いた」 みゆき「かがみさん・・・」 かがみ「その呼び方・・・屋上でも言ってくれたわね」 そして最後に泉先輩のに近寄った。 かがみ「こなた、その姿全然似合わないわよ、悪いけどこなたの作戦は効果ゼロだった、私はとっくに記憶は戻っていたのだから・・・だから間が抜けているのよ」 こなた「かがみ・・・」 かがみ「悔しいでしょ、どうしたのよ、さっさと殴りなさいよ、その髪の毛切らせたの私なんでしょ、伸ばしていた理由知らないとでも思ってるの」 こなた「かがみ・・・戻ったんだね・・・やっぱりかがみはツインテールじゃないとダメだよ」 かがみ「そっちかよ、私の話聞いてないのか、私はねあんたの好意をふみにじった・・・」 泉先輩はかがみ先輩に抱きつき泣いてしまった。 かがみ「放せよ、皆がみてるでしょ・・・そんな事したら・・・私まで涙が出るじゃないの・・・」 そのまま二人は抱き合って泣き崩れた。ツインテールのかがみ先輩。髪を短くしてリボンを付けた泉先輩。何故かかがみ先輩とつかさ先輩が再会を喜んで抱き合っている 姿が頭の中に浮かんだ。二人を囲むように他の皆も見ている。小早川さんは目を潤ませていた。皆も私と同じ事を考えていたと思った。 しばらく私達はその余韻に浸っていた。 こなた「そんな・・・つかさはもう既にいない」 かがみ「こなた、もうそのリボン要らないわよ・・・もう作戦終了」 かがみ先輩は話した。昨日私にしたように・・・皆はさすがに動揺した。雰囲気は一変した。 こなた「いや、外さないよ、つかさが戻ってくるまでは、かがみだってさっき私をつかさだと思ってたでしょ」 かがみ先輩は反論しなかった。 みゆき「すると、私達の記憶は別の世界、つまりつかささんが死ななかった世界の記憶だった・・・」 こなた「呪いの類じゃないね、平行世界、私達はつかさのいる世界に戻らなければならい、つかさも助かった世界に」 みなみ「その考えはまだ早い、まだ記憶が戻っていない人がいるのでは、例えばかがみ先輩のご家族・・・」 かがみ「それはない・・・私の記憶が戻った時家族に話したわ、つかさの事を、するとね次々にみんな思い出した・・・お父さん、お母さん、いのり姉さん、まつり姉さん、 それでね、倉庫になっている部屋がつかさの部屋だって事が分かってね、家族みんなで探したわ、つかさの痕跡を・・・何も見つからなかった・・・」 ゆたか「記憶って考えたらつかさ先輩を知っている人私達だけじゃないよ、いままでつかさ先輩と関わった人って数え切れないほどいるよ、 小中学校の友達、先生・・・通学ですれ違った人や買い物をした時の店員・・・高校だって先生や一、二年生でクラスが一緒だった人も・・・限がない・・・」 みゆき「そうですね、さすがにそこまでの人たちのつかささんの記憶を戻すことは不可能に近いですね、私達は近くの事しか考えていませんでした」 こなた「するとキーワードはやっぱりつかさのネタ帳・・・」 皆は一斉に私を方を向いた。 かがみ「田村さんノートはあるかしら」 ひより「持ってますよ」 机の上にノートを置いた。皆はノートに注目した。 みさお「これって、どう見ても普通の大学ノートだよな」 あやの「そうね、呪いの類ならもっと古風なイメージがあるね」 岩崎さんはノートを手に取りパラパラと開いて見た。 みなみ「中身もいったって普通」 岩崎さんはノートを元に戻した。 みゆき「かがみさん、一つお聞きしたい事があります」 かがみ「なによ改まって」 みゆき「つかささんが居なくなる前、つまり泉さんの家に行く前、かがみさんとつかささんで何かありませんでしたか・・・例えば喧嘩・・・」 するとかがみ先輩はどこか一点を見て考えているみたいだった。 かがみ「それが・・・分からない、それだけが思い出せない、あの日の事は全て思い出せない」 こなた「勉強会だってことも?」 かがみ「勉強会・・・その為につかさはこなたの家に?」 こなた「かがみも来るはずだった・・・私たちもこの日の記憶ははっきりしてない」 かがみ「それで何で私とつかさが喧嘩したって言うのよ」 ひより「それは、このノートにつかさ先輩が書いた事を見れば・・・」 かがみ先輩にノートを渡し、その項を広げて見せた。 かがみ「・・・『私が居なかったら』・・・何よこれ、まるで今の事じゃないの、この前みゆきに見せてもらった時は・・・バカにして見てなかった・・・」 みゆき「それを見て何か感じませんか、つかささんがそんな事を書く理由を考えると結論はかがみさんとの喧嘩・・・でした」 かがみ「なんで・・・そうなのよ」 こなた「かがみ、つかさに何か酷い事言ったんじゃないの、じゃなきゃつかさはそんなの書かないよ、それにね、私の家に来たのはつかさだけだった、でしょ、ひよりん」 私は頷いた。 かがみ「つかさだけ・・・喧嘩・・・どこで、何の喧嘩、そんな事した覚えない、他に何かないの」 ひより「そういえば・・・ノートに書く前、かがみ先輩の足を引っ張ってるからとか言ってました」 かがみ「なによそれ・・・足なんか引っ張っていないわよ、昔は・・・小さい頃はよくつかさの面倒をみたけど、でもつかさは可愛いってよく言われて・・・」 こなた「それでツインテールをするようになったんだよね」 かがみ「うるさい、余計なこと言うな」 かがみ先輩は拳を握った。泉先輩はしゃがんで頭を両手で押さえて防御の姿勢をした。 かがみ「と、とにかく、子供の頃はそうだったかもしれないけど、今じゃ私よりも優れてる所もあるし、そうゆう喧嘩は考えられない」 みさお「喧嘩じゃなくてもコンプレックスってことも、妹が姉に対して認めてもらいって思う事はよくあるんじゃないか」 こなた「みさきちが横文字使うとは」 かがみ・みさお「さっきから、足引っ張るな」 みゆき「それを言われるなら、揚げ足を取るではないでしょうか」 かがみ「なんだ、この緊張感のなさは・・・今まで何やってたのよ・・・」 かがみ先輩はため息をついた。 何か懐かしいノリだった。でも何か足りない。こんな時、つかさ先輩はいつも笑顔でいたっけな。 つかさ先輩がきえた日のかがみ先輩の記憶・・・。これを思い出せばつかさ先輩の居る世界に戻れる。これがこの日の結論になった。 そして、数日が過ぎた時だった。突然かがみ先輩からみんな集まるように連絡が入った。 三年生はもう自由登校になっていたので三年B組に集まることになった。教室には私達以外誰も居なかった。 かがみ「悪いわね、急に呼び出して」 みさお「急に呼び出したってことは何か分かったことでもあったんか」 かがみ「まずはこれを見て」 そう言うとかがみ先輩は一冊のノートを机の上に置いた。見ると大きなシミが付いている。飲み物でも溢したのだろうか。 こなた「ノートだね、見たところ普通のノートだけど・・・」 かがみ「みゆき、このノート、心当たりある?」 高良先輩はノートを取り、何枚か頁を捲った。 みゆき「・・・私の字ですが・・・覚えがありません、このノートの内容は授業で受けた記憶がありません」 かがみ「これはね、家族みんながつかさの記憶を思い出したとき、倉庫、つまりつかさの部屋だった所を探していのり姉さんが見つけたノートよ」 こなた「なんで倉庫にみゆきさんのノートがあるのさ」 かがみ「私も最初は訳が分からなかった・・・でもね、これは田村さんが持っているノートと同じ、つかさが残したものだって分かった」 言っている意味が分からない。なぜ高良先輩のノートがつかさ先輩のノートになっているのか・・・。周りを見ても皆首を傾げている。 かがみ「このノート、三年の夏休み前、私がみゆきから借りたノート、もちろんつかさが居た世界でね」 みゆき「思い出しました・・・任意参加の特別授業ですね、確かかがみさんは風邪で欠席されました」 かがみ「つかさが消える日の前日、勉強会の準備でこのノートを写していた、悔しかったけど内容が全く理解できなかった・・・」 みゆき「そうですね、あの授業は任意参加でしたし、私も講義を聞いて半分理解できたかどうか・・・ノートだけでは不十分だったと思います」 かがみ「勉強会でみゆきに教えてもらおうとノートの整理をしてたらつかさがコーヒーを持ってきてくれた、ところがそのコーヒーをみゆきの ノートに溢してしまった・・・私のノートになら怒らなかった、いや、みゆきのノートでも怒らなかったかもしれない、でもね、なぜかあの時、 私は激怒してしまった、今思えば自分が理解できなかったノートを汚されてただ怒っただけ、八つ当たりよね、感情むき出しでつかさにぶちまけた、 つかさは平謝りだったけど、私は許さなかった、そしてノートをつかさに渡して元に戻してみゆきに返せって言った」 こなた「酷い、そりゃないよ・・・」 かがみ「出来ないと分かって言った、それでもつかさはノートを受け取って自分の部屋に戻った、そこで何をしたのかは分からないけどつかさなりに復元 しようとしたんだろうね、私が寝ようとトイレに行った時もつかさの部屋から灯りがこぼれていた、次の日、今にも泣き出しそうにして、 直せなかったからみゆきに謝りに行くって言ってね、私は行かないから勝手にしろって言ってしまった」 みさお「喧嘩というよりは、いじめだぞ、柊らしくない」 かがみ「・・・私もそう思ってね、しばらくしてつかさの後を追った、結局追いつかなくてこなたの家の前まで来てしまった、一言、ごめん、って言いたかった、 どのくらい居たかは忘れたけど、諦めて家に帰ろうとした・・・そこから先は真っ白・・・覚えてない」 ひより「その先はつかさ先輩の居ない世界っスよ、多分」 かがみ「みんな、私、思い出したわよ・・・」 私達は黙ってかがみ先輩を見ていた。 かがみ「つかさは、どこよ、この教室の席にも居ない、私の家にも居ない、つかさの部屋にも居ない・・・帰ってくるんじゃなかったの」 みさお「この様子だと、柊の妹・・・復活してないな」 みゆき「そうなると、記憶はつかささんの復活とは何の関係もなかった・・・これが結論です」 かがみ「私ね、皆とは別に色々試していた、お父さんに呪術関係の事を聞いた、黒井先生につかさの事を聞いたりした、図書室や図書館でも関係しそうな本を 読んだ、だけど何も分からなかった・・・・もう万策尽きたわ」 あやの「そうね、もう私達に出来ることはないわね」 みなみ「私達はこの世界で一生過ごす以外に道はない」 みさお「まだあるぞ、最後に残った方法が」 ゆたか「ノートを燃やしちゃうって・・・田村さんのノートだよ、それに唯一残ったつかさ先輩の居た証拠なのに」 ひより「私は・・・別にそれでも、一番最初に思いついた方法なので・・・でもこれは満場一致でないとできないっス」 こなた「それじゃ多数決をとるよ、ノートを燃やしていいと思う人手を上げて」 一人、一人、と手を上げていく、すると、かがみ先輩と小早川さんだけが手を上げなかった。 こなた「二人反対だね、燃やすのは止めにして・・・どうする?、二人を説得するわけじゃないけど、このノート、残しても良いことないと思うよ」 ゆたか「私、入学前につかさ先輩に会った時の事が忘れられない、とても親切だった・・・」 かがみ「私は燃やすことは反対しない、でも、せめて卒業の日にして欲しい、それだけよ」 ゆたか「かがみ先輩がそんな事言うとは思いませんでした、つかさ先輩を消したのはかがみ先輩ですよ、私・・・」 目にいっぱいに涙を溜めて、教室を出てしまった。当然のごとく岩崎さんがその後を追った。 かがみ「言われてしまったわね、まさかゆたかちゃんに・・・そうよね、私がつかさを消したと言われても反論できない」 みさお「まあ、程度の違いはあるけど、このくらいの事なら普通の兄弟姉妹ならなくはないよな、その度に誰か消えてたら誰もいなくなっちまうぞ」 あやの「そうね、気にしないで・・・」 かがみ「私もここに居るのは場違いね、帰らせてもらうわ・・・つかさも言ってたっけ、ゆたかちゃん妹みたいだって・・・」 小早川さんに言われたことがこたえたのかうな垂れたまま教室を出て行った。 みさお「おい、まだ話終わってないぞ、どうするんだ、このノート・・・行っちまった、」 みゆき「小早川さん、入学前からつかささんとお会いになってたのですね」 こなた「かがみも会ってるよ、春休みの時、私の家に遊びに来たんだよ」 みさお「いいのかちびっ子、柊思いつめてたぞ」 こなた「ああゆう態度の時のかがみは何言っても無駄だよ、そっとしておこう」 みさお「これから、どうする」 こなた「どうだろ、卒業式後、もう一回ここで多数決取るのは」 みさお「異論なし、あやのは?」 あやの「私も、柊ちゃんには私から言っておく」 みゆき「賛成です」 ひより「同じく」 日下部先輩と峰岸先輩は教室を出て行った。 みゆき「かがみさん、ノート忘れてますね」 ひより「そのノート私が預かりますよ、あ、このノート高良先輩のでしたね」 みゆき「いいえ、そのノートは私が持っていても・・・私も失礼します」 高良先輩も教室を出て行った。私と泉先輩だけが残った。泉先輩は大きく一回ため息をついた。私は泉先輩を見た。泉先輩はまだリボンを付けてる。 ひより「泉先輩まだリボンつけてるっスね、もしかしてまだつかさ先輩の復活諦めてないっスか」 こなた「諦めてないよ、私は今すぐにでもノートを燃やしたいね」 ひより「ノートを燃やすと元の世界に戻れると?」 こなた「そうだよ、それに・・・もし、つかさの記憶が無くなってもこの髪型がつかさ居たって証拠になるからね・・・誰も知らない、私さえも知らない証拠になるけどね」 ひより「私の言った三つ目っスか・・・切ないっスね」 こなた「・・・ゆーちゃんには私から言っておくから、みなみちゃんはひよりんからお願い」 泉先輩は教室を走り去った。そして私だけが残った。 シミの付いたノートをしまうと教室を見渡した。三年生の教室か・・・。私達はあと二年この学校にいる。 この教室が私のクラスになったらきっとつかさ先輩の事を思い出すに違いない。そう思うと小早川さんのあの行動も大げさじゃないと思った。 つかさ先輩が復活してもしなくてもこの学校につかさ先輩が来ることはもうない。つかさ先輩、卒業の時は笑顔見れるかな・・・いや、泣いちゃってるかな・・・つかさ先輩のことだから。 おっと、長居しすぎた。私も帰るかな。 家に帰ってもまだやることがあった、部誌の編集。っと言ってももう殆ど出来上がっていた あとは提出するだけ。さっさと仕事を片付け、明日の準備をする。鞄を空けるとシミの付いたノートが出てきた。 よく見ると半分以上がシミだ。みごとにコップの中身を全て溢してしまったようだ。頁を開いてみると。うわー字がにじんで読めない。ただでさえ難しい内容なのに・・・ これはかがみ先輩じゃなくても怒るかな・・・。おや、最後の頁、字が違うな・・・ゆきちゃんへ・・・ゆきちゃん、そう呼ぶのはつかさ先輩だけ。 よく見るとこの字、つかさ先輩の字だ。ネタ帳と同じ字・・・ 『ごめんなさい、ゆきちゃん。私、飲み物をこぼしてノートをダメにしてしまいました。元に戻そうとしたけど、シミを取ろうとすればするほど 紙が傷んでしまうので手が付けられませんでした。せっかくお姉ちゃんに貸してくれたのに、お詫びのしようがありません。・・・つかさ』 これって、謝罪文じゃないのか・・・。短い文だけどこれを高良先輩にに渡すつもりだったのかな。下手な細工でごまかすよりよっぽどいいかな。 この項にだけ違うシミが付いている。飲み物・・・コーヒーのシミじゃない、丸く色の付いていないシミ・・・これは涙だ。 この謝罪文泣きながら書いたに違いない。思わず私も目が潤んだ。かがみ先輩はこれに気付いていたのだろうか。この話は一切していないから 気付いていないと思った。このネタ帳の他にまだつかさ先輩が残したものが在ったなんて。このシミのノートは最後に皆に見せるかな。 きっとネタ帳と一緒に燃やすことになる・・・。本当に燃やしていいのかな?。今考えてもしょうがない。全ては卒業式後だ。 卒業式が終わり、卒業生達は学校を後にする。すっかり静かになった校舎。もう誰も居るはずもない三年B組の教室に私達は居た。 始めは行かないと言っていた小早川さんも参加している。欠席すると反対票が無効になるからだと言っていた。多数決の結果は見えていた。 泉先輩が多数決を取ろうとするとかがみ先輩がその前に話があると言って止めた。すかさず私も話したい事があると言った。私は先輩に譲った。 かがみ「悪いわね、先に話させてもらうわ、私は今日の事を家族に話した。そうしたらお母さんがこれを渡してくれた」 そう言うと小さな箱を机の上に置いた。 みゆき「何ですか」 かがみ「つかさのへその緒よ・・・もしノートを燃やしてつかさが帰って来なかったら一緒に燃やしてって・・・これが私達家族の答え、家族もつかさを元に戻そうと いろいろ試したみたい、結果は見ての通りよ、父、母、姉に代わってお礼を言うわ、みんなありがとう」 みゆき「柊家はノートを燃やす事に異論はないと・・・」 かがみ「そうよ、どんな結論が出てもそれに従うわ」 この発言に小早川さんはかなり動揺している様子だった。 こなた「ひよりんは何の話かな」 ひより「私はこの前のシミノートを預かったのですが、家で中を見ていると、つかさ先輩が書いた頁が見つかったので皆に見てもらおうと持って来ました」 つかさ先輩の書いた頁を開いて机の上に置いた。皆は机に寄ってきた。 みゆき「これは・・・」 こなた「つかさの字だ・・・」 あやの「謝罪文・・・みたいね」 ゆたか「つかさ先輩、かがみ先輩に追い詰められてこんなことまで、かがみ先輩・・・・」 小早川さんが言うのを止めたので私はかがみ先輩の方を向くと、かがみ先輩はノートを見ていなかった。 かがみ「私はわざとこのノートを置いていった、やっぱり見つけてくれたわね、でも私の見てもらいたかったのは謝罪文じゃない、そのノート、頁が全部捲れるでしょ、 紙は濡れるとくっ付いちゃうよね、つかさはくっ付かないように一頁、一頁、丁寧に乾かしたのよ、それににじんだ字は分かる範囲で修正してある」 私はそこまで気が付かなかった、小早川さんは頁を捲って確認している。 かがみ「つかさはねああ見えて自分が納得しないと誰の言う事も聞かない子でね、私と同じ高校に行くと言った時もそうだった、だから私が怒らなくてもつかさはそうたわよ」 みさお「それじゃこのノートも家族は知ってるのか」 かがみ「私がつかさにした仕打ち、家族は知っている・・・だからそのノートも踏まえて焼く事を決意したのよ、焼いたらどうなるか分からない、 うまくいけばつかさは助かるかもしれない、今のままかもしれないし、もっと違う事が起きるかもしれない、ただ私達は選ぶ事ができない」 みさお「その話は前にした、もう私は決まってる、いつでも良いぜ、多数決」 こなた「それじゃ、ノートを焼くの賛成の人手を上げて」 全員の手が上がった。 ノートを燃やす場所は柊家の庭に決まった。日下部先輩が部活の関係でもう少し学校に残ると言うので燃やす時間は午後7時になった。 そして一度解散した。一年の私達は特に用事はないのでそのまま柊家に向かった。これも縁というのであろうか、駅でかがみ先輩とばったり会った。泉先輩、高良先輩も一緒だ。 こなた「奇遇だねひよりん達、どうせ行く所は同じだし一緒にいくか、かがみの家行くの初めてでしょ」 ひより「そうっスね、あれ、峰岸先輩は・・・」 こなた「峰岸さんはみさきちを待つって」 ひより「へーあのお二人仲がいいんっスね」 こなた「中学時代から仲がいいらしいよ、ね、かがみ」 かがみ「・・・そうね」 気のない返事、かがみ先輩はどうやら小早川さんを意識しているらしい、この前の発言がまだこたえているのだろうか。ふと小早川さんを見ると、彼女も急に話さなくなっている。 岩崎さんの陰に隠れているような、そんな感じに見えた。 こなた「ところでゆーちゃん、賛成したね、どうしたのさ、家でも反対するって言ってたのに」 ゆたか「えっと、・・・」 何か言い辛そうな感じだ。かがみ先輩が居ることを知っててあんな質問を。泉先輩はあえて聞いているのか、それともただの興味本位なのか、全く分からない。 かがみ「ゆたかちゃん、言いたいことがあるなら言った方がいいわよ・・・あの時みたいに・・・あの言葉、胸に響いたわよ」 にっこりと小早川さんに微笑みかけた。 ゆたか「私・・・ごめんなさい、かがみ先輩のご家族がそこまでの覚悟だったなんて・・・それにかがみ先輩・・・あの時何も隠さず話されましたね」 かがみ「嘘ついたって現実が変わるわけじゃないわよ・・・真実をありのまま・・・それだけよ」 いい雰囲気になった。まさか泉先輩これを狙ったのか。 こなた「胸に響いたねー・・・響くほどないくせに」 かがみ「なんだと、あんたに言われたくないわ」 軽く泉先輩の頭を小突いた。 こなた「殴られたーゆーちゃん、たすけてー」 かがみ「子供か、もう電車くるぞ」 小早川さんの陰に隠れて身をかがめる泉先輩。高良先輩はただ黙って見ている。なるほどね。全てこの三人は分かり合ってる。私達はまだこの三人、いや四人の域に達していないな。 みなみ「ゆたか、もう戻った・・・ゆたかが教室を出て追いかけた時、すぐにあんな事言ったのを後悔していた、タイミングが難しい、でも泉先輩のおかげで助かった」 ひより「そうだね、私達、泉先輩達みたいになれるかな」 みなみ「なろうとしてなれる訳じゃない、なってしまってしまうもの、難しい・・・」 私達はかなり早くかがみ先輩の家に着いた。 かがみ「こなた、そのリボン取りなさいよ」 こなた「この前言わなかった、取らないよ」 かがみ「知らないわよ・・・ただいまー」 かがみ先輩はドアを開いた。奥から何人かが出迎える。 「おかえり、かがみ、あら、皆さんおそろいで・・・泉さん、高良さん・・・覚えているわ、つかさが居たとき、遊びに来たことあった・・・その髪型・・・」 かがみ「ちょっとお母さん、やめてよこんな所で・・・」 この人がかがみ先輩のお母さん・・・かがみ先輩に似ている・・・おばさんは泉先輩の前に近寄り涙ぐんでいる。 また奥から二人来たが同じく泉先輩の前で涙ぐんでしまった。泉先輩も気付いたみたいだったけどもう遅かった。泉先輩は三人に囲まれてしまった。 この二人は姉なのだろう、かがみ先輩、つかさ先輩と似ている。。 おばさんは気を取り直た。私達はつかさ先輩の部屋になるはずだった部屋に案内された。 ひより「ここがつかさ先輩の部屋・・・倉庫じゃなかったっスか」 かがみ「とりあえず荷物は別の部屋に移した、さすがに全て元にもどせないから何もないけどね、とりあえずここで日下部達を待ちましょ、お茶もってくるわ」 かがみ先輩は部屋を出た。そこに入れ替わるように泉先輩が入ってきた。 こなた「やっと開放された・・・かがみの言った意味がわかったよ」 ゆたか「お姉ちゃん、記憶を戻す作戦でその髪型にしたんだよ、記憶が戻ったかがみ先輩の家族に会えばどうなるか・・・」 みゆき「そうですね、これで泉さんの作戦の有効性が証明されました」 こなた「なんだ、みんな知ってたのか・・・かがみもはっきり言わないから・・・」 ひより「所で、泉先輩の所にいたお二人は誰っスか、かがみ先輩のお姉さんなのは分かるけど・・・」 こなた「ああ、ひよりん達はまだ知らないか・・・私も直接話したことはなんだど・・・あれ、みゆきさん覚えてる」 みゆき「確か・・・釣り目の方が長女のいのりさん、そして垂れ目の方が次女のまつりさんだと・・・」 ゆたか「まつりさん・・・つかさ先輩に似てますね」 かがみ「性格はぜんぜん違うけどね・・・」 お茶とお菓子を持ってかがみ先輩が入ってきた。 「誰の性格がぜんぜん違うって、聞き捨てならないな」 かがみ「げっ、まつり姉さん、いつの間に・・・」 かがみ先輩のすぐ後ろにまつりさんが居た。そしてすぐにいのりさんもやってきて、私達は学校でのつかさ先輩の話を、がかみ先輩姉妹は家でのつかさ先輩の話を 交換するように話し合った。つかさ先輩の居ないこの世界で私達の記憶と思い出だけが楽しげに交差した。お互いの欠けた記憶を補填するように。 程なく日下部先輩、峰岸先輩が来ると話は一段と盛り上がった。もうここにつかさ先輩が居るようだった。 ゆたか「もう、時間すぎてますよ・・・」 この一声で皆の会話は止まった。予定の時間はとっくに過ぎていた。 まつり「楽しかった、私は立ち会えないけど・・・つかさもきっと喜んでるよ」 まつりさんが部屋を出た。 いのり「私は立ち会わせもらうわ、準備が出来たら呼んで、かがみ」 かがみ「準備なんてすぐよ、庭で待ってて」 いのりさんは手で返事すると部屋を出ていった。 こなた「さて、私た達も行こうか、ひよりん、ノートは持って来てるよね」 ひより「もちろん、ここに二冊あるっス・・・って両方ともっスか」 みさお「片方残す理由もないぞ、行こう」 私達は部屋をでて庭に向かった。 みんなを見渡すと暗く沈んでいる。燃やしてしまってどうなるか不安なのだろう。 泉先輩はいまだにリボンを外していない。その表情もなんとなく明るい。日下部先輩もそんな感じだ。 ノートを燃やすことにかなりの期待をしているのが伺える。確かに私も最初に考えた事だし今更ネガティブになってもしょうがないな。 庭に出ると既にいのりさんが待っていた。そしてその隣りにはおばさんとおじさんもいる。まつりさんは見当たらない、別れ際に言ったことは本当だったようだ。 み き「ここにマッチがあるわ、誰が火を点けるの」 そんなの決めてなかった。皆を顔を見合わせた。 みゆき「火を点ける方はかがみさんの他に居ないと思います」 即答だった。皆は一斉にかがみ先輩に注目する。かがみ先輩はそう予感していたのか、立候補するつもりだったのか、手に持っていた小箱、つかさ先輩のへそ緒を持って おばさんに向かってマッチと小箱を交換した。 かがみ「お父さん、お母さん、いのり姉さんその箱燃やすことにならないように祈って・・・皆も祈って・・・田村さん、ノートをここに・・・」 私は二冊のノートをかがみ先輩の足元に置いた。 かがみ先輩はしばらく目を瞑るとマッチに手をかけた。 何分経っただろうか、かがみ先輩はマッチに手をかけたまま動こうとしない。 かがみ「・・・出来ない、やっぱり私には出来ない」 かがみ先輩はマッチに手をかけるのを止めた。 いのり「私達、決めたじゃないの、今更そんな・・・友達だって納得しないわよ」 かがみ「まつり姉さんだって、最後まで反対してたじゃない、だから・・・居ないんでしょ、分かるわよそのくらい」 いきなり姉妹同士で言い合いが始まった。家族一致の決断じゃなかったのか。私達でさえ一致するのに時間かかった。まして家族ともなれば・・・。 おじさんとおばさんも止めには入らない。 私達はいのりさんとかがみ先輩の言い合いをただ見ていた。 こなた「マッチ貸して、私が燃やす」 痺れを切らしたようにかがみ先輩に近寄り手を伸ばした。 二人は言い合いを止めた。 かがみ「こなた、あんた分かってるの・・・もう二度とつかさに会えないかもしれないのよ・・・」 こなた「今でも充分会えないよ、いいから貸して」 さっきよりも口調がきつくなった。しかしかがみ先輩はマッチを渡そうとしなかった。 かがみ「今になって分かった、私はつかさが居ないとダメだって、小さい頃から世話したのはつかさが私から離れないようにしたかったら、 なんで消えたのよ、あれだけで、何も言わないで簡単に消えちゃって・・・コーヒー溢したのなんて・・・大したことないじゃない・・・」 そのままノートの前にしゃがみこんで泣き崩れた。 こなた「もういいよ、かがみ、もう、かがみがつかさを必要だってことはもう分かった、もう他に方法ないよ・・・私だってこんな賭け・・・」 泉先輩も涙を流し始めた。さすがの私も目が潤んできた。確かにつかさ先輩はノートに書いて簡単に消えた。簡単に消えた・・・。 かがみ先輩は全てを託すように泉先輩にマッチを渡した。泉先輩はマッチに手をかけるとすぐに火を点けた。 簡単に消えた。つかさ先輩は簡単に消えたんだ。シミの付いたノートに謝罪文を書いている時じゃない。ノートを補修している時でもない、 ネタ帳にったった一言書いただけ、それだけでまるで消しゴムで消したように消えた。 あれ、消しゴム。私は燃やそうと思う前に確か消しゴムでつかさ先輩の書いた文字を消そうとしたんだっけ。でも消えなかった。 つかさ先輩は言った。私がいなくなったらどうなるか試したいって。かがみ先輩の足をひっぱるから・・・。 かがみ先輩はさっき言った。つかさ先輩が居ないとだめだって・・・。もうこのノートのシミの件は解決している。つかさ先輩の目的はもう果たせた。 私では消せなかった文字・・・まだ一つやっていない事があった。 ひより「火を点けるの待った」 こなた「えっ?」 叫ぶと同時にノートを見るとメラメラと炎を上げて燃えて上がっていた。 ひより「まだあった、やっていない事、まだ燃やすの早いっス」 それを聞いた泉先輩はノートを手で煽り始めた。かなり慌てていた。 かがみ「ばか、煽ってどうする、砂をかけろ」 二人は足元の土を手で掴んでノートにかけた。途中から小早川さんも参加した。炎はみるみる小さくなった。 こなた「びっくりした」 かがみ「びっくりしたのはこっちだ、まったく」 皆は私に注目する。 こなた「なんだい、まだやっていない事って」 ひより「いや・・・もう遅いかも、ノートが燃えちゃたらダメっス」 小早川さんがノートを拾った。 ゆたか「シミの付いたノートは半分焼けてる、田村さんのは、表紙が少し焦げただけみたい」 ひより「よかった、小早川さん焼けてない方貸して」 ノートを受け取ると私はかがみ先輩に消しゴムを渡した。 かがみ「何・・・これをどうするの」 ひより「つかさ先輩は簡単に消えた、だからもっと簡単に考えて・・・」 ノートを開いてつかさ先輩が最後に書いた頁を開いてかがみ先輩に渡した。 ひより「つかさ先輩が書いた『私が居なかったら』をその消しゴムで消して下さい」 かがみ「何よ・・・そんな事したって、何も変わらないわよ」 ひより「その字、鉛筆で書いた字っス、私では消えませんでした、かがみ先輩はこの字を否定してるっス、今のかがみ先輩なら消せるかもしれません」 かがみ「無駄よ・・・消してどうなるのよ・・・」 みゆき「消しゴムで消すだけです、燃やしたら、それすらも分からなくなります、それでもいいのですか」 かがみ先輩は黙って消しゴムでこすり始めた。文字は消しゴムで鉛筆の字を消すように消えていく。 かがみ「普通に消えるじゃない・・・何も起きないわよ」 次のページへ
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⑤ 車を走らせて数時間。もう目的地に着こうとしている。 結局ゆたかとひよりに会ったけどあの記者の対策はこれといって出なかったな~ こなた「ふぅ~」 思わず溜め息。 それにしても、あの町へ行くのは引っ越してから初めてかもしれない。つかさはあの神社に思い出がある。かえでさんは生まれ育った故郷。この二人は何度も行っている。 私は仕事であの町に引っ越して住んだだけ。特に思い入れもなければ親しい人が居るわけでもない。遠いし田舎だし……こんな事を言えばかえでさんが怒ってしまう。 そんな私がその町に行こうとしているなんて。 私の思い出と言えばお稲荷さんの出来事くらいか。 ふと車の時計を見た。約束の時間よりかなり前に到着しそうだった。そんなに飛ばして運転はしていないのに。 最近になって高速道路が整備されて近くにインターチェンジが出来た。それを計算に入れていなかったせいかもしれない。 みゆきさんが言っていたっけな。仕事関係以外で家を訪問する時は約束の時間より少し遅れて訪ねるのがエチケットだって。 まぁ、向こうもいろいろ準備があるだろうし。どうしたものかな…… こうなるのだったらもう少し遅く出ても良かった。そうすればゆたかからお弁当を受け取らなくても……あ、そうだったお弁当まだ食べてないや。 折角作ってくれたのだから食べないと悪いな……どこで食べよう。車の中で食べちゃおうか…… それだと時間が余りすぎちゃう。食べて一休みすると眠ってしまって今度は遅れ過ぎてしまうかもしれない。 あれこれ考えて……車を止めた所はあの神社の入り口の前だった。 あの時と変わっていない。それもそうだ。それが条件で町に譲渡したのだったのだから。変わったといえばお参り用に駐車スペースが確保された所くかいかな。 その駐車スペースに停めて車から降りた。 こなた「う~ん」 背伸びをして座って固まっていた身体を伸ばした。 ここまで来たからには…… 神社の入り口を見上げた。 やっぱり頂上で食べないと意味ないかな……つかさもあの時同じように思って登ったに違いない。 『わっ!!!』 こなた「ひぃ!!」 突然後ろから声を掛けられた。私は跳びあがって驚いた。振り向くとフルフェイスのヘルメットを被った人が立っていた。 「驚いちゃった?」 この声は……その人はヘルメットを取った。ヘルメットから長い髪がふわっと零れ出た。彼女はその髪を手でさっと梳かした。 神崎あやめ…… あやめ「どうしたの、こんな所で」 こなた「そ、そっちこそなんでこんな所に……」 まだ驚いて心臓がドキドキしている。 あやめ「私? 私は買い物の帰り、それにしてもバイクで近づいたのに全く気付かなかったから……どうしたの物思いに耽っちゃって……」 こなた「べ、別に何でもない……」 神崎さんは私をじっと見た。 あやめ「その手に持っているのは……お弁当?」 こなた「そうだけど」 神崎さんは私の見ていた神社の入り口を見た。 あやめ「……あぁ、なるほど、神社の頂上でお弁当を食べようとしていたのか……そうそう、この神社の頂上はねとっても景色が良いからね……」 神崎さんはバイクを私が停めた車の横に置いた。 あやめ「案内するよ、絶景のポイントがあるから」 彼女は微笑んで神社の入り口に歩き出した。 こなた「え、い、良いよ、私は一人で……」 あやめ「いいから、いいから」 私の腕を掴むと神社の入り口まで引っ張った。 こなた「分かった、案内してもらうからその手を放して……」 手を放した。 あやめ「そうこなくっちゃ……ちょっと頂上までは体力要るから覚悟して」 神崎さんは神社の入り口に入り階段を登り始めた。 まぁいいか。どうせ私も登るつもりだったし。私は彼女の後を追った。 でも何だろう。さっきの彼女の笑顔…… 取材に来た時や店に客として来た時だってあんな爽やかな笑顔は見た事ない。 どうもさっきから彼女のペースに押され気味。よーし、私がただのオタクじゃい所をみせてやる。一回大きく深呼吸した。 「3、2、1……」 こなた「ゴー!!」 全速力で階段を駆け登った。あっと言う間に神崎さんを追い抜いた。追ってくる気配はない。でも私はペースを落とさず頂上まで登った。 こなた「はぁ、はぁ、はぁ……」 さすがに息が切れた。両膝に手を掛けて休んだ。そして階段を見下ろした。はるか小さく彼女が登ってくるのが見える。彼女がどんな反応をするか楽しみだ。 彼女は数分遅れて頂上に着いた。彼女も少し息を切らせていた。 あやめ「……凄い……まるで陸上選手みたい」 私を見上げて驚きの表情を見せた……あれ? 思った反応とは違った態度を取った。負け惜しみの一つでも言うのかと思った。そうしたら私も透かさずドヤ顔で返してやったのに。拍子抜けだな。 彼女は呼吸を整えると階段から少し歩いて私を手招きした。 あやめ「お弁当を食べるなら此処が良い」 私は彼女の指差す切り株に腰を落とした。そしてお弁当と広げた。 ゆたかの作ったお弁当か……高校時代以来か。盛り付けが上手くなっている。あれだけ全力で走って振ったのに具が崩れていない。それに彩りも鮮やかだ。 一口食べた……味付けはあの時とあまり変わっていない。懐かしい味だった…… あ、そういえば神崎さんは何処だ…… 神崎さんは階段から景色を見下ろしていた。もしかしてそこが絶景なのか。別に教えてくれるもなにも頂上に着けば誰でも見れらる景色じゃないか…… もしかして私が食べ終わるのを待っているのかな……しょうがないな……私だけ食べているのも気が引けるし…… 私は食べるのを止めて神崎さんの立っている所に向かった。 こなた「もしかして、これが絶景?」 神崎さんは遠い目をして眺めている。私の声が聞こえていないみたい。それならそれでいいや、残りのお弁当を食べちゃおう。 あやめ「泉さん、貴女はこの町に住んでいる時、この神社を登った事はあるの?」 戻ろうとしたその時だった。私は立ち止まった。 こなた「あるけど……」 あやめ「町内の住民ですら滅多に来ないこの神社なのに、あの店長さんに付き合わされたのかしら?」 そうじゃない、そうじゃないけど……なんて言えば…… 神崎さんは景色を見ながら話した。 あやめ「ふふ、話したくないなら、無理には聞かない」 引いた……ますますこの人がどんな人なのか分からなくなった。これも取材の一環なのか? あやめ「私の住んでいる家、そしてこの神社、十年前の計画で取り壊される計画だった」 こなた「家が、壊される?」 あやめ「そう、この神社の一帯が都市計画になったのは貴女も知っているでしょ、私の家の廻りもその区画だったの」 さらに話しは続いた。 あやめ「確かにワールドホテルからの補償金額は家と土地を足しても余りあるものだった……私達家族は反対した、そうしたら向こう側から交渉しようと持ちかけてきてね、 交渉は順調に進んで私達の区画を計画から外すと決まり掛けた時だった、あの事件が起きたのは……」 こなた「事件って、ワールドホテル会長の逮捕?」 神崎さんは頷いた。 あやめ「その後の交渉についたのは貿易会社、今までの交渉を無視して彼等は区画を変更しないで私達に退去を迫った、しかも保証金は半分にされてね…… でも私達にはそれを覆す手段も力も無かった、私はまだ駆け出しの記者にすぎなかった……」 そんな過去があったのか。しかし重い話しだ。私はこう言う話は苦手だな。 あやめ「それが一変した、匿名の誰かが計画区画を全て買い上げて無償で寄贈した、匿名でそんな事をしても得にはならない、会社や組織ではないのは直ぐに分かる、 ワールド会社から私達家族に示された保証金から換算して土地買収に数十億、それを上回る金額……私の計算では数百億のお金が動いたと思う、 でも個人でそんな金額を動かせる人物は限られる、一体誰がそんな事をしたのか……政治家か資産家か……分からない」 誰かって……私の事じゃないか……まさか本人を目の前にそんな話しをしているなんて彼女は判って言っているのか……ま、まさか、あれは全部ネットでやった事、 足跡は残らないようにしたし分かるはずはない。 あやめ「それが私の追い続ける真実」 こなた「そ、それで私を呼び出してどうしろって……私はしがないレストランのウエートレスですよ」 神崎さんは振り返り私の方を向いた。そして手に持っているお弁当を見ると手掴みで卵焼きをつまみ自分の口に入れた。 あやめ「もぐもぐ……それは私の家で話す」 こなた「あっ!! そ、それは……」 それは私の一番好きな卵焼き、楽しみに取っておいたのに…… あやめ「お弁当を食べるときは一人で食べるとつまらないでしょ、そう言ってたじゃない?」 こなた「そ、それは……」 神崎さんはにっこり微笑んだ。 あやめ「ふふ、貴女の無事を祈り込めて作っている、美味しかった」 そう言うと神崎さんはハンカチを取り出した。 あやめ「私は幼少からこの神社で遊んでいてね、この階段を速く下りる方法があって……」 神崎さんは階段の手摺にハンカチを巻くとそこに腰を下ろし両足を上げた。体と足でバランスを取りながら滑ってく、みるみる速度が増していく。 あやめ「下で待ってから~」 あっと言う間に小さくなってしまった。 登りのお返しか。それなら私だって……急いでお弁当を片付けて……ゆたかの作った卵焼きを食べるなんて信じられない……何が無事を祈ってだよ……あ、あれ? 神崎さんはなんでこのお弁当を私が作っていないのを知っていたのだろう…… 私の無事を祈ってって……確かにゆたかならそうしたかもしれない。 こんな事が出来るのは……お稲荷さん…… ん~、結論を急ぎすぎたかな。彼女はかえでさんに策士と言わしめた人だ。お稲荷さんっぽく感じただけかもしれない。 地球に残ったのは四人だけ……もし彼女がお稲荷さんならひろしが気付くはず。 それにけいこさんやめぐみさんの失踪ならその真相を知っているはずだ。こんな回りくどいことをする必要はない。そう考えるとやっぱり神崎あやめは人間だ。 それじゃ彼女はこの神社を寄付した人を探してどうするつもりなのかな。 お礼をするつもり…… それだけなら私達は秘密にしている必要はない。彼女がつかさに会おうが会うまうが関係なくなる。そして私もこんなに悩まなくてもよくなる…… こなた「ふぅ~」 溜め息をついた。そんな単純じゃないよね…… 気付くともう神崎さんの姿は見えない。もう下りてしまったのか。 あの記者はこの神社を寄付した本人に何を話すつもりなのか。少しそれも興味があるな。 ポケットからハンカチを出した。そして神崎さんと同じように手摺に巻きつけてその上に腰を下ろした。バランスを取りながら滑る…… こなた「うわ~」 落ちそうになった。だめだ。これは直ぐに出来ようなものじゃない。くやしいけど歩いて下りよう。 神社の入り口に戻ると彼女はバイクに跨り私を待っていた。親指を立てて向かう方向を指している。私を案内してくれるのか。 私は車に乗りエンジンをかけた。彼女はゆっくりとすすみ始めた。そして私は彼女の後を付いていった。 神社で5分もかからない所に彼女の家があった。なるほどこれなら駅も近いから電車でも苦にはならない。あの時電車か車って聞いたのはそのためだったのか。 あやめ「適当な場所に停めていいから」 彼女はバイクを降りた。私も彼女の言うように適当な場所に車を停めて降りた。 あやめ「家に入って待っていて、バイクを置いてから向かうから」 こなた「うん……」 彼女は家の裏の方にバイクを引いて入って行った。家に入るって家の鍵なんか持っていないのに…… 玄関の前で待っているかな。 『ガチャ』 扉が開いた。 「あら、あやめの友達ね」 女性が中から出てきた。見た目の歳から判断すると神崎さんのお母さんかな。 こなた「こ、こんにちは……」 「あやめの母、正子と申します……」 正子さんは深々と頭を下げた。やっぱり思った通りだ。 こなた「あ、泉こなたと言います……」 私も思わず釣られて頭を下げた。 正子「どうぞ中へ」 こなた「お邪魔します……」 中に入り靴を脱いだときだった。 正子「あやめはまたオートバイにに乗って……幾つだと思っているのかしら」 心配そうに玄関を見ている。 こなた「買い物って言っていましたけど……」 正子「もうとっくに結婚して子供の一人や二人居てもいい頃なのに、仕事やオートバイばっかりで、事故でも起こされたら……」 正子さんの姿が早退したつかさを心配していたみきさんの姿と被って見えた。お母さんか…… 正子さんは居間に私を通した。 正子「そこで待っていてね」 こなた「はい」 間もなく神崎さんが帰ってきた。 正子さんは玄関に向かった。 あやめ「ただいま、泉さんが来てるでしょ?」 正子「あやめ、オートバイは危ないって何度も言っているでしょ」 あやめ「別に良いじゃない、私の勝手でしょ」 正子「勝手って……あやめ」 あやめ「お客さんが来てるでしょ、みっともないから止めて、それに大事な話があるから部屋には来ないで」 玄関から怒鳴り合いの大声が私の耳に入ってくる。 どたどたと足音が近づいてきた。 あやめ「ごめんお待たせ、私の部屋で話しましょ」 こなた「う、うん」 あやめさんの後を付いて部屋に向かった。 私が部屋に入ると神崎さんは扉を閉めた。 あやめ「ふぅ、まったく、煩くてしょうがない」 うんざりしたような表情だった。 こなた「帰ってくるなり親子喧嘩なんて……」 あやめ「恥かしい所を見られた、でも、悪いのは向こうの方だから」 こなた「うんん、正子さんは神崎さんを心配して」 あやめ「何が心配だ、知った風に、貴女も親子喧嘩くらいしてるでしょ、分からないの」 少し興奮気味だった。私は普段通りの口調で答えた。 こなた「お母さんは生まれて直ぐに亡くなった……喧嘩どころか話しすらした事ない」 あやめ「え……ご、ごめんなさい……」 驚いた。すぐに謝ってくるとは思わなかった。この人、見栄は張らないタイプなのか。かがみとは違うな。 こなた「別に気にしていないから、それより話しを聞きたいな、明日は仕事だから手短に」 あやめ「えっ、あっ、そ、そうだった」 神崎さんは私を椅子に座らすと立ったまま話し始めた。 あやめ「二人の失踪事件、未だに二人の消息は分かっていない、私も個人的に調べた限りでは拘置所から消えてからの足取りは全く分からない、まさに蒸発の文字通り 気体にになって消えたとしか思えないほど見事に証拠がない、ここからは私の推測なんだけど、これはそうとう大きな組織が絡んでいる」 あらら、話が大きくなってしまっている。でも記者らしい推測かもしれない。 あやめ「これを見て」 本棚からA4サイズの数枚の紙を私に渡した。そこには表があり数字が書き込まれている。私にはさっぱり分からない。 こなた「何これ?」 あやめ「貿易会社で過去十年に取得した特許の数……もう一方はワールドホテルの会長が取得した十年分の特許数…… どう、数がほぼ同じでしょ」 こなた「うん……」 あやめ「ワールドホテルの従業員は殆ど解雇されているのにも関わらずこの高水準を維持できるのは不自然、私はね二人は貿易会社に誘拐されたと思っている、 あのくらい大きな組織なら証拠を残さずに拉致することくらい簡単に出来ると思う」 私は書類を彼女に返した。 こなた「大胆な推理だね、でも……飛躍しすぎだよ……」 あやめ「そうかしら、あの会社は最近あまり良くない噂があってね、闇の商売……兵器の開発や売買に関与していると言う、それが明るみにできれば二人を救出できる 私は二人を救い出したい、貴女もそう思うでしょ?」 まるで映画の世界のような話だ。 こなた「……それで、私にどうしろって言うの」 あやめ「貿易会社に潜入取材をする、それを手伝って欲しい」 こなた「ほぇ?」 何を言い出すと思えば私にスパイをしろってか。しかし彼女目は真剣そのものだった。 こなた「ちょ、ちょっと待って、いきなり潜入だななて、神崎さんはあの神社を取り戻した人を探しているんじゃないの?」 あやめ「そう、だからあの二人がそれをしたと思う、あの会社が簡単に一度取得した土地を手放すとは思えない、何か交渉したに違いない」 こなた「わ、私はスパイなんか出来ないよ」 あやめ「安心して、取材は全て私がする、貴女はサポートしてくれるだけで良いから」 私の手を握って来た。目がマジになっている。 この人本気だ、本気で私を巻き込もうとしている。ダメだよそんな事をしても意味ないよ…… こなた「実はね、あの神社を買収したのは私だから……」 あやめ「ん、なに?」 あっ、しまった。彼女の迫力に押されてつい言ってしまった。神崎さんは私をじっと観察するような目つきで見ている。 どうしよう。もうおしまいだ。バレてしまった ⑥ 神崎さんは黙って私を見ている。もう何を言ってもダメだろう。素直になるしかない。 あやめ「貴女が、神社を買収した?」 こなた「う、うん……」 私はもう頷くしかなかった。 あやめ「数百億のお金を動かし、貿易会社から土地を買ったって……」 こなた「う、うん……」 あやめ「プッ!! ぎゃはははは、ふははははは~」 腹を抱えて笑い出した。私は呆然と彼女を見ていた。 あやめ「はははは、いくら手伝いが嫌でももっと上手な嘘を付きなよ、はは~」 彼女の笑いは数分間続いた。なんかこんなに笑われるとちょっと腹立たしい。私はちょっと頬を膨らませてそっぽを向いた。 あやめ「……貴女は大富豪や政治家の娘じゃないよね、見たところ普通の女性、貴女のどこにそんな金額を動かせる力があるの、そんな方法があるなら私が聞きたいくらい、 もし、万が一、貴女がしたというなら魔法を使ったとしか考えられない……」 そう、私はその魔法を使った。お稲荷さんの知識を使った。優秀な記者でさえ私がそんな事をしたなんて見抜けない。 こなた「は、はは、そうだよね……ははは」 笑って誤魔化すしかなかった。 あまりにも現実離れしているからバレないで済んだ。これはラッキーだった。それと同時に激しい自己嫌悪を感じた。 私はつかさに怒鳴って怒った。内緒の意味を知っているのかって。意味を知らないは私の方だった。 ただ迫力に圧倒されただけで秘密を話してしまうなんて。秘密を守るのってこんなに難しいとは思わなかった。つかさに対して本当にすまないと思った。 あやめ「嫌なのは分かるけど、話は最後まで聞いて欲しい」 神崎さんが真剣な顔になった。今は反省している時じゃない。ここは話しを聞こう。 こなた「うん、此処まで来たのだし……」 神崎さんも腰を下ろし話し始めた。 あやめ「旧ワールドホテル本社改め、貿易会社日本総本店、そこにあるレストランに臨時求人があるの、そこに一ヶ月間働いてもらう、 そこで、資料室から資料をいくつか写す、もちろんそれは私がする、貴女はその資料室の場所を探してもらいたい、私は少し有名になり過ぎて自由に行き来できない」 こなた「臨時って、それでも私はレストランかえでを辞めないといけないって事じゃん」 あやめ「まぁ、そうなる」 こなた「ちょ……簡単に言ってもらっちゃ困るよ、私は雇われの身、勝手にそんな事できないよ、それにホテルのレストランなんて……私……一回も働いた事ない、 それに何で私なの?」 神崎さんはニヤリと笑った。 あやめ「初めての取材の時のあの発言は素晴らしかった、それに一ヶ月間、貴女を見てきたけど接客態度は賞賛に値する、一流のホテルでも充分通用する、問題ない、 私はね柊けいこにスカウトされたレストランを全て見た、その中で貴女が一番適任だと判断した」 この人の言っている事は本当なのかな。私をおだててその気にさせる話術なのかもしれない。しかしそんな考えをする暇もく更に彼女は話し続けた。 あやめ「あの店長は……そうね、私が直接交渉しよう、取材が終わったらちゃんと復職できるようにする、それなら文句はないでしょ?」 こなた「……文句はないけど、そんな交渉できるの?」 あやめ「確かに難しい、だけどするしかない」 神崎さんも必死ってわけか。 こなた「で、そのレストランってどんな店なの?」 あやめ「コスプレ喫茶」 こなた「……こ、コスプレ……?」 あやめ「別に如何わしい店じゃない、貴女の経歴に傷がつくような事はないから、見た目は十代だから絶対に採用される」 成る程、コミケに参加しているだけあって私がその手の経験者だって見抜いたのか……適任か…… そういえば今の店じゃコスプレなんてできない。クリスマスの時サンタっぽい格好をするくらいだった。 あやめ「どう、興味でてきた?」 こなた「え、え~、ま、まぁ少し」 神崎さんの口車に乗るのも良いかな? あやめ「よし、交渉成立!!」 私の手を握って握手をした。 こなた「ちょ、ちょっと、まだ早いよ」 あやめ「そうかな、さっきの貴女の顔、その気になった顔だった」 くっ、いちいち人の心を読む人だ…… こなた「やってみるよ……かえでさんの許可が出ないとどっちにしろダメだよ」 あやめ「そうこなくっちゃ!!、交渉は任せて」 自信ありげな口調だった。そして神崎さんは立ち上がった。 あやめ「それじゃ、私の手料理をご馳走してあげる、もちろん貴女の店よりは劣るけどね」 こなた「別にそんなことまでしなくたって……」 神崎さんは上着を脱ぎ始めた。どうやら着替えるようだ。確かにバイク用の服じゃ料理はし難い。 あやめ「取材の成功を願って祈りを込めて作る、いつもやっている事だし」 こなた「それじゃ、言葉に甘えようかな……」 神崎さんの動きが止まった。 こなた「どうしたの?」 あやめ「どうしたのって、これから着替えるから……」 顔が赤くなっている。まかか。 こなた「着替えるって、私女だよ、店じゃみんな更衣室でこうやって話しながら着替えている、同性だし恥かしくなんかないよ?」 あやめ「……いいからちょっと居間で待っていてくれるかな」 あらら、この人すごく恥かしがりやだな。だとしたらかがみ以上だ。まぁそこまで言われていたら出ないわけにはいかないか。 こなた「それじゃ出ますよ」 部屋を出て居間に向かった。 居間に入ると正子さんが居た。私に気付くと席を立った。 こなた「神崎さんが此処で待って欲しいと言われまして……」 正子「そうですか、どうぞ座ってください」 こなた「はい……」 席に座った。なんか緊張するな。正子さんはそのまま台所の方に向かった。 正子「お茶を入れましょうね」 こなた「あ、ありがとうございます……」 正子「……部屋から聞こえましたよ、あの子があんなに笑うなんて……暫く聞いていなかった、あやめの笑い声」 お茶を入れながら話す正子さんだった。居間と台所は仕切りがないので様子が見える。 こなた「そんなに毎回喧嘩しているの?」 正子「ふふ、喧嘩も久しぶり、滅多に喧嘩なんかしない、よほど貴女が来るのが嬉しかったようね、子供の頃からそうだった、あやめは親しい友達がくると 気持ちが高ぶるみたい」 こなた「そうなんですか~」 あんな喧嘩を毎回やっていたら大変だ。少し安心した。でも、神崎さんの話しをしている正子さんのあの顔はなんだろう。微笑んでいるようにも見えるし。安らかにも見える。 喧嘩していた時と違う。お母さん……か。 正子「どうぞ」 お茶を私の目の前に置いた。 こなた「あ、どうも……」 正子さんは私の目の前に座り私をじっと見つめた。ちょっと恥かしかった。 正子「ふふ、可愛らしいわね、こんな年下の友達なんて珍しい」 こなた「可愛らしいって、私、神崎さんと同じ歳です」 正子「え、あ、そうだったの、ごめんなさいね、あまりに……その、若く見えるものですから」 驚いて私を見ている。普通ならあまり良い気はしないのだけど。でも、何故か正子さんの言葉が自然に受け入れられる。 こなた「いいですよ、背も低いし、子供体形ですし、童顔ですし」 正子「本当にごめんなさい」 頭を深く下げてしまった。あ、少ししつこかったかな。 こなた「あ、あ、そそれより、あやめさんってどんな人なんですか、実は会ってからそんなに経っていなくて」 正子「あやめ……見たままの子ですよ、正義感が強いのか、あんな職業に就くなんて、何度か危険な目にも遭っているみたいで」 正子さんの顔が曇った。 こなた「……それは心配ですよね……」 正子「まさか、泉さんにも何か強要していないかしら」 私を心配そうに見ている。何だろうそんな目で見られるとこっちが心配になってしまう。 あやめ「おまたせ……母さん、泉さん、な、何を話していたの」 正子「さて、何かしらね」 私を見てにっこり微笑んだ。 こなた「さて」 これは正子さんに合わせよう。それしか思い浮かばなかった。 あやめ「まったく、二人して……話している内容は想像がついたよ」 呆れ顔で台所に向かう神崎さん。正子さんが立ち上がり台所に向かおうとした。 あやめ「私一人でするからいいよ、泉さんの相手をしていて」 正子さんは席に戻った。 正子「そういえばこの町は初めてではないって聞きましたけど」 こなた「はい、以前この近くに住んでいました、レストランかえでって知っています?」 正子「……あ、ああ、ありましたね、温泉宿と一緒だった」 こなた「はい、そうです、そこのホール長を務めてます」 正子「一度は行こうとしていたのですが……」 …… …… 神崎さんのお母さんか…… お母さんが生きていたらこの位の歳になっていたかもしれない。容姿も多分性格も違うのに何故かとても親近感が湧く。もちろん今までも他人の母親を見てきている。 つかさやかがみの母親みきさん。みゆきさんの母親ゆかりさん。みなみの母親ほのかさん…… その中でもみきさんが一番会う機会が多いかもしれない。それでもこんな感じになった事なんかなかった。 もしかして正子さんはお母さんに似ている所があるのかもしれない。そんな気がしてきた。幼い頃の僅かな記憶がそうさせているのかも…… こうしているうちに神崎さんの料理が出来た。 あやめ「そろそろご感想を聞きたいな……」 こなた「え、あ、ああ、美味しいよ、うん、凄くおいしい」 神崎さんの料理が出来上がってもう殆ど食べ終わった頃だった。 あやめ「もっとプロらしい意見が欲しいね、それじゃだれでも言える感想」 こなた「プロって言ったって私は直接料理を作って出したりしないから……」 神崎さんはじっと私を見ている。もっと意見を聞きたそうにしている。 こなた「う~と、盛り付けが綺麗で心が籠もっている感じがよく出ていると思う……こんな感じでいい?」 あやめ「盛り付けね……まさかそっちの感想が出るとは思わなかった」 神崎さんは立ち上がった。 あやめ「それじゃそろそろ行きましょうか」 こなた「え、行くって何処に?」 あやめ「もちろん貴女のお店に決まってるでしょ、店長さんと交渉しないといけないし」 こなた「今から?」 あやめ「早くしないと向こうのレストランが募集を締め切るかもしれない、決まったら即実行」 正子「もう少し休んでからでも、ご飯を食べたばかりで」 こなた「今から行っても店の閉店時間を過ぎちゃうね……」 神崎さんは時計を見ながら考え込んだ。 あやめ「店長さんの自宅に行く手もあるけど……それだと流石に失礼かもね……それじゃ日が変わった頃此処を出ましょうか、そうすれば開店前に着くでしょ」 こなた「うんん、それだと忙しいからお昼を越えた頃が良いかも、私も遅番だし丁度いい」 あやめ「分かった、そうしましょう、それじゃそれまで休憩」 正子「またオートバイで……」 正子さんが心配そうな顔で神崎さんを見た。 あやめ「……それじゃ泉さんの車で同行する……」 こなた「うん、それで良いよ」 私は頷いた。 車で移動中彼女とは何も話さないつもりでいた。あまり話すとお稲荷さんの話しをしてしまいそうだったから。だけど向こうの方から話しかけてきた。 あやめ「泉さんは母の肩を持つってばかりいる」 こなた「別にそんなつもりはなかったけど……不服?」 あやめ「不服って訳じゃないけど……本当はバイクで行きたかったのに」 こなた「そうやって喧嘩したり話したり出来るのだからいいじゃん、私は羨ましいよ」 成る程ね、意識したつもりはなかったけど神崎さんにはとう思ってしまうのか。 こなた「それよりさ、潜入取材だけど、神崎さん単独じゃできないの?」 あやめ「言わなかった、私は有名になりすぎたって……取材がバレたら意味ないでしょ」 こなた「コスプレだって神崎さんの体形なら問題ないよ、バイクを運転している時に来ていたぴっちりの服さ、ボン、キュッ、ボンってなかなかグラマーだった」 あやめ「いやらしい……表現がエロオヤジだ……」 目を細めて私を見た。 こなた「そうかな」 あやめ「同性とは思えない、どうやったらそんな表現が出来るんだ?」 こなた「う~ん、ギャルゲーとかしてるし、そのせいかな~」 あやめ「ギャルゲーって、あれは男性向けじゃないの、どうやったらそんなゲームをする気になるのか分からない」 こなた「そんな風には感じない……でも、まぁ男性視点かもしれないけどね……お父さんの影響かな」 あやめ「お父さん……」 急に神崎さんが黙ってしまった。これで少しは運転に集中できるかな…… あやめ「泉さんのお父さんって仕事は何かしているの?」 こなた「一応作家やってるけど……」 あやめ「作家……凄いじゃない」 こなた「凄いって、別に人気作家じゃないし……ね」 あやめ「同じ物書きとして尊敬する……今度会わせてよ」 こなた「あまり会わない方がいいと思うけど……」 あやめ「どうして?」 こなた「私と同じ趣味だよ、さっきエロオヤジとか言ってたじゃん」 あやめ「娘にそんな影響を与える父なんてそんなに居ない……それにね、私の父は生まれて直ぐに亡くなってしまったから父親がどんなものなのか知らない」 やっぱり、そんな気がしていた。家でも神崎さんのお父さんの話が一度も出なかったからおかしいと思っていた。 こなた「……なんか切なくなった」 あやめ「別に悲観することじゃない、お互い片親だったって分かった事だし、泉さんとならこれからうまくやっていけそうな気がする」 こなた「これからって、もう潜入取材なんてこれっきりだから……」 あやめ「そうかな、レストランの店員にしておくには惜しいと思うけど?」 こなた「まだかえでさんの承認ももらえていないし、承認がもらえたとしても採用してもらえるかどうかだって……」 あやめ「私に任せなさい……でもね、私達の取材の内容は他言無用だからそれは最初に言っておく」 こなた「う、うん……」 こんな会話が延々と続いた。 何度か休憩を挟み私達はレストランかえでの駐車場に着いた。そしてレストランに入った。 こなた「こんちは~」 あやの「こんにち……え、ど、どうしたの?」 私の後ろに居る神崎さんを見て驚いたようだ。 こなた「ちょっとね、いろいろ訳があって、かえでさん居るかな」 あやの「事務室に居るけど……一体どう言う事なの……」 こなた「とりあえず店長のところへ」 あやのは私と神崎さんを事務室に案内した。さすがのかえでさんも神崎さんの姿を見ると驚きを隠せなかった。神崎さんは私の前に出て話しだした。そして話しをし出した。 かえで「こなたを一ヶ月間貸してくれだと」 あやめ「そう、是非とも協力していただいたい」 あやの「私は反対です、取材の内容も話さないで、そんなの承知できると思っているの」 かえでさん、あやの顔が一瞬のうちに曇った。 あやめ「機密事項なので内容は話せません、ですが泉さんの力がどうしても必要なのです、一ヶ月以上の期間は無いと思って頂いて結構です」 かえで「私の店の店員を引き抜くなんて、こなたも随分高く見られたわね」 かえでさんは私を見た。 かえで「それで、こなたはどうなの、あんたはその取材とやらに行く気はあるの?」 こなた「私は……」 かえでさんは手を前に差し出して私の話しを止めた。 かえで「話さなくて良いわ、行く気がないなら神崎さんをここまで連れて来る訳ない」 今度は神崎さんの方を見た。 かえで「一ヶ月と言えど大事なスタッフが抜ける、私の店のダメージは免れない、それはどう補償してくれるの」 あやめ「取材の成功、不成功に関わらず対価として500万円補償します、それと一ヶ月分の泉さんの給料も私が支払います」 ちょ、ちょっと、そんな大金を平気で言ってくるなんて…… かえで「一ヶ月で500万とは大きく出たわね……まだあるわよ、どんな取材か知らないけど、こなたを危険に曝すことは許さないわよ」 あやめ「この件に関して責任は全て私が持ちます……それと私からも一言、一ヶ月後は元の役職で復職が私の条件です」 かえで「う~ん」 かえでさんは腕を組んで考え込んだ。 あやの「店長、私は反対です、泉ちゃ……泉さんが抜けたらお客様の対応をだれがするの」 今度は目を閉じて考え込んだ。そして……目を開けた。 かえで「良いでしょう、許可します、こなた、行くからにはちゃんと成功させなさい」 あやめ「ありがとうございます、それではこれを……」 鞄から封筒をかえでさんに渡した。その封筒は分厚くなっている。かえでさんはそれを受け取った。 かえで「これは?」 あやめ「さっき言った500万です、受け取ってください」 かえで「最初から用意していたのか……ふふ」 神崎さんは私を見た。 あやめ「さて、これで交渉成立、準備して、私は貴女の車で待っているから」 こなた「え、もう?」 あやめ「早くしないと間に合わないかもしれない、出来るだけ急いで」 神崎さんは事務所を出て行った。 あやのがかえでさんに詰め寄った。 あやの「どうして承知なんか、私は反対です」 かえでさんは封筒を金庫に仕舞うと立ち上がった。 かえで「そうね、実は私も心配、だけどこなたには私の店以外の世界を見て欲しい」 あやの「泉ちゃんの仕事は誰が引き継ぐの……」 かえで「あやのに頼むしかないわね、私も出来るだけ手伝う、一ヶ月の辛抱よ……さて、午後からの準備をするわよ」 かえでさんは事務室を出て行った。 あやのはじっと私を見ている。 こなた「どうしたの?」 あやの「私……泉ちゃんのように出来る自信がない……」 こなた「簡単だよ、あやのだって前の店でホールの仕事してたじゃん」 あやの「そうだけど……」 自信なさげな声だった。 こなた「そうだ、こっち来て」 私は更衣室に向かった。 あやの「更衣室なんか連れてきてどうしたの」 更衣室の自分のロッカーからメモ帳を取り出してあやのに渡した。 あやの「なにこれ?」 こなた「私のマル秘お客様帳だよ」 あやのはメモ帳を受け取って開いた。 あやの「これは……」 こなた「お客さんはいろいろ居るからね、今まで来たお客さんの中で特に注意する人を書いておいたメモ帳、付箋が付いているのが特に注意する人、 クレーマーに近い人、その次は店の味に文句を言ってきた人、その次が料理を褒めてくれた人、もちろん名前を聞くことなんか出来ないから お客さんの特徴を書いておいた、対応方法も書いておいたよ、料理に文句つけてきた人はね油の量を減らすように注文するといいよ……」 あやのはまじまじとメモ帳を見ていた。 あやの「こ、こんなのを作っていたの……」 こなた「私ってバカだから記憶力ないでしょ、だからこうやっておかないとね……取材中は要らないから持っていて良いよ」 あやの「……今までかえで店長が泉ちゃんを手放さなかった理由が分かったような気がする……」 こなた「……そうかな?」 あやのは手帳を見ながら話した。 あやの「長髪の黒い髪の女性、歳は私と同じくらい、なにかとしつこく付きまとう…………これってあの神崎さんじゃ?」 こなた「そうだよ」 あやの「ちゃんとチェックしてある、ありがとう、取材頑張って……」 あやのは笑った。さてとこっちもいろいろ忙しくなりそうだ。 こなた「あ、そうだ、準備しないと……」 私物を整理した。 ⑦ 私が私物を整理して店を出ようとした時だった。 かえで「あやのにアドバイスした様ね」 かえでさんが出口に居た。私を待っていたのだろうか。 こなた「アドバイスなのかなあれは……」 かえで「あやのは接客を全部こなたに任せてしまったからね、これで少しは気合をいれてくれると思う」 こなた「任せたのかな、私は結構面白かったかな」 かえで「トラブルを楽しんでいる……そういう所、ひよりに似ている、あんた気を付けなさい、余計なところまで首を突っ込むと怪我をするわよ」 こなた「ん~今度はそんな簡単じゃなさそうだから余計な事をする余裕ないかも……」 かえで「そう願うわ……神崎あやめか……こなたを使うなんて、さっき貰った補償金は使わないつもりだから安心しなさい」 こなた「そうだよね、多すぎだよ、まさか本当に渡すとは思わなかった」 かえで「こなた、あんたは自分を知らなさ過ぎだ、それはつかさに似ている」 こなた「へ?」 かえでさんは溜め息をついた。 かえで「ふぅ、私も私なりに神崎さんの事をいろいろ調べたわ、かがみさんに聞いたり、彼女の記事を読んだりしたね……思っていたほど分らず屋でもなさそうね、 道理を弁えている、私達の秘密を話しても大丈夫なような気がする」 こなた「……げんき玉作戦をちょっと話してしまったけど……信じてくれなかった……」 かえでさんは目を大きくして驚いた。 かえで「話した……そんな話しをしたって事は、今しようとしている事ってそれに関係しているのか?」 それは言えない……私は黙って俯いた。 かえで「……口止めされているみたいね、それ以上聞くのは止めるわ……彼女が信じないのは彼女の常識や固定観念が邪魔しているからかもしれない、こなたに大金を動かせる 力は常識じゃ考えられない、多分お稲荷さんの話しをしても同じ、彼女は作り話と考える、それならそれで私達には好都合よ、無理に秘密にする必要はない」 こなた「……そう言われると少し気が楽になった」 かえで「さぁ、神埼さんが待っているわよ、一ヶ月間、私達の事は忘れなさい」 こなた「う、うん」 私は店を出た。 駐車場に行く途中つかさの店の横を通る。なんでもなければ挨拶をしに店に入る。だけど……それは出来ない。今つかさに会ったら神崎さんの取材の事を話してしまいそうだから。 秘密、内緒……か、 つかさ「こなちゃん?」 こなた「ひぃ~」 跳びあがって驚いた。 こなた「つ、つかさ、驚かさないで……ふぅ」 つかさ「え、普通に声を掛けただけど?」 不思議そうに首を傾げていた。 こなた「あ、そ、そうなの、で、でもね、後ろから急に声を掛けると驚くでしょ」 つかさ「ふふ、そうかも、ゴメンね」 まなみ「こんにちは~」 直ぐ後ろにまなみちゃんが居た。 こなた「今日はまなみちゃんと、何かあったっけ?」 つかさ「うん、近々ピアノの発表会があってね、まなみは上がり性だから私の店のピアノで克服しようってみなみちゃんが……」 こなた「ふ~ん、店のお客さんに聞かせてなるべく実際に近い状態で練習するって訳か」 私がまなみちゃんを見るとつかさの陰に隠れてしまう。あらら、普段はそんな子じゃないのに……この辺りはつかさの娘って感じがする。。 こなた「って、事はみなみも来るのかな?」 つかさ「うんそうだよ、こなちゃん、寄って行かない……あ、何か用事がありそう?」 私の姿を見てそう思ったのか。それもそのはず。私はスーツを着ているから。私は頷いた。 つかさ「それじゃ悪いね、まなみ、行こう、こなちゃんまたね」 つかさはまなみちゃんの手を引いた。私がまなみちゃんに手を振ると恥かしそうに小さく手を振った。 この件がなければ私はつかさの店に行っていたな…… 駐車場に着くと神崎さんが首を長くして待っていた。 あやめ「おそい!!……キー貸してくれるかな、私が運転するから」 こなた「私だって急ぐなら急ぐなりの運転できるけど……」 あやめ「泉さんには車で書いてもらいたい書類があるから、移動中に書いて」 こなた「書類?」 あやめ「履歴書、レストランかえでに就職する前の履歴を書いて欲しい」 神崎さんに車のキーを渡した。そして私は助手席に座った。。 あやめ「それじゃ行くよ」 神崎さんはゆっくりと車を走らせた。制限速度を守った模範的な運転だった。実はこれが結局一番早く着く、わかっているなこの人…… 履歴書を書いている時だった。運転しながら話しかけてきた。 あやめ「駐車場に来る前、子連れの女性と話していたでしょ、随分親しそうだったけど誰なの?」 つかさと話していたのを見られていた。さすがにそつがない。 こなた「柊つかさ、高校時代からの親友」 なんの躊躇もなく答えた。かえでさんのアドバイスもあったかもしれない。それ以前につかさは私の友達だから…… あやめ「柊……つかさ……つかさ、貴女の店の隣にある洋菓子店の名前は確か……」 こなた「うん、洋菓子店つかさ、彼女が店主だよ」 あやめ「そ、そうだったの、私はてっきり店主は男性だとばかり思っていた、店の名と不一致でおかしいとは思っていたけど……」 こなた「彼はつかさの旦那でひろし」 神崎さんは暫く考え込んだ。 あやめ「最初あの店に行ったらやけに他人行儀だった、そんなに親しい仲なのに……不自然」 やっぱりこう来たか。いちいち勘が鋭いな。 こなた「そうそう、ひろしはその前まで私に無愛想だった、つかさがそれを注意したから、例え親しいくてもお客さんだよってね」 あやめ「ふふ、そ言う事なの、羨ましい、高校時代からの友人が近くに居て、店も競合していていいライバルじゃないの?」 こなた「まぁね、ちなみに副店長も高校時代の友達だよ」 あやめ「そうなの……」 何の疑いを抱いていない。自然な会話になった。実際に言っている事は本当だからかもしれない。かがみに嘘はつくなって言われたけどその通りだな。 暫く履歴書を書いていて疑問が出てきた。 こなた「レストランかえでの私の履歴以外は何故空白なの、私の出身大学、生年月日、住所くらいなら調べられるんじゃないの?」 あやめ「私が他人のプライベートを調べる時はその人が大罪を犯したかその疑いがある人だけ、貴女はそんな疑いはない、自分のプライベートを覗かれるのは気持ち良いものじゃない、 貴女もそう思うでしょ?」 こなた「う、うん、そうだね……履歴書全部書いたよ……」 あやめ「ありがとう、封筒に入れておいて……もう少しで着く、これから店の面接試験を受けてもらう、もちろん普段通りの泉さんで良い、結果は即日解るから、それとね……」 神崎さんは面接の中尉時点を話した。短期採用とは言えかえでさんの店以外で働くのはアルバイトの時以来になる。もちろん受かればの話しだけど。 神崎さんは私を調べていないのに意外だと思った。この人は何でも徹底的に調べる人かと思ったけどプライベートに関しては慎重だった。 そういえば私がギャルゲーをしているのも否定していなかった。なんだかんだ言って私が彼女の言う事を聞いているのはそんな態度があったからかもしれない。 すると彼女はゆたかと私が従姉妹関係あるのを知らないのかもしれない。私を目当てに店に来た訳じゃないのか。 私の様な人を探していたのか。余計この記者が分からななった。 ……でも悪い人じゃないってのは分かった。 あれから一週間が経った。私は喫茶店のホール長をしている。 コスプレ喫茶と言っても店員がコスプレをしているだけで内容は普通の喫茶店だった。コスプレの内容は店員の趣味で自由に決めて良い。ただし、露出度の高いものは厳禁だ。 スタッフは私より若いのが殆ど。私は普段と同じようにしているつもりだったけどあっと言う間にホール長になってしまった。私自身も驚いてしまったほどだ。 正直言って面接試験で落とされると思っていたのに…… 店で働くのは別にたいした事じゃなかった。それより難しいのがこのビルにあると言う貿易会社の資料室を探すこと。 このビルで働く人は全てIDカードを渡されて入退場を厳しくチェックされている。無闇に動き回れない。 幸いな事に私は材料の入庫管理も任されていたのでビルの倉庫までの通路なら何の制限もなく移動する事ができた。それでも各部屋の扉は部屋番号しか書いていないので どんな部屋なのかは全く分からない。私が調べただけでも20の部屋があった。 私は自宅から通勤した。だってわざわざ一ヶ月のために引っ越したくなかったから。 神崎さんは近くビルの近くのホテルに泊まり私の報告を待っている。 仕事が終わると神崎さんの泊まっているホテルで待ち合わせをしている。報告のために。 彼女の部屋で作戦会議だ。 あやめ「番号だけの部屋が20……」 こなた「うん、扉の造りはみんな同じだし、中は覗けないし、もう調べようがないかな……」 あやめ「何言っているの、まだ一週間しか経っていないのに音を上げるのはまだ早い、それにこの期間でこれだけ調べられたのは評価に値する」 こなた「そうかな、部屋を数えただけなんだけど……」 神崎さんは腕を組んで考え込んだ。私は考えてもしょうがないのでテレビのスイッチを入れてテレビを見た。丁度夕方のアニメをやっていた。あ、懐かしいのをやっている。 暫くすると神崎さんはリモコンでテレビを消した。 こなた「あっ、いまいいところだったに~」 あやめ「泉さん、部屋に出入りする人物の特徴とか分からない?」 私の言う事なんてまったく聞いていない。目を輝かせている。何か思いついたのかな。 こなた「特徴って?」 あやめ「例えば貴女みたいに作業服を着ているとか、スーツ姿だったとか」 こなた「……スーツ姿の人なら何箇所が出入りしているのを見かけたけど……」 『バン!!』 両手で机を叩くと身を乗り出して私に近づいた。 あやめ「それ、それ、それだ……凄いじゃない、もう絞り込めたじゃない」 こなた「へ、意味が分からない、教えて?」 あやめ「泉さんの用な従業員の控え室なら作業服や制服を着た人が出入りする、資料室ならホワイトカラーが多く出入りする、そう思わない?」 こなた「え、でもずっとその扉で張っていた訳じゃないし……それに作業服を着た人だって資料室に入るじゃん、掃除とか……メンテナンスとか……」 神崎さんは微笑んだ。 あやめ「そうそう、そうやって注意深く考えながら観察して、例えば防犯カメラの数が多い所とかね」 こなた「そんな事出来ないよ」 あやめ「その調子で今後ともお願いって事、わずかか一週間でここまで進展するとは思わなかった」 こなた「明日は休みだけど……」 あやめ「そうだった……明日は何も出来ない……」 神崎さんは立ち上がった。 こなた「どうするの?」 あやめ「明日はビルの周りを調べる……その前に下準備をする」 この人は休むことを知らないのかな。 こなた「そんな事しても何も分からないよ、それより違うことをしたら?」 あやめ「違うこと、違うことって何?」 こなた「例えば家に帰るとか、もう一週間帰っていないでしょ」 あやめ「一週間くらい帰らないなんてザラ、珍しくもない」 こなた「それなら尚更帰らなきゃ」 あやめ「だから、どうして」 なんだ分からないのかな。洞察力と観察力が凄いと思ったのに。こう言うのはさっぱりだな。 こなた「神崎さんのお母さん、正子さんが心配してる」 あやめ「な、何を言い出すと思えば……子供じゃあるまいし、そんなんでいちいち帰って……」 私はちょっと悲しい顔をして見せた。 あやめ「……分かった、分かったからそんな顔をしないで」 こなた「そうそう、そうこなくちゃ」 あやめ「そのセリフは……ふふ、やられた……」 私達は笑った。 あやめ「泉さんはどうするの」 こなた「私はちょっと用があるから」 あやめ「そう、それなら明後日、同じ時間にここで会いましょう」 こなた「うん」 明日はみゆきさんと会う約束をしている。本当は神崎さんと一緒に正子さんに会いたかったけど…… 次の日、私はみゆきさんの家を訪ねた。みゆきさんは結婚しても実家から出ていない。つかさと同じように婿養子みたい。と言っても近藤と姓を変えている。 何でも研究所が近いからと言う理由で家を出ていない。夫婦二人で研究に没頭している。もちろんその研究はつかさが作った万能薬の再現。 みゆきさんと会うのはつかさの演奏会以来。何年ぶりにかな~ 久しぶりに電話をしたらすぐにOKを出してくれた。 みゆき「本当にひさしぶりですね、泉さんお変わり無いようですね」 こなた「みゆきさんこそ、全然変わっていないジャン」 私はみゆきさんのお腹をじっと見た。 みゆき「あ、あの、何か?」 こなた「赤ちゃんは未だなの?」 みゆきさんは首を横に振った。 こなた「研究も良いけど、たまには愛し合わないと……折角結婚したのに……」 みゆき「そうですね……でも、今までの苦労がそろそろ実が結びそうです」 こなた「もしかして、薬?」 みゆき「はい」 みゆきさんはにっこり微笑んだ。 こなた「凄い、いつ発表するの?」 みゆき「まだその段階ではないですけど……臨床試験とかいたしませんと……」 こなた「そうなんだ、ややこしいね」 みゆき「致し方ありません、それが現実です」 こなた「しかしつかさも罪だよ、作り方くらいメモっておけば良かったのにね」 みゆき「いいえ、つかささんはヒントを沢山頂きました……それにこれはお稲荷さんの知識、私達にとっては遥か未来の技術です、それを横取りするのですから……」 こなた「堅い事は言わない、言わない」 みゆきさんは笑いながら立ち上がった。 みゆき「所で、先日頼まれた件なのですが……」 こなた「どう、思い出せそう?」 私はみゆきさんに旧ワールドホテル本社ビルで資料室がありそうな場所がないかどうか前以て聞いていた。みゆきさんは以前あのビルに入ったことがある。 もちろんつかさやかえでさんもも入っている。つかさに聞くのも良いだろう。でもつかさは地図を読めるようにはなったけど一度や二度で場所を覚えられるまでには至っていない。 それにそんな質問をしたらつかさに取材の話しをしてしまいそうで恐かった。もちろんみゆきさんにも言ってしまうかもしれない。 只、みゆきさんは他の誰よりも口が堅い。それでみゆきさんを選んだ。 なんか私って二重スパイをしているみたい……お稲荷さんの秘密、げんき玉作戦、そして神崎さんの取材の秘密か、つかさと同じように旅をしたいなんて思っていたけど これじゃ冒険だな…… みゆき「……旧ワールドホテルの会長室くらいしか覚えていません……すみません」 会長室か、今はどんな部屋になっているのかな。もしかしたら…… こなた「うんん、謝らなくてもいいよ、10年以上前の事を思い出せなんてのが無茶だった……その会長室って何階なの?」 みゆき「……ごめんなさい……」 そうだよね。階数を覚えていたらもっと細かい所まで覚えているよね。 こなた「無理言っちゃったね、もういいや、折角久しぶりに会ったのだかからもっと楽しい話題にしよう」 みゆきさんは目を閉じて両手で頭を押さえて考えていた。 みゆき「ちょっと待って下さい……35……確か35階だったような気がします」 35階……働いている店のすぐ上、それによく通る階だ。これは調べてみる価値がありそう。 こなた「流石みゆきさん、ありがとう」 みゆきさんは私を不思議そうな顔をして見ていた。 みゆき「いったい何があったのですか、何故今になって旧ワールド本社ビルを調べているのですか?」 そう言われるとそうだ。どうやって言い訳するかな……考えているのになにも出てこない……これは予想できた事なのに、まったく……つくづくバカだな私って…… こなた「え、えっと、まぁ、なんて言うのか……ひよりが新しいネタをだね……」 ますますドツボにはまっていく…… みゆき「神崎あやめ記者と何か関係あるのですか?」 こなた「うぐ!!」 な、なぜ知っている。私は目を見開いて驚いた。 みゆき「……かがみさんから伺っています、取材に来られた様ですね」 かがみが教えたのか。 こなた「ご、ごめん……詳細は話せない……」 みゆき「話せない深い事情があるのですか……私に何か手伝いができれば良いのですが……」 こなた「あ、もう充分に役に立ったよ、うんうん、ありがとう……なんかお邪魔しちゃったからもう帰るね……」 私は帰りの支度をし始めた。 みゆき「待って下さい……」 帰り支度を止めた。 みゆき「今まで黙っていましたけど……そろそろ話しても良い頃だと思います」 急に厳しい顔つきになったみゆきさん。こんな表情を見るのは初めてだ。 こなた「急に改まってどうしたの?」 みゆき「旧ワールドホテル……今は貿易会社のビルになっています……数年前から私は独自に調べていました……どうも腑に落ちない点がありまして……」 こなた「腑に落ちない点?」 みゆきさんは立ち上がると本棚からファイルを取り出しA4サイズの紙を取り出し私に渡した。 そこには表が書いてある。これってどこかで見た事あるような……この数字は……数字自体は覚えていなけどなんとなく分かった。 こなた「貿易会社における過去十年間の特許取得数……」 みゆき「タイトルを書いて居ないのに……分かるのですか?」 こなた「あ……なんだろうね、今日はとっても勘がいいみたい……ははは」 まさか本当にその表だったとは。みゆきさんも神崎さんと同じように貿易会社を調べていたのか。何で?…… みゆき「その通りです……おかしいとは思いませんか、ワールドホテルと同じペースで特許を出し続けられるなんて……」 神崎さんと同じ所を調べている。みゆきさんは何故おかしいと思うのかな……さっぱりだ。 こなた「私に聞かれても……どこが変なの?」 みゆき「ワールドホテルはけいこさんがお稲荷さんの知識を小出しにして特許を得ていました……それと同じ事を貿易会社がしています」 こなた「貿易会社がお稲荷さんの知識を小出しに……って、え?」 みゆきさんは頷いた。 みゆき「貿易会社にお稲荷さんが居るとは思いませんか?」 こなた「ちょ、ちょっと待って、お稲荷さんは四人しか地球に居ないよ、まさか、あの四人があの会社に秘密を教えてるって言いたいの?」 みゆきさんは首を振った。 みゆき「いいえ、それは無いでしょう」 こなた「それじゃ五人目のお稲荷さんが居るって言いたいの、それはないよ、あの時私はめぐみさんに確認した、三人地球に残るって……パソコンにそう登録した 最後に一人、ひろしが戻ってきて四人……残りの十六人はみんな故郷の星に帰った」 みゆき「……あの時の総数が間違えていたとしたらしたら、地球に二十一人のお稲荷さんが居たとしたら」 こなた「間違え?」 みゆきさんは頷いた。 みゆき「お稲荷さんは十数年前まで総数二十一人でした、つかささんが一人旅をする前までは……」 こなた「何が言いたいの、分からないよ、もったいぶらないで教えて」 みゆきさんはゆっくり口を開いた。 みゆき「真奈美さんです、真奈美さんが生きているのではないか、私はそう思っています、何らかの理由で彼女は貿易会社に囚われているのではないかと」 囚われている……神埼さんも同じ事を言っていた。 こなた「みゆきさん、推理が飛躍しすぎだよ、死んだ人を出したらだめだよ……」 みゆき「私もそう思います、でも本当に彼女は亡くなったのでしょうか、つかさんをはじめ誰一人彼女の遺体を見ていません、それにつかささんの財布に大切に仕舞ってあるあの 葉っぱ……今でも術が施され衰えていません……私はそれをずっと頭の中で引っ掛かっていました」 こなた「で、でもね、ひろしはその真奈美さんの実の弟だよ、いくらなんでも生きていればその存在に気付くと思うけど……それにまなぶさんはつい最近までお稲荷さんだった、 その力は現役そのもの、生きていれば分かりそうだけど……」 みゆき「そうですね……私もその矛盾がどうしても克服出来ません……私の心の中に生きていて欲しいと言う願望が抱いた空想にすぎないのかもしれません」 項垂れてしまった。 こなた「今の話しはつかさに絶対に言っちゃだめだよ、つかさは今でも真奈美が死んだのは自分のせいだと責めているから…… 話していい加減な期待をさせたらつかさが可愛そうだよ……結局死んでいるのが分かったら今度こそ再起不能になっちゃうかもしれない」 みゆき「は、はい……そうですね、確かにつかささんには酷な話しです……」 みゆきさんがまさか神崎さんと同じように貿易会社を調べていたなんて。それでほぼ同じような推理をしている。 貿易会社の特許の内容なんて私には難しすぎて分からない。でも、みゆきさんがお稲荷さんの知識と考えたのであれば……もしかしたら……真奈美じゃないとしても本当に 五人目のお稲荷さんが居るって事なのかな……私の見たあの狐に似た野良犬……これって偶然? だとしたら何故ひろし達は気付かない。五人目のお稲荷さんが勘違いだとしたら、 お稲荷さんじゃないとしたら貿易会社に知識を提供している人って誰? みゆき「どうか致しましたか?」 こなた「え、あ、ああ、なんでもない……」 私の足りない頭じゃ何も分からない…… みゆき「その件についてはもう少し深く調べてみます」 こなた「え、う、うん……」 私達はいったい何を調べようとしているのだろうか? ⑧ みゆきさんは死んだはずの真奈美と言い、神崎さんはもう地球に居ないけいこさんとめぐみさんだと言う。 貿易会社に知識を教えているのは一体誰なのだろう。二人の結論は違うもののお稲荷さんで共通している。神崎さんにいたってはお稲荷さんの存在を知らないのに。 二人が同じ結果を出したって事は…… 五人目のお稲荷さん……もしかしたら本当に居るのかもしれない。 私もあの野良犬を見た時そう思った。まぁ、みゆきさんと神崎さんと比べれば説得力に欠けるかもしれないけど……現につかさに笑われちゃったし……それはさて置き…… ひろし達が何故気付かないのも置いておいて、取り敢えず五人目のお稲荷さんは居るのではないかと私は結論した。 神崎さんの取材は私にとっても重要になった。あの貿易会社は秘密がある、どうも胡散臭い。 取材をなんとしてでも成功させたいと思ったのであった。 次の日、仕事を終えると神崎さんの泊まっているホテルに向かった。早速みゆきさんの思い出した会長室の話しをする。 あやめ「三十五階……」 私は頷いた。 あやめ「旧ワールドホテルの会長室が35階ってどうやって調べたの、ワールドホテルの時の見取り図はいくら探しても手に入らなかった」 どうやって……そう聞かれると言い難いな。 こなた「実際に中で働いていると分かることもあるんだよ」 神崎さんはじっと私を見る……この人に適当な返事をすると突っ込まれそうで恐い。かがみのツッコミと違ってカミソリみたいに尖っている。 あやめ「……昨日単独で調べたでしょ?」 そら来た、まったくその通りだから困ってしまう。 こなた「……う、うん……」 神崎さんの表情が険しくなった。やばい。 あやめ「私を母に会わせて置いて自分は一人で取材ですか……それを出し抜くって言うの」 こなた「別にそんなつもりは……」 あやめ「それに単独で行動して何かあったら私はあの店長に怒られてしまう、今度からは軽率な行動は止めて」 みゆきさんに会うのは別に危険な行動じゃないけど……でも、神崎さんから見ればそう見えてしまうのか…… こなた「分かった……ごめんなさい……」 神崎さんは一回溜め息を付いた。そしてニヤリと笑った。 あやめ「ふふ、凄い、凄いじゃない、私が何年も探している場所をたった一週間で探し当てるなんて、やっぱり私の目に狂いはなかった、よくやった泉さん」 こなた「え、でも、会長室が資料室になっている証拠はまだ何も……」 あやめ「いや、会長室が資料室になっている所までは私も突き止めていてね……そこまで見抜くなんて、取材の素質あるじゃない」 こなた「ぐ、偶然だよ……そう、全くの偶然……」 偶然にしては出来すぎている。この後の展開が恐い。 あやめ「さて、これからが本当の取材、私が部屋に潜入する機会を探して欲しい」 こなた「潜入してどうするの、もしかして何かを盗んだりするとか……」 あやめ「その言い方、人聞きが悪いよ」 神崎さんは鞄からUSBメモリーを取り出した。 あやめ「これでデータをコピーする」 こなた「それって、違法なんじゃないの?」 あやめ「取材の為なら少々の危険は覚悟の上、だから私がする」 この人……目的の為なら手段を選ばないタイプだ。ある意味ゆたかに似ている。それより神崎さんが心配だ。 こなた「……資料室のパソコンを使うのか……多分サーバーと直結しているからデータをコピーするのは簡単かもしれない、だけどね、あの手の施設は大抵履歴が残るように 成っているから後でコピーしたのがバレちゃうよ」 神崎さんは私を不思議そうに見た。 あやめ「泉さん……ITに詳しいみたいね、見たところ理系じゃ無さそうなのに……どこでそんな知識を?」 う、しまった。やばい。 こなた「わ、私ってゲームが好きだから、それでね……」 あやめ「そう言えばそんな事言ってたっけ、実は私もゲームは好きでね……こういった知識は持っているから心配しないで、履歴を残さないで作業するくらいの事は出来る」 心配するのはそれだけじゃないけど……これ以上話すとやばそうだから止めておこう。 こなた「それなら良いけど……」 あやめ「それより、35階に行けそう?」 こなた「ん~、今は無理っぽい、一般人は入れないしね、何かイベントとかあればそれに紛れて入れるかもしれないけど」 神崎さんは壁に貼ってあるカレンダーを見た。 あやめ「あと四週間でそんなイベントがあるかしら……」 こなた「分からないけど、あれだけ大きなビルなら一つや二つはありそう」 あやめ「それじゃ私もそれを探す、泉さんはビルの中で探して」 こなた「うん」 今日の打ち合わせは終り、私は帰り支度をした。 あやめ「ところで泉さんはギャルゲーの他にどんなゲームをするの?」 こなた「RPG、シューティング、格闘、オンライン……何でも……かな」 あやめ「……オンラインはやったことがない、あれは無駄に時間を使うでしょ?」 こなた「あれを無駄とか思ってちゃったらプレイ出来ないよ」 あやめ「ふふ、そうね……ゲームの他には何か趣味はあるの?」 あれ、何で私の個人的な事を聞いているのだろう。 こなた「……漫画も見るかな……」 あやめ「まさか、少年誌とか?」 こなた「……少年誌、少女マンガ、同人……何でも、ちなみにアニメもよく観る」 あやめ「……同じような好みだ、ギャルゲーを除いてね……」 それはそうだろうね、コミケに参加するくらいならそんな気はしていた。 でも……ひとつ聞きたい事があった。今後の神崎さんの行動にも関わる重要な事。 こなた「それはそうと……今回の取材が成功したら雑誌に載せる?」 あやめ「そんなの聞くまでもない、それが私の仕事」 そうだよね、でも、その言葉はあまり聞きたくなかった。 こなた「神崎さんが記者じゃなかったから、良い友達になれたかも……」 あやめ「え、それはどういう意味?」 神崎さんは目を丸くして驚いた。どう言う意味か……それは言えない。言えばこの取材はその場で終わってしまう。 こなた「それじゃ、帰るね、また」 あやめ「え、ええ、また明日……」 神崎さんじゃなくて私が資料室のパソコンを操作すれば難なくデータは手に入るだろう。だけど、そんな事をすれば私がITを使って巨額のお金を動かせるのが 彼女に分かってしまう。そうなったら、彼女は私をどう見るのだろう。この事を世間に公表しちゃうのかな。 そうなったら、私はどうなるのかな。逮捕されてしまうのかな……私のした事って正しかったのかな…… ふとゆたかが私にひよりの記憶を消した話しを思い出した。 机の奥に仕舞ったUSBメモリー……あの時以来触っていない。めぐみさんから貰ったものだ。 その気になれば公共機関データを改ざんしたりまったくでっち上げも作れたりする。ひろしに柊の姓を役所のデータに入れたのも私。 億万長者になれるし、誰かを陥れる事だってできる。その気になればだけど…… お稲荷さんの力か……ゾッとする。私達が安易に扱える代物じゃない。今頃になってその力の大きさに気付いてしまった。 ゆたかが眠れない日があるって言っていたけど。今、まさに私はその状態になっていた。 こなた「ふぁ~」 スタッフ「泉さんが仕事中に欠伸なんて……初めてみました、徹夜でもなされたのですか?」 こなた「え、ま、まぁね……最近眠れなくって……」 スタッフ「心配事でも?」 こなた「うんん、そんなんじゃないよ」 二週間目を超えると周りのスタッフも私に慣れてくる。私も慣れてくる。 日常会話も頻繁にするようになった。 さすがに資料室に潜入するのは難しい。大きなイベントを探しているが私が働いている間にはどうやら無さそう。作戦の立て直しが必要なのかもしれない。 丁度お昼ぐらいだろうか。数名のスタッフがコソコソしているのに気付いた。私がそこに近づいた。 こなた「どったの?」 スタッフ2「あの、あれを」 彼女が指差す方を向いた。店の入り口に一人佇んでいる。 長髪の髪を下ろしサングラスをかけている…… スタッフ3「怪しい……警備員……うんん、警察を呼ぼうかしら」 確かに怪しい。怪しいけど……あれは……かがみ、かがみじゃないか。 なんでこんな所に来ている。しかも一人で。挙動不審そのものじゃないか……辺りをきょろきょきょと見回している。 なんだあれは、あれで変装しているつもりなのか……やれやれ。 こなた「警察呼ぶのはまだ早い、私が対応するから……」 スタッフ達を別の仕事をさせておいて店の入り口に向かった。 こなた「よこそ……どうしましたか?」 かがみ「え、あ……」 私を見て硬直してしまった。私だと気付いていないみたいだ。コスプレをしているとは言え顔の方はほとんどいじっていないのに。相当テンパってるな…… こなた「ご来店ならどうぞ……」 私はドアを広く開けた。 かがみ「あ、ありがとう」 私はかがみを席に案内した。 こなた「ご注文が決まりましたら……」 かがみ「あ、アイスコーヒーを……」 あらら、ここのシステムを全然分かっていない。 こなた「……すぐに注文したらダメだよ、か・が・み」 かがみ「え?」 かがみは見上げて私の顔をじっと見た。 かがみ「こなた?」 かがみはサングラスを外した。 こなた「ふふ、それで変装したつもりなの、まったく……日本人がサングラスなんかしたら目立つに決まってるジャン?」 かがみ「う、うるさい……こなたこそなんでこんな所にいるのよ……」 小声で話すかがみ。やっぱりお忍びだったか。私も小声で話した。 こなた「話せば長くなるし、話せない……」 かがみ「……それなら放っておいてちょうだい……」 ここで長話をしているのも不自然だな。 こなた「はい、アイスコーヒーですね……」 かがみ「あ、待って……」 席を去ろうとするとまた小声で私を呼び止めた。私は立ち止まった。 かがみ「今日の夕方……空いている?」 こなた「うん……1時間くらいなら」 かがみ「昔あやのが働いていた喫茶店で待っているから……」 そういえばあやのもこのビルで働いていたっけ……すっかり忘れていた。 私は頷いて厨房に向かった。 ビルの内情ならみゆきさんじゃなくてあやのに聞いた方がよかったかな……ってか最初からあやのに潜入させれば良かったのでは…… 否。 今更代われないよ。あやのは途中から入ってきた。それにお稲荷さんが関係しているし、やっぱり私がしないといけない。 それに神崎さんは指定をしたのは私なのだから私達から人員の変更なんて出来るわけがない。 仕事が終わりあやのの働いていたいたと言う喫茶店に向かった。 店に入るとかがみの居場所は直ぐに分かった。サングラスは外してあるけど服装は変えられないか。黒尽くめのスーツにネクタイ。どうみてもマトリ〇クスだ。 こなた「クスッ!!、お待たせ」 かがみの目の前で思わず吹いて笑った。 かがみ「な、なによ」 不機嫌な顔のかがみ。私は席に座った。 こなた「それって変装、仮装、それとも趣味なの?」 かがみ「……変装よ、完璧だと思ったのに……あのビルだと私は知られ過ぎているから……あまり派手な格好は出来ない」 充分派手だけどね……そんな時は普通私服の普段着でいいのに。 こなた「その知られすぎている所にわざわざ出向くって事は何かの調査なの、かがみって探偵もしてるんだ?」 かがみは首を横に振った。 かがみ「そんな事なんてしていない、みゆきに頼まれたのよ……調べて欲しいってね……」 こなた「みゆきさんの個人依頼か……」 かがみ「こなたこそなんであの店に居たのよ、見たところ従業員みたいだけど、かえでさんのレストランはどうした、さては大失敗をして解雇されたか」 そうかかがみはまだ知らないのか。てかこれは秘密作戦だ。でも解雇されたってのはちょっとね…… こなた「……ちょっと一ヶ月間くらい研修でね……」 かがみは私をじっと細目で見た。 かがみ「研修ね……それにしてははまっていた……まさか神埼あやめと関係あるんじゃないでしょうね!?」 ぐ、鋭いな……かがみもいい加減な返答は出来ない。 こなた「ないない、全くないよ、うんうん、研修、研修」 かがみは更に目を細めて疑いの眼(まなこ)で睨んだ。 かがみ「そうやって必死に否定するのが怪しい」 こなた「そ、そんな事よりもさ、久しぶりに逢ったんだし、もっと楽しい話しをいしうよ、この前会ったのはつかさの演奏会だったよね」 かがみ「え、もうそんなに経ったかしら……」 こう言う時は話題を変える。それしかない。 こなた「経ったよ、お互い会う機会が減ったよね」 急にかがみの表情が悲しくなってしまった。 かがみ「そうね、こなた、みゆき、あやの……みさお……ひより……ゆたかちゃん……そして……つかさ……」 こなた「え、つかさって、お互いの家はそんな遠くもないのに会ってないの?」 かがみ「結婚してから急にね……何故かしらね、それまでは目覚めてから寝るまで気付くといつも隣に居たのに……今じゃ理由がないと会いにいけない…… それは両親や姉さん達も同じよ……まるで他人になってしまったみたい……今じゃつかさはこなたの方が会う機会は多いわよね」 こなた「そんなに考え込む事じゃないよ、お互い家庭を持てばそうなるのは当たり前じゃん、私だって引っ越していた時はお父さんと会えなかったし」 かがみ「こなたは単純で羨ましいわ……」 単純ね、でも、複雑の方が優れているとは限らない。 こなた「それじゃ単純になればいい、妹に会いに行くのに理由なんかいらない、ゆい姉さんだって今でも週に一回は遊びにくるよ、そんなに会う理由があるとは思えないけどね……」 かがみ「成実さん……そうなの……」 こなた「会わない日が長引くとそれだけ会い難くなるから、会いたいなら会いに行けばいいだけ」 かがみは狐に摘まれた様な顔をして私を見た。 かがみ「フッ……こなたにしては良い事言うわね……その通りかもしれない」 こなた「「しては」は余計だよ!」 かがみが笑った。そういえばこんな笑顔を見るのも久しぶりかもしれない。学生時代の記憶が蘇ってきた。 それからの私達は学生時代の話題に花が咲いた。 気付くとかがみに会ってから1時間が過ぎようとしていた。楽しい時間はあっと言う間に過ぎてしまうもの。神崎さんに報告する時間が近づいてきた。 こなた「ごめん、もうそろそろ時間……」 かがみ「本当だ、時間が経つのは早いわね……もう少し残れないの」 こなた「うん……」 かがみ「なによ、誰かと会う約束でも……あぁ、もしかして彼氏?」 こなた「いや、そんなんじゃない……」 かがみ「別に無理に否定なんかしなくても、恥かしがる歳でもないでしょうに……こなた、あんた結婚するきあるの?」 こなた「ん~~~分かんない」 かがみは溜め息をついた。 かがみ「ふぅ、あんたねぇ、もう少し自分の将来の事を……」 話すのを止めて暫く私をみてから微笑んだ。 かがみ「まぁ、それで良いのかも知れない、こなたらしくて良いわ、私も夫と……ひとしと出会っていなかったら……そう思うとこなたを責められない、こればっかりは 縁だからどうしようもないわ」 こなた「そう言ってくれると私も気が楽だよ……かがみは稲荷さんの旦那だもんね、凄い縁だよ、つかさがくれた縁だよね」 私は帰り支度をした。それをかがみはじっと見ていた。 かがみ「こなた……もう少し時間いい?」 こなた「なあに?」 私は支度をしながら話した。 かがみ「みゆきの話しは聞いたと思うけど、あんたはどう思う?」 私は帰り支度を止めた。 こなた「話しって、真奈美が生きているかもしれないって?」 かがみは頷いた。 かがみ「みゆきに見せてもらったデータを見て驚愕した、パターンがワールドホテル時代と全く同じなのよ、もう既にある物を順番に出しているとしか思えないほどよ、 これはどう考えてもお稲荷さんじゃないと出来ない、私もそれはみゆきと一致した……だけど、真奈美さんが生きているとなると……分からないわ」 こなた「データについてはさっぱりだから答えられないけど、真奈美に関していえばもしかしたら……なんて思う事もできそうだよね……他にお稲荷さんが残っていなければだけどね、 かがみの旦那さんには話したの?」 かがみ「話したけど……データを見ただけでは何とも言えないって……」 こなた「……だからかがみは調べているの?」 かがみは頷いた。 かがみ「そうよ、もし、万が一、真奈美さんだったら助けなければならないでしょ、うんん、例え別のお稲荷さんだったとしてもね、そうじゃないとけいこさん達が 地球を去った意味がなくなるじゃない」 こなた「そうかもしれない、だけど今は何も分からないよ……」 ……私達は同じ目的で貿易会社を調べている訳か…… かがみ「そうね、もう少し調べないといけない、でも、私ではこれ以上調べられないわ」 かがみは暗く沈んだ表情をした。 こなた「35階の資料室にその答えがありそうなんだけど……なかなかセキュリティが厳しくてね、あのビルで大きなイベントとかないかな?」 かがみは目を大きく広げて驚いた。 かがみ「あんた、一体何をしようとしているの……35階ってこなたが働いていた店のすぐ上じゃない……」 こなた「それで、イベントは在りそうなの?」 秘密だから言えない。分かって欲しい……かがみ……私は目で訴えた。 かがみ「……話せないのは訳ありのようね……良いわ、調べてあげる、その代わり、後でちゃんと話してもらうわよ」 こなた「ありがとう……」 かがみ「分かっても分からなくても毎日今と同じ時間でこの店で待っているわよ、それで良い?」 こなた「うん、それでいい、最後に変装するなら普段着でね」 かがみ「分かってるわよ、いちいち五月蝿い!!」 私は伝票と鞄を持った。 こなた「ふふ、今日は私の奢りだよ、それじゃ明日ね」 私は足早に店を出た。時間に遅れると神崎さんに怪しまれる。 神崎さんを35階に入る方法……かがみやみゆきさんの知恵を借りても難しい、それよりも資料室にどうやって入るのか。こっちの方が10倍くらい難しい。 資料室の場所は直ぐに分かった。防犯カメラが3つもその部屋の扉に向けられている。それに特別なカードか何かがないと鍵を開けられないようだ。 こなた「大企業の秘密を知ろうなんて、やっぱり無理がありすぎ、私もこれ以上調べたらバレそう……今朝警備員に呼び取れられたから怪しい怪しまれているかも」 あやめ「もう少し……もう少しなの、35階にさえ行ければ……」 こなた「35階に入れても資料室にどうやって……?」 神崎さんは鞄からカードを取り出した。そして不敵な微笑を浮かべる。 あやめ「ふふ……資料室のカードキー……」 こなた「え?」 あやめ「このカードキーがあれば資料室のドアを開けてしかもセキュリティを解除できる、しかも防犯カメラも停止する」 こなた「そんな物を何時の間に?」 あやめ「もう数年前から手に入れてある、あとは潜入するだけ、場所もある程度までは分かっていた、あとは潜入方法を探していた…… 入るチャンスは一回きり、このキーを使えば泉さんがこの前言った通り履歴が残る、だから二回目はない……泉さんが怪しまれているならもう 無理はしなくていい、これ以上調べる必要はないから、あとは私が何とかする、残りの日数はそのままあの店で働くのもよし、レストランかえでに戻るのもいい、好きにして」 あの店と資料室が近かったのは偶然じゃなかったのか。この人は数年前から資料室の場所を調べていた。何故、この人はここまでして調べようとしているのかな。 囚われている人を助けるためだけでこんなに時間とお金を掛けるなんて。プロの記者だから……それだけなのかな…… うんん、それはどうでもいい。私も知りたい。囚われているのがお稲荷さんかどうか。そしてその人が真奈美なのかどうか。やっぱりここで止めるなんて出来ない。 こなた「ここまで私を使っておいてそれはないよ、最後までやらせて」 あやめ「……でも危険な事はさせない約束だから」 こなた「それは神崎さんとかえで店長の約束でしょ、私は安全じゃないと嫌だなんて一言も言ってないよ、それにそのカードキーがあるならもう35階を調べる必要はないよね、 部屋に入れるチャンスだけ探せば危険はないよ」 神崎さんは考え込んだ。 あやめ「……そうね、確かにそれだけ探すなら危険はない、当初の約束通りの期間は続ける」 こなた「うん、それでいい」 残り一週間。 お店は休日。特に用がなければつかさの店にでも遊びに行くのだが、半月以上も店に出ないでいきなり訪ねたら理由を聞かれるに決まっている。 それにかえでさんが終わるまで来るなって言っていたっけ。 でも……休日とは言えソワソワして何も手につかない。漫画を読んでもすぐに飽きるし、ゲームをする気にもなれなかった。 かと言って取材の続きなんて出来るわけない。もうこのまま一週間が過ぎてしまうのだろうか。 『コンコン!』 ドアのノックする音。 こなた「ほーい?」 そうじろう「かがみさんがお見えだが……」 かがみが私に……わざわざ家に来るなんて。なんの用だろう。アポも取らないなんて珍しいな。 こなた「部屋に通してくれるかな」 そうじろう「分かった」 暫くするとまたノックの音が聞こえた。 こなた「開いてるよ」 勢い良くドアが開いた。 かがみ「おっス、こなた!」 なんだ、珍しくテンションが高い。 こなた「連絡くらいしてよ、もし出かけていたらどうするの」 かがみ「どうせ出かける気もないくせに」 高校時代のノリそのままだな……かがみは私の座っている椅子の前に座った。 かがみ「どうなの、こなた、進展はあったの?」 こなた「そんな事話せる訳ないじゃん……まったく、何しに来たの、冷やかしなら帰ってよ……」 かがみ「そうね、機密事項だったわね、それなら尚更ぞんざいな態度はできない」 こなた「え?」 私が少し驚いた顔をすると不敵な笑みを浮かべ鞄から何かを出した。 かがみ「あんたの働いている店の同じ階に本屋さんがあるでしょ、そこでサイン会があるのよ」 こなた「サイン会……そんなの聞いてない、誰のサイン会なの、よっぽどマイナーなんだろうね……」 かがみ「……貞子麻衣子って言っても分からない?」 こなた「さだこまいこ……それって、ゆたかとひよりのペンネームじゃ……も、もしかして……」 かがみ「ふふ、灯台下暗しってこの事ね……招待状が私に届いてね……会場を見てビックリした、あんたも招待状着てない?」 しまった。郵便物はノーチェックだ。机の横に積まれた郵便物をひっくり返して調べるとかがみの持っている物と同じ郵便が出てきた。 こなた「テヘッ!!」 舌を出しててへぺろをした。かがみは呆れた様に溜め息をつく。 かがみ「ふぅ……やっぱりこんな事だろうと思った、電話で教えても渡せないから来たのよ」 かがみは招待状を私に差し出した。 こなた「え、何?」 かがみ「何、じゃないわよ、使いなさいよ、どうせ裏で神崎あやめが居るのは分かってるから、こなた一人であの店に雇ってもらえるとは思えない、履歴書とかどうやって書いた?」 こなた「ぐっ!」 何も反論出来なかった。 かがみ「私も貿易会社に興味がある、きっと何か大きな陰謀があるに違いない、それにお稲荷さん……真奈美さんが絡んでいるとしたら見過ごせない、何か証拠を掴めば ひとしも動いてくれる、きっとすすむさんやまなぶさん……ひろしもね」 私は招待状を受け取った。 用を終えるとかがみは忙しそうに帰って行った。きっと仕事に子育てに忙しいのだろう…… かがみが帰ると部屋はし~んと静まり帰った。 招待状をじっと見た。神崎さんはゆたかを取材している。コミケで漫画を買うくらいなのに本屋さんでサイン会をするなんてすぐに調べられそうな気がするのに何故知らない?。 いや、ゆたかの事だから神崎さんに招待状を送ったかもしれない。郵便の消印は丁度二週間前になっている。神崎さんの家にも同じくらいの日に届いているに違いない。 神崎さんは家に帰っていない。だから知らないのかも。 すると神崎さんは正子さんに会っていない……嘘をついていたのか。どうして……。 こっちの方も問い質さないといけない。 ⑨ あやめ「サイン会……?」 私は大きく頷いた。神崎さんは何も言わず目を大きく見開いたまま招待状を見ていた。 こなた「開催日は私の雇用期限日と同じ、しかもその日は休日で事実上もうあの店とは縁が切れるから私も自由に動けるよ、35階の資料室まで案内してあげる」 『ヒュ~♪』 神崎さんは口笛を吹いた。 あやめ「やるじゃない、私が見込んだ通りの仕事じゃない、非の打ち所がない、よくやってくれた」 こなた「……まだ終わっていないよ、それを言うなら全部終わってからにして……」 神崎さんは微笑んだ。 あやめ「ポーカーフェイスのその冷静さも良い、レストランのホールをさせるには勿体無いくらい」 これほど褒められるなんて。言われているこっちが恥かしくなるくらいだ。 さて、今度は私から言わせて貰うかかな。私はゆたかに聞いて裏をとった。やっぱりゆたかは招待状を神崎さんに送っていた。 こなた「貞子麻衣子ってそれほどマイナーな漫画家じゃないよ……なんで神崎あやめともあろう人が見落とすなんて……」 神崎さんの微笑が止まった。 あやめ「……まさかそんなイベントがあるとは思わなかったから……」 こなた「ところでこの三週間で三日の休暇があったけど、神崎さんちゃんと家に帰ってたの?」 あやめ「そ、それは……」 その先は何も言わない。この人って自分が責められると弱くなるタイプなのかな。言い訳が出来ないなんて…… こなた「私は言ったよね、帰ってねって……」 あやめ「あ、貴女には関係ない事でしょ、私が帰ろうが帰るまいが」 こなた「関係ないけど……私が何故帰って言ったか、その意味は分かったつもりでいたけど……どうして上京しないであんな遠くに住んでるの、 お母さんを一人残せないからじゃないの、この取材ってお母さんをすっぽかしても良い程大事なの?」 神崎さんの体が震えはじめた。 あやめ「……さっきから母さん母さんって、いつから私の母は泉さんの母になった、一回しか会っていないくせに」 声を荒げて怒り始めた。 こなた「なんで嘘を付いたの、帰っていないならあの時そう言えば良かったのに……」 あやめ「はぁ、貴女からそんな台詞が出るとは思わなかった、嘘はそっちが先だったでしょ」 こなた「会ってから一度も嘘なんか付いていないもん」 あやめ「あんな大法螺吹いておいてよく言えたものね、それに何を根拠に私が帰っていないなんて言うの」 私も頭に血が上ってきた。 こなた「この招待状は神崎さんにも届いているはずだよ、二週間前、私が帰れって言った日だよ、帰っていれば気付いてた、私なんて必要なかった」 あやめ「……え、な、何故私に送られているなんて分かるの」 私は立ち上がった。 こなた「記者なんだから調べれば……もう知らない、あとは神崎さんで勝手にやって……さようなら……」 部屋を飛び出すように出た。 あと少しだった。あと少しで一緒に資料室に潜入できたのに。 なぜあんなに怒ったのだろう。自分でも分からなかった。 私があの神社を寄付した本人だと気付いてくれなかったから。違う。気付いていないのは私にとっては好都合だよ。 神崎さんにお母さんがいるから羨ましかったから。違う。彼女も父親を早くから亡くしているから状況は似たようなもの。 帰ったなんて言わなければ私だってあんなに怒らなかった。 そういえば神崎さんも怒っていた。何故だろう…… もうそんなのどうでもいい。どうせあと三日でサイン会。 あの店も二日働けば契約が切れる。その後、彼女は勝手に潜入取材をする。 彼女の言うように潜入取材の手伝いを果たした。 そうじろう「こなた、明日のサイン会は行くのか?」 最後の仕事を終え帰るとお父さんが私を待ちわびるかのように話しかけてきた。 こなた「サイン会?」 そうじろう「もう忘れたのか、ゆーちゃんが送ってくれた招待状だよ、まさかまだ見てないなんてないよな?」 かがみが教えてくれなかったらそうだったかもしれない。 こなた「う、うん、お父さんも貰ったんだ……招待状……」 そうじろう「ああ、二人の活躍を陰ながら見守ってきた、完成記念のサイン会となれば出席しないわけにはいかないだろう」 こなた「……でも、かがみは出席しないし、つかさやみゆきさんも行けるかどうか分からないよ」 そうじろう「そうだな、皆家庭を持って仕事もあるだろう、それはあの二人も承知していると思う、でも、それはそれ、こなたはどうなんだ?」 行く気はない。ゆたかやひよりには悪いけど行けない。明日行けば神崎さんと会うかもしれない。 それに、あれ以降彼女から連絡がない。私が途中で出て行ったからきっと私に愛想を尽かしたに違いない。 嘘つきで途中で約束、契約を放り投げたと思っている。うんん、実際にそうだったかもしれない。 こなた「……明日は行かない……」 そうじろう「顔色が悪いぞ、気分でも良くないのか?」 こなた「うんん、大丈夫、何でもない……」 そうじろう「そういえば最近帰りも遅かったな、ゆっくり休んでいなさい、私はゆいと行ってくる」 結い姉さんも行くのか……実の姉だし当たり前と言えば当たり前か。私が招待されているくらいなのだから。 こなた「ゆたかとひよりに謝っておいて……」 そうじろう「うむ」 神崎さんはちゃんと35階に行けるのだろうか。私の案内がないと警備員に見つかっちゃうかもしれない。 それとも私が行ったら怒って追い返されるかな。それならそれで割り切られるから気が楽になる。 それにしても…… 帰った帰らないであれほど言い合いになるなんて。つかさやかがみがみきさんと親しげにしている時だって羨ましいとは思ったけど二人にその事で言い争いなった事なんてなかったのに。 神崎親子……何だろう。何かが引っ掛かる……特に母親の正子さん。子供と同居しているのに何故あんなに淋しそうにしていたのだろう…… 突然部屋の扉が開いた。 ゆい「やふ~」 少し小さな声で入ってきた。お父さんに私が調子悪いと言われたのかもしれない。 こなた「いらっしゃい……」 ゆい「おやおや、寝ていなくていいのかな?」 少し心配そうな顔だった。 こなた「……なかなか眠れなくって……」 ゆい姉さんは手を私の額に触れた。 ゆい「う~ん、熱がある訳でもなさそうだね……」 手を額に……ゆい姉さんにが私にそんな事をしたのは初めてかもしれない。 そうかゆい姉さんも子供が出来たからそんな動作が出てくるのかもしれない。 ゆい「もしかして恋の病なのかな」 こなた「……ちょっと、からかわないでよ!」 ちょっと怒ってみた。 ゆい「ふふ、まぁ、何にしても普段のこなたじゃないね、もしかして明日の事で悩んでる?」 こなた「まぁ……そんなところ、ゆたかやひよりとは全く関係ないけどね……」 ゆい姉さんも行く。となれば神崎さんは潜入取材で不法侵入……ゆい姉さんには見つかって欲しくない…… ゆい「どったの?」 私の表情に不思議そうに首を傾げるゆい姉さん。 こなた「うんん……なんでもない」 神崎さんを心配しているというのだろうか。まさか どうして、もうどうなっても関係ないでしょ。だから……明日は行かないって決めたはずじゃなかったの。 ゆい「おっと、調子が悪いのにこんなに長居したらダメだよね、それじゃおやすみ……」 普段と違う私なのか。そのまま静かに部屋を出て行ってしまった。そして私は眠れぬ夜を過ごすのだった。 貿易会社本社ビル34階。開店前の書店。私は大幅に遅れて会場に入った。 会場には招待状で招かれた人達で賑わっていた。思ったより多くの人が居た。出版社の関係者やスポンサーや記者らしき人も見受けられる。 この中に神崎さんも居るのだろうか。この賑わいでは探すのは一苦労しそう。 こんな会に私なんかが呼ばれて良かったのだろうか。場違いなような気がした。会場の雰囲気に圧倒されて何から手をつけていいのか分からない。 「お姉ちゃん?」 後ろからゆたかの声がした。私は声のする方を向いた。ゆたかは私を見て驚いた顔をしていた。 こなた「いや~大盛況だね、思ったよりゆたかの作品は人気あるんだね……見直したよ」 今度は心配そうな顔になるゆたかだった。 ゆたか「おじさんが調子悪いって言っていたけど……大丈夫なの?」 こなた「大丈夫だよ、一日寝たらすっかりしたから、それよりお父さん達は?」 ゆたか「ゆいお姉ちゃんと一緒に帰ったけど」 帰ったのか。何故かほっとしたような気がした。 こなた「それでひよりはどうしているの?」 ゆたかは会場の奥の方に顔を向けた。奥にひよりの姿が見えた。数人の女性と楽しげに会話をしている。あれは見た事ある顔だな……そうか陸桜の漫研部の面々だ。 成る程ね。ちょっと話してみようと思ったけど邪魔になるだけかな。 こなた「かがみは来られないよ、つかさは来てる?」 ゆたかは首を横に振った。 ゆたか「うんん、来られないって……あやのさんやかえでさんも……」 あらら、この調子だとみゆきさんやみさきちも期待できそうにないかも。 こなた「私はレストランかえでと陸桜の先輩代表になっちゃったかな」 ゆかた「……」 何も言い返さないゆたか。まずいなせっかくのサイン会なのに。 こなた「え、えっと、もう一人いたじゃない、みなみも呼んだでしょ? ゆたか「うん、さっきまで居た」 こなた「それは良かった」 ゆたか「うんん、大半が来られないのは分かっていたから、それでもお姉ちゃん達が来てくれて嬉しい」 こなた「ところでもうサインはしなくていいの?」 ゆたか「うん、大方は終わったから小休止、だけど本番はこれからだし」 そう、本屋さんの開店と同時に一般のサイン会になる。私は時計を見た。開店10分前……そろそろ時間か。 本屋さんを出ようとした時、男性がゆたかに近づいた。二人は目を合わすと親しげに本屋さんの奥に向かって行った。そうか彼がゆたかの彼氏か…… 確か編集担当とかって言っていたっけ。 おっと、見ている時間なんかない。 さて、これで私の知人は全て私から遠ざかった。チャンス…… 本屋さんを出るとこの階は静まり返っている。それもそのはずまだどの店も開店していない。 私は自分の働いていた店の前で立ち止まった。ここは35階へ続く階段に一番近い。もし神崎さんが来るならここを通るはず。 時計を見た。開店5分前…… 一般客がビルの下で行列になっている。ひよりとゆたかはこれほどまでに人気がある漫画家になったのだと思い知らされる。 でもこれがチャンスなのだ。警備員はこの行列を整理するために本屋さんに集中するから上の階は無人状態になる。でもそれは開店から3分くらいの間だけ。 喫茶店で働いた時に得た情報だ。でもこれは神崎さんに言っていない。はたして彼女はこの時間を分かってくれるだろうか。 あの時喧嘩をしなければ打ち合わせをしてここで待ち合わせが出来たのに。電話や携帯でも教える事が出来た。でもしなかった……バカだな……私って…… 私はこの潜入取材を成功させる気があるのかな…… 時間が刻々と過ぎていく……彼女は来ない。もう先に上に行ったのか。それとも諦めて来なかったのか。 もう少しだったのに。もう少しで真奈美の謎が解けたかもしれないのに。 「い、泉さん……」 突然後ろから神崎さんの声がした。私は声の方を向いた。そこに神崎さんが立っていた。目立たないリクルートスーツに眼鏡をかけている。多分伊達眼鏡だろう。 それに加えてポニーテールにしている。 声を聞かなければ一目では彼女だと気が付かない。かがみもこのくらいの変装をして欲しいものだ。 神崎さんは私を見て驚いていた。来るとは思わなかったのだろう。 あやめ「……まさか来てくれるなんて、でも、何故、何故私に招待状が来ていたのを知っていたの、それにこの渡された招待状は小林かがみ宛、 小林かがみと言えば小林法律事務所の腕利き弁護士じゃない、何故貴女がそれを持っているの……小林かがみとなんの関係があるの……」 私は時計を見た。開店3分前。今はその話しをしている暇はない。 こなた「こっちだよ……」 私は歩いて階段に向かった。数歩歩き出すと彼女もその後を付いてきた。 開店1分前。 こなた「あの角を右に曲がればすぐ資料室だよ、監視カメラに気をつけてね」 あやめ「ここから先は私がする、ありがとう」 神崎さんは私の手をとってにっこりと微笑んだ。眼鏡を取ると曲がり角を見た。彼女の顔が一変して厳しくなった。そして角に向かって歩き出した。 曲がり角を曲がると彼女は見えなくなった。さて。私は戻るかな。 何だろう。この胸騒ぎ…… 階段を下りている途中だった。何か嫌な予感がする。 神崎さんはちゃんと資料を集められるのか…… パソコンの操作は大丈夫なのか…… 警備員は本当に居ないのか…… 監視カメラは本当に止まるのか…… 私は立ち止まった。そして上の階を見上げた。 彼女なら問題なく出来るさ、それに彼女自ら自分だけでするって言った。私がしゃしゃり出て手伝ったら今度こそ怒られそう。 下の階を見て下りようとした。 ……… だめだ。やっぱり気になってこれ以上下りられない。かがみが自分の招待状を渡してまでして協力してくれた。本当は来たかったに違いない。 それに別れ際のあの笑顔。喧嘩をした相手にあんな表情なんか出来ない。 もし、警備員に捕まればあの貿易会社の事だ。どんな仕打ちがまっているか分からない。警察沙汰になるならまだましかもしれない。 そんな事になれば神崎さんのお母さん、正子さんが…… 放っておけない。怒られても構わない。私の予感が外れていればそれで良い。 私は走って階段を駆け上った。そして神崎さんと別れた場所を過ぎ曲がり角を曲がった。扉は開けられたままになっていて静かだった。カードキーが正常に働いたみたい。 私はそのまま資料室に入った。神崎さんがパソコンの画面で何かを操作している。後ろを向いているのでどんな事をしているのか分からない。 入ってすぐに神崎さんは私に気付いたのか後ろを向いて私を見た。神崎さんの顔色が真っ青になっていた。 あやめ「ど、どうしよう」 かなり動揺している。 こなた「どうしたの?」 私は神崎さんの側に駆け寄ってパソコンの画面を見た。 「warning」 画面に大きくそう書かれていた。そして画面が赤く変色している。これは…… 咄嗟にポケットからUSBメモリーを取り出しパソコンに挿した。「warning」画面がそのままの状態で止まった。 神崎さんは私を見た。 あやめ「な、何をしたの?」 こなた「パソコンの動作を一時的に止めた」 このUSBメモリーはめぐみさんがくれたもの。めぐみさんの作ったハッキングプログラムが入っている。私はそのままキーボードを打ち始めた。 あやめ「操作なんかして大丈夫なの?」 こなた「パソコンを完全にハッキングして外部から一度遮断して隔離するよ、そうじゃないと多分警備会社に連絡が行っちゃうかもしれないからね」 使う気はなかった。だけどあの状況では使うしかなかった。 私の悪い予感が当たっていた。それにUSBメモリーを持ってきておいてよかった。 10年ぶりに使うめぐみさんのプログラム。でも体が操作をまだ覚えていた。 こなた「完全にこのパソコンは私の手中に入ったよ……それで、どのフォルダーをコピーするの?」 あやめ「え、あ、えっと……」 神崎さんに言われる通りのフォルダーをUSBメモリーにコピーした。 私は時計を見た。開店時間を1分過ぎていた。あと2分か…… こなた「このビルの管理サーバーにアクセスしてと……やっぱり防犯カメラはこのサーバーに一回記録される仕組みなっているね…… さっきのワーニングでカメラが起動したかもしれないから念のため今から3分前の画像データを消去するから、 それからこれから3分間電源を切ってこのビルを停電にして、その隙にここから逃げよう」 あやめ「そのパソコンはどうなるの、ハッキングなんかしたらバレてしまう」 こなた「大丈夫、このUSBメモリーを抜けば履歴もなにも残らない」 あやめ「あ、貴女……プロのハッカーなの……いや、プロでもそんな事は出来ない……泉さん、貴女は何者なの……」 残り1分…… こなた「時間がないよ、行こう!!」 携帯電話を取り出し明りを付けた。そしてUSBメモリーを抜いた。部屋の照明が切れて停電になった。しかしパソコンの電源は入ったまま再起動になった。 やっぱりUPS機能が付いていた。 私は立ち上がり照明を部屋の出口に向けた。 こなた「行こう」 あやめ「あ、待って」 神崎さんは鞄からハンカチを取るとキーボードを拭きはじめた。指紋を消しているのか。まだ起動中だから問題ない。私は照明を神崎さんの手元に向けた。 拭き終わると神崎さんは私の後に付いた。 こなた「非常口から出て下に降りよう、走るよ」 あやめ「うん」 携帯の照明を頼りに非常口を出て下の階34階に下りた。 こなた「神崎さんはそのまま非常階段で下まで下りて、私はこのままサイン会に紛れて出るから」 神崎さんはじっと私を見ている。 あやめ「神社の寄贈は匿名で、しかもネット経由だったって聞いていた……泉さん……まさか、もしかして本当に……」 さすがにあそこまでネタバレしたら分かってしまうか。 こなた「……だから言ったじゃん、嘘はついてないって……」 あやめ「泉さん……私……」 こなた「時間がないよ、データは明日神崎さんに家で渡すから、それで良いでしょ」 あやめ「う、うん……明日の夕方で…」 神崎さんは何を言おうとしたのかな……それは明日分かるか…… 私達は別れた。神崎さんはそのまま非常階段で下りて行った。私は34階の非常口からビルに入った。 私がビルに入ると同時にビルの照明がついた。間に合った。 辺りは停電のせいでざわついていた。さてとこの隙に帰ろう。 「泉さん、泉さんじゃない!!」 後ろから突然私を呼び止める声。聞き覚えがある。私は後ろを振り向いた。そこにはコスプレ喫茶の店長が立っていた。 店長「泉さん、事務所まで来て欲しい」 え、なんで。もう喫茶店の契約期間は終わったし給料ももらったから私になんか用はないはず。 ま、まさか。35階に行ったのがバレたのか。 下手に断ると余計に怪しまれそうだ。私は店長の言う通りにするしかなかった。 ⑩ こなた「今日は休業日のはずだけど……どうして?」 事務所に通された私は早速質問もぶつけた。 店長は鞄から色紙を出した。 こなた「サ、サイン会?」 店長「そうよ、特別招待された人も居たみたいだけど、私は漏れちゃってね、一番に並んだった訳、サインをもらったと同時にあの停電でしょ、嫌になるわ、泉さんは 非常階段を使ったみたいだけど、他にも何人か非常階段から出た人が居たからそれで正解だったかもね」 こなた「え、え、そ、そうでしょ、そう思ったんですよ、はははは」 これは笑って誤魔化すしかない。どうやら35階の行ったのはバレていないようだ。張り詰めた緊張が一気に解けた。 店長「泉さんもサイン会が目当てだったんじゃないの、その状況じゃサインもらえなかったでしょ?」 こなた「え、ええ、そうですね」 店長はしばらく考え込んだ。 店長「お店に飾る分と自分の部屋にと思って二つ書いてもらったけど……自分の部屋は今度の機会かな、泉さんにあげるわ」 こなた「ど、どうも」 サインは家に帰ればいくつも持っている……と言っても断れる状況じゃない。そのまま色紙を貰った。 こなた「と、ところで、私を呼んだのは何の用ですか?」 店長の顔が真剣になった。 店長「昨日、私は留守で貴女に会えなかったから話せなかったけど、この店を辞めてどうするの、レストランかえでに戻るのかしら」 こなた「そのつもりですけど……それが何か?」 店長「……どう、このままこの店で働く気はない、貴女とならうまくやっていけそう、近々二号店を出す予定なの、その立ち上げを手伝ってもらいたい、 それで、ゆくゆくはそこの店長を任せてもいいと思ってる」 こなた「え……?」 これってもしかして、誘われている? こなた「無理ですよ、店長なんて……」 店長「貴女の仕事ぶりは見させてもらった、レストランで随分鍛えられたみたいね、見事だった、私は見ていないけど黒ずくめの恐いお姉さんにも眉一つ変えないで冷静に 対処したって聞いたわよ」 黒ずくめの恐いお姉さん……かがみの事を言っているのか。かがみのバカ…… こなた「あれは……恰好だけで恐くもなんでもないです、ただのお客さんだったので……」 知り合いだなんて恥かしくて言えない。 店長「無用なトラブルを回避するのも必要な事……話しを戻すわよ、レストランの時の倍の給料でどう?」 倍って……普通に働いていただけなのに。気に入られてしまったようだ。でも私の答えはもう決まっている。 こなた「約束は一ヶ月なので……」 店長は溜め息を付いた。 店長「ふぅ~たった一ヶ月だけ私の店に来させるなんて、貴女の店長は私に見せびらかしたかったのかしらね……でも、即答したのなら私も諦めがついたわ、時間を取らせたわね、 一ヶ月間ありがとう、向こうでも頑張って」 こなた「は、はい……」 店長と堅い握手をした。 かえでさん以外の人に認められたって事か。悪い気がしなかった。いや、むしろ嬉しいくらい。神崎さんにげんき玉作戦を知られていなければもっと嬉しかったかもしれない。 彼女は記者、だから私の正体が分かれば記事に書くかもしれない。そうなれば……私、警察に捕まっちゃうのかな……どうしよう。 何も思い浮かばない。データと引き換えに記事を書かないように交渉するのも手かもしれない。だけど……そんな事できるかな。自信がない。 このまま家に帰っても良かった。だけどいつの間にか私はレストランかえでの目の前に立っていた。一ヶ月ぶりだ。 従業員用の出入り口から入って事務室へ向かった。そして扉を開けた。 かえで「こなた、こなたじゃない、今日までが契約日じゃなかったの、タイミング悪かったわねあやのは休みよ」 数年会っていないかの様な喜びようだった。 こなた「そうだったけど、今日は休業日だったから……」 かえで「そうだったの……ん?」 かえでさんは私の顔をみて首を傾げた。 こなた「あの、二日くらい休暇をくれませんか……」 かえで「二日……それは別に構わないけど、二日と言わず一週間くらい休んだら、慣れない仕事で疲れたでしょ?」 神崎さんの家にデータを持って行かないといけない。でも休みはそんなに要らない。 こなた「いいえ、二日でいいです……それじゃ……」 私は部屋を出ようとした。 かえで「ちょっと待ちなさい、どうしたのよ、元気ないわね……」 こなた「いつもと同じだと思うけど?」 かえで「ふ~ん、さては向こうの店長から残って欲しいなんて言われたとか?」 こなた「え?」 かえでさんは微笑んだ。 かえで「図星みたいね、それは私も予想してた……」 こなた「予想してたって?」 かえで「そう言う事よ……」 こなた「そう言う事って?」 かえでさんは立ち上がった。 かえで「もうそろろろ店長になってもいい頃だと思っていた……」 こなた「へ、わ、私が、嘘でしょ?」 かえでさんは自分のお腹を片手で触った。 かえで「私は生まれ故郷に帰ろうと思ってね……赤ちゃんも出来たことだし」 こなた「ちょ、いきなり何をいっているの、分からないよ……」 かえで「やっぱりこの町は私には賑やか過ぎるわ、生まれ故郷でゆったりするのが性に合っていると思って、生まれ来る子供の為にも……」 こなた「今更そんな事言って、子供が出来たって……つかさだって子供が居るのに店長してるじゃん」 かえで「私はつかさほど強くない、こなたが嫌ならあやのを店長にすれば良い、彼女もその力はある、いっその事つかさを誘ってみたらどう、きっと戻って来てくれるわよ」 こなた「レストランかえでだから店長はかえでさんじゃないとダメだよ……帰るって……どうして……いきなりそんな事言われても……」 かえでさんは私をじっと見ていた。 かえで「いつも無表情で何も動じないと思っていたけど……あんたの今にも泣き出しそうな顔初めて見たわ……バカね、あんたがそんなんでどうするの、 あやのやつかさにどうやって言えばいいの……」 かえでさんも悲しい表情になった。これって、どうやって取り繕うか……こうゆうのは苦手だよ……どうしよう。 こなた「私……げんき玉作戦の事……バレちゃった……」 何をやっているのかな、このタイミングでこんな事を言うなんて……でも他に何か別の言葉が思い浮かばなかった。 かえで「神崎あやめに?」 こなた「うん……私はもう此処に居られないかも……」 かえでさんは笑った。 かえで「どうして」 こなた「私の事を記事にされたら……」 かえで「そんな事をするような人ならその辺にいる普通の記者と変わらない最低だわ、それにそんな記者ならこなたを取材の協力なんか行かせない……」 こなた「で、でも……」 私は不安そうな表情を見せた。かえでさんの笑みが止まった。 かえで「そうね、私の見込み違いもあるかも……そうだったら私にはどうする事もできない、かがみさんに相談すると良いわ、今つかさの店に居るわよ、こなたが向こうに行ってから 頻繁に来るようになったわ」 頻繁にって。まさかこの前私の言ったのをそのまま実行しているなんて事はないよね。 こなた「そうする……」 私は振り返って部屋を出ようとした。 かえで「さっきの話しは皆には言わないで、私から皆に言いたいから……」 こなた「うん……でもね、皆はきっと私以上に悲しむよ、特につかさはね……」 かえで「……」 かえでさんは何も言い返してこなかった。 かえでさんは初めに私に言って反応を見たかったのか。無表情って……いきなり帰るって言えばいくら私だってあんな反応するに決まっている。 笑って「帰ればいいじゃん」なんて言うとでも思ったのかな……勝手すぎるよ…… 私はそのまま何も言わず事務室を出た。そして更衣室にに入り用を済ませてからレストランを出た。 レストランを出るとつかさの店からピアノの音が微かに聞こえる。つかさが弾いているのか。いや、いつも弾いている曲じゃない。そうか、みなみの定期演奏会だ。 みなみも来ているみたいだ。 店の扉を開けた途端迫力のあるピアノの音が飛び込んで来た。真っ先にピアノを見た。ピアノを弾いているのはつかさでもみなみでもなかった。まなみちゃんだった。 聞いたことがない曲だ。でも凄いのは分かる。コントローラのボタンを連打しているみたい、うんん、まるで右手と左手が競争しているように鍵盤を縦横無尽に駆け回っている。 店の奥に行くのを忘れて聴き入っていた。 「ラフマニノフ習曲集音の絵、作品39第6番 イ短調……」 小声で私の耳元に囁く。振り向くとみなみだった。 こなた「すごいね……」 私も小声で囁いた。曲は3分もかからないで終わった。 「パチパチパチ」 来店のお客さんから拍手喝采の嵐だった。まなみちゃんは立ち上がり一礼すると厨房の方に小走りに走って行った。つかさの所に行ったのかな。 こなた「さっきの凄いの、ら、らふま……の練習曲?」 みなみ「うん……あれは私も弾けない難曲……」 こなた「弾けないって、それじゃどうやって教えたの?」 みなみ「教えていない、楽譜を見て弾いた」 こなた「楽譜を、見ただけで?」 みなみは頷いた。 みなみ「楽譜見ただけで演奏なら私は驚かない……まなみちゃんはそれだけじゃない、あの曲のサブタイトルは赤頭巾ちゃんと狼……タイトルも彼女はしらないはずなのに、曲の イメージを完全に理解して演奏している」 赤頭巾ちゃんと狼の追いかけっこ……確かにそんな感じの曲だった。 こなた「それって凄いの?」 みなみは頷いた。 みなみ「店の客を見て、ケーキやスィーツを食べに来た人達の殆どの食事を止めて演奏を聴いていた」 確かにその通りだ。客と言う客は皆聴き入っていたようだ。曲が終わった今は皆普通にお茶やコーヒーを飲みながら食べている。 みなみ「私のレベルを超えてしまった、もう彼女を教えられない、もしかしたらショパンコンクールやチャイコフスキーコンクールで上位が狙えるかも」 こなた「ん~~」 有名な作曲家の名前が付いているコンクールなのだからさぞかし由緒あるコンクールだと思うけど…… こなた「そんな大袈裟なのが必要なの?」 みなみ「分からない、まなみちゃんに聞かないと」 こなた「聞かないと言ってもさ、まなみちゃんはまだ小学生だよ」 みなみ「確かにそうだけど……今度の演奏会でスカウトが放っておかないと思う」 こなた「まぁ、ピアノで食べていけるくらいの実力はありそうなのは分かった、でもそれは演奏会が終わってから心配しようよ」 みなみは笑った。 みなみ「そうだった、気が早過ぎかもしれない……それでは失礼します」 みなみは厨房の方に向かって行った。きっとつかさやまなみちゃんの所に行ったに違いない。 ピアノも勉強もちょっと桁外れな子だな……まなみちゃん…… つかさはまなみちゃんの事をちゃんと分かっているのかな。何を思って何を考えているのか……ん? ふと店の奥を見るとかがみが座っているのが目に入った。 そうそう。今はそんな事を考えている暇はなかった。かがみの所に向かおうとした時、丁度かがみと目が合った。かがみは自分の座っている向かい側の席を指差した。 私はその席に座った。 こなた「やふ~」 かがみ「こなた、さっきのまなみちゃんの演奏聴いた?」 こなた「うん、ラフマノフノフの練習曲」 かがみ「それを言うならラフマニノフでしょ」 こなた「知ってるの?」 かがみ「作曲者は有名じゃない、でもあの曲は初めて聴いたわ、あれは練習曲なのか、凄い緊張感があったわね、子供の演奏じゃなかった」 かがみは暫く考え込んだまま黙ってしまった。 こなた「どうしたの?」 かがみ「以前こなたが言ってたじゃない、まなみちゃんはお稲荷さんの力を受け継いだんじゃないかって、なんか私もそんな気がしてきたわ ……柊家にあそまでの音楽の才能のある人なんか居ない」 こなた「そうでしょ」 私は何度も頷いた。 かがみ「でもね……お稲荷さんの故郷では音楽を楽しむ文化がないのよ……」 こなた「そうなの? でもつかさがいつも演奏している曲はけいこさんが好きだった曲じゃないの?」 かがみ「それはけいこさんが地球に来てからの話しだから……」 自然とお稲荷さんの話しになる。それもそうだよ、かがみの旦那はお稲荷さんなのだから。 こなた「そのお稲荷さんの故郷って何処にあるの?」 かがみ「ひとしから聞いたけどこの天の川銀河だそうよ、私達地球のあるのオリオン腕から銀河の中心を挟んで向こう側の腕の中、丁度反対側らしい、でもね、 その中心は星やガスが密集しているから地球からは観測できない……ちょっと残念ね……」 こなた「ふ~ん」 かがみ「ふ~んって、ちゃんと分かってるの?」 こなた「何となく……」 まるでSFみたいなだな、でもこれって現実なのだよね……それなのに違和感ないな……傍から私達の会話を聞くと SF映画の会話をしていると思われそうだ……そういやかがみはSFなんかのラノベとかよく読んでいたっけな。だからかな。 ゲームや漫画で宇宙人なんかはよくあるシチュエーションだからね……私もすんなり受け入れられる。 でも……それが普通の人なら。神崎さんならどうだろう。 宇宙人と聞いただけでSFやオカルト扱いされるのが落ちだよ。かがみやかえでさん達が理解してくれているのはラッキーだったのかもしれない。 それとも私達が宇宙人を理解できるレベルになってきているって事なのかな……違うのかな。分からなくなって来ちゃった。 こなた「はぁ~」 かがみ「なによ、溜め息をするなんて、らしくないわね」 こなた「いろいろ考える事ができてね……」 かがみ「……こなたがそんな台詞を言うようになるなんて、時間が経つのが早いわね」 むむ、私を子供扱いしている。昔なら言い返してやるのだが。今はそんな気はない。 こなた「かがみ、もし……もしも、げんき玉作戦が世間にバレちゃったら……私ってどんな罪になるの?」 かがみ「はぁ、なにをいきなり……」 呆れた顔で私を見るがすぐに私が何故そんな質問をしたのか分かったようだ。表情が驚きの顔に変わった。 かがみ「まさかあんた、神崎あやめに知られてしまった……の?」 私は黙って頷いた。 かがみ「いったいどうして、分かってしまった?」 潜入取材は内緒だった。どうやって説明するかな。 こなた「……神崎さんを助けるために……パソコンをハッキングしていろいろ操作したから……」 これが私の精一杯の表現だった。 かがみ「ハッキング……やっぱり、潜入取材をしたな」 こなた「う、うんん、そんなんじゃなくて……」 やばい、もうバレちゃってる。でも、かがみには嘘はつけないか。オロオロして何もできない。そんな私を尻目にかがみはクスリと微笑んだ。 かがみ「安心しなさい、十中八九神崎は記事になんかしない」 こなた「な、なんで、彼女はあの神社を寄付した人を探していたから……もうだめだよ、おしまいだよ……」 更にかがみは笑った。 かがみ「ふふ、いつものこなたらしくないわよ、彼女は潜入取材をした、それはそれでかなりの罪になるわ、こなたを記事にすれば彼女にもその疑いが掛かる リスクを背負う事になるわよ、それに、協力してくれた人を売るような卑怯な事をするような人とは思えない」 会ってもいない神崎さんをそこまで自信ありげに話すなんて。かがみはそうとう彼女を調べたみたい。 かがみ「それにネット犯罪は立証が難しいからこなたが捕まるとは思えない……万が一捕まったとしても、この私が全力で弁護してあげる」 こなた「……なぜ私をそこまで……」 かがみ「めぐみさんの知識、技術……それをこなたは受け継いだ、それを使ってつかさを救ってくれた……自分の危険を顧みずにね……それが理由、なによそれだけじゃ不満なの?」 こなた「かがみ……」 かがみ「法律は人を裁くものではなく守るもの、私はそう信じている」 何でだろう、何かよく分からないけど目から涙が出てきた。 かがみ「まだ泣くのは早いわよ、神崎あやめの本当の目的を知るまではね……」 まるでつかさに言い聞かせるかのような言い方に私は我に返った。 こなた「そう言えば招待状なんだけど、あれがかがみ宛てだったのを神崎さんは気付いてしまったよ……」 かがみ「……いいのよ、むしろ気付いて欲しかった、これで私が一枚噛んでいるのが分かったはず」 こなた「え?」 かがみ「こなたばっかりに無茶はさせないわよ、お稲荷さんの事は私達の事でもあるのだから」 それを聞いて何か大きな錘が取れたような気がした。 神崎さんは他人には話すなと言った。だけど……確かにお稲荷さんはかがみ達にとっては家族と同じ。いや、家族なのだから。私は二重スパイって言われても構わない。 私は財布からSDカードを取り出しかがみに渡した。 かがみ「これは?」 こなた「貿易会社の資料室のパソコンからコピーしたデータだよ」 そう、USBメモリーからコピーした。私のノートパソコンを使うためにかえでさんの店に先に寄った。 かがみ「……データを分析するならこなたの方がいいと思うけど……」 こなた「データはコンピュータ関係じゃなさそう、アルファベットの羅列で訳が解らなかった、知っている単語が一つもなかったから英語じゃなさそう」 かがみ「そう……それじゃ預かっておくわ、みゆきにも見せるわ、丁度これから会う約束をしているから」 こなた「あっ、二つだけ注意して、このデータを開く時は必ず通信出来ないようにして、LANケーブルを抜くこと…」 かがみ「ワイヤレス通信も切っておくわ」 こなた「うん、そうして……それから一度使ったパソコンはもう仕事や私用で使わないでね」 かがみ「専用パソコンを用意すればいいのか、分かった」 急いでデータをコピーしただけだから何が仕込まれているか分からない。 かがみはSDカードを財布に仕舞った。 まなみ「あ、かがみ叔母さんとこなたお姉ちゃんだ」 かがみとの話が一段落した時だった。厨房から出てきたまなみちゃんが私達に気付いた。まなみちゃんは嬉しそうに私達に近づいてきた。それからみなみも少し遅れて出てきた。 こなた「やふ~、まなみちゃん、さっきの演奏凄かったね」 まなみ「え、聴いちゃったの?」 こなた「うん、聴いちゃった」 かがみ「私も聴いた、今度の演奏会楽しみにしているわよ」 急に顔が赤くなって何も言わなくなってしまった。さっきまであんなに堂々と演奏していたのに。知り合いが居ると緊張するタイプなのかな。 つかさ「こなちゃん!!」 まなみちゃんを呼ぶつもりだったのだろうか。コック姿のつかさが厨房から出てきた。私の顔を見るなりまるで何年も会っていないような勢いで飛んできた。 つかさ「どうして一ヶ月も来なかったの?」 神崎さんの話しはまだつかさに話さない方がいいかもしれない。もし話すならかがみやかえでさんがとっくに話している筈だ。 こなた「ちょっと研修に行っていて……なかなか帰る機会がなくって」 かがみ「こなた曰く……会いたい時に会うのが心情だそうだ、理由なんて要らないってね、つまり一ヶ月間会いたくなかったって事だろ、薄情ななつだな」 こなた「ちょ、か、かがみ、それは……」 あの時言ったのをそんな言い方されたら……いや、そうか。かがみは私のした事ををつかさに隠す為に……かがみに合すか。 こなた「だからこうして来たんじゃないの、会いたくなかったら来るわけないじゃん、それよりかがみさ、少し太くなったんじゃない?」 かがみの眉がピクリと動いた。 こなた「かがみはつかさの所に来過ぎじゃないの、ケーキとか食べまくっていない?」 かがみ「洋菓子店でお菓子を食べないで何をするのよ」 こなた「あらら、開き直っちゃったよ」 かがみの座っているテーブルに置いてあるお土産用の箱を私は見逃さなかった。 こなた「1、2、3、4……あれ、数が多くない?」 かがみ「みゆきのお土産と家族の分よ……」 こなた「本当に? 全部かがみのじゃないの?」 かがみ「う、うるさいわね、どっちでも良いでしょ」 私とかがみのやり取りを見てまなみちゃんが笑い始めた。そして、少し怒り気味だったつかさも笑った。 みなみ「懐かしい雰囲気……思い出しますね、あの頃の時代を……」 私とかがみは顔を見合わせた。まったくそう言う意識はなかった。私はただかがみに合わせただけだった。 それが高校時代によくやっていたのと同じような調子になってしまうなんて。 つかさ「はは、そうだね、なんか懐かしいね……お姉ちゃんとこなちゃん、もうそんな事しないと思ってた、またあの頃に戻りたいね……」 さっきまでグズっていたつかさが笑っている…… かがみ「つかさ、こなたに何か言いたいんじゃなかったっけ?」 つかさは上を向いて暫く考えた。 つかさ「ん~~無事に帰って来たし、もういいや……こちゃん、今度からちゃんと連絡して」 こなた「う、うん……」 かがみは私にウインクをした。なるほど。つかさを誤魔化したのか……確かに私だけだと誤魔化し切れなかったかもしれない。 たった一ヶ月来なかっただけでつかさはあの様になってしまう。かえでさんはつかさに何て言うのだろう…… みなみ「それじゃまなみちゃん、続きは私の家で練習しよう」 まなみ「うん……」 つかさ「みなみちゃん、お願いしますね……」 みなみとまなみちゃんは店を出ようとしている。そうだ。試してみるか。 こなた「まなみちゃん、さっきの練習曲もう一度聴きたいな……」 まなみちゃんを呼び止めた。個室で練習しても上がり症は治らない。まなみちゃんは立ち止まって振り向いた。表情を見る限りさっきの時のような覇気はなかった。 こなた「まなみちゃん、私とゲームしていた時を思い出して……」 まなみ「ゲーム?」 こなた「そうだよ、私が居てもちゃんと操作していたじゃん、ピアノもそれと同じだよ……」 まなみちゃんはピアノをじっと見つめた。 まなみ「やってみる……」 まなみちゃんはゆっくりピアノに向かってそっと席についた。大きく深呼吸をすると両手を鍵盤に置いてゆっくり目を閉じた。 私達も店の客も皆まなみちゃんに注目している。緊迫した沈黙が暫く続いた…… まなみちゃんは目を閉じたまま突然ピアノを弾き始めた。 最初に聴いた時よりも激しく、そして繊細だった……我を忘れて無我夢中って感じだな。 さて……どうもクラッシックは私の性に合わない。神崎さんの約束もあるし店を出るか。私が席を立っても皆はそれに気付かない。まなみちゃんの演奏に釘付けになっている。 邪魔にならないようにそっと店を出た。 店を出てもピアノの音が漏れている。さっきの練習曲は終わったのに。そのまま別の曲を弾いているようだ。通り掛りの人も数人足を止めてピアノの音に耳を傾け居る。 確かにみなみの言う通りかもしれない。音楽で人の足を止めるなんて並の腕じゃ無理だ…… ピアノの音を背にして駐車場に向かった。 「ゲームとピアノを結びつけるなんて、やるじゃない」 駐車場に着き車のドアを開けようとした時だった。後ろから声を掛けられた。私は振り向いた。 こなた「かがみ……いいの、まなみちゃんの演奏を聴かなくて」 かがみ「つかさとみなみが居るから良いでしょ、私もどっちかって言うとクラッシックは苦手でね……」 こなた「そうなんだ……」 私は車のドアを開けた。 かがみ「神崎あやめにさっきのデータを渡しに行くのか?」 私は頷いた。 かがみ「彼女と私達、どちらが先に分析できるか競争になるかもね……」 競争か……かがみと神崎さんが会ったらどうなるかな……そういえばかえでさんとかがみが最初に会ったらいきなり喧嘩したっけ。でもあの時のかがみは呪われていて普通じゃなかった。 神崎さんもかがみの事を知っている感じだった。記者と弁護士だと立場によっては対立しちゃうかもしれない…… つかさと神崎さんはどうだろう。つかさの天然が炸裂したらどんな反応するのか少し興味がある…… いや、こんな事を考えるはまだ早いか。 こなた「私……これからどうすれば良いかな?」 かがみ「無責任な事は言えないわね、だから敢えて言う、私にも分からない」 こなた「ちょ……」 かがみ「だからこなたの思うようにしなさい、その結果がどうなっても誰も文句は言わないわよ、うんん、言わせはしない」 かがみが初めて私に全てを任せてくれた…… こなた「ふふ、まなみちゃんじゃないけど、少し自信が出てきた」 かがみ「それそれ、そうでないとこなたじゃない」 私は車に乗り込んだ。 こなた「それじゃちょこっと行ってくる」 かがみ「さっさと片付けて来なさい」 私は車を出した。 データを渡せば神崎さんの手伝いは全て終わる ……終わるのかな 何かもっと大きな何かが待っているような気がする。その何かが分からない。もしかしたら神崎さんはそれを知ろうとしているのかもしれない。 それは何だろう。私もそれを知りたい。 私は神崎さんに会いに行く。その何かを知るために。 次のページへ